UTILITY MEN
番外編 名もなき王の墓のお友達
私はヴィンセント・ヴァレンタイン。
ゆえあって時間を超越し、静寂なる悪夢の中に生きる身だ。
くれぐれも、どこぞの騒がしい三人組といっしょにしないでいただきたい。金色のチョコボが土産を持ってこない限りは、私は静かに眠っていたいのである。
……そういえば最近、クラウドが来なくなったな。
まあいい、あいつのことだ。そのうち、ベヒーモスでも担いで私を蹴り起こしにくるだろう。それまではせいぜい、この気持ちのいい静けさと暗闇に包まれているとしよう。
………………。
………………。
ぱたぱたぱた。
？
どん、ばたん、がこん。
なんの音だ？
ばきばきばきばき。
？？？
ぐしゃ。
＊＊＊
「いったーい」セルフィは自分の上に乗っているキスティスとゼルに訴えた。「どいてえ、重いー」
「わりい、わりい」最初にゼルが跳び起き、あたりを見まわした。「しかし、まいったなあ。モンスターの巣窟じゃないかよ、ここ？」
「プリヌラは厄介よね」キスティスも立ちあがり、服の汚れをぱたぱたと払う。「属性がわからないんじゃ、無駄に魔法を消費するだけだわ」
「はんちょたち、大丈夫かなあ」セルフィは無意識に割れた板を持ちあげながらぼんやりと言った。
「スコールは大丈夫でしょ」キスティスが少し面白くなさそうに応える。「確か、リノアがライブラを全部持っていったし」
「全部？」ゼルが振り返った。「それでおれら、みんな持ってないわけ？」
「そうよ」
「もしかして、ぴんち？」セルフィは板切れを持ったまま両手を広げた。
「もしかしなくても、とっくの昔にピンチでしょ」キスティスが溜息を吐く。「だいたい、誰かさんが加勢に行くとか言って飛び出すから」
「だってよう」ゼルが通路のほうへと首をめぐらせる。「あの声、気になるじゃねえか」
湿った暗闇を突いて響いてくるのは、低く野太い悲鳴にも似た吼え声だ。
「まあ、そうね」キスティスが通路へ向けて足を踏み出した。「ジャンクションに慣れてないリノアとアーヴァインを抱えてちゃ、スコールも大変でしょう」それから彼女は再び深い溜息をつく。「ただ、こっちも迷子になっていて、助けが欲しいくらいだけど」
「そだね」セルフィは頷き、木切れを放り捨てて彼女に続いた。
「また動くと迷うんじゃないか？」ゼルが不安げに彼女らを引き止めようとするが、ふたりはとっとと通路へ進んでいく。「おい、待てよ」
三人は再びプリヌラやエサンスーシの群れる中へと突っこんでいった。
＊＊＊
ヴィンセントは粉々になった棺桶を撥ね散らかし、むくりと起きあがった。長年の埃と木屑にまみれたマントをはたき、粗大ごみと化してしまった棺桶を茫然と見おろす。
なんということだ。
私がここを住処に選んだのも、なにものにも、あるいは何事にも起こされず、静かで過ごしやすいからだったというのに、こんな災害に見舞われるとは……あの子どもたちはいったい、なんなのだ。
そもそも、こんな場所に好んで入ってくる人間がいるとは思いもよらないことではないか。
この名もなき王の墓は、迷路ではないものの、同じような通路、同じような交差路がいくつもあって、うっかり足を踏み入れれば迷って出られなくなることのほうが多い。
確かに冒険好きの子どもたちが入口あたりをちょろちょろすることもあったが、大抵モンスターに脅かされて逃げ帰ったものだ。
平気で土足であがりこんでくるのはあの金チョコボぐらいだったというのに。
あまつさえ私の棺桶を……しかも気づいてもくれないとは。
ヴィンセントの双眸が怒りに赤く燃えあがった。
……少しばかり厳しい躾が必要かもしれんな。
彼は足に絡みついてくるプリヌラを蹴り飛ばし、深紅のマントを翻して暗闇に消えていった。
＊＊＊
セルフィたちは三体のライフフォビドンにかこまれてしまっていた。キスティスはすでに相手の居合い抜きによって戦闘不能状態になってしまっている。
「どーすんのお？」セルフィは訊いた。
「ったってよう、逃げても、なんか後ろから追いかけてくるのいるし……」ゼルもちらりと背後を振り返る。「ってか、センセー、どうするんだよう」
「あたし、レイズ持ってないしい」セルフィは、へへへと笑った。
ゼルが、がっくりと肩を落とす。「フェニックスの尾もスコールたちが持ってっちゃったんだよなあ」
モンスターの一匹が、ずいと前に詰め寄ってきた。剣をわきに引き、居合い抜きの構え。
「いやーん」セルフィは半泣きになりながら、それでもフレイルを構えた。
「ちっくしょう、来るなら来やがれってんだ！」
「それ、めちゃくちゃ負け惜しみ」
「まだ勝負ついてねえだろ！」
「あたしい、も一度、ラグナさま見たかったよう」
「ファイガ」
どこからか響いてきた低い声とともに、三体のモンスターがあっというまに炎に包まれた。
自分たちの使っているファイアなどとは比べものにならないくらいの熱量と光、そして威力だ。しかも同時にアンデッドモンスターたちすべてに炸裂したのだ。セルフィはぽかんとしてその様子を見つめてしまった。
「なんだ、なんだ？」ゼルが慌てふためき、その場で落ち着かなげに足踏みを繰り返す。
セルフィはくるりと背後を振り返った。「誰か、いるう？」
「見つけたぞ」魔法を唱えたのと同じ低い声が暗闇から返ってくる。
「だ、誰だ？」
「私を悪夢の中から呼び醒ましたのは、おまえたちだな？」
そこに現われたのは深紅のマントをすっぽりかぶった黒い男の影だった。
彼は背が高く、深紅のマント、その色から幽鬼じみたあやふやな輪郭を持っていた。だが確かに人間だ。マントと同色のバンダナでなおざりに長髪を押さえているものの、それが役に立っているとは思えない。
だがその下にひらめく赤い双眸はぎらぎらと光っていた。
「もしかして、おばけ？」セルフィは首を傾げた。
影はぴたりと止まった。こちらにまで聞こえるほど大きく溜息をつく。「……違う」
「なんだよ、モンスターじゃないんなら何者だってんだ？」ゼルが拳を構える。
影は再び近づいてきた。襟に隠れていた口もとも覗けるほどそばに来ると、セルフィの乙女センサーが働く。「かあっこいいー」
「よくも私の家を壊してくれたな」深紅の幽霊は遥か上からセルフィを見おろしてきた。「せっかく気に入っていたのに、どうしてくれる」
「家？」セルフィはまばたきした。
「そんなの見かけなかったぜ？」ゼルも構えを解いて首を傾げる。それから彼はぽんと手を打った。「あっ、じゃあ、あんた、ここには詳しいんだろ？ どうやったら出られる？」
幽霊はじろりと彼をねめつけると、ふっと鼻で笑った。「好きこのんでこんな場所に足を踏み入れたくせに、迷子か」
「し、しょーがねえだろ、こんなに複雑だとは思ってなかったんだから！」
「そのうえ、私の家を壊しおって」
「だから！」ゼルは苛々と両手を広げた。「その家ってなんだよ、こんなところに建ってるもんか？」
「棺桶だ」
セルフィは目玉をぐるりとまわしながら頬に指を当てた。「あー、もしかして、さっき壊した、ものすっごく古い木箱？」
「木箱？」今度は幽霊のほうが目を剥いた。「あれをただの木箱だと言うつもりか？」
「だってえ、気がついたら壊れてたしい」
「あのさ、おれらモンスターに追われてて必死だったんだ」ゼルが両手をこすりあわせる。「勘弁してくれ、な？」
「ってゆうかあ、あんな木箱の中でなにやってたの？」
「寝ていたのだ！」
セルフィもゼルも顔を見あわせた。
「……お昼寝中だったの？」
「私の崇高な眠りを昼寝といっしょにするな！」
「もしかして、この墓に眠ってる王さまってあんた？」ゼルがそろそろと指さす。
「いや、先客はいるようだが？」幽霊はちらりと背後を振り返った。「それに、確かチョコボの連れてきた召喚獣どもがいたはずだ。あいつらはどうした？」
「？？？」
「召喚獣って、ガーデイアンフォース？」ゼルがぱっと目を輝かせる。「いるのか、ここに？」
「なんだ、その守護力(ガーディアンフォース)とは？」
「ジャンクションしてると便利なんだよ」セルフィは微笑んだ。「魔法使えるし、危ないときには代わってくれるしい」
「あの……」キスティスの瀕死の声が幽霊の足もとから聞こえた気がした。
セルフィは目をおろし、金髪の教師が幽霊のごついブーツの下に横たわっているのを見た。
セルフィはまた男を見あげる。「あのさあ、センセー、踏んでるんだけど」
幽霊はちらりと下を見、慌てることもなく一歩退がった。「すまなかったな、気がつかなかった」それから彼は心配そうに彼女を見おろす。「こんなところで寝ているとカビが生えるぞ」
「そうじゃなくて……」キスティスはまだ起きあがる力がないらしい。
「ライフフォビトンの居合い抜きで、身体の力、全部持ってかれちゃったの」セルフィは説明した。
「手間のかかる」彼は軽く吐息をついた。「アレイズ」
「あらあら？」キスティスは上体を起こし、自分の両手や身体の隅々を点検するように見まわした。「すごいわ、全部回復してる」
「元気になったところで、私の家を弁償しないか？」
「弁償って？」セルフィはまた彼を見あげた。
「棺桶を造りなおしていけと言うのだ」
キスティスがわずかによろめきながら立ちあがった。「疑問はいくつかあるけど、とにかく、ガーデンからそれなりの弁償はさせていただきます」
「庭(ガーデン)なら、ここにもあるぞ」
「いえ、そうではなく……」
「学校なの」セルフィはまた説明した。
「ほう？ なんの勉強をしているのだ」
「おれら傭兵なんだ」ゼルが威張るように言った。
「新米SeeDがえらそうにするんじゃないの！」キスティスが釘を刺す。
「庭に種(シード)というと、なるほど園芸科か」
「違ううう」セルフィはぶんぶんと首を振った。
ゼルが顔をしかめる。「あんた、SeeD知らないのか？ どこの人間だよ」
「ここの住人だが」
「ああ、そうだったよな」
＊＊＊
最近は子どもが子どもを教える世の中なのだろうか。
キスティスという女はどう見ても十代なのだが、一人前の教師だという。そして彼らは傭兵養成所の学生だというから驚きだ。もっとも本人たちの主張によれば、全員、正式な傭兵組織の一員だというが、真偽のほどはどうだか。
少しうとうとしているあいだに世界がどうなってしまったのか、いまいちよくわからんが、こんな子どもたちが兵士として働きに出るなど、ろくな世の中ではないらしい。まあ、いまさら私には関係ないがな。
ヴィンセントはその子どもたちを連れて迷路を歩いていた。棺桶に適した樹木が生えている庭へ彼らを放り出し、工作に専念させるためだ。長年のうちに枯れたりしていなければ、まだそこに大樹はあるだろう。いや、確かこのあいだザックスが斬り倒していったのだったか？ まあいい、なければないで、どうにかなるだろう。
何度めかの角を右へ曲がり、彼らはまっすぐ伸びる暗い通路へと踏みこんだ。
と突如、その背後から咆哮が聞こえ、どしどしと重い駆け足が追いかけてくる。
子どもたちはびくりとして、それぞれ壁に張りついた。
ヴィンセントは、またエサンスーシかなにかだろうと溜息まじりに振り返る。ここは人間が近づかなくていい場所なのだが、かえってモンスターたちが繁殖しているのだ。
だが彼は、想像していたものよりも大きなものに踏まれた。
むぎゅっ、と。
………。
おおおおお……ん。
なぜか泣きながら、それはヴィンセントの上を通りすぎていったものだ。
「待て、セクレト！」ヴィンセントは石畳に呟くようにして腹の底から低い声を出した。
巨大な体躯をぴたりと止め、牙の生えた尖った顎を持つ顔がゆっくりと振り返る。
「貴様、この私を踏んでおいて、なにも言わずに通りすぎるつもりか？」
なにも言うもなにも、そんなところで寝ているとは気がつかなかったと訴えてくる召喚獣。
「うるさい」ヴィンセントはのそりと起きあがった。カオスのオーラが肩のあたりから洩れ出しているのが自覚できる。子どもたちが壁に張りついたまま、それぞれかすかに身震いしたらしい。ああ、この悪夢を見せたくはないものだが。
ヴィンセントは声を抑えた。「貴様ら、王の間(ま)に封じておいたはずだが、どうやって出てきた」
封印なんてない。けど、兄貴は王の間(ま)が気に入っている。
「セフィロスめ……手抜きをしたな」横へ呟き、ヴィンセントは召喚獣に向きなおった。「とにかく、貴様ら兄弟はうるさすぎるのだ。少しは落ち着けというのに」
それどころじゃないんだよ。ごめん。
そうしてセクレトはまた走っていく。
「待たんか！」ヴィンセントはマントを翻し、追った。
＊＊＊
「で？」セルフィは走りながら叫んだ。「どうして、あたしたちまで追いかけてるのお？」
「だってよ、あのおっさんがいないと帰り道わからねえじゃねえか」
「情けない話だけど、確かにそうね」キスティスが呟く。
彼らは通路をまっすぐ走り抜けていた。先行する赤いマントの男は、そのおぼろげな輪郭から、ともすれば闇に溶けてしまいがちだ。彼らは見失うまいと必死だった。
と、その先から明るい光が洩れ出した。
「もしかして出口？」セルフィは走りながら両手をあげた。「やったあ！」
「あまりに短絡よ、セルフィ」キスティスが釘を刺す。
「うわっ！」
先を走っていた男がいきなり立ち止まったかと思うと、がくりと膝をつき、出口のわきに倒れかかった。
「なになに？」セルフィは走るのをやめて立ちすくんだ。
「まさか、なにか罠でも？」キスティスは鞭(ウィップ)を取り出しながら素早く壁に寄る。
ゼルが警戒して猫足立ちに構えた。
マントの男はよろよろと立ちあがり、しかしやはり、なにかに耐え切れないといったようにうずくまる。
セルフィはゆっくりと彼に近づいていった。「大丈夫ですかあ？」
「うう……」と、彼は呻いていた。「やられた……」
「なにがあったの？」キスティスが囁くように訊ね、そして言いなおした。「いえ、なにがいるの？」
「光……」男は絞り出すように言った。「ああ……クラウドの忠告を聞いておけばよかった。なんて眩しい……」
「ええと？」セルフィは首を傾げた。
「待ってくれ……太陽に身体が慣れていないのだ」
「不健康だね」セルフィは思わず素直に言ってしまった。
「そうかもしれん……」マント男は目をこすり、泣きながら頷いた。「このあいだ外に出たのはいつだったか……十六、七年前か？ バラムフィッシュとアジのひらきを食べたのだ……あれはうまかった」
「あたしたち、バラムから来たんだよ」
「ほう」彼は涙で真っ赤になった――いや、もともと赤かったのだが――目をあげてセルフィを見た。「いまでも青きバラムホテルはあるのか？」
「あるある」ゼルが頷く。「ちょっと高級になっちまってよ、庶民はなかなか泊まれねえんだけど、レストランはうまいぜ？」
「ああ、うまかった。エボダイも食べてみたかったのだが」
「干物ばっかじゃねえか。それより、釣ったばかりの魚を塩焼きで食うほうが絶対うまいって」
「それはそうかもしれんが」
「あたしい、サザエの壺焼き！」
「盛りあがってるところ申しわけないんだけど」キスティスが鞭をしまいながら溜息をついた。「わたしたち、なにをしていたか憶えていて？」
マント男がはっと顔をあげた。「そうだ、セクレト――ううっ」
再び目を押さえてうずくまる彼。
「サングラスでもあればいいのにね」セルフィは言いながら、唯一見えている目の部分を黒眼鏡で隠してしまった彼の顔を想像した。
……ちょっと変な人になるかも。
「長年の暗闇生活は、ここまで影響を及ぼすのか……今後は少し健康に気をつけねばな」
「そうしたほうがいいと思う」セルフィは真剣に頷いた。
＊＊＊
子どもたちに支えられ、ヴィンセントは太陽の光の届かない暗がりまで戻った。なんてことだ。自分がこれほど闇の住人になってしまっているとは思わなかった。
いやむしろ、それは私の望んだことなのだが……この弱点は克服しておかなければいかんな。
私にこんな弱点があるということがばれたら、いつ金チョコボがフレアをぶちこんでくれるかわからない。いや、クラウドよりも、あのくそ生意気なセフィロスだ。隙があれば棺桶ごと葬ってやろうと手薬煉引いているあいつ。愛しいルクレツィアの息子のくせに、似ても似つかんほど凶悪に育ってしまったあの男だ！ しかも、二度も殺されておきながら、しつこくクラウドにまとわりつきおって。
そのうえ、クラウドが家出した場合の定番というだけで私を目の敵にしているのだ、あいつは……だいたい、クラウドもクラウドだ。どうしていつまでも、あんなものを飼っておくのだ？
そもそも、なぜ私がこんな目に遭わねばならない？
そうとも！
どれもこれも、クラウドがあの宿命の旅の途中で棺桶なんぞに気を留めるからいかんのではないか。しかもあいつ、しつこく叩き起こしてくれたな。普通、わざわざ死ぬ思いをしてモンスターを斃し、棺桶を調べに来るやつなどいない。だいたい、あの宝条のヒントを、よくも鵜呑みにしたものだ。
そうでなければ、私はとっくの昔に罪を償っていたものを。
ああ、あの旅で私は新たな罪を背負ってしまったのだ……あのきらびやかなゴールドソーサー。色とりどりのチョコボレース……なぜ私はトウホウフハイなどに賭けてしまったのか。クラウドがイカサマで勝つことはわかりきっていたのに！
ああ……いまさら虚しい。
ぶつぶつと口の中で呟き続ける彼を、子どもたちが怪訝そうに見つめていた。それに気づき、ヴィンセントはひとつ息んで気を取りなおす。「セクレトのことはまあいい。いずれミノタウロスともども折檻してやるからな。それよりも私の――」
と、先ほどの通路の奥から魔法や剣戟の音が聞こえてきた。
「なんだろう？」とセルフィという、いちばん背の低い子どもが肩越しに振り返る。
少し湾曲した壁のそのむこうから銃声も響いてきた。
「アーヴァインだわ」キスティスが立ちあがった。
「じゃ、はんちょもいっしょだね？」セルフィもぴょんと跳びあがる。
「おっしゃ、加勢に行こうぜ」
ヴィンセントはなにを言う暇もなく、子どもたちに引きずられていった。
＊＊＊
くねくねともと来た道をまた辿っているうち、剣戟や銃声は徐々に収まってきていた。ミノタウロスやセクレトのものらしい吠え声や悲鳴が頻繁にあがってくるようになる。
そしてやがて静かになった。
「あれえ、終わっちゃった？」セルフィは早足になりながら呟いた。
「みてえだよな」ゼルが駆け出す。「早くスコールと合流しようぜ」
「スコール？」マントの男が聞き咎めた。
「うん、うちのはんちょ」セルフィは応える。
「おまえたちのリーダーというわけか」呟きながら、しかし男はどこかほかごとを考えているらしい。「確か、チョコボの育てていたのも天気にちなんだ名前だったような気もするが……しかし、あれの話によれば赤ん坊だったし……」
なんの話なんだかセルフィにはよくわからなかった。この人、すっごくかっこいいのに、ちょっとあっちの世界行っちゃってるんだね……残念。
「とにかく急ぎましょう。無事ならいいけど、やられてしまって静かになったなんてことだったら冗談にもならないわよ」
「おう」ゼルは直線通路に入った途端にダッシュした。
外に出て堀を渡ろうというところで、やはり眩しい陽光にたじろいだ男だったが、しかし先刻よりもだいぶダメージは軽いらしかった。よろめきはしても、どうにか橋の上を歩いてきたものだ。
王の間(ま)だというその中央の石室に飛びこんでみると、そこには誰もいなかった。
「あれえ？」セルフィは立ち止まり、ぐるりと内部を見わたす。「なにもないよ？」
「そうだな」男が頷いた。「王の幽霊もいなくなっている」
「げっ」ゼルが大きく跳びのいた。「んなもん、ほんとにいたのかよ？」
「人の魂は、ライフストリームに還れなければさまようしかないからな。まあ、あれはとっくに迷いを捨てていたのだが、ミノタウロスどもがいたもので出られなかったのだろう」そこで男はくるくると左右を見まわした。「そういえば、あの召喚獣どもはどうしたか」
「それ、ガーディアンフォースだろ？ だったら、スコールたちが持ってったんじゃねえの？」
「持っていくとは？」
「わたしたちは自律エネルギー体を思念と連結(ジャンクション)することで能力を強化しているんです」キスティスが説明した。「いわば頭の中に住まわせるというか……それで魔法も使えるし、召喚獣として使役することもできるというわけです」
「ほう」男は少し考えこんだ。「それが便利なのかどうかよくわからんが、ともかく、あのうるさい連中を引き取ってくれるのは助かる」
「そんなにうるさかった？」セルフィは首を傾げた。
「兄弟喧嘩をしなければそれほどでもないのだがな」
「ちぇっ」ゼルが足もとに散らばっている瓦礫を蹴り飛ばした。「終わっちまってるんならしょうがねえや。帰ろうぜ」
「私の家をどうしてくれる」
鋭く突っこんだ男の言葉に、ゼルはしどろもどろになった。「あ、いや、忘れてたわけじゃないんだけどよ……その……」
「ねえ」セルフィは背の高い男のマントを何度かひっぱり、注意を向けた。「あれじゃ、だめ？」
彼女は蓋がひらきっ放しの立派な石棺を指し示した。
男は振り返り、しばらくそれを見つめた。
やがて無言のままそれに歩み寄り、中を覗きこむ。さらに手を這わせていろいろと検分し、外側も、それの載っている台座をも、しつこく調べてまわったものだ。
「ふむ、中古だがなかなかのものだ。中にある骨だの供物の化石だのを取り除いてしまえば充分に広さもある」そして彼は上機嫌のオーラを放ちながら振り返ってきた。「よく気がついてくれたな。あのうるさい召喚獣も連れていってくれたし、むしろ礼をしよう。エサンスーシの焼肉などどうだ？」
セルフィは辞退したかった。ゼルもキスティスもだろう。
「はんちょがたぶん、もう外に出ちゃってると思うのね」セルフィは懸命に言葉を探した。「そこにあたしたちがいないと、また戻ってきて、うるさくなるよ？」
「そうか……」少し残念そうに幽霊は頷いた。「では、せめて出口まで送ってやる。といっても、ここからはまっすぐ歩くだけだが、またライフフォビドンに出会っては難儀なことだろうからな」
「それは助かります」多少うわずった声でキスティスが言った。
＊＊＊
子どもたちを出口まで送り、ヴィンセントは新たな住み家へと引き返した。
これから忙しくなる。まずあの石棺を掃除しなければならん。そして古い棺桶の破壊跡から使える枕やクッションを探し、新居に移さねばな。
そういえば、確かクラウドが土産に持ってきてくれたフンゴオンゴの目覚まし時計は壊れてしまっていたはずだ。仕方がない。新しいのを持ってきてくれるよう、引越し通知でも出しておくか。とにかく、いまはコヨコヨの抱き枕だけでも回収しておかなくては。
長年悩まされつづけた愉快すぎる召喚獣の兄弟もいなくなったことだし、あの子どもたちも二度とここには近づかんだろう。今度こそ静かな眠りの中で過ごせるというものだ。
ヴィンセントは鼻歌まじりに通路を進み、深い闇へと消えていった。
Ｃ： He is still in blood.
Ｓ： Is that so?
Ｚ： May he rest in peace!
| THE END. |
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