１
「スコール」キスティスがやっと口をひらいた。「ここはどこ？」
「知らん」
いつものくせで、つっけんどんに応えてしまったが、べつに機嫌が悪かったとか、彼女がうるさかったと感じたわけではない。
ただ彼も、まだ思考が働かなかったのだ。
目の前にはサバンナといった具合の荒野があった。でこぼこに地形を彩る岩や起伏の連なる中に、申しわけ程度に草や柴が生えているだけの寂しい大地だ。南側を縁取る山脈と彼らの背後にある山脈とで、その世界は取りかこまれていた。
どこかモルドレッド平原にも似ているが、スコールは違うと確信している。そもそもドールの電波塔にいた彼らが、どうしてこんな景色を拝めるというのか。
「ねえ」セルフィがヌンチャクでこつこつと自分の頭を叩いた。「あたしたち、電波塔で無線の試験やってなかったっけ？」
ゼルが頷く。「そんでもって、なんだか知らねえけど電波が混乱してよう」
「ああっ！」いきなりキスティスが叫んだ。
「なんだよ？」ゼルがびくびくと彼女を振り返る。
「ちびちゃんがいない！」彼女は両手を上下に何度も振る。「わたし、この手に抱いてたのよ。確かにいっしょにいたのに！」
キスティス……仕事にペットを連れ歩くのはやめたほうがいいと思うぞ。
「どっか、ふらふらと行っちまったんじゃないのか？」ゼルは前へと踏み出し、ひとつの岩の上へと飛び乗った。そこでひたいに手を当て、周囲を見まわす。
「おい、なにがあるかわからないんだぞ」スコールはいちおう注意した。
「なにがあるって、なんにもねえ――うわっ！」
ゼルがいきなりのけぞり、岩の上から転がり落ちた。同時にその陰から、獰猛な吼え声と大柄な狼が飛び出してくる。
スコールは咄嗟にガンブレードを構えたが、間に合わなかった。狼は彼の横を、鋭い爪を振りながら素通りしていく。セルフィとキスティスがそれぞれ短い悲鳴をあげて、さっと分かれるあいだを、それは突破した。
そして狼はすぐ身体を丸めてくるりと振り返ってくる。スコールはガンブレードを構え、腰を落とした。
「おれの獲物だ、手え出すな！」
怒鳴り声とともに背後から躍りあがる影。スコールは蹴り出そうとした足を無理やり返した。
その影が彼を飛び越えて狼にまっすぐ向かっていく。幅広の大剣を頭上にかざし、飛びかかろうとしていた狼を真正面から叩き斬った。
「うひゃあ」セルフィが地面に四つん這いになった恰好で悲鳴をあげる。
「ザックスさん？」キスティスが叫んだ。
おれのだと言って斬りかかるから誰かと思えば、それは黒い長髪をざんばらにしている、見慣れたおなじみのザックスだった。それにしても、さっきの台詞は、どちらかといえばクラウドが口にしそうなものだが。
バスターソードを背中に収め、潰れた狼を蹴りながら彼は振り返ってくる。「あん？」
「よかった」キスティスは腰の鞭から手を放し、胸を撫でおろした。「ザックスさんもいっしょだったのね」
ザックスは訝しげに眉を寄せた。「おれさあ、美人と知りあいなら忘れるはずねえんだけど、どこかで会った？」
「なに言ってるの」セルフィが彼のそばに寄って、ぱんぱんと背中を叩く。「昨日会ったでしょ。それにしても、今日の服かっこいいね。兵隊さんって感じで」
「あんたらの格好は学生みたいだな」
スコールたちの任務は無線実験のためのドール電波塔警備というものだった。機密性もほとんどなく、まして極秘性などさらさらない任務だったので、SeeDの制服を着て突っ立っていただけだった。
しかしそうか、これは学生服に見えるのか……一度デザイン変更してもらうよう、まま先生にでも相談しておくかな。
いや、そうではなく、この制服を見飽きているザックスが、なぜそんなことを言うんだ？
「あのよう」ザックスは彼女を見おろし、キスティスを再び見やり、さらにスコールやその後ろにいるゼルにも目を向けてきた。「あんたら、なに？ こんなところで、なにしてるんだ？」
どうも、ふざけているようではなさそうだ。スコールが眉を寄せれば、再び背後の岩陰から数人の気配。
振り返れば、ゼルが先刻登っていた岩の上にふたりの男が乗りあがっていた。
「ザックス、てめえ、いくらちょうどいいからって、おれを踏み台にするこたねえだろ」がっしりした体格の黒髪の男が地団太を踏むようにして怒鳴っている。
「てめえがぼーっとしてるからだ」
「マテリアに集中してたんだよ！」
「やだやだ、たかだかニブルウルフ一匹に、すーぐ魔法使いやがる」
「てめえが得意じゃねえからって、やっかむんじゃねえよ」
「うっせえな」
「ザックス」もうひとりが口をひらいた。こちらも長身だが、細身でしなやかそうな手足をしている。「その坊やたちはなんだ？」
「知らね」ザックスは両わきのキスティスとセルフィを、またそれぞれ見おろした。「でも、これから知りあいになる予定だ」
スコールはゼルと混乱した視線を交わし、さらにほかのふたりとも疑問の有無を確認しあう。キスティスは青い顔をしていたし、さすがのセルフィも、なにかおかしいと口を噤んでいるようだ。
「知りあいになるのは構わねえけどよう」細身の男が身軽に跳びおりてきた。ほとんど足音がしない。「こんなところで」とスコールが手に持っていたガンブレードを軽く拳で撥ね、遠ざける。「こんなもん持ってるんだ。ゲリラと違うか？」
「こんなところでピクニックするなら、そのくらいの装備は必要だろ」ザックスは軽く受け流すように言いながら、しかしその藍色の目がやや細められる。「けど変な剣だよな。玩具じゃねえの？」
「なんだと？」スコールは彼を睨み返した。
「ちょ、ちょい待った」ゼルが慌てて彼の肩を掴み、前のめりになった姿勢を引き戻してくれる。「あのさ、こんなところって言うけど、ここどこ？」
「ノースコレルエリア」岩の上に坐りこみながら黒髪の男が言った。「迷子って感じでもねえし、どうするんだ？」
「おれらには手に余るな」スコールのかたわらにいた男が胸ポケットから小さな機械を取り出した。「こちらディーク。女ふたり、男ふたり、人間を捕獲。どうすりゃいいんだよ」
「あたしたち、捕まっちゃったの？」セルフィがこりこりと頬をかきながら首を傾げる。
機械からノイズまじりの声が流れてきた。『人間だと？ モンスターではないのか？』
「失礼な」キスティスが冷静に抗議した。
「失礼なやつだとよ、アレン」ザックスがディークという男から機械を取りあげながら笑った。「もう一度言うぜ、確かに人間、すこぶる金髪美人と小粒な可愛い子ちゃん、無愛想な坊主にトサカ頭」
「その形容の仕方はなんなんだよ、ちくしょう」ゼルがぶつぶつと小声で文句を言う。
再び機械から声。『ザックス、おまえがいて、どうしてこちらに判断を仰ぐんだ』
「いや、やっぱり上司の指示は大切だろ」
『いちいち将官に捕虜の処遇を訊ねてくるな』
「またまた、階級なんか気にしてねえくせに」
『いいかげん、指揮官の自覚を持てと言っているんだ……まあいい、連れてこい、全員』
「キャンプにか？」
『そうだ』
「了解」とザックスはディークに機械を放り投げ、スコールたちをぐるりと見まわした。「てえわけで、いちおう捕虜扱いな。ええと、あり？」彼はぱたぱたと自分の服を叩いて点検した。「ボード、おまえ、捕虜に読みあげる権利文知ってるか？」
「んなの、知るわけねえだろ」
ディークも首を振った。「習ったけど、メモがねえと思い出せねえよ」
「しゃあねえな」ザックスは片手をあげ、拝むように会釈してくる。「権利文読んだことにしといてくれよなな？ ひでえことにはならねえって保証するからよ」
スコールたちは困惑しながら再び仲間たちを視線を交わした。
「やっぱり別人」と、セルフィが悲しげに呟く。
「こんなにそっくりなのに」キスティスも彼に視線を当てたまま頷いた。
「なあ、ところでさ」ゼルが、ディークという男が胸ポケットにしまいこんだ機械を指さした。「それ無線？」
「見たことないのか？」
「いや、無線のことは知ってるけど、普通に使ってるからさあ」
怪訝そうに首を傾げるディーク。しかしこの男、なんだか眠そうな顔をしてるな。いつもこうなんだろうか。
それに……スコールは少し注意深く彼の顔を観察した。「……似ている」
「なに？」と、そのディークが見おろしてくる。
「目が。クラウドにそっくりだ」
ますます彼は怪訝にした。「おまえの言うのは人間の名前か？ それとも」と上方を指さす。「あのへんで浮かんでるやつのことか？」
「いちおう人間」キスティスが応えた。「でもほんと。ザックスさんのも、色は違っても似てると思ったことあるけど」
そのザックスは、先刻の陽気さとは一転して気味悪そうに彼らを見つめていた。
あまり態度の変わらないのが、もうひとりのボードという男だ。「なんだよ、チョコボの知りあいか？」
「どうだかな」ザックスが応えた。「あのクラウドに、そうそう知りあいがいるわけはねえんだが……おまえら、やっぱりモンスターじゃないのか？」
「クラウドにはモンスターのお友達、いっぱいいるもんねえ」セルフィが頷いた。「でも、あたしたちは人間だよ、たぶん」
なぜそこで《たぶん》がつけ足されるんだ、セルフィ？ あんた、だんだんあっちの世界の住人になってないか？
「まあいいや」ザックスが髪をかきまわした。「いろいろ訊くのはキャンプに帰ってからにしようぜ」
「チョコボの知りあいなら面通しできるな」ボードが面倒臭そうに呟く。「身許不明となると、いろいろ厄介だしよう」
「どうかな」ザックスがわずかに唇を歪めた。「あの大将が許可してくれるかわからねえぞ。親にだって会わせねえって感じで独り占めしてるだろ」それから彼は、スコールに指を突きつけた。「ところであんた、いつまで武器出してるつもりだ？ 取りあげられたくなけりゃ、しまえ」
ああ、つい。スコールはガンブレードを腰に戻した。