１
俺はなんのために生きているのだろうと思うときがある。
こんなことを考えるのはザックスあたりの専売特許だと思っていたのだがな。
だが、あの炎。
かつてのニブルヘイム。
あの炎の中に、俺は俺というものを探し求めていた。そんな気がする。
あのときも、なんのためにと考えていたはずだ。
セトラ、ジェノバ……実験体として生み出された俺。
俺はただ、ジェノバ細胞の容れものにすぎないのか。
特別な人間だったはずの俺が、その人間でさえなかったのか。
それでは、なんのために生まれたのだろう。
なんのために俺は生きているのだろうと。
この期に及んで、こんなことを繰り返し考えることになるとは思わなかった。
だが考えずにはいられないのだ。
考えずには……。
セフィロスはただじっと立ち、あのときの炎の熱さを思い出していた。
＊＊＊
ザックスは食堂に入った途端、いつもより重い空気を感じた。
見渡してみても、これといって変わった光景があるわけではない。食堂のおばちゃんは相変わらずメシをたかる生徒たちをあしらうのに忙しく、制服、私服入り乱れた寮生たちは、いつものとおり食べるのに夢中で、誰が食堂を出入りしようと、足もとをちびドラゴンが横切ろうと気にしちゃいない。
だが、なにかが違う。ザックスにはそう思えた。
なにかが起こっている。そんな予感がひしひしと押し寄せてくるのだ。
いや、気のせいだ。そうに決まっている。不吉なことを考えれば本当に起きてしまうから怖い。考えないようにしよう。
彼は軽く首を振り、いつもの指定席へと向かった。
丸テーブルではゼルがパンをがつがつと食いながら、ティファチョコボやレノチョコボに取られてなるものかと豆腐ハンバーグを両腕で防御し、背中を丸めている。
その隣ではセルフィがパンにハンバーグを挟んで両手で持っていた。だがそれを口に運ぶ気配はなく、横手のクラウドを心配そうに見つめていたのだ。
クラウドは……。
ザックスは信じられないものを見たような気がした。
クラウドの前に置いてある夕食のトレーには、もちろん豆腐ハンバーグ――特別仕様の特大版だ――があり、添えものには山盛りのキャベツの千切りに、にんじんのグラッセはつやつやと光っている。そのほかにもキノコのスープと白いてんこ盛りご飯。
そのどれもに、クラウドは手をつけていなかったのだ。
「ど、どうした!?」ザックスは彼のかたわらに駆け寄り、椅子を引き出すとほとんど同時に腰をおろしつつクラウドの肩を揺すった。「おまえ、どこか具合が悪いのか？ いや、具合が悪いぐらいで食えなくなるおまえじゃないはずだ。なにがあった？」
「べつに」クラウドはどんよりと呟いた。
「べつにじゃねえだろ」
「ほんとに……」クラウドはザックスから顔を背けるように、セルフィの手もとに向かってかすれた声を出す。「ほんとに、なんでもないんだ……なにもなかったよ」
ザックスはちらと、セルフィと目線を交わした。
彼女も不気味そうに、そして不安そうに見返してくる。「午後からずっと、こうなんよ」
「クラウド」ザックスはクラウドの顔を覗きこむようにして言った。「いいから話してみろよ。友達だろ」
「あんた、ふたことめにはそれだな」
「うっせえな、素直に吐け」ザックスはチョコボ頭を思いきりはたいた。
クラウドはテーブルに突っ伏し、てんこ盛りのご飯をひっくり返してしまう。普段なら、もったいないと泣きそうになって拾い集めるはずなのに、突っ伏したまま見向きもしなかった。
そしてクラウドはテーブルに向かって再び呟いた。「おれ……おれは……」
セルフィとザックス、そしてさすがにゼルも食べる手を止め、クラウドのほうへと聞き耳を寄せた。
クラウドはいきなり叫ぶ。「おれ、セフィロスを愛してるからな。本当だぞ！」
丸テーブルに陣取っていた三人に限らず、その周辺百メートル半径の空域にストップがかかった。
「おれは、あいつがいないと生きていけないんだ。あいつのポトフが世界からなくなったら、きっと世の中は灰色になる」
なんだ……。ザックスはほっと胸を撫でおろした。「そういや、セフィロスはどこだよ」
ところがクラウドが、びくうっとなっていきなり立ちあがった。セルフィが慌ててのけぞり、チョコボ頭との衝突と避ける。
「あいつは……」クラウドは苦しそうに顔をしかめ、「あいつはいいんだ、放っておいてくれ。だけどおれは、あいつのために生きるよ。おれは生きなくちゃならないんだ」と瞬くまに食堂を駆け出していってしまった。
なんだなんだ、なにを混乱しているんだ、あのチョコボは。
しばらくのあいだ、そろって食堂の出口を見つめていた三人は、やはり同時に向きなおった。
「事件だね」セルフィがきらりと目を光らせた。
「どうかな。例によって、ただの痴話喧嘩だと思うぜ」ザックスは彼女を諌めるように言った。この野次馬根性、もうちょっと控えめにしておかねえと、ほんと、まじめに危ないことになるぜ。
それから彼は、テーブルの上をとことことうろついているチョコボ二羽を立て続けに放り投げた。「おまえらは厩舎に帰れ。廊下もそろそろ電気が消えるぞ。鳥目なんだから明るいうちに寝ろ」
ティファがお返しとばかりにザックスの背中に蹴りこんで、憤慨しながら食堂を出ていく。レノはおやすみ代わりに彼の手を嘴でかじってから、ひょこひょこと床を移動して消えていった。
横取りされる心配がなくなったと見て、ゼルが身を起こした。「なあクラウド、どうしたんだよ？ 言ってることがめちゃくちゃなのはいつものことだけど、食わねえってのは一大事だぜ」
そういえば、まじめにひとくちも食べずに出ていったよな。ザックスは置いていかれた夕食のトレーを自分の手もとに引き寄せた。
残飯整理を始めながらザックスは顔をしかめる。「おまえら、なにも聞いてねえの？」
「全然」と、セルフィ。
「おれはSeeDの研修から帰ってきたばっかりだしよ」
「研修？」ザックスは首を傾げた。
「指揮官コースにそういうカリキュラムがあるんだよ。ガルバディアかエスタ、どっちかの軍隊に入って三日間、将校としての組織管理実習するんだ」
「ふうん」
「いま、スコールはんちょがガルバディア行ってるんよ。ほんとはサイファーの順番だったんだけど、どうしてもエスタに行くのはやだって、ごねちゃってさ」
「なんだ、ラグナと仲悪いのか？」
「ううん」セルフィはぐるりと目をまわした。「ただ、あのラグナ像を三日間も見せられるのは勘弁してくれだって」
クラウドの天使像ともどもエスタに贈られたラグナ像は、当人とその息子の反対にもかかわらず、でかでかと大統領官邸前に立っているという。
ザックスは頷いた。「じゃあ、スコール絡みってわけでもねえな。あとは？」
「さあ？」ゼルは首を傾げながら、あらためて豆腐ハンバーグに向きなおった。しかし、いただきますとフォークを突き立てようとした途端、赤い影が彼の手もとをかすめ、気がつけばちびドラゴンが、ごっくんとハンバーグを丸呑みしていた。
ザックスはちびの尻尾を握って振りまわすと同時に、クラウドが残していったハンバーグをゼルのトレーに移してやる。
涙を溜めて感謝しながら、ゼルはやっとおかずにありついた。
「で、セフィロスはどこだ？」ザックスは誰にともなく訊ねた。
知らないと、ちびを含めてみなの目が語っている。
そこへサイファーが現われ、ザックスと同様の問いを投げかけてきたものだ。「おい、体育教師を見なかったか」
ザックスは白コートの若者を見あげた。「おまえさんが捜してるとは珍しい。どうした？」
「あのボケ教師、ニーダに採点作業を押しつけて、どろんと消えちまった。こっちは、ニーダがいねえと浮遊装置のメンテナンスができねえんだよ」
「浮遊装置？」
「このガッコがふらふら移動できるのは知ってんだろ」サイファーは忌々しげに顔をしかめた。「そのシステムの定期点検があるんだよ。操舵爪の癖をよく知ってるのはニーダだけで、そのニーダを職員室に缶詰にしてんのがセフィロスだ。ニーダはニーダで、黙って仕事を放り出せば、あとで体育教師になにをされるかわかんねえって、動こうにも動けねえしよ」
「ふうん？」ザックスは首を傾げた。「ところでよ、職員室っていったいどこにあるんだ、この学校？」
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