UTILITY MEN

　そのチョコボはとても傷心していました。
　なぜなら彼は年を取ることもできず、みなのあとを追って星に還ることもできず、ひとり寂しく世の終わりまで生きていかなければならないと気づいたからです。
　もちろん彼はひとりではありませんでした。
　星というお友達がいるし、遥か昔ジェノバの血を受けたモンスターたちも、いっぱい慰めてくれます。
　召喚獣たちはチョコボが大好きで、それこそ、うるさいほどにまとわりつくぐらいです。
　それでも、彼らにチョコボの気持ちを分かちあえるわけがありませんでした。なぜなら、彼らはチョコボではないからです。
　チョコボが泣いていても、どうしたのかな、ぐらいは考えるかもしれませんが、彼らは基本的になにも考えません。なんでおとなしいのかな、なんで食べないのかなと疑問は持っても、その疑問を解くような思考は持っていないのです。
　だから彼らはチョコボのまわりをうろうろするだけで、苦しみも悲しみも分かちあうわけにはいきませんでした。
　ところで、チョコボの言葉が通じ、なおかつ、ちょっとは考えかたも似てるかなあ、という種族はいました。
　例えば人間の言葉を喋り、ときどき人間のふりをしようと二本足で歩くということに挑戦している、たてがみつきの赤犬がおります。
　この犬はチョコボをお兄ちゃんのように慕っていて、彼の姿を見ると真っ先に飛びつく癖がありました。その図体がどれほど大きく、谷での食っちゃ寝の生活でどれほど肥っていた頃であったとしても、彼は容赦なくチョコボに飛びつきました。
　この犬と話をし、いっしょに狩りをするのは楽しいと思っていたチョコボでしたが、さすがに飛びつかれてひっくり返り、頭を地面に打ちつけたあげく、コスモキャンドルと呼ばれる消えたことのない焚火の上を転がされてはたまったものではありません。
　星の谷(コスモキャニオン)と呼ばれるそこに腰を落ち着けるのもいいかなあ、と考えていたチョコボでしたが、毎日毎日、そんな痛い思いをしていては、さすがにうんざりしてきます。
　チョコボは長いあいだ星の上をさまようことにしたのでした。
　ところで、チョコボと同じように死ねない身体を持った幽霊がひとりいます。
　この幽霊は各地を旅する住所不定無職ではありましたが、棺桶を見つけては入りこんで寝心地を確かめるという癖があったので、彼を捜すのは簡単でした。
　どうしても寂しくなったとき、チョコボは墓場に出かけます。
　なんらかの事情で空(から)のまま埋められた棺桶を探してノックすれば、大抵、幽霊に行き当たります。
　でもチョコボは素直ではなかったので、正直に寂しいとは打ち明けられません。
　なので、幽霊を見つけると杭を持って訪問します。もっとも、おとなしく刺される幽霊ではないので、その墓場では雷や炎が舞い踊り、強風が吹雪を呼び、そこかしこの大地が掘り返されて、たまに本当の白骨死体が、こんばんはと顔を出すこともあります。
　彼らはそうしていつもの挨拶を交わし、それからさまざまな各地の食べものの話などを始めるのです。チョコボはいろいろなところに行っているので、珍しい食べもののことは詳しいのです。
　幽霊はそれを聞くと、チョコボのこともなにもかも忘れて珍味を求めに旅立ってしまいます。
　チョコボはちょっと寂しくなります。
　幽霊は珍味のことしか興味を持たないし、赤犬はいつまで経っても甘えん坊のままで、チョコボを抱きしめて慰めてくれるものは誰もいません。
　そこでチョコボは星にお願いしました。
　ずっといっしょにいてくれる友達が欲しい。
　ほかでもない愛すべきチョコボのお願いです。星はふたつ返事で引き受けました。「サルでいい？」

＊＊＊

「とまあ、ザックスの復活に到る経緯はこんなところではないかな」セフィロスはひと息ついた。
　寮の特別室。すっかりソルジャー三人に占領され、内装工事を繰り返し、ふたつのくっつけたベッドだけを敷居でかこってあるという状態の広い部屋には、ソファとテーブルしか置いていない。
　それでも、散らかすザックス、片づけるセフィロス、無頓着なクラウドの共同生活の場はバランスが取れていて、いちおう、客を通してもそれなりに体裁は保つことができた。
　客という範疇に入るわけではないが、いま彼の前では、スコールとゼルとセルフィとが並んで興味深くこちらの話を聞いている。それぞれの手には琥珀や透明な液体が入ったグラスを持っており、テーブルには赤いラベルのミメットのお酒、黄色いラベルのクリーエのお酒がそびえていた。
　器械体操に使った跳び箱やマットを片づけるのに、ちょうど通りかかったSeeD連中に手伝わせたので、セフィロスはお礼にと酒をご馳走してやることにしたのだ。
　これらの甘い酒はセフィロスの口には合わず、チョコボ餌の酒なんぞ飲めるかとザックスは手をつけず、クラウドは問題外だ。というより、瓶を取り出した途端に、いやがらせと誤解してアルテマをぶっ放す始末。ようするに余っていたうえ、処分もできなかったのである。
　本当は手伝わせた子どもたちの中にキスティスもいたのだが、彼女は、「まだ未成年だ」とか、「昼間なのに」とかいろいろ喚いたあげく、どこかへ走っていってしまった。もちろん、ちびドラゴンも彼女のあとを追っていったものだ。
　へろへろっとした目でセルフィが四つん這いでテーブルをまわってき、セフィロスのコートの裾を握りしめて揺すってきた。「ねえねえ、ヴィンさんはあ？　ヴィンさんとチョコボの出会い、そしてその恋！」
「恋はしとらん」
「ぶうう」
「それに」セフィロスはわずかに視線を逸らし、吐息を抑えた。「あやつらの馴れ染めを話そうとすれば、どうしてもクラウドの母親に言及せねばならん」
「母親がいたのか？」スコールがまばたいた。
「言っておくが、俺にもいたからな」セフィロスは素早く釘を刺した。
「あ、ああ、そうか」スコールは神妙に頷いた。「すまん。てっきり卵から生まれたのかと」
「はんちょお、たまごにもちゃーんと！　ちょこぼのりょうしんがいるんだよ」
「セルフィ、飲みすぎだぜ」ゼルが彼女を引きずり、もとのように自分の隣に坐らせた。もっともそう言う彼自身、千鳥足だ。「でもよ、クラウドの母ちゃんの話からやってくれても構わねえんだぜ」
「俺もヴィンセントも構うのだ」
「なにがあったんだ？」スコールが身を乗り出してきた。
「訊くなというに」セフィロスは彼を睨みつけておいてから、軽く咳払いした。「もともと、おまえたちが俺とザックスの復活の経緯を知りたがったのだろうが。ヴィンセントもミズ・ストライフも関係ない」
「っていうかあ」セルフィがまたミメット酒の瓶を握りながらのんびりした口調で言う。「なんにも詳しい経緯、話してないじゃないのお。あたしい、クラウドが粘土を捏ねて作った人形にキスしたとか、珍しいチョコボをかけあわせてハリネズミを生ませたとか、そういうの期待してたのにい」
「チョコボとかけあわせるな」
「じゃあ、なんだ？　モルボルとトンベリ？」
「なぜそうなる」セフィロスは苛立たしげに手を振った。「とにかく、チョコボもモンスターも関係ない。口を出さず、話だけ聞け」
　彼らはまた黙って聞くことにしたようだった。

＊＊＊

　サルを手に入れたチョコボは北の土地で暮らすことにしました。
　それというのも、まだサルはひとりで歩けず、赤ん坊のように、あるいは寝たきりの老人のように手がかかったからです。
　それでもチョコボは懸命に介護しました。彼には体力も時間もたっぷりあったし、なにより星がくれた大切なお友達です。早く元気になってもらわないと殴りあいもできません。
　そんな献身的なチョコボの看病のおかげか、サルはやがて話せるようになり、歩けるようになり、そしてチョコボと暴れられるぐらいに元気になりました。
　ところが、サルは口うるさかったのです。自分のほうが生まれたてだったにもかかわらず、メシを食え、風呂に入れ、テレビばっかり見るな、チョコボが夜遅く帰ってくると夜遊びと言っては責め、モンスターと遊んでいると必ず彼らを追い払いました。
　サルにしてみればチョコボは大切な弟分なのです。
　そうやって大事にしてくれるのは嬉しいのですが、なにかにつけて子ども扱いされるのがチョコボには気に入りません。その頃にはすでにチョコボは三百歳を越えていたからです。ぐうすかと星の中で眠っていたサルとくらべれば、ずっと年上のはずだったのですから。
　ちょっとした些細なことで喧嘩して、チョコボはついに家を飛び出しました。
　久しぶりに赤犬のところへ行きましたが、犬は犬で、悩み事があるようでした。
　お嫁さんが見つからないというのです。
　可愛くって素直で構いたくなるようなお嫁さんが欲しいと、赤犬はチョコボに言いました。
　チョコボはちょっと困りましたが、星に相談してみようと思って大空洞まで足を伸ばすことにしました。
　可愛くって素直で構いたくなるようなお嫁さんと念じながら星の中へ行くと、それはそれは小さな赤犬の赤ん坊をくれました。
　ところで、チョコボはお嫁さんと聞いて自分も欲しくなったのです。というよりも、その小さな生きものを見て、可愛いと構ってもらえる立場というのがとても羨ましくなりました。
　そこで彼はおそるおそる訊きました。
　お嫁さんにしてくれる人が欲しい、かな？
　ほかでもない愛しいチョコボの頼みです。星はふたつ返事で引き受けました。

＊＊＊

「翼の生えたイカでいいかってか？」
　頭の上から彼の話の腰を折ったのはザックスだった。
　次の瞬間にはセフィロスは後ろ頭を蹴りつけられ、テーブルに顔面を埋めこまれる。
「なに、でたらめなこと話してるんだ！」クラウドの憤然とした声。「だいたい、誰が誰を嫁さんにするって？」
「冗談のわからんやつらめ」セフィロスはテーブルに向かって呟いた。「それにしても、こっそり内緒話をしていたはずなのに、どこで聞きつけてきおったのだ」
「おれんところにキスティが駆けこんできたんだよ」ザックスが溜息まじりに言った。「おまえが未成年者に酒飲ませて、いったいなにをしでかすかわからんとな」
「俺がなにをするというのだ、失敬な」セフィロスはようやく身を起こした。「だいたい、このぐらいの子どもは大人たちの飲むものに興味を持つ年ごろだろう。少しぐらい味あわせてやってもいいではないか」
「おとなの立場としては控えさせなきゃならねえんだよ。なにがどう身体に影響して成長が止まったりするかわからんだろ」
「あーあ」クラウドがスコールの襟首を掴み、激しく揺すった。「すっかりできあがってるじゃないか」
　いや、そんなふうに揺すると余計にアルコールがまわるのではないか？
「クラウ……きぼち悪い……」スコールは口もとを押さえ、じたばたとチョコボから逃れようとしていた。
　ふむ、顔色も表情も変わらなかったから、まったく酔っていないのかと思っていたが。
「あっ、ざっくすさんだー」
「おう、クラウドじゃねえか、今度、また炎の洞窟でＴボード競走しような。次は負けねえからよ」
　セルフィとゼルがいまさらながら彼らに気づいたらしい。ふたりとも両手をあげて歓迎したものだ。
「酔っ払いとは勝負しないからな」クラウドは呟き、ゼルを蹴り飛ばした。格闘家SeeDはそのまま床の絨毯の上で微笑みながら眠りこんだらしい。
　クラウドはさらにスコールを揺すった。「大丈夫か、なに？　吐きたい？　バスルーム行けよ……え？　立てない？」
　クラウドはスコールを引きずってバスルームへ消えていった。
　ザックスが陽気なセルフィに飛びつかれて仕方なく肩車してやり、彼女の足越しにセフィロスを見おろしてくる。「イデアとヴィンセントのお呼び出し」
「あの連中にチクったか」
「うっせえな。イデアやシドの苦労も考えてやれよ。ここは学校で、子どもたちになにかあったら彼らが親や世間に謝り倒さなきゃならねえんだぞ」
「あたしら、子どもじゃないもーん」
「ああ、はいはい」
　やれやれ。ここでの生活もだいぶ制限されることが出てきたな。子どもたちと遊ぶのは楽しいが、いろいろと面倒が多い。
　セフィロスは立ちあがり、酔っ払いSeeDたちの面倒をふたりに任せ、学園長室へと向かった。

＊＊＊

　チョコボはとても幸せでした。
　友達のサルとも仲直りできたし、いつでも抱きしめてくれる暖かい――
「だから」ザックスが声を押し殺して囁いた。そうでないとクラウドが目を覚ますからだろう。「いいかげん、こいつを嫁さんにする夢は捨てろよ」
　セフィロスはさんざんイデアに絞られ、ヴィンセントと罵りあってちょっと不機嫌だったのだが、子どもたちにしてやったおとぎ話を繰り返しているうち、調子に乗りはじめたのだった。
　ちなみにクラウドは途中から聞いていなかった。俺が話をすると、いつもそうだ。竜巻の迷宮でも非常にわかりやすく話してやったつもりだったのだがな。
　眠るチョコボを抱き枕にしながらセフィロスは眉を寄せた。「湯たんぽを嫁にもらうのは十二のときからの悲願だったのだぞ」
「ニブルヘイムでライフストリームに突き落とされるまで、ぜんっぜん気がつかなかったくせに」
「仕方がなかろう。あのリボンつきの暖かいものが野生児に変身するとは思ってもいなかったのだから」セフィロスはチョコボ頭に頬ずりし、途端に肘鉄を顎に受ける。「いや、チョコボか？」
「いまじゃ、あんたさえ恐れない最凶……そういや、あんた、何度も徹底的に邪険にされて、よく挫けねえよな」
「任せろ」
「いや、任せろじゃなくて」
　彼らはいきなり左右にはじき飛ばされた。
「うるさい！　鬱陶しいんだ、暑苦しいんだ、たまにはひとりで寝かせてくれよ！」クラウドがむくりと起きあがってベッドからおり、毛布を引きずって部屋を出ていった。
　たぶん廊下で芋虫のように転がったことだろう。
「まあなんにせよ、熟睡するまで放っておこう」ザックスがベッドに潜りなおしながら呟いた。
「ふん」セフィロスもおとなしく枕に頭を預ける。

＊＊＊

　こうしてチョコボは寂しくなくなりました。
　たまに鬱陶しくなるときもありますが、いつだって構ってくれる人がいるからです。
　幸せな気分になったら、ほかにもいっぱい自分を愛してくれるものがあったことに、チョコボはやっと気づきました。
　赤犬はチョコボがいるから、嬉しくてじゃれつくのです。
　幽霊はチョコボがいるから、永遠の眠りに就かずにいられるのです。
　モンスターたちはチョコボが幸せだと陽気です。
　召喚獣たちも、とても機嫌よく大気に溶けこんでいられます。
　星はいつでも彼を見ていてくれました。
　そして出会う人々はきっと彼を好きになってくれるでしょう。
　彼はひとりきりだと思っていたけれど、本当はそうじゃなかったんです。
　ときどき悲しくなったり怒ったりすることもあるけれど、チョコボはいつでも幸せでいられることができるようになりました。
「クラウドが幸せなのはいいけどよ」ザックスがまたも、うんざりしたように呟く。「おれたちの幸福はどこにあるんだ？」
「クラウドの上に決まっているだろうが」セフィロスは彼に背を向け、眠りに入ろうとしながら応えた。
「だからよう、それじゃ振りまわされてるだけだって……ああ、もういいよ、おやすみ」

Ｓ：　All fairy tales end with “and they lived happily ever after.”
Ｃ：　Fairy tale?
Ｚ：　They're bedtime storys.

THE END.

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