UTILITY MEN

　ドールの電波塔はさまざまな電波を中継するようになった。
　無線実験をやったのはつい先日のことだったと感じられるというのに、いまはラジオ、テレビ、無線電話、そのほかさまざまな通信機器の中継点として活躍している。
　そして今度は、エスタのルナサイドベースをはじめとする軌道上に散らばった施設を再編成しつつ、新しい人工衛星も打ちあげ、電話も衛星通信で繋げて広げようという計画まで持ちあがってきた。
　そしてどでかいラジカセのような電話で実験を始めたと思ったら、いまでは個人がポケットにひょいと突っこんで携帯できるほどの大きさで通信事業が始まるという。
　めまぐるしい科学の進歩。文明の高度化。
　スコールは苛々としながら自分の携帯電話をいじっていた。一人前のSeeDとして各国さまざまな軍隊や組織に派遣され、経験もそこそこ積んできているというのに、なぜいまだに勉強しなくてはならないことが、こうして出てくるのか。
　そもそも、通信概論の講義を受けたのは卒業してからだ。そのあとで衛星通信の仕組みとやらを延々とヴィンセントに教えこまれ、今度はこんな小さな機械の使いかたを覚えろという。
　正直、こんな短期間で、どうして百年分とも言えるほどの科学技術の変遷を勉強させられなくちゃならないんだ。
　彼はやっとこさ、留守録の確認の仕方をマスターしたところだった。
　これまで溜まっていたリノアからの伝言を――なぜ彼女はすんなりと、これの使いかたを覚えるんだろう――一時間かけてチェックし終わり、ぬるくなった学食のまずいコーヒーをひとくち飲む。
　ふと気づけば、隣にいたはずのクラウドも、彼といっしょになって肉じゃがをかっこんでいたゼルも、口喧嘩をしていたセフィロスとヴィンセントもいなくなっていた。
　なんだよ、みんなしてすっかり携帯電話があるのがあたりまえって顔しやがって……。
　だが、まだ俺はましなほうだ。サイファーのやつはやつあたりで、もう四つほど支給された端末をぶっ壊している。雷神も持っているだけだし、クラウドだってきっと追いついていないはずだ。なぜなら、いつもいつも、「落とさないように気をつけないとな」と呟いているからだ。ようするに持ち歩くのに慣れていないということだろう。
　スコールは空(から)になった隣の椅子を見おろした。
　その上にぽつんと、たたまれた小さな電話が残されている。
　クラウドのだ。
　スコールは何気なくそれを拾いあげ、モニターをひらいてみた。
　ぱっとライトが点き、画面に簡略記号が並ぶ。
　……留守録があるな。
　きっと電話が鳴っていても、どうやって出ればいいのかわからないんだろう。
　スコールはやはり、何気なく覚えたての操作をしてしまった。
　メッセージが九件。

　ピー。『おう、コーヒーの生産拡大のことでバラムから会社の連中が来てるぜ。すぐカードリーダーんところ来いよ。だいたい、あの新種のコーヒーノキの生産権はおまえにあるんだからよ。今度こそサボるなよ。わかったな』

　ザックスからか。スコールはちょっと電話を見つめた。それにしても通話テストっていう内容じゃないな。もしかしたらクラウド、普通に使ってるのか？
　……なんだか悔しいぞ。
　スコールはまた思わず次のメッセージを呼び出してしまった。

　ピー。『クラウド、クラウド、へるぷー、なの。ティファチョコボとレノチョコボが家出！　んでもって、ちびドラゴンが間違えて万能薬食べちゃった！』

　セルフィ……あいつも新しいものにはすぐに馴染めるんだな。羨ましい限りだ。

　ピー。『相変わらず電話は手放さないのね。でも……クラウド、元気にしてる？』

　誰だろう。リノアかな。

　ピー。『ひっさしぶりー、ユフィちゃんだよ……って、電話出ろ！』

　ピー。『クラウド、今日のパン、ゲットしたってほんとか？　今度はおれにくれるって言ったじゃねえか！　おれ、いまバラムなんだけどさ。ほんとに取っておいてくれよ』

　これはわかる。ゼルだ。
　次は……これはセフィロスだな。

　ピー。『懐かしいものを支給してもらったのでな。これでいつでも話ができるというものだ。とりあえず夜食におでんを用意しておく。今夜こそは腹減ったと夜中に暴れてくれるな』

　ピー。『俺だぞ、と。いちおう知らせておきたかったんだが……って、なんだよルード、邪魔すんな。まあそうだけどよ……じつは俺たちも詳しいことは知らないぞ、と。ただひとつだけ、またぐずぐずすんじゃねえぞ、と。ほんと、おまえは、じれったくてしょうがねえんだから』

　ピー。『クエッ、クエーッ、クエッ』

　チョコボが電話を？

　ピー。『エリクサーちょうだい』

　？？？
　いったい、クラウドの交友関係はどうなっているんだ？

　ピー。『悪く思ったこと、一度もないよ。忘れないでいてくれるでしょ。それで充分』

◇

　スコールは電話を閉じた。
　と、食堂の入口からどやどやと足音がする。
「まったく、身に着けておくから携帯って言うんだろうが」ザックスの声。
　そしてクラウドの声が続く。「おれだって、忘れたくて忘れたわけじゃないよ」
　彼らはすぐに食堂の中に入ってきて、まっすぐこちらへ向かってくる。
「あっ、やっぱりここに忘れてた！」クラウドが叫んで駆け寄ってきた。そしてスコールの手から電話を取りあげる。「なんともなってない、よな？」
　スコールはちょっと居心地が悪くなってクラウドから目を逸らした。「その……ここに置いてあったから……」
　ここでごまかしても、きっとメッセージをひらいたことはばれるんだろうな。だが素直に告白するのは、やはり勇気がいる。
　スコールがもごもごと言い出せないうちに、クラウドは手早くなにかを操作し、どこかほっとしたような顔で頷いた。「新しいメッセージも入ってないみたいだし、うん、よかった」
　メッセージが０件なのは俺が全部ひらいたからなんだよ。スコールはますます背を丸めた。
　だがクラウドはなにも疑っていない顔だ。「ほんと、うっかりどこかに放っておくと、いろんなところからのメッセージやメールが来ちゃうからさ……今度は大丈夫みたいだ」
　スコールは眉を寄せ、彼を振り仰いだ。「電話はいろんなところから連絡を受ける機械だろう」
「だからさ、いろんなところから受信しちゃうんだよ、おれの携帯。前に落としたとき、泉の中から引きあげてみたら、エアリスから、来てくれただけで充分ってメッセージが加わってたんだ」クラウドはそうしてザックスを振り返った。「な、それって、やっぱり怖いだろ」
「んー、まあ、そうかもな」ぽりぽりと頭をかくザックス。「とにかく、もう忘れるなよ」
「わかった」
　スコールにはよくわからなかった。
　うきうきと並んで食堂を出ていくふたりの背中を見つめながら、スコールは複雑な沈黙の中に閉じこもるしかなかった。
　盗み聞きしたことがばれたらどうしよう……だが、それこそ素直に謝るしかないか。
　とにかく、クラウドは完全に携帯を使いこなしているらしい。
　……負けてはいられない。
　彼はその日、分厚い取扱説明書を徹夜で解読した。

Ｃ：　Hello? I missed you.
Ｚ：　Who with?
Ｓ：　I'm not sure.