１
狙撃手。
それは孤独なもの。
ただひとり、圧しかかるプレッシャーに耐え、ただひとつの銃弾にすべてを賭ける。
それは、ただ引き金をひけばいいというわけではない。針穴に糸を通すよりも繊細で、セントラの白磁器を扱うよりも慎重に、そして可愛い女の子と手を繋ぐよりも優しく、銃身を――
アーヴァインはそこで、はっと我に返った。
どうしてなんだ。どうして、ぼくはクールになりきれないんだろう。
もっと独特のかっこいい比喩を考えておかないと、恰好がつかないよな。
そんなふうに思わず首を振ったとき、がこんと拳骨が降ってきた。
「狙撃中にほかのことを考えるな」
振り仰げば深紅のマントに身を包んだ幽霊教頭がそびえ立っている。
「うう」アーヴァインは痛む頭をさすりながら唸った。「これ、ただの訓練だろ。そう厳しくしなくても」
そこは射撃訓練室だった。左右には集中するための隔壁が張ってあり、狙いを定めるべき正面には液晶のプロジェクターが設えてある。その画面の中では、人形のような子どもを人質に取ったテロリストがなにやら罵声をあげつづけていた。
ヴィンセントはその画面に指を突きつける。「時間切れだ。あの女の子は殺され、おまえは任務に失敗ということだ。最低だな」
「だからさあ、ただの訓練でそこまで緊張できないってば」
「やたらと緊張してどうする」ヴィンセントはなおも遠慮なく蹴りつけてくる。「常に犯人をマークし、その銃口が人質から逸れたとき、その瞬間に確実に息の根を止める、または銃を撃てないよう封じる。その瞬間はいつ来るかわからず、また一度しかチャンスがないこともある。緊張していました、失敗してごめん、ではすまんのだぞ」
「はいはい、わかりました」
「返事は一度だ」厳かに、ヴィンセントは真上から睨みおろしてくる。
「はい……」
そのとき定期的に鳴る時鐘が聞こえてきて、アーヴァインはそそくさと訓練用のロングバレルを片づけた。
「おいこら」ヴィンセントが怒鳴る。「狙撃の腕前を見てくれと言ったのは、どこのどいつだ、根性のない」
「勘弁してよ」
だってヴィンセントときたら、ちょっと姿勢がおかしいとか、一ミリ銃弾がずれたとか、そんなことですぐ殴るじゃないか。しかも、うっかり帽子を直したりしてると取りあげるしさ。教官役なんか頼むんじゃなかったよ。
アーヴァインは逃げるように訓練場を出た。
対モンスター用の訓練施設と併設されているその部屋を出ると、すぐ夜の恋人たちの場所が見える。訓練用に飼い馴らされているとはいえ、モンスターのうろつく道を通って、どうしてアベックたちがああも大勢集まるのか。というか、なんでそんなところにデートスポットができるんだろう。
いまは昼間だが、それでも仲のよさそうな若い男女が二組ほど、展望台の手すりに沿って並んでいる。
ちぇっ。ぼく最近、女の子と遊んでないな。ヴィンセントに教官を頼んで以来、忙しくてしょうがない。へたするとあの幽霊、夜中に襲撃してきて、訓練だなんて連れ出してくれるんだ。
おかげで昼も眠くて、夜も時間が取れなくて……そのあいだに、ぼくの目をつけてた子はみんな彼氏持ちになっちゃうし、セルフィを誘っても必ずヴィンセントがくっついてくるから意味がない。デートする時間があるなら訓練せんかとか言って、あの幽霊、本当に容赦がないんだから。
「あっ、アービン！」
その声に振り返れば、セルフィがアルケオダイノスを背景に、大きく両手を振って飛び跳ねている。
アーヴァインはちょっとのま、目を剥いて凍りついていた。
セルフィ……きみまでモンスターマスターになったのか？
きみがトランポリン代わりにしているそれ、アルケオダイノスの尻尾じゃ……。
そのモンスターの背中から、ひょこりとチョコボ頭が覗いた。
言わずもがな、ガーデンのアイドル、最強チョコボのクラウド・ストライフだ。
「やあ」と彼は、アルケオダイノスの首にぶらさがるようにして軽く片手をあげた。「いままで射撃訓練だったのか？」
アーヴァインがその場で立ちつくしていれば、彼ら――アルケオダイノスも含む――のほうから近づいてくる。
「アービン、最近頑張ってるね」セルフィが尻尾から跳びおりながら言った。「単位が足りないわけじゃないのに」
「ぼくはプロフェッショナルになるんだ」アーヴァインは拳を握り、力んでみせる。「誰にもトップスナイパーの座は譲りたくない」
「ほかに、誰かうまい人いた？」セルフィが首を傾げ、クラウドのほうを振り仰ぐ。
クラウドはぐるりと目をまわした。「こないだ、ニーダが八十パーセントの命中率はじき出してたよな。シュウはうまいぞ。それに確か、スコールとサイファーもそこそこ。そうそう、むらがあるけど、リノアがまた、調子いいときは百発百中なんだ」
「へえ、いがーい」
「でも彼女は、調子悪いときはものすごくて、このあいだ隣でやってたやつが全治一か月」
「それって」アーヴァインは虚ろな笑みを浮かべてしまった。
「うん、どう狙ったら真横に弾が飛ぶのかわからないけど」
「後ろに飛ぶよりましかもね」セルフィがなかば、まじめに呟いた。
アーヴァインは吐息をつく。「どっちにしたって訓練施設でのお遊びレベルさ、そんなの」
クラウドがわずかに眉をひそめた。「でもヴィンセントは、まだ屋外訓練は早いって言ってるんだろ」
「うるさいな」アーヴァインはむきになった。「ぼくは実戦派なんだ。訓練の平板なビデオで反動も甘い訓練用の銃じゃ、本気の実力なんか出せるもんか」
「じゃあ今度、〈天国に一番近い島〉にでも演習に行く？」
「極端なこと言わないでくれ」アーヴァインはちょっと慌てた。「あんな島に平気で行けるのはクラウドだけだってば」
「うん、そうだね」セルフィがこくこくと頷く。「クラウドはお友達いっぱいいるからいいけど、あたしたち、コミュニケーション取るのにちょっと苦労するもんねえ」
いや、メルトドラゴンなんかとコミュニケーション取りたくないよ。
「なあ」クラウドがアルケオダイノスの背から滑りおりてくる。「ようするに、ヴィンセントが気に入らないんじゃないのか、あんた？」
「……まあね」
「けど、あいつは教えるのうまいんだぞ」
「クラウドは剣術専門だろ。勝手なこと言うなよ」
「そりゃ、おれは剣のほうが好きだけど」
「けど？」
「銃もできる」
それはまあ、そうかもしれないけど。「いいよ、こうなったら、ほかの教官探す。どれだけ優秀な教師だっていったって、性格が合わないのはしょうがないからな」
「そういうものか？」クラウドはアルケオダイノスの頭を撫でながら首を傾げた。