１
バラムガーデンは平和だった。
相変わらず廊下には生徒が溢れ、校庭では球技が盛んだ。なぜか体育の授業がうけており、にわかにさまざまなスポーツに精出す生徒が増えたように思う。
バラムの常春とも言える温暖な気候は、今日も素晴らしい快晴をもたらし、爽やかに駆けまわる風は歌うようだった。
しかしスコールの頭上は曇っていた。
昼休みも、この放課後も、時間のあるたびにリノアに電話しているのだが、いつも彼女に取り次いでもらう前に大佐に断わられてしまうのだ。今日も、頭ごなしにというわけではないが、きっぱりとすぐに切られてしまった。
まただと、彼は胸のあたりを無意識にまさぐった。むかむかする。
誰かに会えない、あるいは会えなくなる、そういうことを考えるといつも、こういう不快感が湧きあがってくる。
たぶんあの子どもの頃、急にいなくなったエルお姉ちゃんを捜して泣いていたのが原因だろう。情けないとは思うが、これはトラウマだ。我慢はできるが、気にしないでいられるわけがない。
そんなわけで、スコールはチョコボのところへ向かった。
べつに愚痴を聞いてもらおうとか、慰めてもらおうとか考えているわけではない。だいいち、花壇をいじっているときのチョコボはほとんど喋らないし、こっちも話しかけないでいることのほうが多い。ただ、ふたりで黙々と花を世話していると気分が落ち着いた。それだけだ。
それだけでよかったのだが、こういう日に限って余計な人数が花壇の前に群れている。ザックスとヴィンセントがそこに立っており、そのそばではセルフィとアーヴァインが落ち着かなげにうろうろしていた。
そのむこう、花壇の中ではセフィロスが大きなシャベルを振りまわしていた。
「こうやっていっぺんに掘ってしまえば、植え替えもすぐにすむだろうが」体育教師はどこか苛立たしげに言いながら、ものすごいスピードで花壇の土をあたりに飛び散らかしている。
まだ蕾さえつけていない水仙がいくつも次々空を飛び、哀れにも掘り返されて土の山に紛れて横たわった。
クラウドは静かに怒っている。一見ただ茫然と彼の暴挙を眺めているように思えるが、その透明な青い目の奥にちらちらと青い炎が灯され、立ったまま微動だにしなくなった様子を見れば、非常に危険な状態にあるということは誰にでもわかった。ザックスやヴィンセントでさえ声もかけられないほどだ。
「どうだ、こんなに早く終わることに何日もかける必要はなかろうが」セフィロスは土の山の上にシャベルを突き立てた。それに肘を立てかけ、空(あ)いた手であたりを示してみせる。そしてどこか挑戦的な目でクラウドをまっすぐ睨みつけた。「どうした、ん？ 手伝ってやったのだぞ。なんとか言わんか」
「終わってないだろ」スコールはセルフィとアーヴァインを押し分けながら前に進んだ。「あんたいったい、なにをやってるんだ」
だが、ザックスが彼の腕をひっぱり、強引に退がらせる。「ああ、いいから口出すな。まじにやばいって」
ヴィンセントも頷く。「いやがらせにしても、やりすぎではないか？」
「おれはクラウドのほうが言いすぎだったと思うけどなあ」
誰がなにを言ったにせよ、いまのクラウドは無言だった。せっかく育ってきた水仙をだめにされて、チョコボがどれほど怒り、悲しんでいるか、スコールは想像したくなかった。この静けさは、それらの感情がどれほど大きなものかを物語っているようにも思える。
だがクラウドはそのままくるりときびすを返し、周囲の人間には一顧だに与えず大股に歩き去っていった。
「馬鹿者が！」その背中にセフィロスが怒鳴りつけた。
台詞が逆じゃないのか？ スコールは面食らって立ちつくした。「いったい、なんだ？」
「あのねえ」セルフィが、去っていったクラウドとシャベルを放り出すセフィロスとを見比べながらスコールに囁いてくる。「寸前まで仲よかったんだよ。ぽんぽん言いあいしててさ」
「まあ、ちょっとコミュニケーションがこじれてな」ザックスが曖昧に説明する。
「ふん、単なる痴話喧嘩だと言えばよかろうが」ヴィンセントが深々と溜息をついた。
スコールは腕を組み、ヴィンセントを、ザックスを、そして最後にはセフィロスを睨みつけた。「その痴話喧嘩で、どれだけの花がだめになったと思っているんだ。水仙にやつあたりすることはないだろう」
「やかましい」低く静かに言うと、セフィロスも校舎のほうへと消えていく。
スコールは残りのふたりを見比べた。「本当に、なにがあったんだ？」
「だからまあ、痴話喧嘩」ザックスが苦笑しながら両手を広げた。「ようするに、他人が口挟むことじゃないってレベルの問題だな」
「あんたたちは他人じゃないだろ」スコールは苛立たしくなって叫んだ。「少なくともザックス、あんたは家族みたいなものじゃないのか？」
「んー」ザックスは髪をかきまわした。「割りこんでもいいけどよ、おれ、今回はセフィロスのほうに肩入れしちまうぜ？」
「私は割りこもうなどという気にもならんがな」紅い目を校舎のほうへ向けて再び吐息をつくヴィンセント。「どう愚痴を言っていたところで、結局クラウドは赦しているし、セフィロスは逆らわん。気を揉むだけ無駄だ」
スコールはむっとした。仲間内だけで成立する会話を、これみよがしに聞かされることほど不快なものはない。疎外感というやつだな。「あんただって気に入らないという顔をしているくせに」
「ほう、私の表情がよくわかるものだな」ヴィンセントはなかば感心し、なかば挑戦的にスコールを見おろしてくる。
「どっちもどっちだ」ザックスが揶揄するように言った。「ふたりともいいかげん、モンスターみてえに空気で感情を表わすなよ。そのうち、クラウドだって理解してくれなくなるぞ」
「悪かったな」とスコールとヴィンセントは、期せずして同時に言ってしまった。
一瞬またふたりで睨みあってから、スコールは自分から目を逸らし、ザックスに向きなおった。「とにかく、原因はなんだ？」
「口出すなって言わなかったか、おれ？」ザックスの唇は笑いの形になっていたが、目はそうではない。クラウドによく似た不思議な青い光をたたえて、これ以上はなにも言わないぞと訴えているようだ。「どうしても知りたけりゃ、本人に訊きな。訊ければの話だが」
「障らぬチョコボに祟りなしとは、あのおとぼけ大統領が言ったのだったかな？」ヴィセントが呟いた。
「エスタの教科書にはもう、載ってるらしいぜ」ザックスは手をひらひらさせながらきびすを返した。「おれ、見まわりの時間だから、もう行くわ。それにそろそろ、キスティスも茶飲みに来る頃だしよ。夕食のときにまたな」
ヴィンセントも頷き、いっしょに歩き出そうとしたが、しかし考えなおしたといったように肩越しにスコールを振り返ってきた。「いずれにしても、あのふたりはやたらと複雑なのだ。そのうえ他人が嘴を突っこんだところで、双方とも無視して押し通るからな。振りまわされるのが趣味だというなら、あえて止めはしないが」
スコールはさらに、いらついた。「花壇の世話は俺もやっていたんだぞ」
「ああ、すまんな。代わって謝っておく」ヴィンセントは軽く笑った。
それですむと思ってるのか。俺のこのむかつきをどうしてくれる。
「そうそう」ヴィンセントは独り言のように呟いた。「なんにつけ、クラウドに口をひらかせたかったら好きなもので釣るといい。あまり深く考えずに飛びついてくるはずだ」