１
西にガルバディアとティンバー、東にエスタ、北にトラビア、南はフィッシャーマンズ・ホライズン。
大洋の一点に浮かぶ島国、それがバラムだ。
おなじみの説明になるが、はっきり言って平和である。
もう、それはそれは、これ以上ないぐらい平和で、平穏で、安逸で、太平だった。最近になってからは特に、山地周辺ではアルケオダイノスと平和共存が果たされ、炎の洞窟ではボムと子どもたちが戯れているほどで、海岸ではフォカロルの群れが砂浜を横断していくのを、大勢の見物客がカメラを持って待ちかまえていたりする。
バラムは一種の楽園になりつつあった。
エスタではチョコボサファリパークができあがり、二羽のチョコボが駆けまわるさまを見ようと人々が荒野に列を作っているというが、ここは別の意味でもモンスターパークだ。遊んでいるのが人間なのかモンスターなのかは判別しがたい。
そして問題はバラムガーデンにも及んでいた。
みんなで仲よくなってるのに、どこが問題なんだとクラウドあたりは文句を言うだろう。しかし訓練だというのに、お弁当を持ってうきうきとスキップしていく生徒たちを見れば、今後のSeeDがどうなるかは明らかだ。
これではいけない。
シドはあせっていた。
SeeDの仕事は、ほとんどがモンスター退治かモンスター調査などに集約されつつある。それなのに当のSeeDたちがモンスターたちと輪になってフォークダンスをしていては、まるで仕事にならないではないか。
現にキスティスはルブルムドラゴンを飼い馴らし、スコールはボムとレースをしたり、またときたま、アルケオダイノスとどつきあいの喧嘩をするようにもなった。もっともスコールの場合はクラウドを見習ってのことだろうが、それにしても、彼らがなにを考えているかはともかく、傍から見れば仲よく遊んでいるようにしか見えない。
バラムでは深刻な被害は極端に少ないが、ガルバディア各地やトラビア東方など、いまだ獰猛なモンスターたちのおかげで人々は安心して生活できない地域がある。また《月の涙》があったばかりのエスタは、新旧のモンスターが入り混じって、その生存競争に通りすがりの人間が巻きこまれることもよくあった。
そうした被害に戦々恐々としている人々から見れば、このバラムは……ああ、どうにかして、まじめにモンスターと向きあえるようになってもらわないと。
「シド？」イデアの声が彼の後頭部にぶつかった。「そうしょっちゅう、壁と向きあわないでくださいな」
……そうだな。私自身がモンスターと向きあわなければ。
シドはおそるおそる肩越しに振り返った。
ちょうど、彼の見るところ世界最強のモンスターであるクラウドが、セフィロスが投げつけた肉まんをぱくりと口でキャッチしたところだ。手にはシュウマイの輪っぱと揚げパンを握っていて、お返しとばかりにシュウマイを銀髪の長身めがけて投げつけていた。
「ふぁから、食いものを投げるなっへ言っへるんだよ！」クラウドが肉まんをもぐもぐしながら叫ぶ。
セフィロスが床に落ちかけるシュウマイを、皿でひょいひょいと空中捕捉した。「そういうおまえこそ、もったいないことをするではないか」
「あんたが投げるから、ついついやり返すんだよ」
「俺が投げるものを、片っ端から気持ちよく、あーんと食っているのはどこのどいつだ」セフィロスがシュウマイを器用にぽんと放り投げる。
クラウドは一歩跳び退がって口の中に入れた。「落としたら食えなくふぁるふぁろ」もぐもぐしながら、今度は揚げパンを投げつける。
皿と食べものが飛び交うあいだにはソファとテーブルがあり、ザックスがきれいな琥珀色になったウーロン茶を碗に注ぎ、イデアがさし出されたそれを受け取っていた。
「んで」ザックスは頭上で飛び交うもののことはきっぱりさっぱり無視して地図を広げている。「公園を造るのはいいけど、ラハ岬の灯台はどうするんだよ」
「灯台はそのまま残しますわ。中は記念館として使用するので、絶対に壊さないでほしいんですけど」
「わかったよ。でもモンスターたちの出方によっちゃ、無事にすむかどうかは保証しないぜ」
「ぜひ保証していただきたいところなんですけど、無理なのかしら」
「無理だなあ」ザックスはクラウドを振り返った。「なあ、ただどかすだけじゃ、やっぱりモンスターたち戻ってきちまうか？」
「あのへん、バイトバグとかばっかりだから意思疎通が難しいんだよ。エサがなくなって巣を作る場所もなくなるんだってわからせるのには、やっぱり問答無用でファイガ浴びせるしかないね」呟きながら、クラウドは立て続けに皿と箸と春巻きを投げつける。
箸を先に受け止め、それで春巻きをキャッチし、もういっぽうの手で皿を掴みながらセフィロスが眉を寄せた。「公園はいいが、戦場跡にわざわざ戦いがありましたなどと記念碑を立てる人間の気が知れんな。それに、死んだのはガルバディア兵がほとんどだ。バラムがそんなものを造っては、あちらが立腹せんか？」
「戦勝記念ではなく慰霊碑ですよ」イデアがやんわりと応える。「それに子どもたちが遊ぶ公園にもなるんですから」
やはり投げ返された春巻きに食いつき、クラウドも眉を寄せる。「慰霊碑に登って遊ぶのか？」
「そういうことはさせません」イデアはきっぱりと言い、今度はビーフンの皿をまっすぐ投げつけたクラウドの、その腕をひっぱりおろした。「いいかげんに食べもので遊ぶのはおよしなさい」
クラウドがたたらを踏んでソファに倒れかかり、セフィロスは習慣どおりにビーフンの皿を投げ返したところだった。
そしていつもどおりに存在を忘れられていたシドは、クラウドの背後に立っていたのである。
彼は避けるまもなく、ビーフンを頭からかぶり、立ちつくすことになった。
「クラウド、なぜ避ける」セフィロスがむっとして言った。「今度はどうやって口でキャッチしてくれるものかと期待しておったというのに」
「ビーフンはさすがに無理だよ」クラウドはザックスの隣に坐りこみ、地図のほうへと目をやる。「なあ、公園造ろうって言い出したのセフィロスだろ。まじめにやろう」
「おまえなあ」ザックスが、ごつんとチョコボ頭に拳骨を落とした。「いままで食うことに専念してたやつが、えらそうに」
「だって、ここに入ってきたら点心が並んでるんだもん」
「そういうものを用意しないと、クラウドは来てくれないじゃありませんか」イデアが責めるように呟く。
「ところで、公園を造ろうと言い出したのは俺ではないぞ」セフィロスがソファの後ろに立ち、おもむろにコートの中に手を入れた。「地域活性化運動というものがあってだな。そこらの役に立たん野っぱらに、空き缶や空き瓶などを使って、いろいろと施設を造ろうと呼びかけている環境団体があるのだ」
「あんた、それに参加するつもり」クラウドは虚ろに微笑んだ。
「もちろんだ」セフィロスはうきうきと新聞を取り出す。地域情報版というもので、市の予算がどのように消費されているか事細かに記事にされているものだ。
セフィロスは最後のほうの記事を指し示した。「ここにだな、ワインの空き瓶でアスファルト道路を造るという技術がある。そのリサイクル技術を使ってと具体的に決まりはじめていたところ、ラハ岬が注目されたというわけだ。ちなみにワインの空き瓶を持っていけば、誰でもバラムリサイクル委員会の会員になれる」
クラウドがうんざりしたように床を見つめた。「あのさ、リサイクルはいいんだけど、おれたちの部屋、どうにかしないか？ 分別をきちんとやるためだかなんだか知らないけど、ごみ箱だらけじゃないか」
「減らしてやってもいいが、その代わり部屋がごみだらけになるぞ」セフィロスは新聞を折りたたみ、もとのとおり内ポケットにしまいこんだ。
クラウドは髪をかきまわす。「おれ忙しいんだよ。ティファの世話とかあるしさ」
「チョコボにその名前はやめろ」セフィロスがソファの背越しにクラウドの首を絞めた。
「なにしやがる」くるりとひっくり返って蹴りつけるクラウド。
セフィロスはぱっと手を放し、ついでにソファの陰に隠れるようにしゃがみこんだ。クラウドの蹴りは空(くう)を泳ぎ、クラウド自身はソファを跳び越え、むこうの壁へところころ転がっていった。
「奥さま」シドはビーフンをかぶったまま低く呟いた。
「なんでしょう、シド？」
「お願いですから、その公園の件は少し待っていただけませんか」
「でも、SeeD独自の計画というわけではありませんし、バラム環境委員会の意向もあって……でもなぜ？」彼女は初めて顔をあげ、彼の様子を目に入れたらしい。「あらあら、シド、そんなものかぶって、服が汚れるじゃありませんか」
シドは一瞬黙りこんでから溜息を落とし、そして背筋をぴんと伸ばした。「クラウドはSeeDでしたね」
壁に足を立てかけ、床に寝転がったまま腕を組むチョコボ。「うん。でも、まだ一年だけどな」
「SeeDとしての任務です。スコール、ゼル、セルフィともどもガルバディアに向かいなさい」
「いきなり、どうしたんだ？」ザックスが眉を寄せて顔をあげる。
「ガルバディアのカーウェイ大佐から、ひとつ依頼が来ているんです」シドはおもむろに頷き、ビーフンの一部が床に落ちた。「むこうできちんと依頼内容を聞いて、しっかり仕事をしてきてください。そしてセフィロス」
セフィロスがいやそうに顔をしかめる。「俺はSeeDではないぞ」
「それがどうかしましたか。あなたも彼らといっしょにガルバディアに行ってください」
「なんで、こいつがいっしょなんだよ」クラウドがむっつりと呟き、どんと足を壁に叩きつけてひびを入れた。
シドのこめかみにもひびが入りはじめる。「なんで、でも、どうしては禁止」
「じゃあ、やだ」
シドはついに声を張りあげた。「とっとと出ていけ！」