１
サイファーは立ち止まった。
食堂の入口で、スコールが脱力して、ほとんど倒れんばかりに坐りこんでいたからだ。その隣にはセルフィがしゃがみこみ、スコールの頭を指で突ついている。
……なんだって任務あけで帰ってきて翌日、こんなくだらねえもんに遭遇しなきゃならねえんだ。てかスコール、おまえ、どんどんクールなイメージが崩れてきているんじゃねえのか？ 以前は必死になって寡黙なイメージを作り、『なにを考えているのかわかんねえやつ』を演じてきたってのに、いまは素で、『なに考えてるのかわけわかんねえやつ』になってるぞ。
バラムガーデンの食堂はいつものとおりの喧騒で満たされていた。配膳カウンターには制服私服入り混じって生徒たちが殺到しており、おばちゃんの怒鳴り声やら雷神の叫び声やらがやたらと大きく聞こえてくる。
これにチョコボが三匹ほど加わると、みな食事どころではない騒ぎにもなるが、今日はどうやらクラウドは不在のようだ。リノアもいないので、ちびチョコボたちとどこかで散歩していることだろう。結果、食堂は平和そのものだ。
それなのに、スコールのこの体たらくはなんだ？
サイファーはアンジェロが校庭を一周するぐらいたっぷりと時間をかけて彼を見おろしてから、ようやく声をかけた。「よう、こんなところで無言で落ちこんでんじゃねえよ。TPOってやつを、いいかげん覚えろってんだ」
「そう責めんといてな」セルフィがしゃがんだままサイファーを見あげてきた。「スコールはんちょ、ここまで這ってくるのもやっとだったんよ。それだけショック大きかったんだから」
「なんのショック」サイファーは眉をひそめ、もしかしたら本当になにか問題が起こったのかと疑った。「なにかあったのか？」
「俺は……」スコールはどんよりした重い声で呟く。「クラウドに負けた……」
なんだ。
サイファーは床にくず折れているスコールをまたいで越え、ずかずかといつもの丸テーブルに近づいていった。そこにはすでにゼルが居坐っており、本日の夕飯メニューのひとつ、麻婆豆腐をかきまわしている。
サイファーはその隣にどっかりと坐りこむと、まだ入口で瀕死状態になっているスコールに苛々と目を向けた。「てめえがクラウドに勝てねえのはいつものことじゃねえか。いちいち落ちこむな、鬱陶しい」
「違う！」スコールは叫んだ。「試合だとか魔法合戦だとか、チョコボレースだとかで負けたわけじゃない！」
「じゃあ、なんだよ」
「任務達成率だ」
それまで麻婆豆腐をかっこんでいたゼルの動きがぴたりと止まった。セルフィがスコールを引きずって立たせながら、ひどくまじめな顔でこくこくと頷いている。
サイファーはテーブルの上に載せようとしていた足を中途半端な高さにあげたまま、何度かまばたいた。「……なんだって？」
「任務達成率」スコールは繰り返しながら、セルフィとともに重い足取りでテーブルに近づいてくる。
セルフィが軽く首を振った。「ちなみに出動回数もクラウドがトップだったんよ。だから余計に信じられんのや」
「そんな馬鹿な」と呟いたのはゼルだった。「クラウドはいつだってここでなにか食ってるじゃねえか。いつ仕事に出かけてるんだよ？」
「俺もそう思う」スコールはゆっくりと頷いた。「だがSeeD監査部はえこひいきはしない。事実なんだ」
サイファーはあげかけていた足をおろし、テーブルに肘をついて身を乗り出した。「その回数だの達成率だのはともかく、任務内容はどうなんだよ。バラムのボランティアをひとつひとつ数えあげてるだけかもしれねえぞ。でなきゃ、犬猫捜索とか、モンスターのツァーガイドだとか」
「いや」スコールは首を振る。「先週はトラビアの国会警備にあたっていた。その前はガルバディアの対テロリスト想定の模擬演習指導とか、さらに言えば、エスタからもちょくちょくまともな依頼が来ていたらしい。いまも、軍需品監査なんて難しそうな仕事に行ってるんだ」
ゼルまでもがショックで食欲をなくしたらしい。からんとスプーンを皿の中に落とし、それをじっと見つめている。「エスタの仕事はともかく、対テロリストって……クラウドにそんな……」
セルフィが溜息をついた。「ほんとに、そんな難しい仕事ができるとは誰も思わなかったよねえ」
「チョコボなのに……」スコールは、ばたりとテーブルに突っ伏した。
「なあ」と、ゼルが怪訝そうに首を傾げる。「スコールよう、最近、クラウドに対する尊敬が薄れてきてるよな」
「そうか？」スコールはむくりと起きあがり、ほんのわずか眉を寄せる。「そんなつもりはないが」
「だってよ、以前なら、クラウドはすごいとか、さすがはチョコボだとかいって、両手放しに褒めてたってのに、いまじゃ、チョコボのくせにって発言多いぜ」
スコールは変わらぬ無表情のまま考えこんだらしい。「べつに俺は自分が強くなったとか、クラウドを見くだしているとかいうことはない。なにしろ任務達成率さえ追い越せないんだ……」そしてスコールはまた、ばたりと倒れた。
サイファーは舌打ちした。「どっちが強いだの優秀だの、ばかばかしい」
「そうだもんよ」いきなり背後から雷神の声が覆いかぶさってきた。振り返れば色黒の巨漢が大きく頷いている。「サイファーはそんなこと気にしないんだもんよ」
「うるせえぞ」
サイファーが雷神の臑を蹴りつけていると、セルフィがスコールの頭越しに疑問の視線を向けてきた。「そお？」
「んだよ、俺がなにか、ねちねちいやがらせしたことがあるか？」
「ある」とスコールが突っ伏したままきっぱりと答え、セルフィもきっぱりと頷く。そしてゼルは麻婆豆腐に集中するふりをして目を逸らした。
「前はしょっちゅうスコールはんちょに突っかかってたって、あたし、キスティスから聞いてるよ？」
「うっせえな、あんときはまだ若かったんだよ！」
「まだ二十歳にもなっとらん身で、なにを言っとるか」サイファーの後ろから、彼がよける暇もなくファイルが頭に叩きつけられた。
振り返れば、べこりとへこんだ厚紙のファイルを持って立っているのは体育教師だ。いつもの黒コートに長い銀髪をぞんざいに垂れ流し、ふんと鼻を鳴らすかのように下目遣いにこちらを見おろしてきている。
体育教師は、へこんだファイルを、今度はスコールの頭の上に落とした。「SeeD出動命令書だ。なぜ俺がこんな書類を右に左に運ぶよう指示されねばならんのだ。いいかげん自分で取りに行け、馬鹿者」
「だからって、なんでセフィロスさんが命令書持ってくるの？」セルフィがまばたきながら体育教師を見あげる。
「イデアが押しつけるのだ！」セフィロスは忌々しげに叫ぶと、そばに立っていた雷神をやつあたりに殴りつけた。「だいたい、なんだってあの女は、命令書などと重要機密書類を俺に投げてよこすのだ？ 俺はただの体育教師だというのに、まったく、なっとらん！」
確かに、この体育教師ばかりか幽霊の教頭も、ハリネズミの用務員も全員、SeeD機構とは関係のない《ガーデンの一般教員》だ。もっとも、とっくに卒業してSeeDの一員として働く俺やスコールも、ガルバディアやエスタ、トラビア各地にあるSeeD駐屯部に行かず、いまだに学校に棲みついているところからしておかしいんだけどよ。
「とにかく、ほれ」と、サイファーはスコールの足をテーブルの下で蹴りつけた。「とっとと行ってこい、言っておくが、またエスタに行きたくないなんて駄々こねたって、俺は代わってやらんからな」
スコールはべりべりと命令書のひしゃげた厚紙を広げて文面を確認し、わずかに眉を寄せた。「どうして、まま先生は俺をエスタに行かせたがるんだろう」
「エスタの技術とか、少しは勉強してこいってことだろ」サイファーは唇を歪めた。実際、以前にスコールと任地を交代してエスタに一か月研修に行ったことがあるが、あの国の科学力は半端じゃなかった。ただ、あたりまえのように使っている航空技術やら重力装置やら、すべては大昔のセントラ帝国の遺産ばかりで、専門家でもよくわかってないところがあるらしい。そのあたりの解明や応用技術の開発など、ガルバディアやトラビアなどと共同して研究されていくという。SeeD機構としても、それを無視するわけにもいかないということだろう。
ただ、そんな大それたプロジェクトに、スコールだの俺だの、SeeDになりたての若造に関わらせようっていう、イデアやシドの目論みが全然わからなくて不気味なんだけどな。
「サイファーは？」セルフィが身体を傾け、身を乗り出すようにしてスコール越しに訊いてきた。「任務はないの？」
「あのな」彼は、がんとテーブルを叩いた。「俺は昨日、トラビアから帰ってきたばかりだろうが、阿呆！」
「あ、じゃあ休暇なんだ」
「サイファー休みだもんよ、釣り行くもんよ！」
「馬鹿野郎！」サイファーは雷神の首を締めあげた。「なんだって俺の密かな趣味をばらしやがる」
「ほほう」体育教師が腕組みし、きらりと目を光らせた。「奇遇だな。俺も釣りは趣味にしている」
「……なんだと？」
サイファーはセフィロスとしばらくのあいだ睨みあった。