１ 夢の後先
上空から見おろすその村は森の中にぽっかりと存在する湖のように見えた。陽光と魔晄の光をきらきら反射させて、まるで生きものの目のように輝いている。突然に抉れた巨大な地面の穴に魔晄エネルギーが溜まっているのだろう。
その周囲を、森と岩と壊れた建物群がびっしりとかこんでいるはずだ。そしておそらくは途方に暮れた人々も。
「あっちゃあ……」シドは煙草のフィルターを噛みながら拳で自分の頭を叩いた。煙草に火は点いていない。「えれえことになっちまったもんだな。ティファたちは無事なのか？」
その報せはジェミニ号からの無線で届いた。北大陸は南端上空、古代種の都にヴィンセントを蹴落としておいて、自分はゆっくり飛空艇でくつろいでいたシドの耳に、ニッキーは立て続けに罵声を浴びせてきたものだ。『なにやってんのよ、ニュースぐらい見なさいよね！』と言われて、しぶしぶ電波を拾うと、ミディールにウェポンが現われたという。
仰天して、いささかもたつきながらも幽霊男を回収すると、一路、温泉村に向けて彼らは再び赤道を突っ切ったのだった。ミッドガルをかすめてジュノンの上を飛ぶのだから、当然、途中で神羅の小型ヘリ(スキッフ)部隊や輸送機(ゲルニカ)とすれ違うことになった。だがシドはたいして気にしなかった。むこうもこちらを攻撃したり追跡したりはしてこなかったので、それなりにいろいろと忙しいのだろうと暢気に構えることにしたのだ。
そして到着してみれば村がなくなっていたというわけだ。あののどかな集落の上にウェポンがそびえ立ったところを想像すると、いささか滑稽な気がしないでもないが、すべての民家が崩壊したと聞けば、しぜん口もとも引き締まる。
コンドルフォートからの問いあわせや、途中捕捉する神羅の無線情報などの整理のためにケット・シーを残し、飛空艇から降りてみれば、上空で見たとおり、村は跡形もなくなっていた。
青い水にも見えるものをたたえて魔晄の光がそこにたゆたい、そのあいだに壊れた家や岩や樹木が浮かんでいる。そのほとりでは、やはり破壊された家屋の残骸が散らばり、人々がところどころかたまって、一見ぼうっとしているようにシドには感じられた。まるで大規模な洪水の跡だ。
だが為すすべもなく立ちすくんでいたのは、ほんのわずかな湯治客だけだったらしい。診療所の連中がどこに行ったのかヴィンセントが訊いてまわっているあいだに、シドは大工の一団に早変わりした村人たちの姿を見つけることができた。
彼らは魔晄の湖のほとりに木材を積みあげ、ところどころで家の骨組みを造っていた。子どもたちはその作業をしている大人たちに群れて、手伝いをするか邪魔をするかしている。
「相変わらず暢気な村だ。ウェポンに襲われたってのに」シドは例の白チョコボがぴょこぴょこと歩いていくのを呆れたように見つめた。
それから彼は、診療所のあった少し小高いはずの場所へ視線を向けた。そこは小さな崖を形成するように抉られ、その足もとにはすぐ魔晄の波が打ち寄せている。
急な斜面に変化したリハビリ用の散歩道の近くに、やはり新たな診療所でも造るつもりなのだろう、相当大きな家にする予定といった基台と数本の柱が立っているのが見えた。そのそばには仮診療所らしきテント群があり、そのむこうには森から切り出してきたばかりという態の木材が並べられている。
普通、昨日の今日ですぐに再建なんて考えにはいかねえもんだけどな。しかも生木を切ってきて乾燥させてるってのは、気が長いんだか短いんだか……やっぱり、この村はよくわからねえや。しかし暗い雰囲気が苦手なシドにとって、この変わらない暢気さとマイペースな村の様子は救いだった。
「チョコボ、チョコボ、白いチョコボ！」とユフィの声が彼の耳を打ってきて、シドはぐるりとあたりを見まわした。だが捜すまでもなく、立てた柱の根もとで作業している誰かに強制的に肩車をさせているニンジャ娘の姿はすぐと見つかる。あの娘、無事なら無事で連絡のひとつぐらいよこせばいいのに。
新しい診療所を造っているらしい連中の中に、ユフィを肩車したままひとつの支柱に補強材を繋げている青年がいた。そのそばにはバレットが腕組みして立っている。
ニンジャ娘はルーズソックスに包まれた足をしっかりとその人物の肩にひっかけ、彼を激しく揺さぶっていた。「アンタだったら素直に渡すって。あれ、絶対にマテリア持ってるよ」
「ユフィ、おれは金槌を持っているんだが」
シドはその聞き覚えのある無愛想な声に、くわえ煙草のまま顔をしかめた。
「金槌じゃなくてマテリアだってば」がくがくと彼女が揺らしているのは、間違いなく金色のチョコボ頭だ。
シドは驚くよりも先に、にやりとしてしまった。まったく、なにをのんびりと大工仕事してるんだか。ひとたびそこにいると認識してしまうと、それがあたりまえで、いままでの苦労もなにもかもなかった気がしてくるから不思議だ。
ヴィンセントが彼と並んで立ち止まり、同じように軽く溜息をついた。「捜すまでもなかったようだな」
ふたりして呆れ半分に立ちつくしていると、白い髪飾りをつけたプリシラの頭が彼らを追い越して駆けていった。「あ、ユフィ、なにをおねだりしてるのよ？」
「頼み事してるんだ、おねだりじゃないよ」子どもを見おろして反論するユフィ。
子ども相手に屁理屈にもならん理屈で応酬するな。シドは苦笑しながら彼らのほうへ足を向けた。
プリシラが青年の服の裾をひっぱっている。「あたしもお願いがあるんだけど、お兄ちゃん？」
組んだ太い材木を片手で押さえながら、クラウドはわずかに彼女へ顔を向けたらしい。「今度はなんだ」
「プリシラへのぷろぽーずは早めにしてね？」
ごつ、という妙に鈍い音がしたと思うと、しばらくしてから、せっかく安定していた柱のひとつがぐらりと傾ぎ、ついには倒れてしまった。
バレットが妙に冷静にその柱の行く末を見つめていた。「またやりなおしか？」
どうやら釘か組木を打とうとしていたクラウドは、目測を誤って柱のほうを叩いてしまったらしい。ユフィを載せたまま、彼はその場でしゃがみこんで項垂れた。
ニンジャ娘は黄色い頭越しに身を乗り出し、彼の顔を覗きこむ。「アンタさあ、十歳のガキの言葉に、なに動揺してるんだよ？」
「……悪かったな」
「だって」子どもが両手を広げてぴょんぴょんと飛び跳ねた。「道具屋のあの子がうるさいのよ。プリシラ、クラウドお兄ちゃんがいるって言ってるのに、お嫁さんになってくれってしつこいんだもん。こういうの、キセイジジツがあればなくなるんでしょ？」
バレットが目をぎょろりとまわして呆れ返る。
シドはプリシラの頭を後ろから、がしっと掴んだ。「そういうときは、あと十年経ったら考えてあげるわって言っておくほうが恰好いいぜ」
ユフィの組んだ腕の下から青い目が彼に向けられる。クラウドは相変わらずの二枚目、無表情だ。久しぶりに会ったというのに、にこりとも口もとを綻ばせることもなく、わずかに目を細めただけだった。
「腹が立ってくるほど元気そうだな、おまえさんはよ」シドは軽く手をあげた。
プリシラが大きく上目遣いをしてシドを確認してきた。「なんだ、飛空艇のおじちゃんかあ」
「おい……」そりゃ、坊主に比べりゃ老けてっけどよ。その差はなんなんでい。
「ずいぶん早かったな」バレットが倒れた柱を持ちあげ、ぼっきりと折れた個所を見つめてから、わきに放り出した。「昼すぎになるんじゃなかったか？」
「ウェポンに襲われたと聞いたのだが？」ヴィンセントがあたりを曖昧に目で示しながら呟く。
「見りゃあ、わかるだろ」バレットが言い、ユフィがクラウドの頭に肘をかけながら、ちちち、と人差指を振った。「ウェポンは攻撃してこなかったんだ。村がこんなんなったのはライフストリームのせい」
「ライフストリームがどうして？」シドは煙草に火を点けながらぼんやりと訊ねる。
「知らないよ。たぶん精霊どもがウェポンが来たって騒いで、てんでんばらばらに走りまわるもんだから、あいつらも地表に飛び出してきちゃったんじゃないの？」それから彼女は、にやにやと青年を見おろす。「にしてもさあ、ほんと、びっくりしたよ。ティファ、ちゃあんとクラウドを見つけてくるんだもん。ライフストリームから彼女を抱えてあんたが出てきたとき、アタシ幽霊かって逃げ出したくなったもんね」
「あんた、まだ幽霊が苦手なのか？」肩にひっかかっていた足を撥ねあげてニンジャ娘を放り出すと、クラウドは立ちあがった。あらためてパイロットに向きなおり、「いろいろすまなかったな」と謝ってくる。
シドは細く鋭く煙を吐き出した。「まあオレ様は、べつに構やしねえけどよ。飛空艇ハイジャックなんて体験させてもらったし、なにより大空洞のあれは、すげえ花火だったもんな」
途端にヴィンセントの踵が彼の膝裏に打ちこまれた。シドは、へにゃっと間抜けに倒れる。
「あれを花火だなどと無責任な発言は控えろ」幽霊はたしなめるように言ってから、青年のほうへと赤い目を向けた。「説明してくれるのだろうな」
「説明になるかどうか」クラウドは金髪をかきまわしながら呟いた。「とにかく、本当にすまなかった」
シドは両手を払いながら立ちあがった。そのとき、ちょうどテントの陰からティファが顔を出す。「プリシラ、ビスケットが焼けたわよ」
その足もとからレッドが飛び出してきた。「あ、シドにヴィンセント、帰ってきたんだ？」
子どもがクラウドを押しのけて走っていった。つられたようにユフィがふらふらと追いかけていき、いったんはこちらに向かいかけていた赤い狼は、ビスケット争奪戦に加わるべく、まわれ右をする。さすがに、もてもての坊主でもお菓子の魅力には敵わなかったらしい。
「んじゃまあ、うまいビスケットでも食いながら聞くとするか、おまえさんの話をよ」シドは言って、どこか落ち着ける場所を探した。
医療テントはそれぞれの屋根から屋根へと大きな布を渡し、影を作っている。風もある程度遮れるので、雨が降らない限りは野外生活も楽なようになっていた。
温泉がなくなったというだけで特に不都合がないという感じで、柔らかな陽射しのなか、相変わらず囲碁勝負を続けている老人ふたりと井戸端会議の輪を作っている患者たちがいる。もちろん子どもたちは、どこででもビスケットを取りあうものだ。
ユフィが持てるだけの菓子を抱え、レッドが同じものを口いっぱいに頬張りながら駆けてくると、彼らはビニールシートの上に円陣を組んで坐った。のどかな養老院らしき光景の中では異様さが際立つ団体だが、もう、この村の者は慣れてしまったらしい。彼らの邪魔をしようというものは、レッドの宿敵となった野良犬ぐらいしかいなかった。
「で？」シドはユフィからひとつビスケットをぶん取りながら、クラウドに話を促がした。
いや、促がしたつもりだったのだが、どうやら通じなかったのか、彼は、「……で？」と首を傾げてくる。
「おまえさん、いままでなにしてたんだって訊いてんだよ」シドは苛立たしげに叫んだ。
「なにをしていたと言われても」本当に困ったように髪をかきまわすクラウド。
「なあ、アタシの魔法引き出してくれたの、アンタだろ？」ユフィがビスケットを持った手で彼を指し示した。「コンドルフォートでレッドとプリシラと蒸し焼きになるかってときにさ」
クラウドの頭の上にはっきりと疑問符が飛び出た。表情こそ変わらないものの、ヴィンセント並みに空気が動いている。もしかしてこいつ、ますますモンスター化して戻ってきたんじゃあるまいな。
彼はやっと口をひらいた。「おれが、なにをしたって？」
「だからさあ……ライフストリームの中で。憶えてない？」
「あまり」彼はまた髪の毛をかきまわす。「ほとんど夢みたいな感じだったからな。おれ、眠っていたようなものだ」
「アンタ……」ユフィは本気で呆れたように肩から力を抜いて、がっくりと項垂れた。「寝ぼけてアタシに完全防御(ウォール)を使わせたってのかよ？」
ティファが少し不安げに身じろぎした。「ねえクラウド……もしかしてライフストリームでのこと、憶えてないの。わたしと話したことも？」
「いや」彼はわずかに眉を寄せる。「憶えている」
「ほんとに？」
「話していいか？」
そこでぱっと彼女は立ちあがった。「だめだめ、絶対にだめ！」
シドは短くなった煙草を口から外しながら、ついでににやけてしまう口もとを隠した。あんだけ耳まで真っ赤になってりゃ、なにがあったかは想像できるってもんだ。あとでクラウドに吐かせてみよう。
ってオレ様が考えていたのに、ヴィンセントの野郎は単刀直入に訊きやがった。「なにがあったんだ？」
「訊かないでよ、馬鹿！」彼女は叫び、医療テントの裏側まで駆け出していってしまった。
それを見送ってから、クラウドは肩を竦める。「おれ、ばらばらになっていたんだ。それをティファがまとめてくれた。そういうことなんだと思う」
それから彼は、かいた胡坐の上に両手をつき、はっきりと頭を下げた。「とにかく、本当にすまなかった」
「もう、いいよ」レッドが飛び跳ねるように前脚を浮かした。「おいらたち、何度そのごめんを聞かされなきゃならないのさ」
クラウドはますます困った顔をしながら、また仕方なく繰り返す。「すまん」
「やっぱりよ」バレットがティファの消えていったほうへぼんやりと目をやりながら呟いた。「女ってのはたいしたもんだと思うぜ、オレは」
「へへーん、やっぱり？」ユフィがここぞとばかりに胸を張る。
全員がそれぞれの目でニンジャ娘を見やり、一瞬沈黙が訪れる。
シドはクラウドに向きなおった。「それじゃあ、本格的に説明してもらおうかな」
「無視すんなよ！」と暴れるユフィを、レッドが体当たりで黙らせたものだ。
「……五年前」暴れる子どもたちを横目に、クラウドはようやく話し出した。ヴィンセントと違い、こいつの無口さは多分に喋り慣れていないというだけのことらしい。ひたいをこすりこすり、言葉を思い出しながらという口調だった。
「ジェノバ細胞を注入されて、おれ、ばらばらになったんだ。中心になれるほど自我もしっかりしていなかったから、すぐにほとんどの表層意識はライフストリームに流されたんだと思う」それから彼は自分の頭を指し示した。「それで、おれ、ジェノバの能力でバックアップされたソルジャーたちの記憶を合わせ、なんとか別人を作りあげていたというわけだ」
「作りあげたってもよ」バレットが髭づらをしかめた。「ルーファウスも言ってたが、他人の記憶を写すってのは？」
「どうかな」クラウドは肩を竦めた。「ライフストリームに散らばっている記憶を読むときはあったかもしれない」
「強い感情があれば、それにジェノバも反応するのではないか？」ヴィンセントが呟くように口を挟んだ。「タークスの報告にあった黒マントの男たちがそれだろう。恐怖した相手の、まさかと思う姿に変わったとか」
クラウドは軽く首を振った。「おれは難しいことはよくわからない。ただ連中は、セフィロスでなければ、おれにしかならなかったんだろう？ おれたちを知らない人間にはなんの反応もなかったんじゃないのか」
ヴィンセントは少し考えてから、わずかに頷いた。「そうだな。タークスではなく一般の部隊を使ったところ、抵抗なく捕縛できたらしい」
「ジェノバはおれを捜していた。あれはセフィロスの記憶を一部コピーしたから、そのせいだと思う」彼は片膝を立て、軽く抱えこむようにした。この癖は治っていないらしい。「おれがその黒マントのひとりだとは気がつかずに、おれたちやタークスのまわりをちょろちょろしてたんだ」
「でもよ……」バレットが複雑に顔をしかめる。
クラウドは頷いた。「おれ、ソルジャーじゃなかった。強くもなかったし、別人格を作りあげて強いと思いこんでいただけで……だから、またすぐにばらばらになった」
「強くなりたかったんだろ。その気持ちはわかるぜ」シドはニンジャ娘にちらりと目をやった。「なあ？」
「まあね」狼の下で寝転びながら軽く受けるユフィ。「でもさあ、アンタ強かったよ？」
「身体はソルジャーと同じだからな」
「そうじゃねえよ」バレットが、がしがしと頭をかきながら叫ぶように遮った。「黒マントの連中のお粗末さに比べりゃ、おめえはきちんと……その、あー、動けてたってことで」
「肉体反射は記憶とは別だからな。身体が憶えてたんだろ」
ヴィンセントが吐息をつく。「つまり、セフィロスに鍛えられたという話はおまえの経験なのだな？」
「ああ」
「あの鬼神を殺したって話は？」
「相打ち」
へ、と首を傾げるシドやバレットに、クラウドは軽い吐息とともに自分を指さしてみせる。「おれも死んだんだ」
「変なこと言うなよ！」飛びあがってレッドの首を絞めるユフィ。狼はさかりのついた猫のような悲鳴をあげた。
「死んでそう時間も経っていないうちにジェノバ細胞を埋めこまれ、息を吹き返したらしい」クラウドは自分の両手のひらに視線を落とした。「それから五年近く、魔晄圧縮液の中にいた」
「ザックスというソルジャーはどうした？」ヴィンセントがまたぼそりと訊ねる。
クラウドは一瞬目を伏せた。「おれと同じようにコピー計画に巻きこまれた。でもあいつはソルジャーで、えらく強かったから、ライフストリームに翻弄されずに動きまわれたんだ」それから彼はまた手のひらをぼんやりと見つめる。「ミッドガルでタークスに見つかって、あいつ、おれを庇って死んだ」
「おめえさん、ソルジャーと同じ身体だたんだろ？ そいつ、そのことを知らなかったのか？」
「もちろん知っていた。だけど、そういうのは理屈じゃないだろ」彼はわずかに目を細めて続ける。「ザックスは……あいつは魔法は苦手だったし、小まわりが利くわけでもないし、頑丈さだけでできたような馬鹿力ソルジャーだったが」
おいおい、仮にもソルジャーの先輩を、そうまでボロクソに言うか、普通？ シドは呆れ返りながら煙草を一本くわえて箱から引き出した。
「でも強かった」きっぱりと宣言するように彼は続けた。
途端にザックスというソルジャーの存在がいまそこにあるような気がして、シドは煙草に火を点けるのも忘れた。こいつにとっちゃ、そいつは先輩とか同僚とか、そんな言葉で片づけられない男だったんだろう。
「生きるということにも戦うことにも、あいつは大抵のことには揺るがないぐらいに強かったんだ。いくら小賢しく動いたところで、タークスぐらいの相手で苦戦するわけがない」クラウドは首を振る。「ただ、おれがいたから……動けないおれが怪我をすると思って、それだけであいつ、攻撃できずにほとんど自滅したと言っていい」
「動けなかったのか？」バレットがまた顔をしかめる。
「ああ。ほとんど重度の魔晄中毒者」彼は両手を広げ、かすかに自虐的な笑みを浮かべる。「だから、おれは失敗作なんだ。生命維持のための本来の人間の肉体活動さえできないほど流動化していた。ミッドガルに着く頃にはだいぶ回復していたんだが、それでも喋ることはできなかったし、もちろん自分で立って歩くことも」
「けどよ、ミッドガルに着いた頃ってえと」バレットは懸命に指を折り曲げた。「あー、ええと、アバランチの作戦に参加したのは、それからどのくらい経ってからなんだ？」
「ティファに会ったのはザックスが死んだその日だ」クラウドはまた膝を抱えた。「ザックスが死んで、ひとりでなんとかしなきゃならなくなり、おれの中のソルジャーたちの記憶が急遽起動した、そんなところかな。ティファに会わなければ、まったくの別人になっていたと思う」
「彼女に会って、自分のことを思い出したってわけか」シドは訊ねた。
「すぐにじゃないな」クラウドは意味もなく片手を振った。「少しずつ思い出して……言ってみればそれも混乱のもとだったんだ。辻褄の合わないことばかり出てきて、結局作りあげていたソルジャーのクラウドは壊れてしまった」
「でも」ユフィが抗議したそうに上目遣いで彼を見やる。
「でも」クラウドは彼女に頷いてみせた。「そのクラウドも、結局はおれだったんだよな。作られたと言っても確かに存在したし、そのあいだの記憶もおれの中にちゃんとある。それに、最後にはほとんど同化していたと言ってもいいんだ」
「だろ、だろ？」ニンジャ娘は機嫌をよくして素振りを始めた。「やっぱさ、クラウドはそうでなくちゃ。挑戦のしがいがないもんな」
彼は苦笑した。「まだ挑戦するつもりか」
「なんだよ、逃げるの？」
「逃げないよ。ただ……」クラウドは少し考えてから、わずかに首を傾げてみせる。「おれ、強いぞ？」
「うっ」ひとこと呻いて、ユフィは沈黙した。レッドがその横で咳きこむように笑うと、再びニンジャ娘が彼の首を絞めあげる。
「つまり」クラウドは顔を仰向けて青空を睨みつけた。「あのメテオを呼んだのは、おれだという自覚もちゃんとある」
シドは胡坐の上で頬杖をついた。まあ結局、この生真面目さは生来のものかね。ジェノバに操られたとも、セフィロスが中にいたんだとも言わずに、きっぱり自分のせいだって言い切っちまえるとは、器が広いんだか馬鹿なんだか。ようするに逃げるつもりはないってことかな。
「だいたいのことはバレットやレッドから聞いている」クラウドは彼らを曖昧に指し示しながら続けた。「いまの混乱はおれのせいだからな。なんとかする」
「なんとかするったってよう」シドは、いまいま感嘆していたことも忘れて項垂れた。「そう、かるーく責任取れることでもねえだろうが」
ところがこの坊主ときたら、掃除当番を決めるのと変わらない口調で簡単に言ってのけたものだ。「大空洞に行って、ジェノバを斃して、星に蹴りを入れてくればいいだけだろ」
全員がぽかんと口をあけ、間抜けな視線を彼に集中した。シドも短くなった煙草のことも忘れて目を丸くする。
唇に沁みるような熱さをおぼえてシドが飛びあがるあいだに、レッドが不安げに呟いた。「できなかったら？」
「そのときはジェノバの思惑どおり、終わり(ゲームオーバー)になるだけだ」
「待て待て待て」シドは慌てて叫んだ。
バレットも吼える。「てめえ、そういう単純な問題かよ？」
「おれ、それぐらいしか思いつかないが、ほかにあるか？」と仲間を見まわすクラウド。
ほかにったって、いや、そうじゃなくてよ。みんながいままで悩んでいたことは、いったいなんだったんでえ。
ああもう、どうでもいいや。「なんで大空洞なんだ？」
「いちばん星に近い」クラウドは即答する。「ライフストリーム上でごちゃごちゃやっていても埒が明かないからな」
「そういうもんなのか？」
「星の中身なんて、いろいろなものが詰まってはいるけれど、割とでたらめだ」
ああそうかい。考えたところで、どうせ理屈どおりにはいかねえんなら、当たって砕けろってところだな。
ヴィンセントがつくづくとソルジャーを眺めながら、なにを思ったか頷いた。「なるほど、本物だな」
「そうか？」バレットが疑わしげに叫び、金髪の青年に指を突きつける。「こいつ、こんなやつだったか？」
「こんなやつだよ」ユフィが頷けば、レッドも、「たぶん」と同意する。
「強いて言えば」シドはまた新しい煙草を引き出しながら軽くまぜっかえした。「かるーくなったってことだろうな」
クラウドはふと、なにか思いついたようにニンジャ娘を見おろし た。「そういえば、あんた重くなったな。育ったか？」
彼女が素早く繰り出した拳は難なくかわされた。ニンジャ娘は悔しげに叫ぶ。「ちくしょう！ ダイエットしてやる、絶対に痩せるからな！」
「そう気にするほどじゃねえと思うけどなあ」シドは宥めるように言ってやった。
ヴィンセントも事務的な口調で諭すように呟く。「十代のうちからダイエットなどすると、ホルモンバランスが――」
「ティファの料理がうまくて、温泉が気持ちいいのがいけないんだよお」ユフィはレッドの背中に突っ伏して、おいおいと泣きはじめた。
「わたしの料理がなんですって？」いつのまにかティファが、大きな皿を片手に載せてシドの背後に立っていた。彼女は料理をこれみよがしに見せつけながら、「昼食にと思って作ってきた焼きサンド(パニーニ)、いらないならプリシラたちに――」
彼女が言い終わる前にニンジャ娘が皿を掻っ攫っていく。シドも腰を浮かしかけていたのだが、ユフィの早業には敵わなかった。
「てめえ、ひとりじめすんじゃねえ！」
「だから肥るんだよ」レッドが尻尾を立てて臨戦態勢になりながら唸る。
「腹八分と言うからな」ヴィンセントがしれっと呟きながら、ちゃっかり自分のぶんだけ掏り取っていた。
立て続けの忠告にユフィが一瞬凍りついた隙を突いて、ティファが皿を奪い返し、みんなの真ん中に置いてくれた。そして彼女はバレットの横に坐って、他人事のように争奪戦を眺めはじめる。
香草とポテトを挟んだ焼きたてのサンドイッチを頬張りながら、シドはちらりとティファを見やった。まったく、あれだけこんぐらがって泣いてたってのに、いまのこの落ち着きようはどうでい。目の前のチョコボ頭を蹴飛ばしてやりてえぐらいだぜ。それなのに、なんで離れて坐るかねえ。堂々と恋人宣言でもなんでもすりゃあいいのに。
「ねえ」ティファはしゃがみこんだ膝の上で両頬をついた。「あれから、なんの話をしてたの」
食べものを奪いあう手を止め、全員の視線がちらちらと交わされる。
ユフィがバレットの手からサンドイッチをもぎ取り、「へっへっへー」と親指を立てた。「ティファの言うとおりさあ、クラウド来たら、あってまに解決。大空洞行こうってさ」
ティファは首を傾げた。「どういうこと？」
バレットが音を立てて溜息をつく。「あー、ジェノバさえ斃しちまえば、あとはなんとかなるってよ」
「そうなの？」ティファは思わずといったようにクラウドにその琥珀色の目を向ける。
「さあ？」と、肩を竦めるソルジャー。
バレットが、がっくりと肩を落とした。「おめえなあ……」
「おれができるのはそれぐらいしかないと思っただけだ」
レッドが口の中に残っていたものを飲みこんでから、「ちょっと心配になってきた」と呟く。
「とにかく、少なくともモンスターの被害は減るかもしれんな」ヴィンセントが補足するように言った。
「ウェポンは？」ティファはまだ不安そうにしている。
「どうしようもなかったら、一体一体破壊していけばいい」
「……メテオは？」
「大丈夫」
「てめえの大丈夫は、全然、まったく、大丈夫じゃねえんだよ！」バレットが喚いて両手を振りまわした。
どういう意味だと言わんばかりに眉をしかめ、クラウドは、「大丈夫だ」と繰り返す。「メテオは対になった魔法が発動しなければ発動しない。だから、その対の魔法は発動しているはずなんだ。それがいま、星のもとにある」
「対になったもの？」誰ともなく疑問が持ちあがる。
クラウドは頷いた。「ホーリー。エアリスが残していったんだ」
ティファが息を呑み、バレットもヴィンセントも、そして全員が彼を見つめた。
クラウドはもう一度頷く。「あの古代種の都で、エアリスは白マテリアの中に詰まった思いを解放した。それがメテオを防ぐ魔法の形になるはずだ」
「破滅の魔法には希望を、か」ヴィンセントがかすかに微笑んだ。「しかし、それがなぜメテオ同様に出現していないのだ？」
「ジェノバが邪魔をして星が握っている」
「星がどうして？」ティファがまた不安げに身じろぎした。「助かりたくないの？」
「さあ？」クラウドは両手を広げた。「あれがなにを考えているのか、おれにはわからない」
「なんにも考えないんじゃない？」ユフィが気楽そうに言う。
「かもね」と、レッドも頷いた。
「チッ、しょうがねえな」バレットがすっくと立ちあがった。「わかったよ、そうと決まったら善は急げだ」
「善なのか？」冷静に突っこむヴィンセント。
「いいじゃねえか、とにかくよ、終点まで走らねえと」
「だな」シドも膝に落ちたパンくずを払って立ちあがった。ティファを振り返り、レッドをユフィをと順繰りに見まわす。「支度してこいや。すぐに出発しようぜ」
「いますぐ？」まばたきながらティファが叫ぶ。「だって……ええと」狼狽したようにあたりを見まわしてから、やっとクラウドに心配そうな目を向ける。「その、クラウド、剣を持ってないし」
「ヒューイに頼んである」彼は言って、かすかに苦笑した。「ここからまっすぐに行こうとは誰も言っていないだろ」
「ああ、うん」ほっとしたのか、まだ躊躇があるのかどうかわからない溜息をつきながら、彼女はとりあえず寝起きしていたらしいテントのほうへと足を向けていった。ユフィとレッドがそのあとを追い、「荷物持ちはどうせオレだろ」と呟きながら、巨漢がのそりと動く。
荷物のないシドとヴィンセントは、ひとり、さっさと歩き出そうとするソルジャーを両側から押さえつけた。怪訝そうにする彼の肩を組んでから、シドはこっそりと囁く。「で、おめえさん、ティファとどこまで行ったんだ？」
ますます眉を寄せ、クラウドは横目で見あげてくる。「どこって、ライフストリーム？」
そのまま立ち止まったシドの耳に、どこからか風の音が聞こえたような気がした。「寒いぜ」
「風邪でもひいたか？」
「おまえさんのそれは本当に天然だったのか」
「……よくわからないが、おれ、呆れられているのか？」
「おう、これ以上はないくらい呆れてるぜ」シドはついでに彼の首を肘で絞めあげた。「まったく、マテリアのことをあれだけ、うまくごまかしてくれるやつが、どうしてこういうことには疎いかね」
シドの腕から首を抜き出すと、クラウドは彼に警告するような目を向けてきた。
反対側からヴィンセントが低く囁いた。「メテオが発動しているからホーリーも発動しているということは、逆の方程式も成立するということだろう。ホーリーを発動しなければメテオはなかったのではないか？」
クラウドは観念したように首を振った。「古代種は愛情や希望や、そんなものだけでホーリーという白魔法を作りあげようとした。ジェノバの暗い想念に対抗できるものをな。だが人間も星も、それだけでできているわけじゃない。メテオは作ろうとしてできたものではなく、彼らにも予想がつかなかった副産物だ。そのために彼らもホーリーを使えなかった」
「すべての力には正反対のベクトルがかかるものだと、ガストも言っていたな」ヴィンセントが頷く。
「エアリスはそのことを知らなかったのか？」シドは訊いた。
「さあ、どうかな」クラウドは目を細め、魔晄の湖のほうへと顔を向けた。「知っていたとしても彼女は白マテリアを解放しただろう」
「どうしてそう思う？」
「彼女は死ぬつもりなんかなかったからさ」陽光に溶けて柔らかい青い光を周囲にまき散らしている湖のほうへと顔を向け、クラウドはわずかに顔をしかめた。「なにが原因でなにがどうなったのか、あのときああしなければ、こうしなければなんて埒もないことを考えても仕方がないだろ。ただおれは、あの物騒な遺産を処分したかったし、エアリスの想いも叶えてやりたかった。それだけだった」それから彼は目を細め、首を振る。「でもジェノバや星が介入することを知りながら、あんなところで黒マテリアを解放したのは失敗だったけど」
「邪魔がなけりゃ、あのふたつの魔法はどうなったんでえ？」シドは訊いた。
「ただ星に溶けるだけだったんじゃないか」
「それがぶつかりあったら？」
「どのような形であれ、対消滅だろう」ヴィンセントが応えた。「だが、そのときに放出されるエネルギーは相当なものだぞ。星から離れたところで起こるならともかく……」
クラウドは頷いた。「少し急がないとな」そこで金髪の青年は、黒い幽霊越しに再び湖のほとりへと顔を向ける。「あれがユフィの言っていた白チョコボか？」
シドがその視線を追うと、波打ちぎわをとことこと歩いていく小さなアヒルのような鳥が目に入った。「へたにさわると痛い目見るぜ」
せっかく忠告してやったにもかかわらず、クラウドは無造作にその鳥に歩み寄って、やはり無造作にとっ捕まえた。
ところが驚きの声をひとつあげたものの、チョコボはおとなしく彼の手にぶらさがっている。
「ああ、本当に持っていた。ユフィの勘はすごいな」羽と羽のあいだに挟まっていたらしい青色のビー玉を取り出すと、彼はチョコボを目の高さに持ちあげて訊いた。「これ、もらってもいいか？」
言葉がわかるわけではないだろうが、チョコボは羽をばたつかせ、突つきもせずに彼の手から地面へと跳びおりた。
何事もなかったように駆けていってしまうそれを、シドは脱力して見送った。「そんなもん、どうするんだ。ニンジャ娘にでもプレゼントするのか？」
「いや」彼はまじめに答えながら珠をポケットに突っこむ。「おれ、いま武器もないし、マテリアも持っていなかったから、ちょうどいい」
ヴィンセントが独り言のように呟いた。「あの娘には黙っていたほうがよさそうだな」
「ばれたときが怖えんだがよう」