１ ルーファウス
社長室から見おろすミッドガルは、相も変わらずスモッグの中に黒々と広がっていた。
この高さからでは人の姿など見えようはずもないが、色とりどりのネオンが昼間でもぼんやりとした輝きを放ち、道路の線に沿って街灯の光が並んでいる。ビルの隙間を列車が芋虫のようにのたのたと移動していた。
ツォンはゆっくりとそれらを見渡してから灰色の空を見あげ、しばらくして部屋の中へと身体を返した。社長のデスク以外なにもなかったフロアには、いまはいくつかソファが運びこまれ、重役たちがそこに顔をそろえている。もちろんルーファウスの社長就任に伴なう、いままでの経営方針を変更するための会合だ。それと同時に、ここ数日の騒動のことと、その責任が奈辺にあるのかも話しあわれるはずだった。
アバランチのメンバーが脱走したとき、タークスは総出で彼らの身許を調査するため本社を離れていた。したがって、ツォンは前夜の詳しい経緯をまったく知らない。おそらくは、ハイデッカーがまたなにか失策をやらかしたのだろう。
横目で上司を見やると、長い髭をぼうぼうに生やした大男は、そのゴリラのような胸を反らせて腕を組んでいた。必死に無表情を取り繕っているが、内心では今回の失態をどう弁明するか考えているのかもしれない。
この無能な上司がツォンの上で胡坐をかいていられるのも、あとわずかだろうなと彼はちらりと考えた。これまで調査課(タークス)を便利屋代わりに使うこのゴリラ男に、彼らは非常な忍耐力を酷使してきたものだ。
タークスは調査の専門家であって、治安維持部門の尻拭い役でも苦情係でもない。それが、最近になっては特に、通常の治安部隊だけでは間に合わないといって、たかが小テロリスト逮捕のためだけにツォンたちは奔走させられていた――そのうえ、七番街プレートの件ではレノが重傷を負うというリスクも払っている。
ツォンはその向かい側できちんと背筋を伸ばして坐っているリーブに視線を走らせた。ハイデッカーの暴走ぶり、無能ぶりにストレスを抱えこんでいるのはタークスだけではない。都市開発部門のこの部長も、治安維持部門の後始末にしばしば苦悩させられていたのだ。
つい先刻も、彼はヘリガンナーの破壊した本社ビルの補修のために駆けずりまわっていた様子だった。今回の神羅の被害はテロリストたちの手によるものではほとんどないために、余計に腹立たしいのだろう。なにしろ彼らは武器を取りあげられて、ろくな反撃もできなかったはずなのだから。
リーブはいつもながらの地味なスーツを着て、個性のない佇まいでじっと坐っていた。疲労の濃い口もとを苦々しげに歪め、ずっとハイデッカーを睨みつけている。この重役は社長――前社長だ――が魔晄開発に着手する頃から頭角を現わしてきた天才的なエンジニアで、このミッドガルの設計と建設には非常に深く関わってきた。それを前社長と治安維持部門に情け容赦なく破壊されているのだから、当然面白くはないはずだ。
とはいえ、彼の苦悩はこのさい、ツォンには他人事だった。少なくともリーブは、ハイデッカーのやつあたり人事からは無縁でいられるのだ。
同じように人使いの荒い重役といえば、ハイデッカーの隣で足を組んで退屈そうにしている兵器開発部門のスカーレットだろう。赤色の好きな女で、常に赤いロングドレスかスーツで動きまわっていた。もしかしたら、あの見事な赤毛も染めているのではないかと思うくらいだ。
その上品そうな物腰とは裏腹に、彼女は村ひとつ焼いても人間的な感慨をなんら持たない蛇のような女だった。かといって、そうした大量殺戮を楽しんでいるわけではない。彼女の興味はただ、兵器を造っては、それが一度にどれくらいの人間を殺せるか、その数字を眺めることなのだった。
それでも彼女は、最近になって失策続きのハイデッカーや、彼女の向かい側で落ち着かなげに身体を揺すっているパルマーなどよりは遥かに有能だった。少なくとも神羅に損害は与えていないし、開発した兵器のいくつかは生産に耐えうる製品になり、それなりの利益をあげてもいる。
毒にも害にもならず、かといって目覚ましい活躍をするでなく、ハイデッカーからさえも無視されているのが宇宙開発部門のパルマーだった。
その丸々とした身体と丸々とした顔から容易に推察できるように、彼はかなりの甘党だ。いまツォンが見つめているうちにも、お茶に砂糖を七、八杯入れているし、ラードを持ってこさせるよう秘書たちにしきりに催促している。ツォンは顔をしかめて彼の手もとから目を逸らした。そうしなければ気分が悪くなってきそうだったからだ。
視線を転じた先では、白いコート姿の新社長が机に腰をもたせかけ、重役たちを辛辣な視線で舐めまわしていた。ルーファウスは父親にはあまり似ていない。痩身で端正な顔立ちの彼と短躯で喉に脂肪を溜めていたプレジデントとの共通点といえば、せいぜいが金髪ぐらいだろうか。葉巻の好きだった前社長とは違い、ルーファウスは喫煙をいっさい嗜まなかった。スカーレットの吐き出すキセルの煙に眉を寄せ、青年社長は階下へ続く広い階段へと目を向ける。
そこからちょうど、白衣姿の初老の男がフロアにあがってくるところだ。
宝条博士――科学部門の長だった。もっとも長(おさ)といっても、管理者らしい仕事はすべて助手にやらせている、実験以外のことにはまったく思考の働かない男だ。彼になにか質問しても、まともな答えの返ってきた試しはほとんどない。ツォンは、ふたことめにはサンプル、サンプルと連呼するこの男が苦手だった。一再ならず、彼ら調査課(タークス)のメンバーを保存ポッドに押しこもうとすることもあったからだ。
それでも今回の報告会には、彼の意見が必要となる場面もあるだろう。なにしろこの博士はソルジャーというものを造り出した第一人者で、そのノウハウは彼の頭の中にしか存在しない。そしてこの本社から逃走したクラウドも、社長を殺して消えたセフィロスも、どちらも彼の手で造られた超人たちのはずだった。
「さて」宝条博士がリーブの隣にのっそりと腰をおろすと、ルーファウスがデスクから身を起こして呟いた。「まずは型どおりに引き継ぎから始めよう」と言って、デスクわきに控えていたツォンに視線を投げてくる。「親父はなにをしていたって？」
「なにもお聞きになってはおられないので？」
「親父とは多少、意見の対立があってな」若い経営者は肩を竦め、再びデスクに凭れるようにして腕を組んだ。「もっとも俺は軍隊の使いかたしか知らんし、親父のようにあれこれ工夫して金を稼ぐ才能には恵まれていないんだ」
「若社長には若社長のやりかたがあると存じます」
「おべっかはいい。説明しろ」
「前社長は会社の新たな本拠地を設けるため、約束の地を探しておられました」
「約束の地？」ルーファウスは眉を寄せ、ややあって露骨なせせら笑いを浮かべた。「ああ、あの化石だか古代種だかの話だな。あるかどうかもわからん言い伝えに血道をあげるとは、親父も耄碌していたようだ……それから？」
「古代種の末裔は見つかりましたが、こちらには非協力的であり、その土地がどこにあるのかわからないとも言っておりました」ツォンはエアリスのピンクの影を脳裡に浮かべながら答えた。
初めて会ったとき、彼女はたったの三歳で、丸い小さな顔を懸命に仰向けて大人たちを見あげては、はきはきとした言葉を喋る幼子だった。母親が娘を連れて神羅ビルから脱走したときも、彼女はまだわずかに五歳……あのゲインズブール母娘が姿を消して以来、自分が彼女らをどれほど長いあいだ捜していたか、現在の彼女の姿にそれが表われている。ツォン自身も、平の調査員からタークスの長になるまでの年月を過ごしてきたのだ。
そう考えると、かすかな疲労を伴なった感慨が湧きあがってくる。「それで――」
「お手あげだったというわけだな」ルーファウスは軽く片手を振った。「そのことはもう、いい。古代種を捜すよりセフィロスを追え」
ツォンはしばらくその意味を考えた。古代種の捜索を打ち切るとは、これまでまったく聞いたことのない命令だったからだ。やがて彼は、まっすぐルーファウスを見つめた。「セフィロスというソルジャーは死んでおります」
「ならば、親父は誰に殺されたんだ？」
ハイデッカーが太い声で笑い出した。「決まっとります、若社長、プレジデントはアバランチの連中に殺されたのですぞ。古代種やら幽霊やらを探す暇があるなら、連中を引きずり出してですな――」
「方便を云々しているのではない」ルーファウスは苛立たしげに髭づらの巨漢を睨みつけると、横目で別の重役を見やった。「パルマー！」
「うひょ！」でっぷり太った小柄な身体が飛びあがり、その丸い手からラードの載ったスプーンが転がり落ちた。「た、確かに社長を襲撃したのはセフィロスです。わ、わしは……私は、はっきり見ました」ハイデッカーとスカーレットが同時に鼻を鳴らすと、彼は慌ててつけ加える。「本当だ、声も聞いたんだ。『約束の地は渡さない』とぶつぶつ言いながら、わしの前を通っていった――」
「つまり、そのかん、おまえさんはなにもせずに、ただ見ていただけというわけだな」宝条がぼそりと言った。「やつはジェノバを持ち出したのか」
その場の全員がそれぞれ眉間に皺を寄せて科学者を見つめた。あの不気味な首なしの化物のことは、みなが知っていたからだ。ただルーファウスだけが怪訝そうに彼を見おろした。「ジェノバ？」
「化石だ。生きている」と、宝条。「それが一昨日(おととい)ぐらいから見あたらん。ああ……正確には社長がわしのサンプルを取りあげた次の日だな……昨日か？」
ツォンは吐息を抑えてさりげない深呼吸に代えた。この研究のことにしか頭にない男は、昨夜の大騒ぎをまったく知らないらしい。おそらく自分に関係のないことは、きれいさっぱり忘れてしまえる特技を持ってでもいるのだろう。
誰もジェノバについての説明をしないようなので、ルーファウスは大きく溜息をついた。「……とにかく、死んだと思われていた男が現われたからといって慌てることはない。幽霊でなければ生身の人間だ。そして幽霊など、この世にはおらん」言いながら、彼はぐるりと重役たちを睨みまわす。「いずれにしても、親父の死を都合のいい方便で飾り立てるつもりはないからな」と最後にハイデッカーをねめつけた。「アバランチなる弱小テログループに、神羅がしてやられたと宣伝する必要など、どこにもない。それにセフィロスが生きていることが世界に知られれば、やつも雲隠れしているわけにもいかなくなるだろう」
ルーファウスはそこでひと息つき、再びツォンに顔を向けてきた。「セフィロスの行方を突き止めろ。最優先だ」
「わかりました」ツォンは軽く頭を下げた。「アバランチの生き残りはどうしますか？」と続ける。
「ああ……」彼は顎を撫でながら少し思案した。「連中はどこから現われたんだ？」
「神羅ビルから逃走したのはバレット・ウォーレスとエアリス・ゲインズブール、ティファという名の娘と、宝条博士が捕らえていたサンプル名、レッド13(サーティーン)、それから元ソルジャーというクラウド」ツォンは淀みなく答えた。「このうち、ゲインズブール、及びレッド13は、テロリストとは無関係と思われます」
彼は少し考えてから説明を補足した。「現在、身許が判明しているのは、アバランチのリーダー、バレット・ウォーレスとエアリス・ゲインズブールの二名だけです。ティファと呼ばれていた娘については現在、七番街スラム近郊で聞きこみをしておりますが――なにしろスラムの住民は散り散りになってしまいましたし、あとにはなにも残っていませんので――ザンガンの弟子らしいということ以外に調査は進展しておりません」
「ザンガンはテロリストじゃない。ただの格闘家だ」ルーファウスは呟き、連中は本当に過激派グループなのかと訝しむ目でツォンからハイデッカーへと視線をやり、再びツォンに戻した。「そのリーダーはどこの出身だ？」
「コレルの炭鉱夫だったのが、魔晄炉事故で故郷を出てミッドガルに住みつき、テログループを形成したと思われます」ツォンは皮肉な笑みが顔に表われないよう注意しながら続けた。「推定ばかりで申しわけありませんが、なにしろ我々がアバランチなるテログループの名を知ったのは壱番魔晄炉爆破事件のあとですので……ああ」と思い出して、彼はちらりと赤毛の女重役を振り返った。「コレルの事故については、スカーレット部長のほうが詳しくご存じかと思いますが」
ルーファウスが視線をめぐらせると、彼女は髪の毛を撫でつけながら面倒臭そうに言った。「べつに深い経緯(いきさつ)があるわけじゃないわよ。石炭から魔晄エネルギーに代わっていくこの時代、連中のような伝統的な技術者なんてのは淘汰されていくってだけのことでしょ。それを逆恨みに突っかかってこられても、こっちはいい迷惑なのよねえ」
どうも、神羅の宣伝のため、あるいは体裁のために方便を使うばかりか、その方便を事実と思いこんでしまう――思いこむふりをする――のは、この会社の重役たちのほとんどが習性にしてしまっているらしい。ツォンは自分を埋めようとしている砂を素手でかき分けているような、どうしようもない苛立たしい気分に襲われた。
この重役たちは、まったくと言っていいほど真実を話そうとしない。または話す気がないのだ。
コレルの魔晄炉事故は炭鉱夫たちの反抗の結果ではなく、純粋な事故だった。魔晄エネルギーの安全性に対する疑問を抑えこむためにも、神羅は反抗グループの仕業と喧伝したのだ。その名分のために村がひとつ焼き払われてしまったことも、ルーファウスには承知しておく必要があるのではないか。
リーブが身を乗り出した。「テロリストは七番街プレート破壊のために潰滅したはずです。リーダーが生き残っているとしても、しばらくは大がかりなことは仕掛けてこられないでしょう。それよりも、七番街復興と各区画を繋ぐ交通機関の修復を急ぐ必要が――」
「捨てておけ」ルーファウスはきっぱりと言った。「復興したところで、たいして役に立つわけではない。それに、いまは住民も市長選でおおわらわだろうからな。市民どもの就業率をあげるためなら工事人足を募集しても構わんが……」そこでふと、彼は苦笑に満たない顔で鼻を鳴らす。「もっとも、それは新市長の仕事になるだろう」
「しかし――」
「俺は、親父とは違う」ルーファウスは宣言するようにいって、リーブの抗議を遮った。「民衆への人気取りや体裁のために余分な出費をするつもりはない。民衆が我々をどれほど恨もうと、魔晄エネルギーに頼っている限りは従うしかないのだから、こちらからわざわざ正義の味方を買って出ることはなかろう。我々にはそれだけの力がある」
話が横に逸れてきたので、ツォンは口を挟んだ。「エアリス・ゲインズブールの件はどうしますか？」
「誰だと？」ルーファウスは脈絡を失ったように訊ねた。
「古代種です」
若社長は少し考えてから、鼻を鳴らすことで応えた。
「それに正体不明のソルジャーのことも気になります」ツォンはたたみかける。古代種の捜索打ち切りはともかく、彼ら全員を放っておくにはあまりにも危険要素が多すぎるように思われたのだ。
今度はさすがにルーファウスも無視できないようだった。「やつの身許は判明しておらんのか？」
「ええ、不明のままです」ツォンはちらりと宝条を見やった。「科学部門から過去数年間の実験データをいただければ、少しは光明が射すかとも思うのですが」
ルーファウスは老科学者を睨みつけた。「博士？」
宝条は眼鏡を指で押しあげてから、のんびりと首を振った。「大事なデータを他人に渡すなどせんよ」
やっぱりと、なかば諦めながらツォンは社長に向きなおった。「あの男はセフィロスのことを知っていました。やつが生きていることをさえ確信していたようです。せめてニブルヘイム事件の前後、宝条博士がなにをしていたかの資料ぐらいは欲しいものですが……」
「わしがなんだと？」宝条は不機嫌になって眼鏡の奥からきつい眼光を向けてくる。
「ちょっと待て」ルーファウスが鋭く遮った。「ニブルヘイム事件とはなんだ？」
「セフィロスが死んだとされるニブル山の魔晄炉事故のことです」ツォンは答えた。「……とにかく、対外的には魔晄炉事故ということになっている事件ですが――」
「対外的には？」ルーファウスはうんざりしたように吐息を抑えた。
「実際にはセフィロスの反乱、いや、乱心とも言うべき事件です」ツォンは急いで説明した。「事件直後、宝条博士がすべてを隠蔽されたので詳しいことはわかりませんが――」
「わしは隠蔽などしておらん！」老科学者がヒステリックに喚いた。
「宝条」ルーファウスは組んでいた腕をほどき、デスクを叩いた。「まずはツォンの説明を聞きたい。それからおまえの弁明を聞く。いいな？」科学者が沈黙したのを見澄まして、彼はツォンを促がした。
ツォンはひと呼吸置いてから続けた。「五年前、セフィロスが乱心、ニブルヘイムを襲撃、全滅させ、火を放ったのち、ニブル山の魔晄炉で同行者と残っていた村人を斬殺して行方不明になりました。その後、魔晄炉は放置されています。現在、ニブルヘイムは科学部門の管轄下に置かれておりますが――」
「昔からあそこにはわしの研究施設があった、それだけだ」博士は押し殺した声で呟いた。「わしがセフィロスを匿っていたような言いかたはよせ」
「おまえはセフィロスが生きていることを知っていたのか？」
老科学者は眼鏡を押しあげ、まじまじと若社長を眺めやった。「セフィロスは死んだ。魔晄炉で死にかけとった者が証言しとる」
「……いま全員、やつに殺されたと聞いたような気がするが」ルーファウスは眉を寄せた。
「息があったのが何人か……さて、あの連中はどうしたかな。ううむ……どうも思い出せんな……ああ、助手が知っているかもしれん」博士はぶつぶつ呟きながら俯いて、自分の内なる世界へと没入していくようだった。
ルーファウスはしばらく博士の口がひらくのを待っていたようだったが、やがて大きく溜息をついて言った。「あとで、その件に関しての報告書を助手に作らせておけ」
宝条はぼんやりと考えこんだままゆっくり立ちあがった。「好きにするがいいさ」と呟くと、誰にもなにも断わらず、てくてくと階段へ向かっていった。
「相変わらず陰気な男ねえ」スカーレットが組んだ足を無意識に撫でながら呟いた。「で、新社長」と彼女はルーファウスを横目で見やって、しなを作るように身体の向きを変えた。「魔晄料金を値上げするってことは生前のプレジデントから聞いてましたでしょ。そこから得られる利益から、わたしとリーブの予算として分配することになってたんだけど」
ルーファウスはデスクをまわり、大きな椅子に身体を投げ出した。「金が必要なのか？」
「そりゃもう」スカーレットはきゃらきゃらと笑い出した。「兵器開発ってのはお金がかかるもんよ」それから軽蔑の眼差しを隣のハイデッカーに流しこみつつ、「最近はどこかの誰かさんが、やたらと高価な機械を壊しまくってくれたしね」
こちらが繰り出した試作品を片っ端から破壊したのはクラウドというソルジャーだ。だが、そんなことはどうでもいいことなのだろう。誰が壊したかではなく、誰のせいで壊れたのかが、いまの彼女にとっては重要なのだ。
「必要なだけの金は与えてやる」ルーファウスは指を組んでデスクに肘を立てた。「まともに働くものを造れるのならな」
「よくできた経営者なら部下を信頼するものよ」
ルーファウスはまた吐息を抑えた。「……ハイデッカー」とややあってから事務的に呼びかける。「今回の失策は失策として、おまえにはこれから巻き返してもらうしかない。とりあえずコンドルフォートの対策を聞いておこうか」
髭の大男は片目をきょとんと丸めてみせた。一瞬の間(ま)をおいてから、いきなり大声で笑い出す。「なにを言い出すかと思えば、社長、あんな無頼者どものことなど――」
「その無頼者どもに――」ルーファウスはその笑い声を遮った。「神羅は何年、手こずらされているんだ？ 親父の代ではろくな装備をまわしてもらえなかったが、俺はできる限りの物資と人員を投入するつもりだ。半年以内にあの砦を陥落させ、一年以内にあそこの魔晄炉を使用可能にしろ。これはテロリストなどより、よほどの重大事だぞ」
「社長」ハイデッカーはややたじろぎながら言いつのった。「連中はあんな狭い砦に立てこもっているのですから、放っておけば食糧も銃弾も尽きて出てくるに決まっております」
「確かに狭い砦で抱える物資には限界がある。たとえ魔晄炉内に工場を構えているとしてもだ。だが補給もなしで、しかも神羅に対抗できるほどの装備をそろえ、大勢の傭兵たちを養って何年ももつか、ええ？」ルーファウスは椅子に背をもたせかけ、ツォンを見あげた。「連中の補給ルートを突き止めておけ。あれだけ大がかりな軍を抱えているのだから、搬入する物資の量も並大抵のものではないはずだ」
ツォンはゆっくりと頷いた。そうした調査や戦場での探索といった仕事は、もとより調査課(タークス)の本領だ。そして社長の言うとおり、軍隊の補給ラインなら目立たないはずがない。たいした苦労ではないだろう。
ルーファウスはしばらく、ひたいをかきながら考えこんでいたが、ちらりとハイデッカーを見やって不満げな顔を作る。そして再びツォンに向きなおった。「ついでにコンドルフォート周辺の地図を新しく作成しておいてくれないか」
ツォンはハイデッカーに視線をやった。タークスは治安維持部門の下にあって、社長直属の調査員ではない。それに、社長みずから一戦術を考案するような姿勢を見せるのもどうかと思ったのだ。だがゴリラ上司には、なにも言い返す言葉がないようだった。
「わかりました」と、ツォンは頷いた。そして先刻からの話が中途で終わっていることをやんわりと指摘する。「セフィロスの行方とアバランチの動向、古代種の捜索、それに彼らと行動をともにしているソルジャーの身許調査と同時に、ということですね？」
「セフィロスのほかはいい」ルーファウスは苦笑を閃かせて手を振った。「いや、ソルジャーの件に関しては、機会があれば探ってみてくれ」
「わかりました」
それからまたしばし考えこむと、ルーファウスは呟くようにつけ加えた。「念のためだ……身許のわかっている者だけでいい、連中の家族の身柄を抑えておくべきだろう」