１
スコールはひどく幸せで夢見心地だった。
このまま、ここに骨をうずめてもいいと思うほど。
子チョコボが輪になって踊り、親チョコボたちはぱたぱたと、柔らかいつややかな羽でスコールに寄り添ってきてくれる。
きらきら輝く木洩れ日、草は瑞々しく、空気は湿りもせず、乾きもせず、爽やかな森の香りを含んでいた。
凶悪なモンスターの徘徊するこのグランディディエリの森の奥に、こんな天国があるなんて。
ああ、チョコボを好きでいてよかった。
あとは、あのチョコボがジャンクションさえさせてくれれば。
目をやれば、クラウドは土産にと持ってきたミメットの野菜を袋から出し、出すそばからチョコボに取られ、ついでに押し倒されていた。羽毛に包まれた鳥たちの身体でぎゅうぎゅうになっているので、さすがにつらそうだ。
「あっ、おまえはもう、食っただろ。一羽につきひとつだ、足りなくなるじゃないか！」
言葉がわかるはずもないのに、チョコボたちはクラウドの叱責には敏感だった。太った大きな一羽がしぶしぶ輪からはみ出、踊っている子チョコボたちをまたぎ越えてくると、スコールの横に腰を落とす。
スコールは慰めるために羽を撫でてやった。ちなみにチョコボは、喉をこちょこちょやってはいけないのだそうだ。へたをすると突つき抜かれて大変な目に遭うという。
幻の鳥だけにそんなことは誰も知らず、クラウドに聞くまでスコールも知らなかったことだった。
チョコボはチョコボなだけに、チョコボのことはよく知っている。
スコールはうっとりと太っちょチョコボに頬ずりした。
「なあ、クラウドよう」ザックスの瀕死の声が彼の坐っている背後の地面から湧き出てくる。「頼むから、おれらを突つかねえよう言い聞かせてくんねえか？」
視線をめぐらせればザックスはうつ伏せに地面に倒れており、その上にどっかりと黄色い羽根のかたまりが乗っていた。
「勝手についてきたのはそっちだろ」クラウドは袋を逆さまにし、残りの野菜をばらまきながら振り返る。どうやら一羽一羽に手で与えるのに飽きてきたらしい。「ほかの森と違って大きなチョコボ社会だから、まじめに危ないよって、おれ言ったと思うけど？」
チョコボ社会とはなんだろう？
「でもよう、なにも取って食いに来たわけじゃねえんだし」ザックスはまだ身体じゅうを穴だらけにされながら、ぐったりと呟いた。「見ろよ、セフィロスなんか、すでに再起不能だぞ」
「静かでちょうどいいじゃないか」クラウドは言いながら、しかしそれでも、いちおうケアルガをかけはじめている。
セフィロスはむくりと起きあがり、いきなりクラウドの襟首をひっ掴んで揺さぶった。「俺は気に入らんぞ。俺やザックスが突つかれて、なぜスコールのようなガキが、のほほんとしていられるのだ！」
「だからあんた、そういうことするから、おれが攻撃されてると思ってチョコボが蹴りに来るんだよ……って、もう聞こえてないな」
セフィロスは森の奥へと何羽ものチョコボに蹴られ、リレーされて運ばれていった。
クラウドはそれを目で追ってから、ザックスを助け起こしにかかる。
「ほんとに」ザックスは脱力したまま呟いた。「どうしてスコールが無事なんだよ？」
「知るわけないだろ」クラウドは当然のことのように応える。「マーキングでもされてるんじゃないのか？」
「おまえ、そんな適当で、名チョコボブリーダーと言えるのか」
「あのさ」クラウドはザックスの肩をぽんぽんと叩いた。「チョコボっていうのは星にとっても永遠の謎なんだ。こいつらはいったいなんだろうとか、なぜモンスターに襲われないのかとか、なぜ飛べないんだろうなんて考えているうちは理解なんかできやしないよ」
「そうか」ザックスはますます疲れたように肩を落とした。
「クラウドがクラウドであるように、チョコボはチョコボなんだな」スコールはそう納得する。
「なんで、おれを引きあいに出すんだ？」クラウドが眉を寄せた。
「わかりやすいと思ったんだが」スコールは応える。
「ああ」と、ザックスが頷いた。「すごく、よくわかった」
「なんでだよ？」クラウドはますます眉を寄せる。
「なんでって言われても」ザックスはぐるりとあたりを見まわし、最初に目が合ったチョコボに同意を求めたらしい。「なあ」
こくこくとチョコボが頷く。本当に人間の言葉がわからないのだろうか、この鳥は？ もしかしたら、わかっていて喋れないふりをしているのでは？
「あ」と、クラウドが子チョコボが踊っていたはずの広場のほうを振り返った。「結婚式だ」
「はい？」ザックスが、ひくっと笑う。
なにかいやな思い出でもあるのだろうか。
スコールは出てきた二組のチョコボカップルに目をやった。羽を広げ、首をまわし、たがいにたがいの羽毛を突つきあい、こすりあいながらそれは始まった。
どこかからメルヘンチックな音楽でも流れてきそうなほど、チョコボたちはきちんとしたリズムで羽をぱたぱた動かし、脚をあげ、跳ねまわっている。
壮観だ。
「見たところメスの取りあいとかなかったみたいだけど、どうやって相手を決めるんだ、チョコボってのは？」ザックスが小声で囁くようにクラウドに訊いた。
「だから知らないってば」クラウドも囁き返す。小声なのはチョコボの求愛ダンスを中止させたくないための配慮だろう。「でもそうだな、いつも喧嘩はないよ。女性上位だからじゃないかな」
「女性上位？」スコールも訊ねた。
「うん、メスが気に入らなかったらご破算って、そういう場面はよくあるんだ。それに、取りあって喧嘩なんかしたら両方とも嫌われるみたいだし」
「ふうん」ザックスは胡坐の上で頬杖をついた。「母ちゃんのほうが強いわけね」
「どうかなあ。オスはいつも、あっちこっちどこか行ってるけどね」クラウドは草の上に足を投げ出し、のびのびと転がった。「大抵、森にいるのはメスばかりだ。子育てあるから当然だけど……その代わり、オスはこの結婚式のあと、森の中に卵のための巣を作らなきゃならないし、餌もたっぷり取ってこなきゃいけない。いろんなことに敏感になるメスを宥めて、ときどき代わりに卵温めることもするんだ。せっせと働いて、でも生まれた雛は懐いてくれないし、そりゃ家出したくなるよな」
「森を出たオスはどうするんだ？」スコールは訊ねる。
「さあ？」クラウドは欠伸を噛み殺しながら応えた。「別の森行って別の可愛い子を見つけるか、たまに人間からかって遊んでたりしてるよな。最近は乗せなくなったし」
「羨ましい人生だぜ」ザックスがそっと呟く。「おれも可愛い子ちゃんを渡り歩いて過ごしてえよ」
「ひとりひとりに貢ぐつもりか？」スコールは訊ねた。
「どっちかってえと、貢いでもらいてえな」