１
バラムガーデンのエレベーターについて、まじめにその構造を考えようとする者は学校内には存在しなかった。
例えば、いつボタンを押してもエレベーターがちゃんと待機していることとか、それまであるとは思わなかった地下室へ、マスター・ノーグの存在を知った途端に行けるようになったこととか。
したがって、エレベーターが未知の階で停まったからといって驚くには値しない。バラムガーデンのエレベーターは乗っている者の必要に応じて自由自在に動き、好き勝手な階で停まる。
というわけで、このフロアがいったい何階にあたるのか、スコールにもはっきりしたことはわからなかった。
だがそこに足を踏み入れるたび、彼は空気に満ちる召喚獣たちの気配や感覚的な匂いに、とても幸せな気分を味わうのだ。
そのフロアには廊下もドアもなかった。エレベーターを降りればすぐ円形の部屋になっている。丸い壁は白く輝き、天井は高く、緩やかなアーチ状の曲線を持っていた。
その中心を縦に貫き、大きなポッドがそびえている。その内部はからっぽのように見えるが、ほんのりと青い光がちらちらと蠢いていた。
「クラウド、ここが召喚獣を集めておく部屋だ」スコールは振り返った。
クラウドはエレベーターからよろめき出、ふらふらしながら部屋の丸い壁にべったりと凭れかかった。その状態は瀕死のチョコボという以外に表現しようがない。
「大丈夫か？」スコールは眉を寄せた。
「大丈夫じゃない」クラウドは弱々しく応えてくる。「おれ、乗りものには弱いんだ」
「エレベーターで酔っていたら、ガーデンではやっていけないぞ」
「余計なお世話だ」クラウドはちょっと膨れる。「だいたいこのエレベーター、変なところ通らなかったか？」
「さあ、あまり考えたことはないな」
「まあいいか」クラウドはのろのろと身を起こした。「星から離れたわけじゃなさそうだし」
クラウドはとぼとぼと中央のポッドに近づき、その柱とも言えるほど大きな機械を見あげながら周囲をぐるりとまわった。
「ふうん、みんなそろってるな」と二周めをまわりながら顔をしかめる。「こんな小さなところに本体がいたのか。バハムートもグラシャラボラスも、よく我慢してるな。エデンなんか、ときどき暴れ出さないか？」
「ポッドの中でバトルを繰り広げたことはないな」スコールは頷きながら、暴れている召喚獣がどんなふうに戦うのか、ちょっと見てみたい気分にもなった。
「なあ、ここから出たいか？」クラウドはポッドのアクリル面に両手をつき、語りかけるように囁いた。「おれのこと恨んでる？ そりゃ、あんたたちをイデアに預けたのはおれだけど、こんなふうに閉じこめるとは思ってなかったんだ。だいたい、あんたたちを捨ててこいって言ったのはキロスなんだし、おれのせいじゃ……え、もう、どうでもいいって？ あ、そう？」
チョコボ……本当に召喚獣と話しているのか？
「そうか、住み心地はいいのか」クラウドは、ぽてと両手を落とし、項垂れて吐息をついた。「それならいいんだけどさ……そうか、うん、みんな、おれと同じなんだな」
スコールはぴくりと耳をそばだてた。いま、確かに同じと言ったな。あんたが召喚獣だという自白と取ってもいいのか？
「同じとは、どういう意味なんだ？」彼は訊ねてみた。
「わけわかんないうちに学校に閉じこめられて、そのうえ不本意にも居心地がいいものだから逃げることもできずにいるってこと……はあ」クラウドは情けないというように首を振った。
自白にはならなかったか……しかし、クラウドにとってもガーデンの居心地はいいらしいな。
スコールはチョコボに気に入ってもらえたのかと思うと、ちょっと嬉しくなった。「クラウドもずっとここにいるといい。そしていずれは最強のG.F.(ガーディアン・フォース)として――」
「でも自由に散歩もできないんじゃ、ちょっと窮屈だよな」クラウドはスコールの言うことをあまり聞いていないようだった。「どうやったら開放できるんだ、これ？」
クラウドはポッドのわきにある機械をごちゃごちゃといじり出した。
スコールは慌ててチョコボ頭に飛びつく。「いや、だめだ、ジャンクションできなくなってしまうじゃないか」
「ジャンクションなら、いつでもどこでもできるんだろ」
「いったん契約すればそうだが、SeeD候補生の中には、まだどのG.F.とも契約していない者もいる」
「なんだよ、そのために召喚獣たちをここに集めてるのか？」
「まあ、そういうことになるか」
「贅沢だな！」クラウドは、ばんばんと機械を叩いた。「召喚獣が欲しいなら、世界じゅうを巡礼するぐらい苦労しろよ」
スコールはさらに身を乗り出して押さえようとしたが、しかしクラウドの振りあげた腕を避けた途端によろめく。彼はすぐに機械の端にしがみついて転倒を防いだ。その指にわずかに突起したプラスチックの感触がひっかかったような気がした。
途端に機械がぶんと唸りをあげた。
彼は、ぎくりとしてポッドを見あげた。
だがなにも変化はなかった。少なくとも目に見えて変わったところがあるわけではない。
「いまの音、なんだ？」クラウドは、いつのまに呼び出したのか、アルテマウェポンを構えながらポッドを見あげていた。
「わからない」スコールは手もとに視線を落とし、左手のひらの下にある赤いスイッチを見つめた。このコンソールのスイッチには名称が書かれていない。俺がうっかり押してしまったこのスイッチは、いったいなんだったのだろう。「それよりクラウド、その剣でポッドを破壊するつもりなのか」
「だめか？」
スコールはまっすぐクラウドを見つめた。それは真摯に。「お願いだ、やめてくれ」
クラウドはちょっと迷ったように構えを解きかける。「なんで」
「まま先生に怒られる」スコールは真剣に応えた。
クラウドはまたちょっと考えこみ、しばらくしてから、ふいとアルテマウェポンを消す。「うん、イデアは恐ろしい」
スコールは内心でほっと胸を撫でおろした。だがチョコボの気分はいつ変わるとも知れない。「そろそろ戻ろう。今度は保健室のカドワキ先生(ドクター)に紹介する」
「おれ、医者(ドクター)は嫌いだ」
「気のいいおばさんだぞ。あのドラゴンも懐いている」
「ちびが世話になっているのか。じゃあ、挨拶に行かないとな」クラウドは頷いた。
彼らはそろってエレベーターに乗り、G.F.フロアをあとにした。
◇
無人の白い部屋。
中央にまっすぐ立つ青く染まったアクリルの柱。
さまざまな色彩を内に秘めたようなその不思議な光は、それからも長いあいだ変化なく、かすかにきらきらと輝いているだけだった。
やがてその光の一部が大きく躍るように跳ねあがる。
それは天井近くへのぼっていったかと思うと急降下し、まるで遊んでいるように踊りまわった。
そして乱舞する青い光は徐々に大きくなっていく。
魔法の気配が急速に膨れあがり、ポッドの中のみならず部屋全体へと浸透していき、そして彼らは目を覚ました。
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