１ 仲間
「いたた……」
エアリスが呻くのを横目に、ティファは湿布をせっせと作っていた。
彼女が階段から落ちたのは誰のせいでもない。強いて言えば、彼女自身とクラウドの反射神経のせいというところか。ううん、やっぱりエアリスの自業自得と言うべきよね。
そりゃ、いきなり飛びつかれたら、誰だって咄嗟によけるぐらいはするもの。
ティファとクラウド、シド、ヴィンセント、そしてユフィがコスモキャニオンに到着し、バレットとケット・シーを乗せたレッドが階段の途中まで迎えに来てくれたまでは普通の再会の場面だった。たぶん狼のずいぶんはしゃいだ声に、彼女も部屋から飛び出してきたのだろうけれど。
見通しの悪い洞窟内の狭い通路、それもちょうど階段と横穴が交叉した死角から頭突き（？）をかけるものじゃないと思う。よくあのクラウドが反撃をこらえたものだと、むしろ逆の意味で感心するくらいの反射神経だったわよ、あれは。
とにかく、せっかく積もる話もあったというのに、シドとレッドが重態――というか、しばらく目をまわしていたし、バレットは思いきり脛を打ちつけ、ヴィンセントに至っては、エアリスを受け止め、ユフィに飛びつかれて、よくぞ踏ん張ってくれたものだと思う。全員が下まで落ちずにエアリスも軽い捻挫だけですんだのは、多分に彼のおかげだ。ちなみにケット・シーは、とっととクラウドの肩に乗り換えていたので無事だった。
「ひどいわよ……」エアリスが涙声で訴えつづける。「あそこで普通、よける？」
「普通ならね」ティファは彼女の足首に湿布を巻きつけ、テープでぎゅうぎゅうに締めつけた。「クラウドがソルジャーだってこと、忘れてたんじゃない？ へたすれば死んでたわよ……彼、刀を抜きかけてたんだから」
「刀？」顔をしかめながらエアリスは怪訝にする。「それって……ねえティファ、もうちょっと緩くできない？」
「だめ。どうせエアリス、動きまわるでしょ。固定しておかなくちゃ」手早くかためてしまうと、ティファは最後の仕上げにぽんぽんと軽く叩いてやった。
エアリスが声にならない叫びをあげてベッドに突っ伏したとき、ちょうど部屋の入口からバレットが顔を覗かせた。「終わったか？」
「とりあえずね。入っていいわよ」ティファはのたうちまわっているエアリスをちらりと見おろしてから、救急用具を片づけはじめた。
「おいおい、大丈夫なのか？」バレットの次に入ってきたシドが、ぐったりしているエアリスを見て眉を寄せる。
レッドがその足もとからすり抜けてきた。「大丈夫だよ、ティファが手当てしたあとは、みんなこうだから」
それって、どういう意味かな？
クラウドがケット・シーを肩に、そしてヴィンセントが無言で入ってくる。彼の手に一升瓶が二本ぶらさがっているのを見て、ティファは眉を寄せた。そりゃあ、あれはエアリスへのおみやげだけど……ああ、お願いだからシドのわきに置かないでよ。
「じゃーん！」とユフィが、クラウドの背中を蹴りながら元気よく飛びこんできた。大きな皿を頭の上に掲げているところを見ると、さっそくシルドラ・インの厨房から食べものをくすねてきたらしい。「肉串(シシカバブ)に、じゃがいも、コーンチップだよん」
「お子さまメニューか」煙草の火を点けながらシド。
「ここで魚料理は期待できないわよ」ティファは煙の臭いに顔をしかめてから、あたりをさっと見まわした。以前の旅で使っていた耐熱容器が目に入り、仕方なくそれを喫煙者に放り投げる。「灰皿代わりにしてちょうだい」
「おう、サンキュ」
たがいに声をかけあいながら、ベッドと少ない椅子を総動員して狭い室内にそれぞれが落ち着く頃、エアリスがようやく復活した。
跳ね起きざま、「クラウド！」と彼を名指しして怒鳴る。「わたし心配したんだからね。ちょっとこっち来なさい！」
しぶしぶというように彼女の隣に腰をおろす彼を見ながら、バレットが頭をかいた。「エアリス、酔ってるわけじゃねえよな？」
「まだあけてもいねえぞ？」シドはすでに一升瓶を手にしている。
「とにかく！」ティファは声を張りあげ、クラウドに説教しかけるエアリスと酒盛りを始めようとしているシド、すでに串に食らいついているユフィに待ったをかけた。かけようとしたのだが、いっぽうでケット・シーとレッドがクラウドの背中を取りあって喧嘩を始める始末。そっちに注意を向けているあいだにシドは酒蓋を飛ばしているし、バレットがユフィと食べものの争奪戦を開始する。
……だめだわ、これは。この人たちを同じ部屋に集めようというほうが間違ってたのかしら。ヴィンセントだけが同情的な視線をよこしてくれはしたものの、それで騒ぎが収まるわけでもない。
ティファはベッドのあいだの壁に背をもたせかけながら溜息をついた。「あなたたち、よく自己紹介なしで騒げるわね」
「あら、ヴィンセントは知ってるわよ？」エアリスは言ってからやっと、もうひとり見慣れないはずの人物に気づいたらしい。「……だあれ？」
「シドよ」ティファは呟いて彼のほうへと手を振った。「元神羅のパイロット」
シドが酒瓶を膝に立てながら片手を軽くあげる。「おう」
「おいら、そっちの人知ってるよ」レッドが前脚を浮かして示したのはヴィンセントだ。狼はクラウドの背中に覆いかぶさるようにしながら身を乗り出してくる。それにしてもこの狼、ちょっと性格が変わってないかしら？
当のヴィンセントが眉をひそめる。「すまないが、憶えていない」
「コスモキャニオンにしょっちゅう来てただろ。バレンタインだったっけ？ 神羅の調査課だったと思うけど」
「さすがに伊達に五十年も生きてるわけじゃないな」バレットが感心したように頷く。この巨漢が調査課と聞いて反応しなかったのは、たぶんエアリスを手当てしているあいだに顔合わせはすんでいたのだろう。
レッドは尻尾をぐるんとまわした。「まだ四十八だ」
「ちょっとレッド、おりなさいよ」エアリスがクラウドの肩から狼を引きずりおろす。
「あっ、ケット・シー、食えないくせにぶんどっていくな！」ユフィが叫び、黒猫に頭を踏まれたバレットが短く悲鳴をあげた。
「ティファ、グラスねえのか？」
誰がなにを言っているのか懸命に追いかけていた彼女は、シドに横から声をかけられ、途端に混乱した。「グラス？ なに？」
「おい、これじゃ、食いもの足りねえぞ」
「これはアタシが見つけてきたんだってば！」
「そんなに食べたら太りまっせ？」
「おおい、ほかに飲むやついねえのか？」
「おいら、だめ？」
「レッドは子どもでしょ」
「ねえ、ちょっと……」
「アタシ、アタシ」
「ガキはソーダにしとけよ」
「だから……」
「そっちのニンジャ娘は結構いけるぜ？」
「……保護者がいないときに無理に勧めるのもどうかと思うが」
「無理なんかしてないじゃん」
「ねえ、わたしにもちょうだいよ」
「うう……おめえはやめといたほうが……さすがにクラウドが気の毒だしよ」
「どういう意味よ？」
「どう暴れるか見てみてえぞ」
「おいらも飲みたいってば」
「あの……だからね」
「ボクも、ちょこっと舐めさしてくれへんか？」
「錆びちまわないのか？」
「なに、こいつ本物の猫じゃねえの？」
「ボクは、こう見えても最先端の――」
「――いいかげんにしろ！」クラウドの怒号と同時に、石床がぴきりと、ひびを走らせた。鞘に収まったままの刀がその中心にめりこんでいる。
レッドとエアリスが絡まりあったままぴたりと止まり、ケット・シーが転がり落ちた。ユフィはバレットの髭をひっぱったまま青ざめ、巨漢は持っていたコーンチップを握りつぶす。シドが走ってきたひび割れをよけるように足をあげ、その横でヴィンセントが無表情をわずかに引きつらせた。
……一喝って、こういうことを言うんだろうな。ティファは凍りつきながら、そんなことをぼんやりと考えた。
「ティファ？」静まったのを確認すると、クラウドが彼女に目を向けてきた。
「ああ、ええと……」彼女は必死になって頭を働かせた。「つまり、その……わたしたち、コスモキャニオンの計画に乗ることになったんだけど……」ああもう、かえってやりにくいわ。「わたしたち、同盟に加入している団体のどこにも所属していないのね。それで……その、つまり、ジェミニ号と同じような独立支援って形で活動することになると思うの」
「支援たってよ」バレットが串をくわえたまま、もごもごと言った。「オレたち、なにができるってんだ？」
シドがおとなしく瓶に蓋を嵌めこみながら鼻を鳴らす。「ようは、ジェノバを探して処分してきゃあいいんだろ？」
「それはおれの仕事だ」クラウドが口を挟む。
「だめ！」エアリスが力いっぱい叫んだ。
「なぜ？」訝しげにクラウド。
「セフィロスがいるっていうのに、そんな危険なこと！」
「はあ？」
「はあ、じゃないわよ」エアリスは彼の襟と肩口を掴んで揺さぶった。「あなたがいちばん危ないの！ 絶対、彼の手の届くところに行っちゃだめ！」
「またなにを言い出したんだ？」彼は揺さぶられながら、ちらりとティファのほうへ目を向けてきた。
だが、ティファにも見当がつかない。彼女は両手のひらを見せながら首を振った。
「そうは言ってもさあ」ユフィがコーンチップを口の中でぱりぱり砕きながら足をぶらつかせる。「ジェノバ相手じゃ、クラウドいないときついよ？」
「だからおれが――」
「だめだってば」
クラウドは吐息をつき、エアリスへと顔を向ける。「頼むから、話が進まないだろ」
「進まなくていいの。ジェノバのことなんか放っておけばいいんだから」
「それじゃあよ」シドが発言を求めるように片手をあげる。「オレ様たちは、なにをすりゃあいいんだ？ この……ソルジャー・チームはよ？」
「変なネーミング」ユフィが顔をしかめる。
「じゃ、なんて言やあいいんだ？ 脱走兵の寄せ集め(クラッジ)か？」
「私はべつに、脱走したわけではないのだが」ヴィンセントがぼそりと抗議する。
「おいらさ、エアリスが中心になって約束の地を探すんだと思ってたんだけど」レッドが尻尾を不安げに尻尾を振りまわしている。狼はもう、クラウドに負ぶさってはおらず、足もとにおりて腰を落ち着けていた。
「約束の地？」クラウドが眉を寄せた。
「そうよ」エアリスが胸を張る。「クラウドには絶対に協力してもらいますからね」
「なんで」
「もう、どうしてそう、反抗的なのよ？」
「べつに……」
「クラウドがいなきゃだめなの」
「どうして」
「だって、星がそう言うんだもの」
それぞれに微妙な沈黙を守る全員に、エアリスは不機嫌そうな視線をまわした。「ちょっと、いま呆れたでしょ」
「そんなことないけど」ティファは苦笑した。「でも、ほんとに？」
「ほんとよ」
「それで、おれがなんの役に立つんだ」クラウドが義務的に訊ねる。
「だから、クラウドがそれを考えるの」エアリスはきっぱりと続けた。「セフィロスのことは忘れてちょうだい」
「……無理だ」
「無理よ」ティファも思わず同時に呟いた。あの鬼神を放っておけというのは、五年前のあの日のことを忘れろと言っているようなものだ。
「でしょうね」意外にもエアリスはあっさりと退(ひ)く。「仕方ない。クラウドはわたしが守るしかないわ」
また訪れた微妙な沈黙に、ぎこちない苦笑が混じる。
クラウドはがっくり項垂れ、片手で顔を覆った。「おれがあんたに報酬を払わなきゃならないのか？」
「報酬なんかいらないわよ。ただ約束の地を探してくれさえすれば」
「……はあ？」
ケット・シーがレッドを踏み台にして跳びあがり、クラウドの肩と頭に脚をかける。「クラウドさん、セトラなんですか？」
「知るか」
「そうじゃなくて……」エアリスは少し困ったように顔をしかめた。やがて意を決したように、きゅっと表情を引き締める。「あのね、ライフストリームを知ってる人は、みんなセトラになれるわ。わたしだけが特別じゃないの」
「なんだ、その……流れ(ストリーム)？」ユフィがぽんと足を跳ねあげ、身を乗り出してくる。
「あんた、どこから魔法を取り出しているかわかっていなかったのか？」クラウドがニンジャ娘を呆れたように睨みつける。
ティファは幼なじみを見つめた。「ライフストリーム……行ったことあるの？」
「あるが……」
今度はエアリスのほうが驚いたように目を見ひらいた。「あるって……どうやって戻ってきたの？」
なんで行ったことには驚かないのかしら？
クラウドはニンジャ娘を指し示した。「あいつが殴ったからかな」
きょとんとして、ポテトを飲みこみながらユフィ。「ああ、あんとき？ もしかしてほんとに別世界に行ってたのか、アンタ」
「おまえさんも大概、命知らずだな」シドがぎょろりと目玉をまわす。「こいつを殴ったってか？」
「だってさあ……あんときは、あんなに凶暴なやつだって知らなかったし」
「誰が凶暴だ」
「山ひとつ壊しといて、なに言ってんだよ」
「全部は壊してないだろう。それにおれのせいか、あれは？」
「私のせいだな」と、ヴィンセント。
「もとはといえば、マテリアを盗んだユフィのせいなのよね」ティファはいちおうの釘を刺しておいてから、ピンクの友人を見おろした。「エアリスは約束の地を探さないの？」
「探してるわ」彼女は頷いた。「でもね」とクラウドの頭をぽんぽんと叩く。「どうしても、ここでつっかえちゃうのよ」
「だからおれに押しつけようとしているのか、あんた？」
「だめ？」にっこりとエアリスは微笑む。
「……おれは古代種じゃない。魔法が使えるのも、ライフストリームに迷いこんだのも、たぶんジェノバの能力だ」
「そう？ ライフストリームでなにも聞かなかった？」
「まったく」
「そっか」ますますにこっとして、エアリスは妙に納得したように頷く。
上機嫌に金の髪をなでなでしている娘を見つめながら全員が首を捻った。
やがてシドが酒瓶を床に置いて身を乗り出した。「わかった、まじめにやろうぜ。コスモキャニオンの依頼は……というか、期待してんのはジェノバ関連だろ？ そっちを放っておくわけにもいかねえんだからよ」
「でも」レッドが不安げに身じろぎしてクラウドを振り仰ぐ。「そうは言っても、何体いるかもわからないんだろ？」
「連中はセフィロスが操っているだけだ」クラウドは呟くように応えた。「だから、あいつひとりを探せばいい」
「どうやってだ？」バレットが口を歪める。
「さあな」苦笑するクラウド。
「幽霊を追いかけるようなもんだよな」シドがまた煙草に火を点けた。
「ところで、ジェノバ、ジェノバってえけどよ」バレットが混乱したように慌ただしく両手を上下させる。「モンスターにも、おめえん中にもいるんだろ？ おめえは操られたりしねえのか？」
クラウドは思いきり顔をしかめた。「知るか」
「あ、あのさ……」レッドがのそりとクラウドにすり寄った。「あのセフィロスに変身するやつら、手に刺青があるんだろ？ おいら、宝条に13っていう刺青入れられたんだけど……」
「気にするなよ」クラウドが狼のたてがみを少し乱暴にかきまわす。「だいいち、あんたにジェノバは感じない」
「だよね」ユフィが足をぶらぶらさせながらヴィンセントをぴしりと指さした。「どっちかっていうと、物騒なのはそっちだろ」
「すまんな」
「どう物騒なんだ？」バレットが、ユフィの抱えている皿に手を伸ばしながらヴィンセントをちらりと見やる。
「黒い化物になるんだよ」ニンジャ娘が気軽に応えた。「結構かっこいいんだ、これが」
シドが爆笑し、ヴィンセントが複雑な顔で考えこむ。
「だからって、もう暴れないでほしいわ」ティファは笑いを押し殺しながら手を振った。「毎回毎回、クラウドと取っ組みあいやられたんじゃ、こっちの心臓がもたないから」
「彼の心配はしないのか」ヴィンセントがクラウドを指し示す。
「岩より頑丈な人を心配してどうするの」ティファはあえて気楽を装って言った。「それより、ジェノバにしろセフィロスにしろ、どこにいるかもわからないんじゃ手詰まりね」
「だから約束の地を先に探すの」エアリスが手をあげて発言する。
「約束の地か……」ヴィンセントが軽く顎をこすりながら呟いた。「確か、イファルナも見つけたと言っていたな」
突然のその名前に、一部の仲間が顔をあげた。
「お母さんを知ってるの？」エアリスがびっくりして立ちあがる。途端に足が痛んだのだろう、バランスを崩し、クラウドとレッドを将棋倒しにした。
こうした騒ぎはもう、いいかげんに慣れてきたのか、ほとんど全員が驚きもせず、一瞥の関心も向けなかった。ただヴィンセントだけが無表情に彼女の足もとに目をやって、「大丈夫か？」と呟いただけだ。
だが本人はほとんど気にしてさえいない。「お母さん、約束の地を見つけたって、ほんと？」
ヴィンセントはあらためて彼女の顔を観察するように見つめた。「きみはイファルナの娘なのか？」
こくこく頷きながら、エアリスは彼に掴みかかんばかりに身を乗り出す。「ね、どこだって言ってた？ ううん、なんだって？」
「聞いていないが……幸せだとは言っていたぞ」
「待て……」クラウドが片手を軽くあげて口を挟む。「そうすると、あんた、ガスト博士も知っているんだな？」ヴィンセントが頷くと、彼は続けて訊ねた。「どこにいる？」
「二十年以上も前の話だぞ」と前置きしてから、彼は外のほうへと漫然と顔を向けた。「神羅とは縁を切りたいというので、アイシクルロッジに隠れ家を用意した。そこでイファルナとふたりで住んでいるはずだが」それから彼は眉を寄せた。「彼女は亡くなったのか？」
クラウドはレッドを見おろし、エアリスを振り返った。彼女は目を見ひらいてヴィンセントを凝視している。「もしかして、その……ガスト博士っていうのが、わたしのお父さん？」
ヴィンセントはほんのわずか微笑んだようだ。「たぶんそうだろうな。あれは駆け落ちみたいなものだったから」
「その博士ってなあ、なんだ？」シドが耐熱容器に吸殻を放りこみながら訊いた。
「ジェノバの発掘責任者だった、なんだかよくわからん権威の学者だぜ」バレットが講義で覚えたことを必死になって思い出そうとしているらしい。「ジェノバ・プロジェクトの発案者で――」
「それは頓挫した」ヴィンセントが鋭く遮った。「イファルナが止めたのだ」
「だが、宝条が続けた」クラウドが唇を歪める。「それでも、ガスト博士ならジェノバの件についても詳しいだろう。計画を放棄した理由も聞けるな？」
ヴィンセントはおもむろに頷いた。
ティファはクラウドを見やった。その彼はエアリスを振り返る。「行ってみるか？」
「もちろん」彼女はきっぱりと頷いた。それから悪戯っぽい目でクラウドを突つく。「忘れてるみたいだけど、わたしのボディーガードの条件、アイシクルロッジに送るまでだったんじゃなかったかな、なんでも屋さん？」
「契約違反はしていないだろ」
ユフィが飛びあがった。「おっし、そうと決まったら――」
「酒盛り？」ティファが低い声音で受けてみせる。
一升瓶を持ちあげようとしていたシドの動きが止まった。
「ええと……」ユフィは目をきょろきょろさせる。「じゃ、じゃあさ、ゲームだ、ゲーム。なんか賭けてさ」
「飲むか、食べるか、遊ぶことしかないわけ？」ティファは溜息をついた。
「ほかになにをやれってんだ？」シドが頭をかきまわす。「神羅の回答待ちで、オレ様たちはしばらく、おとなしくしてなきゃならないんだろうが」
そう返されると応えようがない。でもね、みんな本当におとなしくしててくれるの？
返答に詰まっていると、レッドが立ちあがった。「カードぐらいなら学生たちが持ってたと思うけど」
言いながらさっさと部屋を出ていってしまう狼を見送って、バレットは両手を広げた。「オレはポーカーぐらいしか知らねえぞ？」
「まあ、それぐらいが関の山だろうな？」シドが多少物足りなさそうに呟く。「この人数でババ抜きってのも変だしよ」
「んじゃ、勝ち抜き戦でいこうよ」ユフィがなにを考えたかわかるような目でクラウドを睨みつける。皿をバレットに押しつけ、床におり立つと、びしりと彼に人差指を突きつけた。「アタシとマテリアを賭けて勝負だ！」
クラウドはその指を見つめたまましばらく応えなかったが、やがてゆっくりと息を吐く。「知らん」
「知らんって、なにが」
「その、カードとか、ポーカーとか」
ユフィはそのままの姿勢で脱力したらしい。「……あ、そう」
「わたしだってそれぐらい知ってるわよ」エアリスがまじまじと彼を見つめた。「このさい覚えたら？」
「素人(しろうと)が入っちゃ、賭けるわけにもいかねえだろうが」シドが追い払うような身振りをする。「剣術馬鹿はご退室願おうぜ」
「そんなこと言わないで、教えてあげればいいじゃない」エアリスが少し怒ったように呟き、クラウドが気にしてもいなさそうに素直に腰をあげかけたところを、彼女は引きずりおろした。
ユフィがまた床を踏み鳴らす。「じゃあ、クラウドは賞品な」
「はあ？」
「あのよ……」バレットが非常にいやそうな顔をした。「そりゃ、仲間同士で金賭けちゃあ洒落になんねえけどよ。こいつを賭けてどうする――」
「それいいわ！」エアリスがクラウドの腕を放して飛びあがった。またすぐに腰を落としたのは、捻挫した足首が抗議したためだろう。どうやら、きつく固定しておいて正解だったらしい。「優勝した人は、クラウドになんでもお願いできるの」
「勝手に決めるな」
エアリスはクラウドの睨みつけを無視して、今度はティファの腕を引きずりおろした。彼女はたたらを踏みつつ、隣に強引に坐らされる。「もちろん、わたしとティファはデートね、デート！ 言っとくけど、報酬とは別よ？」
いったい報酬を払うのはエアリスなのかクラウドなのか、最近じゃわからなくなってきてるわね。
「あのな、だから――」クラウドが口をひらきかけると、それを押さえこむようにユフィが飛びあがる。「アタシ、マテリア！ 忍術勝負でもいいよ！」
「それじゃあ、オレ様はレースかな。この大学にも、車ぐらい、どっかにあるだろ」
「オレ、思いつかねえよ」
「………」ヴィンセントが軽く口を動かした途端、ユフィがシドの頭上を越えて彼に跳び蹴りを食らわせた。
「アンタ、いま、決着つけようとか考えなかったか？」
「いや……」ユフィを肩車したまま沈黙するヴィンセント。
レッドがカードの箱を顎にくわえて戻ってきた。バレットにそれを渡しながら会話の内容を充分検討し、「おいらも混ぜてくれるの？」となにを期待したのか、わくわくと訊いてくる。
ケット・シーがクラウドの肩の上でぶるりと身震いし、省電力モードから帰ってきた。「なんや、なんや、なにが始まるん？」
「……勝手にしろ」黒猫を放り投げながらクラウドが立ちあがり、部屋を出ていった。