UTILITY MEN

１

　ガルバディアはエスタやドールに比べれば新興国である。
　ハインの世界が崩壊して以後、その片鱗を残す古代文明を残していたセントラが《月の涙》によってその大陸ごと地図の上から消えたのち、西の大陸ではドール帝国が、東ではエスタが、国としてそれぞれの文化を発展させていった。
　エスタではセントラの技術を保持し、あるいは扱いきれないものは封印し、歴史の推移とともに科学の衰退が起こることはほとんどなかった。だが、ドールでは事情が違う。ドール帝国はセントラの技術をほとんど持たず、独自の科学を手探りで開発していったのだ。
　エスタのように住む地域が限定され、人口の増加も拡散も緩やかな変化を迎えたのであれば、ドール帝国はその繁栄を現代にまで維持できただろう。
　しかし西の大陸――というよりはほとんど中央大陸と目されるそこは、肥沃な土地と豊富な水、樹木もあり、地下資源も探せばいくらでも開発できた。つまり人々は、あっというまに各地に移り住み、それぞれに都市を作っては、また遠方へとその生活圏を拡げていったのだ。
　植民時代には中央集権で成り立っていたドール帝国は、時代の推移とともに、また地方の財政が豊かになるとともにその権威を失墜し、ある日、ティンバーのあるランカー平原から、首都をヘスペリデス平原の海岸に移して各地の支配権を放棄した。それからは縮小の一途を辿り、現在では裕福な人々の別荘やホテルの並ぶ観光地となっている。
　もともとドール帝国の中心地であったティンバーは、基となる文化圏がすでに誕生しているところへ国として生まれ変わったものだから、その交代も緩やかで穏やかなものだった。
　だが帝国の支配を絶たれ、自治体制も整わないままに放置された遠方では、長いあいだ混乱が続いたものだ。豊かな土地を奪いあい、地下資源や水の利権を求めて争い、国家というにはほど遠い集落同士が、たがいにぶつかりあったのである。
　家族や親類で団結してひたすら自分たちの土地を守るものもいれば、ひとりの勇士が貧しい農民を引き連れて独立したこともあり、魔女と称する異能者のもと、殉教も厭わぬいきおいで勢力を拡げた街もある。ことに大陸の西方は、荒野と砂漠、岩漠ばかりで、開墾できる土地も少なく、小競りあいはひたすら続いていた。
　そのうち北方のひとつの都市国家が軍事力をつけ、周辺を平定しながら大きくなっていったのである。それがガルバディアだった。
　多くの植民都市を併合して拡大した国家であるだけに、各部族の代表者が寄り集まって合議制で運営され、軍隊を維持するために生産を増やした。なぜなら、軍事力が新しい土地を手に入れる力だったから。
　そういうわけで、ガルバディア連合国の歴史は常に戦いに満ちていた。そのため、大統領制で文民統制を体裁としてはいても、軍権至上の風潮を残すのだ。
　また近年においても、エスタがまだ魔女アデルの脅威のもとにあったとき、その侵略に対抗するため、ビンザー・デリング大統領が軍権を強化し、厳格な軍事政権を敷いたこともあった。その後、ティンバーや縮小したドールともども支配下に治めた数年前、戦争をやる必要がなくなった国内では厭戦気運が増大、退廃しかかる政権を維持しようと魔女を担ぎ出したりもした。
《魔女》という名詞の持つ影響力は、もしかしたらエスタよりもガルバディアでのほうが強いかもしれない。
　混乱期には魔女を名乗る代表者も多く、その力は多かれ少なかれ戦いや恐怖政治の道具となった。ガルバディア人の中には《魔女》に心酔し、救世主と信じる者も、あるいは逆に恐怖の対象として恐れる者もさまざまだ。本物の魔女がいたのかどうかはともかく、大量に魔女狩りが行なわれた時代もある。
　魔女の《力》を怖れ、魔女の《名》を利用しながら強大になったこの軍事国は、支配者が変わるつど、そうした大量に流された血や過去にあった陰謀をことごとく隠し、破壊し、新しい文化を創りあげて塗り替えてきた。
　だからいま、セフィロスが目の前にしている、古色蒼然とした血の跡も生々しい処刑台が駅前にそびえているはずもないのだ。
　セフィロスはいつもの黒コート姿で足を肩幅に広げ、泰然と腕組みをしながら無表情にその過去の遺物を睨みつけていた。
　自慢ではないが、ハイン時代初期のものを除いて彼は歴史をすべて記憶していた。ぐうすかと眠りこんでは、目覚めるたびに時代を確認しなければならないヴィンセントとは違う。憶えてはいても、全部を《このあいだ》で括ってしまうクラウドとも、もちろん違うのだ。彼の記憶はきちんと年代順に整理され、そのデータはすぐに取り出せる状態にあった。
　したがって、こんなものがここにあるはずがない。新しく記念に作ったとしても、打首台も、それを支える木枠も、その台にあがるための段や処刑人の立ち台も、すべて血の染みこんだ古い木材だ。そのくせ、巻きあげられている大きな刃は洗ったばかりのようにぬめり、曇天にもかかわらず鋭い光を放っている。
　だいいち、政局も落ち着かないガルバディア、その市民や政治家が過去の野蛮な魔女狩り時代を懐かしんで記念に建てなおすなどと、そんなことをするはずもないだろう。
　これは明らかに、過去にあったものをそのままここに持ってきたという状態だ。
　ちび魔女がなにかやらかしたと聞いたが、まさかその魔女の力で時間操作をしたのではないだろうな。
　……そんなはずはないか。魔女とて、エルオーネ・マシンなしには自由に時間を越えることもできなかった。アルティミシアが時間を一時的にとはいえ圧縮できたのは、あの小娘(エルオーネ)がＳｅｅDの作戦として能力を引き渡したためだ。
　だとすれば、これはどういった現象だ。
　セフィロスはひたすらその場に立って、亡霊のような異物を睨みつけていた。
　ところで彼は、大陸横断鉄道の駅、大勢の旅行者や街の人間でごった返しているその真ん前で仁王立ちになっているものだから、列車を降りてエスカレーターであがってきた人々が目の前にそびえる長身にびっくりし、ときおりつっかえて迷惑していた。駅員もなにかひとこと注意しようと、そばをうろうろしているのだが、どうしても声をかけられないでいたのだ。
　やがて駅員は憲兵に連絡して相談する。
　そして憲兵が数人、様子を見に来たのだった。さすがにセフィロスも、うるさいのが来たなと彼らに向きなおった。
「なんだ」
「なんだではない」憲兵はライフルを構えながらも肩を怒らせて迫ってくる。「おまえの名前は？」
「セフィロスだ。知らんのか」
「知るわけがないだろう、どこの国の者だ！」
「エスタ……になっているはずだが」確かラグナがでっちあげた戸籍のまま、パスポートもバラム滞在許可書も作成していたはずだと、ガーデンを出発する前に渡された身分証明証を出してみせる。
　胡散臭げにパスポートを点検し、憲兵はさらに顔をしかめた。「バラムガーデンの教員となっているが？」
「うむ」
「なぜエスタの人間がバラムに――」
「ガーデンは無国籍の機関だと思ったが？」
　憲兵はわずかに首を傾げた。確かにバラムガーデンは無国籍無所属の武装集団ではあるが、その事実を認識している者はほとんどいない。大抵、バラム国の機関と勘違いしている者のほうが多いのだ。
　説明するのも面倒なので、セフィロスは相手からパスポートを取り返し、そのまま押しのけて通ろうとした。
「待て！」と、しがみつかんばかりに憲兵は彼の歩みを邪魔する。「バラムの人間は現在、民間人だろうと入国は許可されていない！」
「そんなことはそちらの都合だろう」セフィロスは憲兵を引きずったまま駅前の広場をまっすぐ進んだ。
　駅の構内を出ると、すぐそこはメインストリートだ。環状になった道路と縦横に直径を結ぶ通りが伸びており、駅前の広場は三角ロータリーとなって車輌も横行している。
　セフィロスはそのロータリーをまっすぐ、わき目も振らずに堂々と横切った。バスが急停止し、その後ろの乗用車が追突する。バスの陰から現われたセフィロスをよけようとしてミニカーが斜めにスリップし、反対車線のガードレールに突っこんだ。そのため、凱旋門の方向へ曲がろうとしていたもう一台のバスが、やはり急停止。玉突き事故が連続する。
　よくよく事故や渋滞の多い街だと思いながら、セフィロスはマイペースに凱旋門をくぐっていった。引きずっている憲兵がなにか喚いているが、彼にはどうでもいいことだ。
　やがてセフィロスは、凱旋門通りをまっすぐに抜けると、駅とは対照的な位置にある大統領官邸の門前で立ち止まった。
　当然、素早く駆け寄ってくるのは門衛だ。今度は憲兵ではなく軍の兵士たちだった。
「貴様、何者だ！」
「バラムガーデンの一般教員だ」セフィロスは堂々と名乗った。「イデアに用がある」
「イデア？」門衛たち同時に顔をしかめ、やがてひとりがセフィロスに引きずられてきた憲兵に目を向ける。目線だけで説明を促がしたらしい。
　違う命令系統の組織とはいえ、憲兵と軍兵は共通の階級で動いている。憲兵の階級章がどこにあるかはわからなかったが、ひとりの兵士の軍帽には軍曹の階級を表わす線が見えた。
　すぐさま憲兵のほうが畏まって敬礼したものだ。「駅前で怪しい動きをしていたので捕らえようとしたのですが――」
「俺は一歩も動いておらんかっただろうが」セフィロスは抗議したが、無視された。
　兵士たちは情報の確認をし、無線――ガルバディアでも使うようになったらしい――で上司の指示を仰ぐと、セフィロスに向きなおった。
「なんの用で魔女イデアに面会を求める？」
「ガーデンの教育方針について話しあうのに、なぜいちいち貴様に説明せねばならんのだ」
「えらそうに」
　セフィロスはふふんと冷笑しながら、ゆっくりと腕を組んでみせた。「教師はえらいものだ。少なくとも兵士(ソルジャー)よりはな」
「なんだと？」
「上司に訊かんと、なにもできんおまえとは立場が違うと言っているのだ」セフィロスは組んだ腕をほどいて、大統領官邸の門、そのむこうを指し示した。「つまらんプライドを見せつける暇があるなら、速やかに任務を遂行したほうが出世できるぞ。先ほどの無線で連れてこいと言われたのだろうが。いつまで俺をここに立たせておく気だ」
　軍曹が通せんぼをするように腕をあげる。「まだだ、身体検査をさせてもらう！」
「身体検査だと？」セフィロスはじろりと相手を見おろした。「俺がなにを持っているように見えるのだ、貴様」
「その長ったらしいコートの下に武器を隠し持っていないと、なんで疑わずにいられる！」
　軍曹は命知らずにも腕を伸ばしてセフィロスの襟元を握りこむと、その胸襟をひらこうとした。
　が、大きく眉を寄せ、その動作を止める。
　しばらく長身の英雄に対して投げを打とうというような格好で沈黙していた軍曹は、やがて気味悪そうにセフィロスを見あげてきたものだ。「……なぜ貴様は、コートの中になにも着ていないのだ」
「やかましい、人の勝手だろうが」人を変態のような目で見るな。「言っておくが、俺はシャツなど着用せんと決めているからな。囚人服を着せようなどと考えても無駄だぞ」
　軍曹の異様な目を真正面から受けながら、セフィロスは憤然とそびえ立った。
　やがて根負けした軍曹は、コートから手を放し、公共の場では絶対にコートを脱ぐなと念を押すと、セフィロスを先頭に立たせて門の内側へ押しこんだのだった。