１
「おお、でっけえなあ」ザックスはひたいに手をかざして陽光を防ぎながら、そびえる大統領官邸を見あげた。
「いつか破壊してみたくなるほどには立派だな」セフィロスも腕組みし、ザックスと並んで上空を見あげている。
ザックスは顎をおろし、軽く吐息をついた。「まったく、こんな壊し屋を雇おうっていう大統領の気が知れねえよ」
「俺たちは、なんでも屋だと思ったが？」
ザックスはセフィロスの至極まともな疑問を無視して、とっとと官邸の入口に向かった。
エスタ最高府のビルだというのにドアはなく、なめらかなチューブの口がぽっかりとあき、その正面には丸いフロートリフターが浮かんでいるだけだ。
まったく、エスタの科学力ってなあ、ほんと半端じゃねえよな。こういうビルの中でこんなもの乗りまわすか、普通？ エレベーターで充分だと思うんだけどなあ。
ザックスはなにも考えずにすぐ足を載せようとするセフィロスを押しとどめながら、利用上の注意をよく読んだ。なんだ、行きたいセクションのボタンを押せばいいだけか。つまらん。
官邸ホールへと運ばれながら、ザックスは襲ってくる浮揚感に苦笑した。クラウドが定住するのにスラムを選んだわけも、こういう乗りものが原因なのかもしれねえな。最近はもう、すっかり慣れた顔をしているが、高速で走りまわる小さな乗りものには、バイク以外はまだ気分的に受けつけないに違いない。
それほど時間もかからず官邸ホール前の廊下に到着し、彼らはリフターから降りた。
「便利なのかもしれんが、これではみな、足腰がすぐに弱るだろう」セフィロスがぷかぷか浮かんでいるそれを振り返りながら不服そうに眉を寄せた。
「誰も階段なんて憶えちゃいないんだろうぜ」ザックスは適当に相槌を打ち、ホール前の受付に向きなおった。「ラグナに呼ばれてきたザックスってんだけどよ」
身体をすっぽり包む長衣の中で受付案内人は頷いた。頭もお仕着せのフードで隠れてしまっているので男か女かもわからない。ちぇっ。
彼（彼女？）が身ぶりで中に入るよう許可を出してくれたので、彼らは自動ドアが左右にひらくのを待ってホールへと踏み出した。
建物の形だけでなく、曲線をいじくったような装飾はエスタ上層建築の特徴だ。リフターも丸ければ、ホールも当然のことながら円形だった。壁も単純に湾曲しているわけでなく、波打って折り返し、そのなめらかさは天井との境目が見あたらないほどだ。
陽光をめいっぱい取り入れている窓にも複雑な装飾が施されていた。ザックスはホールを縦断し、手持ち無沙汰にその窓から空を見あげる。
「俺の趣味ではないな」セフィロスが吐息をついた。
「同感だけど、まあ、おれら年寄りだからな」ザックスは皮肉げに笑った。「感性がかたまっちまってるのよ」
「クラウドは順応しやすそうだが」
「あいつはそのへん、あまり考えてないだけだろ」ザックスは肩を竦めた。「モンスターと召喚獣ってお友達がいるし、時代の変化なんか関係ないって顔で生きていけるんじゃねえ？」
「それも問題ではないのか？」
「だから、なんでも屋を始めたんだよ」ザックスはしっかりと拳を握ってみせる。「エアリスもティファもいないいま、あいつに人間道を貫かせるのはおれの役目だってな」
セフィロスがぱっと目を逸らした。「……あいつらのことは言うな」
ザックスはまばたきしながら彼を振り返った。「なに、まだトラウマなわけ？」
「セトラの娘は俺の天敵ではないか」
「だった、だろ？」ザックスは深々と溜息をついた。そして窓の外へ向けて訴えかける。「ああ、もう一度会いてえよう、エアリスううう」
それを冷ややかに横目で睨みつけセフィロスは、「ふん」とつまらなさそうに息をついた。
ザックスはくるりと向きなおる。「でもよ、エアリスはともかく、なんであんた、ティファまで恐れてるわけ」
「憶えておらんのか」
「なにを？」
「あの女は俺の正宗を持ちあげたのだぞ」
ザックスは記憶を探った。深く深く。「……そういや……そうだっけ」
正宗は当時でも妖刀だった。常人には持ちあげることすら困難なほどの重量とその長大さを誇っていたものだ。火事場の馬鹿力とはいえ、十五歳の少女が持てるものではとてもないはずだった。
「そのうえ」セフィロスは右拳を震わせる。「あの女はジェノバに素手でとどめを刺したのだ。俺にさえ叩きつけてきたあのファイナルヘブン……あれの恐怖は食らった者にしかわからん」
「はいはい」ザックスは再び溜息をつく。
「俺は、あの女を嫁にしたというだけでもクラウドを尊敬するぞ」セフィロスはしみじみと言った。
「おれも、これからはそうするよ」ザックスは同意の頷きを返した。
「嫁さんって……あのクラウドが？」
その声に振り返ると、ラグナが目を瞠って立っていた。長衣に身をかためるのがエスタの恒久的なファッションだというのに、彼は相変わらずシンプルなジャケット姿だ。隣に立っているキロスは、いちおう補佐官という役柄、お仕着せの長衣を羽織っていた。
セフィロスをからかうのに夢中で、こいつらが入ってきたのに気づかなかったなあ……まあいいか。「あれでも、いちおう年は食ってるからよ」
「ふうん、意外だな」呟き、彼はホールの中央まで進んでくる。やや背中を丸めた、かったるい歩きかたも以前のとおりだった。大統領になってもあまり変わりばえはしないらしい。ザックスもセフィロスも彼らに向きなおった。
「ウォードは？」ザックスはちらりと背後の入口を見やった。続いて誰かが入ってくる気配はない。
「ああ、セントラに行ってもらってるんだ」ラグナはぼんやりと北のほうを向いた。ちなみにセントラは西南だ。「エルオーネもクレイマー夫妻に引き取ってもらえることになったんで……」そこで彼はひたいをこすった。「クラウドはいねえのか？」
ザックスは正確に西のほうを指し示した。「あいつはいま、よそに行ってる。ティンバーのペット大会でネズミの世話をしてから、古なじみに会ってくると言ってた。たぶん、しばらくは帰ってこないと思うぜ」
「クラウドになんの用だ」セフィロスが、ずいと彼に迫った。
セフィロスの長身に圧されるようにラグナは半歩退がる。「いや、その……クラウドのやつ、スコールのことを教えてくれたのはいいんだけど、どうしてもっと早く打ち明けてくれなかったのかと思ってさ」
そうそう、聞いたときには、おれたちもちょっといじけたもんな。クラウドのやつ、ウィンヒルで預かったあの赤ん坊がラグナの子どもだってことを、ずっと黙っていやがった。ひとこと相談してくれりゃあ、いくらでも感動のご対面を演出してやったのによ。
セフィロスはラグナに迫ったまま、たたみこんだ。「おまえ、それどころではなかっただろうが」
「うう、まあそうだけどよ」ますますにじり退がるラグナ。
セフィロスはふふんと鼻を鳴らした。「いまとなってみれば、言い出せなかったクラウドの気持ちもわかる。ミルクをやったり、おしめを変えたり、あれだけ手間隙かけて育てたものを」
「あんたが育てたわけじゃないだろうが」ザックスは突っこんだ。
セフィロスはきれいに無視した。「それなのに、引き取るわけでなく、スコールばかりか、ついでとばかりにエルオーネまでイデアに押しつけるとはな」
「しょうがねえだろ、忙しくて、ひとりきりにさせちまうよりゃいいと思ったんだ」ラグナはしどろもどろになって抗弁する。「そりゃ、父親失格だとは思うけどよ。でも、いまスコールを引き取って、おれになにができるんだ？ エルに面倒見させるのか？ できねえだろ？」
「それに、まだエスタも落ち着いたわけじゃないからな」キロスが口を挟んだ。「ラグナの家族だというだけでもテロの対象になりかねん」
「はああ」がっくりと肩を落とすラグナ。「やっぱり引き受けなきゃよかったよう……」
「いまさらなことを言うんじゃねえよ」ザックスはまた窓へと身体を返し、青い空を見あげた。
セフィロスがラグナに向きなおった。「ところで、呼び出した用件を話すつもりはないか？」
「ああ、すまんすまん」ラグナはキロスに目をやる。
キロスは大股に近づいてくると、ザックスとセフィロスのあいだで大きな地図を広げた。「なんでも屋としてのあんたたちに依頼したいのは、大塩湖にある施設を復活させてほしいということなんだ」
「施設？」
「バリアシステムが詰まってる場所があってよう。こいつを動かそうってことになったんだ」ラグナはそう説明しながら、大塩湖のある西側の海岸とは全然違う箇所を突つく。
ザックスは、「ここだろ」といちおう突っこみながら眉を寄せた。「バリアシステムって、どういうこった？ 防衛兵器？」
「いや、そうじゃねえらしいんだが、まあ確かに防衛になるのかな」ラグナは両手を広げる。「なんとかいうダミーフィールドを発生させて、エスタへの道を全部封鎖できるらしい。国外から入ってこようとしても、引き返さない限り延々と同じ場所を歩くことになるとか」
「なんで封鎖なんかするんだ」
「魔女がいなくなって、いきなり軍隊を撤収させただろ。このまま、なしくずしに他国が攻めてきたら、この国ガタガタになっちまうしよう」何度めかの溜息とともに頭髪をがりがりとかきまわすラグナ。「なにより、魔女やオダイン博士の開発したいろいろと物騒な科学実験の結果があるし、そういうもんをうまく隠し切れるとも思えねえんだ」
確かに、魔女と天才科学者が組んで開発したものは、他国の科学基準からすると異常に飛び抜けてしまっている。建築や機械ならともかく、擬似魔法などというものもあるのだ。そんなものがあちこちにばらまかれては、どんな火種になることやら。
「うむ、魔法だの召喚獣だの、悪戯に放置しては迷惑な話だ」セフィロスが納得したように頷く。
心中でザックスは彼に蹴りを入れた。その迷惑をばらまいているのは、あんたとほか約一名だろうが。「で？」
「で」ラグナは両手を広げた。「この国全部を封鎖することにしたんだ。つまり鎖国」
「鎖国って……」
「それは困る」セフィロスが鋭く言う。
「しょうがねえだろ。もう、上院で決まっちまったんだ」
「勝手に決めるな」
ザックスはぽんぽんとセフィロスの肩を叩いた。「まあまあ、いちおう選挙はあったんだから、国民の意志ってことで」
「毎年フィッシャーマン・ホライズンで釣り大会が開催されるのだ。気軽に行けなくなるではないか」セフィロスは真剣に訴えた。気軽にと言ったのは、いざとなれば力づくで通ることを前提にしているからだろう。「だいいち、クラウドが確実に暴れるぞ」
「まあ、そのへんはすまねえとは思うけどさあ。いちおう、大統領認可さえあれば入出国は可能にしておくから、な？」
「釣りに行くのに、いちいちおまえに許可を取らんといかんというわけか？」苛立たしげに言うセフィロスの右手に、うっすらと正宗の気配が湧きはじめる。
ザックスはそっと吐息をついた。釣りぐらい、どこでもできるだろうが。
ラグナはしばらく考えこんだ。「まいっか。あんたたちは好きに出入りしていいよ。大塩湖の施設の件を一任するってのも、ほかの人間に余計な秘密を持たせたくないためだし」
「というと？」セフィロスが片眉を跳ねあげる。
「ほとんどそこが唯一の出入口になるだろうからな」
「海路は……」と考え、ザックスは思い出す。「ああ、この国、港はなかったんだよな。空路はどうするんだ？」
「魔女を閉じこめたあの機械のせいで、この星全体の電波が攪乱されてるんだ。有線なら影響はないが、航空機を目隠しで飛ばすわけにもいかないだろ？」
「まったく、後先考えずにクーデターなんぞやるな」セフィロスはあまり強い口調でもなく文句を言った。どうやら、まだ釣りのことを考えているらしい。
「あんたらが焚きつけたんだろうがよ」ラグナが顔をしかめた。「まあ、やっちまったもんはしょうがねえ。で、引き受けてくれるのか？」
「どうすっかなあ？」ザックスはぼりぼりと頭をかいた。
「大塩湖というと」セフィロスが腕を組みながら記憶をまさぐる。「バイセージどもの巣窟だったな」
「おれ、ドロマニだかゴーマニだか知らんけど、あの往復ビンタは食らいたくねえよ」ザックスはぶるりと身を慄わせてみせる。「クラウドとあいつらの挨拶、見たことあるか？ ビンタ合戦のうえ、呪いをまき散らすんだぜ。それなのにあいつら、仲よく両手で握手(シェイクハンド)しやがる」
ラグナが、つつっと汗を流したようだった。「できるなら見たくないかもな……一生」
「とはいえ、避けて通れる問題でもないんだ」キロスが平静を装って事務的に続けた。「その大塩湖に例の施設があるのはわかっている。それが充分に動くということも、オダイン博士が保証してくれた。機器のチェックも彼がやってくれると言ってるんだが、なにしろそういうモンスターの巣窟だし、ひとりでは行かせられないだろう」
「なんだ、じゃあ、その博士の護衛ってわけか？」
「そういうことかな」ラグナが少し不安げに眉を寄せる。
キロスが捕捉した。「そのうえで、オダイン博士の監視もしてもらいらい」
「あん？」ザックスは首を傾げた。「なんだよ、危険人物？」
「思いついたら、なにをしでかすかわからないんだ」キロスが吐息とともに頭を左右に振る。「暴力が出るわけじゃないが、へたに頭がいいものだから、一日で原子爆弾でも造りかねん」
ザックスはいやな予感をおぼえた。「ちなみに性格は？」
「研究ひとすじ。なにかに夢中になると、ほかのことは見えなくなるな」
セフィロスがきっぱりと背を向け、出口へと大股に歩き出す。「俺はおりた」
「だああ、待て、待てって」ザックスは必死で引き止める。んな、どっかの会社の科学部門にいた誰かみてえなやつのお守り、ひとりじゃ背負い切れねえよ。
「俺は、そうしたやつとは相性が悪い」
「おれだって、いいわけねえだろ」
セフィロスはザックスに向きなおり、やや身を屈めながら小声になった。「そういう科学者に俺たちの能力を知られてみろ。どういうことになると思っているのだ」
「そりゃまあ……」ザックスは目を泳がせる。「そんときにゃあ、クラウドに暴れてもらってだな」
「本気で激怒したあれに？」
ザックスは思わず、へらっと笑ってしまった。
「なあ、なにを心配してるか知らねえけど」少し離れたところから不思議そうに彼らを見つめていたラグナが大声で言った。「あんたたちがものすごい魔法使いだってのは博士にも説明してあるからよ。モンスター相手なら遠慮なく暴れていいんだぜ」
「余計なことを！」ザックスとセフィロスは同時に叫んだ。