UTILITY MEN

１

　バラムは朝から本日も快晴だった。
　SeeD機構の教育機関として中心的位置にあるバラム・ガーデンは、この常春な島国に居候している。
　その学園長はシド・クレイマー。誰もがうっかり失念することではあるが、本来、ガーデンの最高責任者といえばこの人だった。
　バラム・ガーデンは、実践、友愛、自由を理念として教育を推進しているが、最近ではその理念を実現しすぎではないかという趣きさえある。
　生徒たちはなるほど、友情を育て、ことあるごとに結束し、自由自在にさまざまな企てをしては即行動に移している。カード大会は毎月のようにひらかれ、週末には必ず校庭で、サーチライトの下、ロックコンサートが催される。勝手にバラム政府と繋ぎを取り、漁場を造って養殖魚――じつはフォカロルという魚のモンスターだ――を増やし、コーヒーを栽培して利益をあげ、ボムを捕獲しては風船として売りさばく。
　訓練施設のアルケオダイノスを引き出したと思えば、郊外で無許可のサーカスイベントだ。もちろんグラットも、そのステージの後ろでゆらゆらとばんざい踊りをして参加させられていた。さすがにこの件ではバラム政府から注意が来た。
　確かに自由に、みんなで仲よくさまざまな困難を乗り越え――というか、障害は蹴飛ばし、彼らはさまざまな経験を積んでは人生勉強に精を出している。間違いではない。間違いではないのだが……。
　……なにかが違う。
　なにか……私の知らないところで、なにか根本的なところがずれていっている。そんな気がしてならない。
　シドは校庭の隅っこを散歩しながらぼんやりと大花壇を眺めた。
　自由奔放に育った草花が朝日にうとうとと揺れている。普通の花や薬草や野菜であるはずなのに、シドにはなぜかあの植物たちがモンスターに見えるのだ。
　……できる限りクラウドに任務を与え、彼の留守中に校内の秩序をもとに戻そうと目論んでいるというのに、なぜあの草花も生徒も、輪をかけてチョコボ思考になっていくのか。
　シドは溜息を抑え、俯いた。
　その足もとを、ちびチョコボがとことこと横切っていく。
　レノだろうか？　そうだな、ティファチョコボなら朝の挨拶はしていく。もちろん跳び蹴りか弾丸突つきで。
　レノチョコボは広い校庭の真ん中まで行って、そこでぴたりと止まった。そしてまっすぐ朝日を見据えている。
　あのチョコボも、いったいなにものだろう。
　シドはぼんやりと鳥の後ろ姿を見つめた。
　レノチョコボは伸びをするように頭を反らし、わずかに羽を広げ、ぱたぱたと動かす。
　そしてさらに朝日に向かって嘴をあげた。
　くぇっ、と軽く咳払いするような鳴き声。
　そして、くっ、くぇっこ……と、なんだか歯切れの悪い鳴き声を立て続けに出した。
　風邪でもひいたのだろうか。
　くっくっと何度か咳のような音を出したあと――
　くぇっこっこー！
　その鳴き声は校庭に響き渡った。
　………。
　シドはその場で呆然とするしかなかった。
　レノチョコボは、よし、というように飛び跳ねると、くるりと向きを変え、校舎のほうへととことこ帰っていく。だが、「うーん、まだまだだな」とでもいうように首を振っていた。
　その日、バラムガーデンの朝はそうして始まったのである。
　シドはそこはかとなく悪い予感に身体が慄えるのを止められなかった。

＊＊＊

「ラグナ」とキロスは至ってまじめな顔で大統領に詰め寄った。もっともキロス自身は気がついていないが、彼はいつもまじめな顔をしていて、笑うことは稀だ。「これはなんだ」
　対照的にラグナはへらへらと口もとを緩め、目を泳がせ、背凭れの大きなふかふかの革張りの椅子をくるりと窓のほうへと向け、青空への逃亡計画を練りはじめたらしい。
　ここはいちおう、エスタという国家の権力の最高峰、大統領官邸である。建物の周囲には常時、選り抜かれた警備員が、不審人物、または不審物がないかと目を光らせ、シークレットサービスだってこの部屋の外に四、五人はいる。ラグナごときが即席の逃亡計画を実行に移したところで、プロフェッショナルな彼らの目を逃れることはできないだろう。しかも、うまく大統領官邸を抜け出せたとしても、キロス指揮する捜索隊がたちまちスラムの底辺までその網を拡げるのは言うまでもない。そもそもラグナが逃げ出す先は、いつもチョコボサファリパークなのだ。公園管理官を兼任しているウォードが、どれだけほかの補佐官たちに注意を受けているか、まったくわかっていないのだろうな。
　キロスはぎっしりとプリントアウトを詰めこんだファイルを、ぱんぱんと軽く叩いてやった。「SeeD機構からのこの請求書だ」
「閲兵式とか、ラグナロクの新型機のお披露目とか、ガルバディア大使との対談とか、トラビア訪問とか、いっぱいあったじゃねっかよう」ラグナは窓に向かって叫んだ。
「だからなぜ、いちいちSeeDを雇うんだ！」キロスは大きなディスクをぐるりとまわり、ラグナが逃げようとする前に肘掛けに手足を突っ張って封じた。「今度のガルバディア・トラビアとの三国合同セントラ視察にも依頼を出しているな、ラグナ君。エスタの警備がそんなに不安か？　しかも毎回スコールを指名しては断わられ、クラウドがひょこひょことやって来ている」
「クラウドならいいだろ。むしろ、スコールと顔合わせてるよりは公私混同とも言われねえだろうし。今回だってクラウドを指名したんだ」
「高いんだ！」
　ラグナはきょとんとキロスを振り仰いでくる。「SeeDの基本料金だろ。いくらチョコボったって」
「そうとも、チョコボだからこそ割引きしてくれてもよかろうに、イデアはきちんと規定の請求をしてくる」キロスはおもむろに頷いた。「だが問題はそんなことではなく、クラウドが仕事に出てくると大抵、セフィロスもくっついているということだ」
「セフィロスはSeeDじゃねえぞ。イデア、あいつのぶんまで請求してきてんのか」
「ザックスが〈なんでも屋〉出張料として請求してくるんだ！」
　ラグナはぐるりと天井を見あげまわし、またへらっと力のない笑みを浮かべた。「あの野郎……」
「とにかく、たかだか身辺警護のために世界最凶のふたりをこき使うのはやめろ」
「けど、政務ってのは退屈で」
「ラグナ君」キロスはぴくぴくとこめかみを引きつらせた。「リコールされたくなきゃ、そんなこと二度と言うな」
　ラグナは、ぽんと手を打つ。「あ、それいいな」
「ラグナ君！」
「だってよう、もう何期、大統領やってるんだよ、おれ？」ラグナは助けを求めるように両手をさしあげた。「ほんと、誰か代わってくれ。アデルのときにゃ、あれだけいろいろと派閥があった野党やら反対派やら、地方勢力やら、どこ行っちまったんだよ。どうして誰も、おれを引きずり落とそうとしねえんだ」
「確かにそれは世界七不思議に登録されてもおかしくないがな」キロスはなんだか疲れてきて、思わず吐息をついた。「だいいち、いまさら大統領をやめて、あんた、なにができる？」
「そりゃ、ジャーナリストに戻るさ」
「チョコボ道中記でも書くのか」
「おっ、ナイスアイテム」
「アイデアだ」キロスは反射的に訂正しながら、畏れ多くも大統領の頭を思いきり殴りつけた。「いいかげん、言葉の間違いがせこくなってきているぞ。そういうときは大抵、ろくな目に遭わない」
「まじ？」
「俺のラグナ観察記録から、それは確かなことだ」
「んなもん、作ってたのかよ」
「とにかく、今度の合同のセントラ視察には俺が代理で行く。あんたはここに坐っていろ」
「なんで！」
「同じ身辺警護の仕事でも、対象が大統領と大統領補佐官ではSeeDの請求料も変わってくる。経費節減だ」
「んじゃ、キャンセルすればいいじゃねっかよ」
「キャンセル料は誰が払う」
「うっ……」
「どうせクラウドが来るなら、うちの警備を引き連れていく必要もないからな。むしろ、そのほうが安あがりだ」
「キロスよう」ラグナが椅子に身を縮こまらせながら彼を見あげてくる。「おまえさん、ずいぶんケチくさくなってねっか？」
「誰のせいだ」キロスは大統領を睨みおろした。
「おれのせいじゃねえよな。おれ、なんにも――」
「あんたが制定した、ひと月に最低一度の祝祭日、こいつを整備するのにいくらかかったと思う」キロスは次々と数えあげてみせた。「チョコボサファリパーク建設のおかげで、道路網の整備、鉄道の敷設、チョコボそのものの飼育費用から公園の管理維持費、人件費、魔女記念館の改造費に……しかも必要もないのにグランディディエリの森を自然保護区なんぞにしやがって、おかげであの森に棲息するモルボルやメルトドラゴンが、どれだけ繁殖していると思う。モンスター被害も半端じゃないんだ！」
「いや、べつにモンスターを保護しようとしたわけじゃ……」
　もごもごと言いわけがましく呟くラグナを無視して、キロスは請求書の写しをまとめたファイルをデスクに叩きつけた。「今度、俺に黙ってSeeDなんか雇ってみろ。この次は経費なんぞと簡単にすまさずに、国会に持ちこんで国費認可採決を取ってもらうからな」
「それで国会が認めなかったらどうするんだよ」
「あんたが自前で払うんだ。あたりまえだろ」