UTILITY MEN

　バラムガーデンは今日も平和である。
　ただし、一部を除いて。
「どいつもこいつも、体育の授業だというのに単語帳持参するとは何事だ」用務員室に居坐って、セフィロスはぶつぶつと繰り返していた。
「まあ、それだけ生徒たちも必死だってことだろ」ザックスは二十三杯めのコーヒーを欠けた湯呑みで淹れてやる。湯気の立つそれを、セフィロスは瞬くまにごくごくと飲みこんでしまった。
「体育の試験に単語帳など必要ない！」セフィロスはどんと湯呑みをテーブルに置く。欠けていた部分から、さらにぽろりと小さなかけらが落ちた。「この俺が授業を見てやっているというのに、なんだ、あのガキどもは……まさか、クラウドも染まっているのではないだろうな？」
「いや、クラウドは案外まじめだって」というか、化学の授業やりながら歴史の暗記しようなんて器用な真似ができないだけだがな。
「とにかく、毎年毎年、この時期は学生どもが浮き足立って仕方がない」
「浮き足立ってるんじゃなくて戦々恐々としてるんだって。クラウドのことも考えてみろよ。またまた留年なんてことにはなりたくないだろうし」ザックスは出涸らしのコーヒーかすを捨て、新しいフィルターを探した。だが戸棚は見事にすっからかんだ。「セフィロス、もう、用務員室にはコーヒーがない。食堂のウーロン茶で我慢しろや」
「ふん、俺の飲むぶんぐらい、たっぷり用意しとかんか」
「飲みすぎだっての」
　ザックスは不機嫌なセフィロスを引きずって食堂へと向かった。用務員室で黒いオーラを遠慮なく振りまかれては女子生徒たちだって寄りつけねえよな。
　セフィロスがなぜ不機嫌なのかは、もちろんクラウドに構ってもらえないからだ。クラウドはいま学年末試験という大変な戦争の中にあって、二年生になれるかどうかの瀬戸際である。意外と本気で必死になっているらしく、さすがのセフィロスも、遊んでくれとちょっかいを出すにも出せない状態のようだった。
　もっとも試験で必死になっているのはクラウドばかりではない。いつものメンバー、ゼルやアーヴァイン、セルフィも、卒業がかかっているだけあって去年よりも試験勉強に身が入っていた。スコールはどうなのかわからない。それなりに成績は修めていそうだが、あいつはときおり、クラウドに引きずられてポカをやるからなあ。このあいだなんか、大昔の魔女についての論文を二百枚書かされていたようだったが、大丈夫なんだろうか。
　食堂では生徒たちがおのおののテーブルを占拠し、普段に輪をかけて満員御礼だった。あちこちで情報交換がなされ、ノートのリレーがなされ、話し声とページを繰る音とでざわついている。
　ザックスとセフィロスが足を踏み入れれば大抵すぐさま声をかけてくるはずのセルフィも、必死になってテーブルに屈みこみ、ノートとテキストを交互に睨みつけていた。
　そのセルフィの横ではゼルが頭を抱えてぐったりと倒れ、どうやら失神ついでに熟睡している模様。アーヴァインはかぶった帽子の上に小さなチョコボ――たぶんレノのほうだろう――を載せながら、黙々とペンを動かしていた。
　キスティスとリノアはいなかったが、彼女らはまあ、彼らほど必死になる必要がないので、ふたりでバラムあたりまで出かけてでもいるのだろう。キスティスは教育実習も教員資格もとっくに取っていたし、リノアはまだ一年生で余裕がある。
　だが同じ一年生でも、クラウドは事情が違った。なにしろ三回も一年生をやるのはこりごりだろう。
　そんなわけで、クラウドのチョコボ頭も丸テーブルを縁取る生徒たちの中に紛れていた。スコールがその隣に坐り、ふたりでなんだかんだと議論らしき会話をしている。そのあいだで、もう一羽のちびっ子チョコボ――ティファがうろうろと、ノートの端をかじりつつ足跡をつけてまわっていた。
「だからさ」クラウドが鉛筆でぐしゃぐしゃとノートを真っ黒にしている。「どうしてそうなるのか、わからないんだってば。だって、なんにもないんだぞ。０ってそういうもんだろ」
「この場合、０じゃなく、無限大のほうが問題じゃないのか？」スコールが黒くなったノートを破って新しいページになにやら式を書きこんだ。「まず、無限というものがなんなのか――」
「それ、ほんとに数学なのか？」
「どちらかといえば哲学かもしれない」スコールはむっつりと考えこんでしまう。
　ザックスは彼らの背後に立ち、手もとを覗きこんだ。∞(無限大)の記号と０がいくつも並んでいて、そのわきには、５×０だの、99×0だのと、意味もなく書きなぐっているようだ。
　軽く舌打ちの音が聞こえ、振り返ればセフィロスがますます不機嫌に顔を歪めて金色のチョコボ頭を睨みつけていた。「寮でもノートとテキストに埋もれているというのに、よく飽きんものだな」
　クラウドが、あれ、と振り返る。「ちょうどよかった、セフィロス、教えてくれよ」
　クラウドの素直なお願いに、セフィロスの機嫌はちょっとばかり上向きになったらしい。しかし素気ない態度を装った。「俺は体育教師だ」
「そうか……キスティスはどっか行っちゃったし、ヴィンセントは、『おまえになにかを教えるなど虚しいことはしたくない』って言うし」クラウドは口を尖らせた。「なあ、おれ、そんなに馬鹿じゃないよな」
「まあな。けどよう」ザックスはスコールを指さした。「おまえ、卒業するやつらのほうが試験は大変なんだぞ。なに手伝わせてるんだ」
「いや、構わない」と、すかさずスコール。「クラウドと勉強していると、知らなかったことがたくさん出てくる」
　クラウドはがしゃがしゃと髪の毛をかきまわした。「なんで一年生の試験にスコールでもわからないのが出てくるのか不思議なんだけどさ。でもそうだよな。体育しかできないセフィロスにわかるわけないよな」
　かちん、と音が聞こえるほど、セフィロスの機嫌が硬化したようだった。
　ザックスは慌てて、正宗を呼び出しそうになった彼を押さえつけながらクラウドに訊ねる。「なんの問題がわからねえんだ？　言うだけ言ってみろよ」
　そうか？　とクラウドはノートを繰って、なにが書いてあるのか他人にはわからない記号の羅列を指し示した。「１×０＝０は正しいのに、∞×０＝０はなんで間違いなんだってこと。どんな数だって、０をかければ０になるんだろ」
「間違いではないが、正しくないと言うべきだな」セフィロスは冷たく言い放った。「∞は無限に拡散する数列を表わすのであって、自然数でも整数でも有理数でも実数でもない。１×０＝０と同じように考えるほうが間違っている」
　クラウドはノートを突きつけたまま見事に石化した。セフィロスの言った《無限に拡散する数列》という言葉を、理解不能にまでも到達できていないということを身体じゅうで表現している状態だ。彼の周囲は別次元となり、閉じられて果てのない有限の宇宙に疑問符が無限大にひしめいていることだろう。
「ふん」セフィロスはせいせいしたというようにきびすを返した。
「ちょっと待った」スコールが突然、セフィロスの黒コートの裾をはっしと握りしめる。
　セフィロスが珍しくもたたらを踏み、よろけながら振り返った。「なにをするか、この――」
「どういう意味なんだ？」スコールが真剣そうに訊ねる。
「貴様もわかっとらんのか？」
「専門外なんだ、教えろ」
「えらそうに」
「………」スコールはじっとセフィロスの碧い目を見つめた。
「ふん、仕方がない。おまえ、０÷０＝１だと思うか？」
「………」スコールはじっとセフィロスの目を見つめたまま動かなくなった。
　……まじ？　いや、確かにこんぐらがる問題ではあるけどよ。
　セフィロスはせせら笑った。「答えが出たら、あらためてお願いしますと言え。さらに土下座でもするか、黒マテリアを持ってくるなら教えてやってもいいぞ」
　スコールの目が一度だけまばたき、今度は本気でセフィロスの提案を受け容れるか受け容れないかと考えているふうだ。
　ザックスは横から手を出し、スコールの目の前で上下に振ってみせた。「おおい、本気にするなよ。んな問題、キスティスあたりの見習い数学教師にもわかるこった」
　スコールは正気に返った。「そうか……助かった、ありがとう」
　まじに黒マテリア持ってくるつもりだったか、スコールよ。
「クラウド」スコールはチョコボ頭を見おろす。「キスティスが帰ってきてから、彼女に――」
　だが、そこには見事なチョコボの彫像ができあがっているだけだった。こんな問題解けるやつがいるもんかと言わんばかりにノートをかかげてふんぞり返りながら、クラウドは顔面蒼白、冷や汗も出ないほどに、こちこちにかたまっている。
　ああ、うん、わかってるよ。セフィロスの言うことがまったくわからなかったんだよな。
「聞こえてるか、クラウド？」ザックスは彼の耳に向かって叫んでやった。「いつものいやがらせだろうが、さっさと復活しろ！」
「おれ……」クラウドは茫然と口をひらいた。「おれは……誰の言うことも理解できないと思うんだ。家族だろうが友達だろうが……誰も……」
「この程度のことで絶望すんなよ！」
「この程度ってなんだよ」クラウドは半泣きの状態で勢いよく立ちあがった。「どうせ、おれなんか万年一年生で、分数の計算もできなくて、五角形と六角形の違いもわからなくて、円の面積を出すのも、ものすごく時間がかかって、いつもタイムリミットで答えを出したためしがないよ。おれは０と同じなんだ。あってもなくても、どうでもいいんだ！」
「いや、０はいちばん重要だって」ザックスは慌てて言った。
「言いえて妙だな」セフィロスが感心したように顎に手をやる。
「慰めなんかいらない！」クラウドはだっと駆け出した。もちろん駆け出しまぎわにセフィロスを蹴り飛ばし、踏みつけていくのは忘れない。
　セルフィとアーヴァインがノートから顔をあげ、食堂から飛び出していくチョコボの後ろ姿をぼんやりと見送った。またなにか叫んでるなあといった程度の無関心さで、彼らは再び自分たちの課題に集中しはじめる。テーブルでは二羽の小さなチョコボが餌と勘違いして鉛筆をひっぱりあっていた。
　セフィロスは床に倒れたまま心外そうに唇を歪める。「無も無限も掴みどころがないゆえにクラウドのようだと考えただけなのに、なぜ蹴り飛ばされなければならん？」
　クラウドを追っていこうとしたスコールが足を止め、こちらを振り返ってじろりと睨んだ。「ふざけてばかりで、少しはまじめに教えてやったらどうなんだ？」
「俺はまじめなつもりだが」
「うーん、確かに間違ったことは教えちゃいなかったが……あんたにしちゃな」ザックスは頷いた。
「じゃあ、俺にわかるように説明してみせろ」
「０だの、∞だの、虚しい話をか？」セフィロスはのろのろと立ちあがった。「クラウドを論じるのと同じことだぞ」
「いいから教えろ」スコールは苛々と叫んだ。「種がわかりそうでわからない手品を見せられ、種明かしを専門用語で説明されているようで気分が悪い」
「ふん」
「じつはわからないんじゃないのか？」
「いい度胸だ」セフィロスはスコールをじろりと睨みおろした。「貴様はギザールの野菜とチョコボを加減乗除しようなどと思うか？」
　セフィロスもわかってねえなあ。そういう言いかたが気に入らないんだろうがよ、このSeeD指揮官は。
　スコールは無表情のまま、むっとセフィロスを睨み返す。「チョコボならできそうな気もするが」
「そうか、それでは、ギザールの野菜３個×チョコボ５羽、さてチョコボは何羽だ」
「あんた、俺を馬鹿にしているのか」
「ほう、よくわかったな」
　特大の火花が膨れあがりそうなほど両者のあいだの熱した空気の中へ、ザックスはあえて飛びこんだ。案の定、スコールはガンブレードに手をかけているし、セフィロスは正宗を呼び出しかけている。
「ストーップ」ザックスは両手を大きくあげ、ふたりを交互に見やった。「つまんねえことで刃物出すな」
「やかましい」セフィロスはぶんぶんと正宗を振りまわした。「俺はつねづね、このガキを縦に割って調べてみたくて仕方がないのだ。ことあるごとにクラウドにひっつきまわりおって」
「俺もつねづね、あんたに連続剣を味あわせてやりたくてしょうがなかったんだ」スコールもしっかりガンブレードを構える。
「レノ、ティファ！」ザックスは破れかぶれに叫んだ。
　テーブルから黄色い羽根のかたまりがふたつ、ぱっと空中に飛び出し、スコールとセフィロス、それぞれの顔に蹴りを入れる。
　さすがクラウドの飼いチョコボ。なりは小さくても恐れ気もなくセフィロスとスコールに天誅を与えるか。
　くるくるとまわってすたっと着地したレノチョコボを見おろし、セフィロスは気が抜けたように正宗を消した。スコールはまだティファに突つかれながら、辟易した様子でガンブレードを収めている。
「しょうがねえ、おれが種明かししてやるよ」ザックスは溜息をついた。「０÷０＝１が、どうして正しくないかってことだろ」
「それと、∞×０＝０もだ」スコールはティファチョコボをアーヴァインのほうに投げつけながら言った。
「あー、とにかく、０のほうからな」ザックスはクラウドが残していったノートを引き寄せ、鉛筆でがりがりと記号を描く。「まずａ÷ｂ＝ｃで考えろ。こいつをひっくり返すとａ＝ｂ×ｃだろ？　そこでａとｂに０を入れてみな」
「……０＝０×ｃだ」スコールはものすごく不機嫌に呟いた。子ども扱いされているような気分になったのだろう。しかしこの場合、仕方がない。
「さて、ａの値が０になるようにｃに数字を入れるとしたら、どんな数が入る？」ザックスはとんとんとノートを叩いた。
「……なんでもいい」
「そういうこと、１でも、50でも、23でも、99でも、あるいは分数でも、少数点つきでも構わない」ザックスは軽く両手を広げて肩を竦めてみせる。「答えはなんでもあり、だ」
「じゃあ、∞×０は？」
「これは単純な数字じゃないってことで頭を切り替えろ。セフィロスがギザールの野菜とチョコボなんて例を挙げたのはそういう意味だぞ」ザックスはまた式を書きはじめる。「さて、∞っていうのは無限に拡散していく数列を表わす。１、２、３、４、５、って感じでな」
「それは聞いた」
「じゃあ、終わるまで黙って聞いてな」ザックスは軽くスコールを小突いた。「んで、０はといえば無限に０へと収束していく数列という意味だ」
「１、２分の１、３分の１、４分の１、５分の１……というやつか？」
「そうそう」ザックスは頷いた。こいつもやっぱり頭は悪くない。ぱっと出てくるところは、クラウドより遥かに教えやすいんだよな。「∞の数列が単純に１、２、３、４、５……と続くなら、答えの数列は１、１、１……と続くんだろうけど、例えば、そういう単純な分数じゃなく、１／ａの二乗、てな感じの数列だったら、∞×０の値は１、１、１……になるか？」
「いや」スコールはうつむいて眉を寄せた。「１、２分の１、３分の１、４分の１……」
「そう、０に収束する数列ならなんでも当てはまる。それに無限大の数列も単純な数字の羅列ばかりじゃなく、拡散していく数列ならなんでも当てはまる。そして答えはそれにつれて変化する」
「ということは……」
「答えはなんでもあり」
　ザックスの手もとのノートを見つめたまま、スコールは沈黙に落ちた。まあ気持ちはわかるけどな。これまでさんざん頭絞ってたんだろうから……とはいえ、スコールぐらいなら、ちょっと落ち着いて考えればわかったんじゃないのか？　例によって、クラウドのこんぐらがった思考に引きずられたんだろう。
「俺は……」スコールは遠い目をしながら横手の床を見つめた。「なにをしているんだろうな」
「そうそう」ザックスは何度も頷いてみせる。「クラウドの試験なんかに巻きこまれてたら、おまえさん、卒業できなくなっちまうぞ」
「いや、クラウドもあれで進化している」スコールは拳を握り、なぜか力強く言った。「大丈夫だ、今年こそ進級できる……かもしれない」
「だから、おまえさんが卒業できるのかって……」そこでザックスは眉を寄せた。「それにしても進化ってなんだよ」
「チョコボから人間にということではないのか？」セフィロスが至極まじめそうに呟く。
「いや」スコールは首を振る。「クラウドはやはり０のような存在だ。なんにでも進化できるに違いない。なんでもありなんだ」
「そうだな」と、セフィロスが珍しく同意する。「ともすれば無限大になりかねん」
「無限大のチョコボってか？」ザックスは虚ろな笑みを浮かべた。
　彼の頭の中では、クラウドの顔したチョコボが合わせ鏡に映したように次々と生まれ、分裂し、増殖していくイメージでいっぱいになった。

＊＊＊

　さて、どうせおれなんかと叫んで飛び出したクラウドは、しかし夕飯どきにはしっかりと立ちなおっていた。
　ほかの生徒たちともども、いったん食堂を追い出されたザックスとセフィロスは、今度は夕飯を摂りにまた食堂へと向かっていた。廊下の途中でスコールに出くわし、SeeD指揮官は会いたくもなかったのにと無言でセフィロスと睨みあう。
　そこへクラウドがひょこひょことやってきて、「なにやってるんだ？」といつものとおりだ。
　彼らはそろってクラウドを振り返った。
「……元気そうだな」セフィロスが呟く。
「そうでもない」クラウドは軽く腹をこすった。「まずは食うもの食わないと」
「すっかり、いつもどおりじゃねえか」ザックスは軽く笑った。「∞と０の問題はもういいのかよ？」
「いいんだ」クラウドはえらくきっぱりと頷く。「０は、０だから、０でいられるんだ。無限大だろうと円周率だろうと関係ない」
　よくわからねえ理屈だが、ようは諦めたってことかね。
「おまえが円周率を知っているとは思えんが」セフィロスがふふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿にするな、ちゃんと小数点以下も言えるぞ」クラウドはむっとしながら指を折りはじめる。「３・14――」
　へえ、覚えたのか。ザックスはちょっと驚いた。そういや、円の面積は答えられるようなことは言ってたな。もっとも、時間はえらくかかるらしいが。
　クラウドはさらに指を折っていく。「――1592653589793238462643383279502884197169399375105820974944592307816406286208998628034825342……」
　クラウドのかすれた声が廊下を埋めつくすのではないかと思うほど、その数字の詠唱は続き、それにつれて周囲がだんだんと沈黙していった。通りがかりの生徒までもが足を止め、呪文かお経のようなその声に耳をそばだてはじめる。
　ザックスはセフィロスを肘で小突いた。「合ってるか？」
「まだ間違えていない」
　クラウドは一心不乱に唱えつづける。「11706798214808651328230664709384460955058――」
　ザックスはまたセフィロスを肘で小突いた。「なんでこんなに覚えてるんだ、こいつ？」
「昔、一度、子守唄代わりに朗誦してやった憶えはあるが……」セフィロスの声にも困惑が混じる。
「もしかして」スコールがぽつりと呟いた。「クラウド、円の面積を求めるとき、π(パイ)を使わずに、この数字でやってるんじゃないか？」
　時間がかかるどころじゃねえだろ、それ。
「22317253594081284811174502841027019385211055596――」
「なあクラウド、どこかで休憩しないか？」ザックスはおそるおそる声をかけた。
　だがクラウドはそのザックスを蹴り飛ばしてくれる。「44622……邪魔するな。94895493038194662――」
「いや、おまえが円周率を覚えたのはもう、ちゃんとわかったからさ」ザックスは腹をこすりながら起きあがった。「まじめにそれは無限に続くんだって、おまえ、なあ聞いてるか？」
　しかしクラウドは相変わらず続けている。「――88109756659334461284756482337867831652712……」
「円の面積を出せないわけだ」スコールが数字の嵐に眩暈を起こしたように、疲労の溜息をつきながら呟いた。
「01909145648566923……」
　クラウドの声はさらに続く。
「4603……」
　それは無限に。
「48……」
　続いた。

Ｚ：　Don't worry about the results of your test. Take it easy!
Ｓ：　But, you failed in the end.
Ｃ：　Damn!