１
スコールは卒業を迎えた。
といっても高等教育を修了したというだけであって、まだあと一年はキスティスが研修生として残留したように、スコールも実習のためにガーデンに籍を置くことになる。
クラウドに合わせて出席していた自由選択講義が受けられなくなるのは少し寂しいが、それでもこの手にした卒業証書は、ちょっと大人になったという証ではある。
サイファーもゼルも同様に卒業でき、来期からはスコールと同じ研修生としてSeeD業務に携わることになる。もともとトップSeeDとしてガーデンの防御部隊を形成してきた彼らは、かなりの期待をこめて迎えられることだろう。
セルフィは情報局、アーヴァインはもちろん狙撃部隊で、それぞれ研修期間を過ごす予定だ。ニーダは技術開発局へ行き、おもに航空機の操縦系統などの開発に携わるという。もっとも、そのいっぽうで体育教師の助手を継続するらしいが……一生、セフィロスにこき使われるつもりだろうか。さらにつけ加えておけば、キスティスのちびドラゴンも見事SeeDに昇格した。
とにかくこの夏、スコールと友人たちはそろって高等部を卒業した。秋からは新しい教育、新しい生活、あるいは新しい人間関係ができるだろう。
誰もが期待と希望と緊張を持って、陽射しの強い夏を過ごす今年である。
ところがプロムを終え、夏休みに突入した初日、食堂に入れば、どんよりと黒い雲が立ちこもっていたものだ。
ぐるぐると渦を巻き、スコールが放つトルネドぐらいでは散らばりそうにないその重い雲は、クラウドとザックス、セフィロス、そしてヴィンセントを中心に湧き出している。
「くっくっく」と、セフィロスは上機嫌に笑っていた。
ヴィンセントは笑ってはいなかったものの、片手で口もとを隠し、クラウドを見ないように横を向いている。
ザックスは吹き出しそうに顔を歪めながらも、クラウドの背中を優しく何度も叩いていた。「そう落ちこむなって」
クラウドが耐えきれなくなったように、わっと泣き伏した。
スコールは慌てて彼らのそばに駆け寄る。「どうした？ なにがあった？」
二対の青い目と一対の赤い目がスコールを振り返り、気にするなとそれぞれがジェスチャーを送ってくる。
「本当にどうしたんだ」スコールは繰り返し、クラウドを挟んでザックスの反対側に坐りこんだ。「外はあんなに、晴れやかな空に白い雲が浮かんでいるというのに」
「放っておいてくれ！」叫んでから、クラウドははたっと泣き止み、顔をあげてスコールを見やった。「あ、そうだ、卒業おめでとう」
それだけ言うと、再びわっと泣き伏す。
いっそう重くなった雲の下、セルフィとアーヴァインがそろってやってきた。
「やっほー、今日もまたまた暗いねえ、ここ」と彼女はクラウドの後ろに立ち、両手でそのチョコボ頭をぺしぺしはたく。「いつまで落ちこんでるん？ ええやんか、万年一年生でも！」
「うわあああん」クラウドはさらに声をあげた。
ザックスがちょっと顔をしかめながら彼女を振り仰ぐ。「明るくいじめるなよ。ちっとは本気で落ちこんでるんだから」
同時にスコールは、びっくりして叫んでしまっていた。「クラウド、また留年したのか!?」
「うわあああああああん」ますます声を高めるクラウド。
「くぁっはっはっはっは！」セフィロスが珍しくも大口をあけ、腹を抱えた。ヴィンセントもついに耐えられなくなって身を折り、肩を震わせている。
「いや、だから気にするな、な？ クラウド」ザックスだけは懸命に慰めようとしているが、そのひとつひとつの言葉尻に抑え切れない笑いの響きが入り混じっていた。「ほらよ、雷神だってSeeD試験受けるために卒業見送って留年したっていうし、おまえだけじゃねえって」
「おれはもう、SeeDだ！」クラウドは泣きながら訴えた。「戦闘技術も戦闘シミュレーションも戦術シミュレーションも全部修了してるのに、どうしてまだ、ぴかぴかの一年生なんだよ！」
「それはおまえが、おばか――」セフィロスが言いかけると、クラウドはたちまち鬼神に飛びかかった。
スコールは、殴りあい、蹴りあいながら食堂を横断していくふたりを見つめる。「戦術シミュレーションも修了してるのに、どうして一般科目を覚えられないのだろう」
「そりゃおまえ、クラウドだからな」ザックスがひとことのもとに片づける。「セルフィ、アーヴァイン、とにかく坐れよ。んなところに突っ立ってると、チョコボとイカに轢き倒され、巻きこまれるぞ」
「誰がチョコボだ！」
「イカとはなんだ？」
ザックスがあっというまに引きずりこまれ、三人で暴れながら、やはり食堂をぐるぐると移動していく。
セルフィがザックスのあとの空(あ)いた席に坐りこんだ。「ねえねえ、あと一か月で嬉しい楽しいクラウドの誕生日だよ」
「嬉しいのが、いったい誰なのか疑問だけどね」アーヴァインが帽子を脱ぎ、暑そうにそれで顔を煽ぐ。
汗だくになるくらいならコートを脱げばいいのにな。セフィロスやヴィンセントは年じゅう暑苦しい格好をしてるが、彼らは汗などかかない、あるいは意地でもかかないだけ、堂に入っているというものだ。
スコールもファーつきのジャケットがトレードマークと思われているが、さすがに夏、ことにバラムに滞在するときはちゃんと黒いＴシャツを着用している。リノアに言わせれば、黒いというだけで鬱陶しいらしいのだが……俺は黒が好きなんだ。
そういえば、クラウドは特にこれといったトレードマークがないな。強いて言えばあのチョコボ頭だが、あれは服ではないし、取り替えも利かないだろう。
周囲ではすでにクラウドの誕生日イベントをどうするかと話題が盛りあがっているにもかかわらず、スコールは頭の中でチョコボに似合う服装をあれこれとデザインしはじめていた。
「はんちょ？」セルフィがひとり思いに耽っていたスコールを覗きこんできた。「またなんか自分の世界で、いろんなこと、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、考えてない？」
「クラウドのトレードマークとなるべき服を考えていたんだ」スコールは応えた。
「ふっ、決まりきったことを」
その声に振り仰げば、セフィロスがそびえ立っている。
スコールは眉を寄せた。「決着ついたのか？」
「いや。ザックスと力比べに入ったので、俺は暇になったのだ」セフィロスはセルフィとスコールのあいだに腰をおろした。「ところでクラウドに似合うといえば、シルクのドレス、ダイヤのティアラにブロンドのかつらだ。セクシーコロンとランジェリーもそろえれば完璧だな」
それは……見てみたい。スコールは幻の耳をこっそりと立てた。
「なんの話をしてるんだよ！」クラウドの声と同時にザックスがテーブルの上に落ちてくる。
もちろんテーブルは、途端にばっきりと折れた。セフィロスとスコールは椅子ごと後退し、セルフィはアーヴァインといっしょに跳び退がってヴィンセントを巻きこみ、転倒した。
見事に分解したテーブルの残骸の上でザックスが身を起こす。「よくも投げてくれるもんだな……いてて」
クラウドはセフィロスの隣に立ち、足を組んでゆったりと坐る鬼神を見おろした。「なんで、おれの女装の話なんかしてるんだよ。あんなこと、二度とやらないからな」
「いや、必要とあれば、おまえは何度でもやる」セフィロスは暗示をかけるように低い声で言った。「今年もプロムのためにおまえに申しこんだ連中はことごとくふられたが、いずれおまえも、あのお遊戯会には出なければならん。そのときには必ずシルクのドレスをだな――」
「プロムは卒業生とそのパートナーだけが出られるのだ」ヴィンセントがぼそりと割りこんだ。「そのいずれという日が、文字どおり万年一年生になろうというクラウドに到来するとは思えんが」
「やかましい！」クラウドはヴィンセントを殴り飛ばした。「あんただって、生徒じゃないんだから出られないくせに！」
「私はもう、二度も招待された」
「なんだと？」セフィロスが椅子からなかば腰を浮かした。「我々教師がプロムに出られるのは、生徒からの申し込みがあったときだけだというのに」
「むろん、申し込みを受けてエスコートしたとも」
「えすこおと？」クラウドがきょとんとする。
「こういうことだ」とセフィロスはクラウドの手を取り、それはそれは優雅にチョコボを椅子に坐らせた。「このようにして、男は女性がパーティーを楽しめるようサービス精神を養わねばならず、女は男性がエスコートしたいと思わせる魅力を身に着けねばならん。プロムは社会人となる子どもたちのための入門式(イニシエーション)なのだ」
クラウドはしばらく考えこみ、やがてぽんと手を打った。「なんだ、入門ってことは、じゃあ、スコールも、サイファーも、セルフィも、アーヴァインも、ゼルも、みんなみんな、一年生になったってことだな！」
みなは、ちょこんと椅子に坐ったクラウドを見つめた。
ヴィンセントがマントの中で腕を組む。「おまえが留年したという事実を、それで多少でも慰められたか？」
「うええええん」