UTILITY MEN

　相も変わらず平和なバラムガーデン、その昼下がりである。
　スコールはいつものごとく眉間に皺を寄せ、自由奔放に成長したラベンダーに水を振りかけ、溝を掘って列を整えていた。
　忘れているかたもいるかと思うが、バラムガーデンの園芸部長はクラウド・ストライフ、部員はスコール・レオンハートだけである。校庭の三分の一ほども占領した、このだだっ広い花壇の世話をふたりで賄うにはかなり無理があった。おかげで、なぜかマネージャーというものがいて、リノアがよく代行してくれている。だが彼女は最近、愛犬アンジェロとチョコボ×２の世話で忙しく、花壇の手入れは滞りがちになっていた。
　したがって、クラウドが留守のあいだはスコールが土いじりをしなくてはならない。ことに今日は午後のカリキュラムだったセフィロスの体育が、当然ながら自習――クラウドが留守のときは大抵、あの体育教師もいなくなる――だったので、スコールは暇を持て余し、ついでに幽霊部員脱却を図ってみたのだ。
　だが花壇に臨んだ彼は、こんぐらがった葉っぱをほどいてやらねばならぬほど野性的に育った植物にかなり手こずっていた。
　ところで、ラベンダーは花が咲くまで三年はかかるらしい。しかしなぜか、すでにこの植物たちは、どうだと言わんばかりに背を伸ばし、おまけにちらほらと蕾らしきものを覗かせている。そもそも、ほんの二、三か月前に定植したばかりのはずだから、こんなに成長しているのもおかしなことだった。
　なぜだとは思ったものの、スコールは原因の追求を即座に停止した。きっと、クラウドがそう願ったせいだですんでしまうからだ。
　そういえば、このあいだまでクラウドはせっせとこれらに肥料をやっていた。野菜くずとかパンくずとかを撒きながら、「早く大きくなあれ」と可愛がっていたな。
　そのうち、動物と植物とでは食べるものが違うのだということを教えてやらねば……いや、そればかりではない。このあいだはアンジェロにイカの塩辛を食わせようとして、ザックスやキスティスに怒られていた。ついでにセフィロスとの果たしあいに突入していたが、どうしてかはわからない。イカの塩辛に、なにか因縁があるのだろうか。
　スコールは地面にざくりとスコップを突き立て、その拍子に数日前にクラウドが埋めていったらしい魚の骨を掘り返してしまった。
「なぜ……」彼はさらに眉間に皺を寄せ、瞑目する。「なぜ、なにもかもチョコボの思いどおりに花を咲かせようとするんだ、あんたたちは……たまには枯れてみせてくれたっていいだろう。そうすればクラウドだって反省して、まともに育てようとするかもしれないのに」
　スコールはさらに植物たちに向かって熱心に説いて聞かせた。「あんたたちもアジのひらきだのコロッケだので育ちたくはないはずだ。ステーキなど食べたら、きっと胸焼けするに決まっている。それどころか、クラウドのことだから隣で育てている大根や人参だって持ってくるぞ。共食いになってもいいのか？」
　彼が指さした隣――いちおう畝を作り、一列に並んでいる青々とした人参の葉のあいだから、ちょうど、「呼んだ？」とでも言わんばかりに、黄色い頭がひょこりと覗いた。
　一瞬ぎくりとしたスコールだが、しかしその黄色い頭はクラウドではなく本物のチョコボだった。「なんだ、レノか」
「レノか、じゃないでしょ」
　背後から声をかけられ、スコールは思わずスコップを構えて振り返った。
　リノアが両手を腰に当てて立っている。「さっきから見てれば、ラベンダー相手に、なに説教してるの？」
　さっきから見られていたのか……迂闊だった。それにしても俺は、なぜリノアの気配に気がつかなかったんだろう。ラベンダーに意識を集中しすぎていたか？
　スコールは頭を振りながらスコップに目を落とした。「クラウドを見ていると本当にラベンダーが返事をするように思えるんだ。自分でもやってみようという気にならないか？」
「クラウドには返事するかもしれないけど、スコールには無理だね」リノアはあっさり言って、軽く手を叩いた。「ほらほら、レノ、いつまでも遊んでないで」
　レノチョコボは人参の葉っぱのあいだに隠れるように頭を引っこめた。だが尾羽が飛び出ているので、隠れている意味はないだろう。
「いつも花壇で遊ばせているのか？」チョコボが乱入したら花壇は穴だらけになってしまうぞ。
「そういうわけじゃないけど」リノアはわずかに顔をしかめた。「最近、反抗期なんだ、彼」
　……鳥に反抗期があるのか。
　スコールはスコップを持ったままラベンダーの列から抜け出て人参のほうへと向かった。「捕まえて連れていけばいいんだろう？」
「突つかれるよ？」リノアも野菜畑に入りながら言った。「レノはスコールのこと、同等の兄弟だと思ってるから」
　スコールは足を止め、眉を寄せた。「どういう意味だ」
「だから、自分と同じクラウドの部下だと考えてるわけ。むしろ自分のほうが上位だと思いこんでるふしもあるみたい」
「………」
　スコールは人参畑の畝をぐるりとまわってきた小さな黄色い羽根のかたまりと対峙した。レノチョコボは無表情（？）に彼を見あげてくる。
「いいか、レノ」スコールは静かに低く言った。「俺が、チョコボの上司なんだ」
　レノは疑い深そうな目で彼を凝視してくる。
「……まあ肩書きの問題だがな」スコールはつけ足した。
　レノチョコボは、やっぱりなと言わんばかりに前進を開始し、スコールの足のあいだを通り抜けてリノアのほうへと、とことこ進んでいく。
　スコールは再びスコップを見おろした。
　これではいけない。このままでは、俺はチョコボにさえ尊敬を払ってもらえないSeeDになってしまう。
　たかがチョコボ。
　チョコボは所詮、チョコボなのに。
　そうとも、少なくとも自在にチョコボを乗りまわすことができなければ。
　スコールはスコップを握りしめ、決意を新たにした。

＊＊＊

「とっくに諦めたと思ってたけどなあ」ザックスは湯気の立つカップをテーブルの上に置きながら呟くように言った。「おまえ、まだクラウドをジャンクションしようとか思ってるわけ？」
「いや、クラウドは諦めているんだが」スコールはカップを持ちあげ、コーヒーの香ばしい匂いに混ざる甘い香りに眉を寄せた。見た目はコーヒーに泡立てた生クリームをぶっこんだ感じだ。「これはなんだ？」
「カフェモカだ」
「コーヒーにしては甘い匂いが」
「チョコレートが入っている」ザックスは軽く首を傾げた。「最近、お茶系統から卒業して、コーヒーのバリエーションを研究しはじめたんだ。クラウドを実験体にすると、なかなか反応が面白いしな。バター入れたり、蜂蜜入れたり、今度、唐辛子を入れてみようとしてたんだが、あいつ、仕事にいっちまったし」
「俺まで実験体にしないでくれ」
「カフェモカは一般的な飲みものだよ、安心しろ」ザックスはぱたぱたと手を振って自分のカップを持ちあげた。「で、クラウドは諦めて、別のチョコボをジャンクションしようとでもいうのか？」
　スコールは頷いた。「そうなんだ。といっても、そこらで遊んでいる普通のチョコボがジャンクションできるとは、さすがに俺も考えていない。だが、もし自分で育てたチョコボなら――」
「無理だな」ザックスはきっぱりと言った。「だいたい、ジャンクションできるのは召喚獣だけだって、何度言ったらわかるんだ」
「しかし、召喚獣の本質を、あんただってわかってないんだろう？　あの自律エネルギー体がどうして生まれてくるのかも」
「う、まあ、そりゃそうだけどよ」
　スコールは首を振った。「とにかく、ジャンクションできなくてもいいんだ。俺の言うことを聞いてくれるチョコボが欲しい」
「なんだ、それなら簡単だ」ザックスは安堵したような溜息をつく。
「本当か？」スコールは身を乗り出した。
「自分で卵から育てりゃいい」
「なるほど」スコールは頷いた。
　しばらくのあいだ会話が途切れ、スコールはカップの中の茶色い液体を見つめる。生クリームはほとんど溶け、白いぶつぶつが縁にこびりついていた。
　やがて彼は顔をあげた。「……どうやって卵を？」
「レノとティファが大きくなったら、いくつか産んでくれるだろ」
「あのレノが、俺に卵を明け渡すだろうか」
「あれだけ懐いてるんだから大丈夫じゃねえ？」ザックスは肩を竦めた。「クラウドだって協力してくれるさ」
　スコールはまたカフェモカを睨みつけた。「もし卵をもらったとして、どうやって育てればいいんだ？」
「んなもん、クラウドに訊けよ」
　それでは意味がない。クラウドが飼育に携わってしまったら、そのチョコボはきっと俺なんか目もくれなくなるに違いないんだ。
　スコールはひたすらカフェモカを睨みつけた。
「クラウドに甘えたくないって顔だな」ザックスは軽く笑った。「反抗期か？」
　思わず等式記号とレノチョコボを頭に思い浮かべてしまったスコールは、反論しようと顔をあげた。
　だがちょうどそのとき、用務員室の入口にのっそりと姿を現わした幽霊と目が合う。
　ヴィンセントはトレードマークのマントを、なぜか片方に寄せ、丸めるようにして持ちながら入ってきた。「そこらでいつもサッカー遊びをしているガキどもに、立派なボール跡をマントにつけられてしまったのだ、埃取りはないか？　なければ消しゴムでもいい」
「相変わらず変なやつだな。クラウドがつける足跡は気にしねえくせに」ザックスは消しゴム消しゴムと呟きながら部屋の奥へと消えていく。
「ところで反抗期とは？」ヴィンセントがスコールに向きなおってきた。
「いや」スコールは軽く手を振りながら彼を見あげた。「ただ、クラウドに頼らず動植物を育ててみたいという話をしていたんだ」
「ほう」
「クラウドは、その……なにかを育てるのがとてもうまいだろう？」
「そうだな」幽霊はしみじみと頷いた。「育てられるほうが、育たないとどんな目に遭うかと怖れて育つからな」
　そうだったのか？　常識を無視しているとはいえ、愛情を受けて育っているものとばかり思っていた。
「しかしクラウドとて、花の育てかたなどは確かマリンに教わっていたぞ。あの子も恐ろしい娘だった」ヴィンセントは顎をひと撫でした。「あのいいかげんさはむしろ、あの娘の影響ではないかと思われるふしもある」
　マリンって誰だろう。また新しい名前が出てきたな。
　スコールはすっかりぬるくなったカフェモカに再び目を落とした。
「ところで、それはなんだ？」ヴィンセントはカップを指さした。
「チョコレートコーヒーらしい。クラウドで実験した結果の産物だとかなんとか」
「ふむ？」ヴィンセントは首を傾げた。「以前、私が研究で編み出したチョコレート入り衣のてんぷらを食わせたとき、あのチョコボめ、とち狂ってセフィロスに絡んで甘えまくっていたが」
「チョコレートを食べるとおかしくなるのか？」
「さあ？」
「てんぷらの中身の問題では？」
「ごく普通のマタタビだったが」
「………」なんでそんなものを揚げたんだ？　というか、チョコボに与えていいものなのか、それは？
　ことんと落ちた沈黙のあいだにザックスが帰ってきた。「消しゴムなんかねえよ。素直にランドリーに行けば？」
「この満月形の跡をつけたまま校舎を横断しろと？」ヴィンセントはマントを捻ってその跡を見せた。
　確かに背中のど真ん中、白い丸がくっきりとついている。もとが赤いマントだけに、なんだかおめでたく、妙に笑みを誘った。
「だったら脱いでいけばいいだろ」面倒げにザックス。
「私にこのマントを脱げと？」ヴィンセントはザックスに詰め寄った。
「それなら、全部白くしてしまえばいい」スコールは提案した。「校舎隅の物置小屋に石灰の残りがあったぞ」
「わざわざそんなものを取りに行かなくても、この用務員室にはペンキがどっさりあるんだよ」ザックスはさっそく缶をぶらさげている。「一度、あんたを白く塗ってみたかったんだよな」
「させるものか」
「いいじゃねえか、やらせろ」
　がっしりと両手を組みあって動かなくなったふたりを置いて、スコールは用務員室を出た。

＊＊＊

　いったい、俺はなにをやっているのだろうな。
　スコールは頭のどこかで自分が溜息をついていることを感じながら、図書室の片隅、検索モニターを睨みつけていた。
　一度思いこんだら、ほかのことはいっさい目に入らなくなってしまう、それがスコール・レオンハートというものだ。自分でもよくわかってはいる。わかってはいるが、そうと意識して治るような類の話ではないのだ。
　というわけで、スコールは延々とチョコボに関する文献を探しつづけていた。
《チョコボ図鑑》、《幻の鳥チョコボ》、《ギザールの野菜の簡単な栽培》、《チョコボに見る文化の変遷》、《チョコボの本質》、《チョコボの歴史》、《超チョコボ理論》、《驚くべきチョコボの真実》、《暗号名チョコボ》、《チョコボの謎を解く》
　……なんだか、でたらめになってきたな。
　ん？

《チョコボが語る星の歴史》
　クラウド・ストライフ口著／ウォード・ザバック編訳

　く、クラウド……？　いつのまにこんなものを！
　スコールはその本の詳細を呼び出そうとしたが、次に続くリストを目に入れ、思わずかたまってしまった。

《はじめてのチョコボ》
　ウォード・ザバック著

《チョコボ流モンスター辞典》
　ラグナ・レウァール編集

《ザ・オペレーション〜チョコボの導入と運用》
　セフィロス・ストライフ著

《マーケティング・リサーチ〜チョコボ市場の分析》
　ラグナ・レウァール著

　………。
　………。
　………。
　……なにをやっているんだ、エスタの連中は？
　というか、いったい、どこの酔狂な出版社がこんなものを発行したんだ？　後悔していないか？
　スコールはぶつりと端末の電源を切り、図書室を出た。
　だめだ、最後に見つけた書籍群はともかく、世の中に出ているあたりまえの知識では、俺が知っている以上のことはなにもわからない。いま目を通した文献のほとんどは、ここ数年に書かれたもので、エスタで起こったチョコボブームに則ったものばかりだった。
　もちろん、そのブームはいま、ガルバディアのほうにも飛び火し、エスタからの友好親善として贈られた生まれたてのチョコボに国民は一喜一憂しているという。
　……仕方がない。
　スコールは学園長室に向かった。
　学園長はちょうど腰痛体操をしていたところで、入ってきたスコールを見て慌てて交差していた足を戻そうとして、かえってこんぐらがって再び腰を痛めたらしい。
　涙を流し、叫ぼうにも叫べず、のたうちまわろうにも動けずにいる学園長を横目に、スコールはデスクの電話を取りあげた。「エスタ大統領官邸に繋いでくれ」
　バラムガーデンはSeeDの大本部にもなっている。以前は独立傭兵組織として、その後は魔女監視機構として、どの国家にも属さない戦力を有しているのだ。したがって、エスタ、ガルバディア、ティンバーなど、主要国家とのホットラインが繋がっていた。もちろん学園長室からでしか通じない。
『エスタ大統領官邸だ』わずかに遠い声が応答してきた。
　この声はキロスだろうか。「バラムのスコールだ。ラグナは？」
『チョコボサファリパークに行っている。急用か？』
「いや」そうか、ホットラインを使用しているのだから急ぎだと思うのは当然だ。「じつはラグナに用があるわけではなくて、そちらにチョコボに詳しいのが何人かいたと思って……チョコボの飼育方法が知りたいんだ」
　キロスは少し考えるだけの間(ま)をあけてから、『それならウォードに代わる』と言った。
　いや、ウォードを出してもらっても……。
『………』
「………」
　やっぱりわからないよな。顔が見えるわけでなし、そもそも言葉を話せないウォードと、どうやって電話で会話を成立させろというのだろう。
『すまん、スコールくん』キロスの声が交代した。『うっかりしていた。どうもバラムの生徒というと、クラウドと同一視してしまってな』
　いっしょにしないでくれ……というか、クラウド、どうやってウォードと電話で話をするんだ？
『チョコボの飼育方法は、クラウドが残していったマニュアルを参考にしているとウォードが言っている』キロスが通訳してくれた。
「クラウドがマニュアル？」そんなものを作成できるほど利口だったのか、彼は？
『軍隊式に書かれているから乙だの丙だのと鬱陶しい文章だが、なかなか重宝しているそうだ。なんならコピーを送ろうか？　と、ウォードが言っている』
「それはエスタの機密ではないのだな？」
『それほどのものでもないし、だいいち、ホットラインを私用に使っておいていまさらだろう。で、どこまで必要なのだ？　飼育方法とチョコボ仙人のメモとあるが』
「チョコボ仙人？」
『クラウドの尊敬する師匠らしい。究極の黄金チョコボを育てるために、その仙人の知恵を借りたという体験談が――』
「全部くれ！」スコールは叫んだ。
　究極の黄金チョコボだと？
　そうとも、それが欲しいのだ！
　ファックスでは時間がかかるので、メール添付にして送ってもらうよう手はずを整え、スコールは電話を切った。
　床の上に目をやれば、シド学園長がまだ転がっており、「カドワキ先生を呼んでくれ」と涙声に訴えていた。

＊＊＊

　……これらのすごいチョコボをＡとし、すごくいいチョコボをＢとするなら、いい感じのチョコボや、まあまあのチョコボ、普通のチョコボなど、Ｃクラス以下はおもに気候温暖なところに棲息する。彼らはストレスに弱く、潜在的能力に余裕がない。
　レース用のチョコボ、または品種改良などに適したものは、Ａクラスのようにアイシクルエリアなど気候の厳しいところで育った野性のチョコボ、それもジャンピングなど捻くれたモンスターとともに生存競争をしてきたものが望ましい。あるいはまた、ミディールなど、全域に強いモンスターがいる地域に棲息するものも、なかなか安定した能力を見せる。したがって、山チョコボ、川チョコボなどを生み出すための条件のそろっているのは……

　だめだ。
　スコールはプリントアウトを膝の上に置き、項垂れて深く溜息をついた。
　メール添付で送られてきたデータを印刷し、ホールのベンチに坐って読み耽っていた彼だったが、チョコボの育てかたどころか、延々と綴られるチョコボの生態概論といった趣きの文章に、いささか疲れてきたのである。
　そのうえ、彼の知らない名詞ばかりが連なっているものだから、余計に意味不明だった。アイシクルだのミディールだの、いったいどこのことなんだ。ジャンピングなどというモンスターだって俺は知らん。それに、この交配時に必要なカラブの実とかゼイオの実とかは、いったいなんなのだろう？
「それは俺が添削してやったクラウドのマニュアルではないか」
　いきなり背後、それも上のほうからかけられた声に、スコールは飛びあがって驚いた。おかげで、うっかり相手の顎に頭突きをかけてしまったものだ。
　さすがに痛みに呻きながら振り仰げば、セフィロスがそびえている。しかし長身の鬼神は珍しくもよろめいて半歩退がっただけで、文句を言ったり反撃したりしてこなかった。
　彼はなぜか、ふたりの赤ん坊をその身に装備している。
　いかにも乳児といった小さな布のかたまりを大事そうに両手で抱え、一歳かそこらのもうひとりをおんぶ紐で背中に括っていたのだ。
「なんだそれは？」スコールはまばたいた。
「クラウドの仕事につきあってきた帰りだ」セフィロスはものすごく機嫌のいい声で、ついでにふふんと鼻を鳴らした。「抱かせてはやらんぞ。この楽しみは俺のものなのだ」
　そんな壊れそうなもの、あんた、よく無事に持っていられるな。「すると、クラウドも帰ってきたのか？」
「うむ。直接孤児院に届けるつもりが、一匹の元気なやつが、こちらのほうまでひっぱりまわしてくれたのでな」セフィロスは手慣れたふうに赤ん坊を揺すっている。
　なんだか違和感があるな。「孤児院？」
「ラハ岬に新しいのを造っただろうが」
「それは知っているが……わざわざ孤児を集めてまわっているのか？」
「今日び、どこにでも孤児が転がっているものだ。わざわざ探さなくとも、仕事のついでに拾えるだけ拾っている、それだけだ」セフィロスは相変わらず身体ごと揺すりながら、ちらりとガーデンの出入口、カードリーダーが並ぶほうへと振り返った。
　ちょうどクラウドがそこを通ってくるところだ。
「やっと捕まえたよ。自分でバラムに来るって言っておきながら、すぐ脱走しようとするんだからな、こいつ」と引きずっているのは三歳ぐらいの男の子だった。
　言葉にならない奇声を発しながら、その幼児は恐ろしいことにクラウドを手を思いきりひっぱって振りまわそうとしているらしい。
「いったい、なんの仕事をしているんだ？」スコールは近づいてきたクラウドに訊ねた。
「いろいろだ。イデアのお使いが多い」クラウドは言いながら、暴れる子どもを逆さまに抱えた。
　そのまま足を持ってぐるぐる頭上で振りまわせば、幼児もさすがに目をまわし、あげつづけていた奇声もぴたりとやむ。
　黙りこんだ子どもを強引に肩車で坐らせながら、クラウドはちょっと疲れたような顔をした。「今回、こんなにいっぺんに子どもを拾ってくることになるとは思わなかったから、セフィロスがついてきてくれてて助かったよ。黙ってても乳幼児の面倒見てくれるし」
「俺は小さくて暖かいものが好きなのだ」セフィロスはうっとりと赤ん坊を抱き、また左右に身体を揺らしながらその場で円を描くように歩きはじめる。
「子守唄まで歌い出したら要注意だな」クラウドが顔をしかめながら上機嫌の体育教師を見つめた。「で、あんたはなにしてたんだ？」
「いや……」
「チョコボの研究をしているようだぞ」と、セフィロスがうろうろしながら口を挟む。
「チョコボ？」クラウドはスコールの手から無造作にプリントを取りあげた。「ああ、クリンがメモしてくれてたチョコボ仙人の口伝を、セフィロスが脚色して書き足したやつだな。いまじゃ使えないけど」
「なんだと」スコールは顔をしかめた。
「そりゃそうだよ」クラウドはプリントを返してくる。「あんた、チョコボの研究はいいけど、三千年ぶんもおさらいするつもりか？」
　スコールは気が遠くなるほどの眩暈をおぼえた。さんぜんねん？
　三千年といったら、まだ人類は石器時代。いや、ハインの文明が残っていたから、もうちょっと高度な生活をしていただろうが……それにしても、そんな……。
　チョコボ……たかがチョコボ、所詮チョコボと侮っていた。
　モンスターさえ、世代交代のうちにだいぶ種類が変わったと聞く。それなのに……チョコボ……。
　スコールは茫然としながらクラウドを見あげた。
　子どもを肩車して燦然と立つ金チョコボ、そして三千年の文字がその頭上で荘厳に輝いている。
「俺は……」スコールは震える声を絞り出した。「おれはただ、究極のチョコボが欲しかっただけなんだ。召喚獣でなくていい、それでも黄金のチョコボに乗ってみたかった」
「これはやらんぞ」セフィロスが素早く身体ごと割りこんだ。
「おれはチョコボじゃない！」即座にクラウドが足を跳ねあげたが、しかし、ぴたりと寸止めされる。「くそっ、赤ん坊を盾にするとは」
　セフィロスの前後には、それはそれは無防備な子どもたちが、「あー」だの、「うー」だのと無邪気な声をあげていた。
　クラウドは蹴りこみの姿勢のまま、スコールを振り返ってくる。「気持ちはわかるぞ。いまじゃ、海チョコボは隔世遺伝でしか生まれてこないからなあ。エスタにいる二羽が奇跡的に両方、金チョコボなんだ」
　スコールはまばたいて顔をあげた。「エスタ？」
「サファリパークにいるだろ」クラウドは足をおろし、ずり落ちかけていた子どもの両手を取って頭上で広げてみせる。「なにを究極のチョコボって言ってるのか知らないけど、黄金のチョコボって言えばあの二羽だぞ。それに、ガルバディアで生まれたのも一羽が金色じゃなかったかな」
「では、黄金のチョコボというのは突然変異なのか？」
「違う」クラウドは胸を反らした。同時に肩の上の子どもも、つられたようにぴんと背筋を伸ばす。「おれが生み出したんだ！　でも遺伝子操作はしてないからな。普通のチョコボを育て、鍛え、餌を工夫して、海でも走れる最高のチョコボを作ったんだ。すごいだろ」
「クラウドが生みの親……」スコールはぼんやりと呟いた。
　チョコボ三千年の歴史はやはり、クラウドから始まっているのか。
　そんなクラウドと張りあおうなんて、俺はどうかしていたんだ。
　スコールは立ちあがり、重い足取りでその場を離れた。

＊＊＊

　それからしばらくして、スコールは卵を手に入れた。
　再度エスタにホットラインをかければ、ラグナが息子の頼みならなんでも聞くと親馬鹿ぶりを発揮してくれたので、金チョコボの卵が欲しいと言ってみたのだ。
　ちょうど二回めの産卵が終わったところだからと、さっそくそれは送られてきた。
　部屋に届いたどでかい梱包をほどけば、中身はほとんど緩衝材と温熱剤、チョコボの卵は両手のひらに載るほどの大きさ。
　サイファーは叩き割ろうとするし、女子たちは珍しがって群がってくるし、ヴィンセントに至ってはフライパン片手に近づいてくるものだから、なにを考えているのかは明白だ。
　スコールはチョコボの卵を学園長室に持ちこみ、そこに保温器を据え、鍵をかけて厳重に生徒たちから隔離した。
　そして暇があれば、彼はそこに通いつめることになったのだ。
　金色がかったその卵は、つるりと光沢を含んだ殻をきらきら輝かせている。きっと素晴らしいチョコボが生まれてくるに違いないと期待させるなにかがあると、スコールには思えてならなかった。
　早く出てこないだろうか。
　名前も決めているんだ。
　クラウドJr.
　すべてのチョコボの上に君臨するクラウドの名前をそのままもらったんだ。すごいだろう。もっとも、クラウドにはまだ言ってないんだけどな。
　彼のように強くなれ。
　誰もが究極のチョコボと認めるぐらいに。
　スコールはミルク皿を保温器に入れ、ドアを閉めた。
「スコール……」遠慮がちにかけられた声はシド学園長だった。「卵にミルクは必要ないのでは？」
「いや、きっと喉が乾いているに違いない」
　学園長は乾いた目で保温器の中の卵を見つめた。「……クラウドがラベンダーに魚を与えるのと同レベルですよ、それは」
　………。
　そんなことはないと思う。
　うん、とにかく、早く生まれてくれればそれでいいんだ。
　そして俺は黄金のチョコボを手に入れる。
　俺は、ついにチョコボを……！

◇

「スコールって、ひとつのことに夢中になると、ほかのことに目が行かなくなるんだよね」リノアはラベンダーに水をやりながら、かたわらのチョコボたちに語りかけていた。「すっかり忘れられちゃって可哀相に……こういうところが、クラウドに追いつかない原因だって、わかってないのかなあ？」
　レノチョコボはてれんと足を投げ出して坐り、ティファチョコボはあたりの地面を掘り返してまわっている。
「クラウドはいっぱい、いろんなもの育ててるから、どれもこれもにかかりきりになることはないけど、ねえ」と、彼女はレノチョコボを見おろした。「ちゃんとあんたたちのことも見に来るし、ラベンダーにも話しかけるし、ニンジンや大根もちゃんと収穫して食べてるし、孤児院の子どもたちにだって大人気のチョコボお兄ちゃんになってるし」
　そうだね、とレノチョコボが頷く。
「そりゃ、ときたま、わけのわからないことするかもしれないけど……あらティファ、また食べ残しの魚をここに埋めたでしょ」リノアはおかしらつきの骨を拾いあげた。「だめじゃない、これだから、スコールはクラウドがやったと思いこむんだよ」
　ティファはどこかになにかを埋めるのが好きだ。レノも畑にいることが多いので、クラウドは野菜くずなど彼らの餌をこの花壇に撒いていくことがある。
「スコールの思いこみは怖いんだからね。クラウドがやってるんだから大丈夫だなんて言って、ほんとに鯛のおかしらとか持ってきかねないもん。あーあ」リノアはホースの栓を捻って水を止め、拾った魚の残骸をビニール袋に入れた。
「あの卵から生まれたチョコボ、スコールはすっかり自分のものって考えてるみたいだけど」彼女はまた足もとのレノチョコボを見おろした。「チョコボ三千年の歴史を甘く見すぎてるよね。じつはクラウドさえ恐れる唯一の生きものなのに、ひと筋縄で行くわけないじゃない。ねえ、そう思わない？」
　思う、とレノチョコボが頷く。
　リノアは顔をしかめた。「もしかして言葉通じてるの？」
　いいや、とレノは首を振る。
「……やっぱり、チョコボってよくわからないな」

Ｚ：　You are the ultimate chocobo.
Ｃ：　I'm not a chocobo!
Ｓ：　You're lying. Unveil yourself!

THE END.

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