IT HAPPENS ALL THE TIME

「だからよ、落とすんじゃなくて沸騰させるんだ」
　ボードが繰り返し繰り返し、同じことをチョコボ頭に言い聞かせていた。
　クラウドがあんまりにも不器用で、コーヒーひとつまともに淹れられないのを見かね、ボードは煮沸式のコーヒーメーカーを持ちこんできたのだ。いちいち器具を洗うのが面倒だが、豆と水の量さえ覚えれば多少乱雑でも飲めるものを作れるだろうという期待からだった。
「それで、どうして豆をお湯の中に入れちゃだめなんだ？」
　クラウドの声に、ジャックは思わずキーボードの上で指を止めてしまった。いや、ドリップ式でも湯の中に豆は入れねえだろうが。野外で作るのとは違うぞ。
「だからよ、沸騰させたお湯が、なんでだか上に昇ってくるからよ。それで色がつくんじゃねえか」
　ジャックはついにがっくりとデスクに突っ伏した。しかつめらしく説明しているから、ボードも意外にもコーヒー通なのかと思って感心してやったというのに、これだ。色がつくってなんだよ、まったく。しかも、なんでだか湯が昇ってくるって……おまえ、クラウドといっしょに中等教育受けてきたほうがいいんじゃねえか。
　もっとも、ジャックはここで理科の実験授業をするつもりはなかった。まあ、チョコボがまともにコーヒーを作れるようになるなら、それに越したことはない。
　そのことにいちばん安堵しているのは、おそらくセフィロスの大将だろう。補佐官としてのクラウドの仕事ぶりにいちばん翻弄されるのは、結局のところ彼だった。ちなみに自業自得ともいう。世間一般のことなど右も左もわからない子どもを、無理やり連れてきたのはあの大将自身だもんな。
　アレンに言われて初めてコーヒーらしきものを作ってきたとき、セフィロスは、らしくもなく我慢して飲んでいたものだ。「この次は豆を挽いてから淹れろ」との台詞を聞いたとき、ザックスは一日じゅう笑い転げたらしい。
　そうこうしているうちに、いい香りが執務室に立ちこめてきた。おお、なんとなく期待できそうじゃねえか。
　第一部隊(ザ・ファースト(の執務室は、隣の応接間、兼物置と続き部屋になっている。外の部署の連中がまったく関わってこないこの部隊では、応接間などは単なる空き部屋にしかならないのだ。いちおうソファもテーブルもあるが、大抵、誰かが転がって鼾をかいている。
　その応接間に隣接する形で簡易キッチンがあり、コーヒーだの軽食だのは適当にそこで作ることができた。もっとも、残業するようなまじめなやつはこの部隊にはいないから、たいした食糧は置いていない。強いて言えば、シュウの抹茶セットと和菓子ぐらいが贅沢品の範疇に入るだろう。
「ほれ、コーヒーらしくなったじゃねえか」どこかほっとしたような口調でボードが笑った。
「同じに見えるけどなあ」
「飲んでみりゃわかる」
「おれ、コーヒーの味なんかわからないよ」
　おまえはなにを口にしたって、うまい、まずいしかねえだろ。ジャックはそっと吐息をついた。クラウドにとってコーヒーはすべて、まずいものだったはずだ。
　当然ながら、味見役は少年にとっていちばんわかりやすい人物に白羽の矢が立つことになる。「なあ、セフィロス、これ――」
「ミッション前日だってのに、なんだってこんなに処理しなきゃならねえ書類が出てくんだよ」と執務室のドアが蹴りあけられ、ザックスが入ってきた。ちょうどそのドアの前を横切ろうとしていたチョコボ頭と、ソルジャーが抱えていた書類が真正面からぶつかる恰好になる。
　がしゃん、と派手な音を立ててガラスが割れた。
「あ？　すまんな、クラウド」軽く謝ってからザックスはセフィロスのデスクに大股に歩いていき、書類をどっさりと放り出した。「アレンがよう、こいつとこいつだけは今日じゅうにって……どしたん？」
　セフィロスは彼を押しのけるように片手をあげ、秀麗な眉を寄せていた。
　ジャックはその様子を見て、その視線を追ってみる。
　ドアの前ではクラウドが湯気の立つ床を見つめて立っていた。どこかぼんやりした姿が、しょぼくれたチョコボそのものだ。「クラウド？」
　少年は顔をあげ、少し複雑に顔をしかめた。「腕、痛い」
「腕？」ジャックは腰をあげ、近づいて少年の細い腕を取った。灰色の官服の袖がコーヒー色に染まり、ほんのりと湯気が立っている。
「どっかぶつけたか？」ザックスがさすがにばつの悪そうな顔をして近づいてきた。「そんなに激しくぶつかったようには見えなかったけどなあ」
「そうじゃなくて」クラウドは左手でぐっしょり濡れた袖を慎重にまくりはじめた。「火傷かな？」
「冷やせ、馬鹿！」ザックスは電光石火に少年を抱え、シンクに放りこんだ。
　あたりに水が散らばるほど思いきり蛇口を捻り、ザックスはクラウドの上半身をほとんど濡らしている。「うああああ、すっげえ真っ赤。相当、熱かったんじゃねえの？」
　ジャックはキッチンの下の戸棚を片っ端からあけてまわった。どこかに救急箱がないかと思ったのだが、考えてみればソルジャー部隊にそんなものがあるわけがない。「ボード、ディーク、とにかく、どっかから収斂剤(アストリンジェント(もらってこい、早く！」
　ばたばたと足音が重なった。四、五人が走っていったようだが、まあいいだろう。
「腕は動くか？」セフィロスがデスクから離れて近づいてきていた。
　おいおい、火傷ぐらいでそんなに心配するのか？
「動く」短く応えてから、クラウドはちょっと考えた。「けど、少し引きつる」
「剣は」
「持てるんじゃないか？」
「だめだ、だめ！」ザックスが反対した。
「だめって言っても……」クラウドは眉を寄せる。「明日からミッションだろ？」
「左手だけ使え」セフィロスが言った。「使っている得物は両刃だったな？」
「だあから、だめだ！」ザックスが大将から隠すように少年を思いきり引き離す。「このさい、剣は持たせねえからな。今回は銃もだめだ」
「なんで！」シンクに突っこまれたまま、じたばたとクラウド。
　セフィロスが無造作に手を伸ばし、ザックスからチョコボを取りあげた。「一日休めば、なまる」
「こいつはまだ成長期なんだよ。すぐ取り戻すって」再びクラウドをひっぱるザックス。
「ミッション中に丸腰では心許なかろう」空(あ(いているほうの腕をひっぱってセフィロス。
「おれがついててやるから」ぐいと引き寄せるザックス。
　あのよ、どうでもいいんだけど、手当てしねえのか？　ジャックは心の中で突っこんだものの、ふたりの剣幕になにも言えない状態だった。
「過保護というものだぞ」ぐい。
「そっちこそ、しつこい」ぐぐっ。
「あのさ……」クラウドがしかめつらをした。
「とにかく、こいつにも休みは必要だろうが！」ザックスは思いきり少年の身体を引き寄せた。
「充分休ませているはずだ」とセフィロスも腕を放さない。
　ごり。
「……っ」さすがのクラウドも思いきり悲鳴をあげたかったはずだ。
「あ……」ザックスがさっと青ざめ、セフィロスが片眉をあげる。
「……肩、外れたな、いま」ジャックはやっと口を挟んだ。
　ソルジャー同士が思いきりひっぱりあえば、いくら丈夫なチョコボでもそのくらいの怪我はするだろうに。この保護者たちはどこか抜けてるんだよな。
「ボードたちが走りまわっていたが、いったいなんの騒ぎだ？」めちゃくちゃグッドタイミングでアレンが執務室に入ってきた。その声に、ザックスと、そしてセフィロスまでもが、びくりと硬直したのは言うまでもない。
「これが火傷をな」セフィロスがしぶしぶというように口をひらく。
　いや、だからよ、大将、あんた、いま肩も外しただろうが。
「火傷？」アレンが上官を押しのけながらザックスと交互に見比べる。「ずいぶんつらそうだが？」
「いや、その……」ザックスがチョコボをぶらさげたまま、ごまかすように頭を掻いた。「不幸な事故が続いたっつーか、ちょっと熱血しちまったっつーか……」
「どう……でもいいけど……早く、嵌めてくれ……」チョコボが苦しげに呻いた。
　直後、アレンの叱責が延々と続いたのは言うまでもない。
　結局、クラウドは三日間、両腕使用禁止を言い渡され、ザックスとセフィロスには同日間、チョコボ禁止令が出されたのだった。

＊＊＊

「おれのせいじゃねええ！」
　雄叫びとともに波晄撃を繰り返すザックス。あたりのモンスターと森林を薙ぎ倒し、自然破壊をしまくったあげく、彼はやっとおとなしくなった。やれやれ、楽でいいんだけどよ、自然は大切にしようぜ、なあ。
「ったくよう、アレンも過保護ってーか、神経質ってえか……」
「初めに過保護にしようとしてたのはおまえさんだろうが」ジャックは深々と溜息をついた。「いちばん可哀相なのはチョコボだろうによ。いまも暴れたくって泣いてるぜ、きっと」
「悪かったよ」しゃがみこんで項垂れるザックス。「まさか、大将があんなにしつっこく放さねえとは思わなかったんだもんよ」
「よっぽど心配だったんだろ」
「いいや」力強く否定して、力いっぱい拳を握るザックス。「あんの馬鹿大将、てめえの遊び道具が壊れたと思ってあせっただけに違いねえんだ」
　ジャックは草や土をはたきながら立ちあがった。「とにかく、このあたりのモンスターは一掃、と。本部戻ろうぜ」
「おれ、大将と、つら合わせたくねえ」
「ガキみてえなこと言ってんじゃねえよ」
　ほれ、と促がしていると、樹間にクィンの姿が見え隠れした。むこうもこちらに気づいたようで、彼はまっすぐ下生えを蹴散らして近づいてくる。
「ボードのやつ、見なかったか？」
「いんや？」ジャックは記憶を掘り起こした。「確か、ディークと組んでたはずだぜ。なんかあったのか？」
「いやあ、チョコボの見張り、あいつの番なんだけどよ。時間になっても来ねえんだ」
　武器を持たせてもらえなくなった少年の警護と、その少年が暴れないようにするための見張りだ。人員をやりくりして、アレンがきっちりと当番を決めていた。
　そこまで神経使って守るぐらいならジュノンに残してくりゃあいいのにとは思うが、そうなるとセフィロスの大将権限でミッションそのものが延期になりかねない。結局、仕方なく連れてきたという具合だった。
「おい」ザックスが低気圧をまとったような声を出した。「ってことは、いま、誰があいつについてるんだ？」
「あ？」クィンは目玉をまわした。「ええと、その……」
　小柄なソルジャーを蹴り飛ばし、すぐさま駆け出そうとするザックスを、ジャックはすんでのところで引き止めた。「待った、アレンのお達しを破れば一週間おあずけ食らうぞ！」
「うっ……」ザックスはぴたりと凍りついた。
「俺が行く、俺が」ジャックはうんざりした気分を隠そうともせずに言った。「クィン、おまえさんはボードを捜してこいや」
　また森林にやつあたりを始めるザックスを背に、ジャックは駆け出した。
　まあ、過保護な御三方でなくとも、ひとりきりというのは心配ではある。この森のなか、無防備にチョコボを転がしておくと危ないことは確かなのだ。草原狼(カームファング(だの、緑猿(プラウラー(だの、ソルジャーからすればたいしたことのないモンスターの棲息地だが、それでも銃も持たないクラウドには逃げるにも少しきついことだろう。
　いつもならミッション中は常に大将がそばにいるので、どれほどの危険地域でも誰も心配しない。だからこそ、クィンもふらふらといつもの癖で離れてしまったのだろうが、いま、大将もザックスと同様の理由でアレンが注意深く遠ざけている状態だった。
　やがて、樹木のあいだに少しひらけた場所が見えてくる。
　本部というよりも無線機を設置しただけの空き地なのだが、その広場の真ん中でチョコボはつまらなさそうに足を投げ出して坐りこんでいた。むすっとした不機嫌そうな顔は、無表情な普段のものよりもいくらか年相応に見える。
　ジャックはほっとして、藪をかき分けようと身を乗り出した。
　だが、モンスターの影を認めて、彼は剣の柄(つか(に手をかける。
　空き地の左手からカームファングがのそのそと出てきて、堂々とそこを横切りはじめたのだ。
　ちくしょう、このへん、掃討済みじゃなかったのか？
　飛び出そうとした彼だが、後ろから乱暴に襟首を掴まれ、数歩後退してしまった。
　怒りとあせりで混乱したまま振り返ると、黒い鬼神がそこに立っている。「大将……」
「心配いらん」セフィロスはそっけなく言ってから、わずかに唇の端をあげた。「無防備なあれほど怖いものはないぞ」
　見ると、クラウドは先ほどの姿勢のまま、視線だけをモンスターに当てていた。狼は少し歩いては止まり、また歩いてはクラウドを見つめる。
　その一挙一動を、少年は凝視していた。
　ぴくりとも動かず、緊張しているふうでもなく。
「あれには俺でも呑みこまれる」
　ジャックはちらりと上官を見やり、そしてまたすぐに広場に向きなおった。
　モンスターはその持ち前の狂気を披露することもなく、捕食行動に出ることもなく、そのまま広場を横断して樹間に消えていった。クラウドはずっと動かず、それを目で追っていただけだ。
「あれにはモンスターも人間も変わらんのだ」セフィロスは続けた。「子どもだからな」
　そりゃそうだけど。
　セフィロスは目を細めてジャックを見おろしてくる。「おまえは、あれになにも教えるな」
「は？」
「おまえは防御が専門だ。あれに守ることを教えるな。守ることを覚えれば、あれは死ぬ」
　やっぱりよくわからねえな、この大将は。「ザックスには結構、寛大じゃないすか」
「仕方があるまい。最初に餌付けしたのはあいつだ」
　……あの、もしかして、あんたもチョコボ扱いしてるのか？
　ジャックは少し眩暈をおぼえながら、セフィロスのあとについて広場に足を踏み入れた。
「ストップ」クラウドが声をあげる。
　セフィロスが軽く吐息をつきながら立ち止まった。
「あ、ジャックはいいんだ」言って、クラウドは包帯でかためられた右手をちょいちょいと振る。「でも、セフィロスはおれの周囲十フィート以内に来ちゃいけないんだ。アレンが怖いもんな」
「ふん」
　ジャックは大将を追い越し、クラウドのそばに立って彼を見おろした。「いま、モンスター見てただろ」
「あいつが見るからだ」少年は狼の消えたほうへと首をめぐらせた。「気がつかないふりぐらいすればいいのに。腹減ってたら、おれ、なにか投げてたよ」
「なんでもかんでも食うなよ、おまえは」ジャックは溜息をついた。
　最初のミッションでも思ったことだが、こいつの腹はいったいどうなっているんだ。モンスターを平気で食べていて、身体に変調が起きないのかね。
　クラウドは頷いた。「うん。狼はまずいし」
「いや、だからさ……」そういう意味じゃねえんだってば。ジャックは脱力してしゃがみこんだ。
「うおーい」ボードが騒々しく茂みをかき分けてやってくる。「見っけたぜ、これだろ、おまえの言ってたキノコ！」
　大将を突き飛ばさんばかりに駆け寄ってくると、ボードは両手にいっぱいの黒っぽい植物をクラウドの目の前に落としてみせた。
「違う」と、クラウド。
「え？」ボードは顔をしかめた。「せっかく苦労して探したんだぞ」
「おまえさん、そんなことのために遅刻したのか」ジャックは少し恨めしげに同僚を睨んだ。
「へ？」ボードはジャックに目を向けた。「このへんはうまいキノコが生えてるって、こいつが言うからよう」それから彼は採ってきたものに指を突きつけ、クラウドに訊ねた。「食えねえのか、これ？」
「いや、大丈夫」そう応えながら、もどかしげに身じろぎするクラウド。「黒いところ、ナイフで削って。外の皮だけ剥くんだ。白いところは食べられる。ときどき、お腹壊すけど」
「壊すようなもんを、わざわざ食うことないだろ」ジャックはまた眩暈をおぼえた。「携帯食糧は？」
「あるけど」
　ボードのほうは腹くだし云々の言葉を聞いていないらしい。とっととナイフを取り出し、意気揚々と料理にかかっていた。
「そこじゃなくて、その灰色のところも取るんだ」
「少しぐらい大丈夫だろ？」ボードは野菜を乱切りにしかけた手を止めて大きく顔をしかめた。
「身体じゅう痺れてもいいなら、べつに構わないけど」クラウドはまた苛立たしげに身じろぎし、「ああ、もう、貸してくれ」とボードからキノコとナイフを取りあげた。
　手つきは乱雑そのものだが、捌くのは慣れたものだ。
　あっというまに白いふにゃふにゃした肉厚の野菜が山積みになっていく。
　そのあいだ、ボードはいそいそと焚火の準備をし、どこかから鍋まで持ってきたものだ。そしてジャックも、なぜかそれに巻きこまれて手伝う破目になった。だからよ、俺は食いたくねえんだってば、そんな得体の知れないキノコ。
　鍋の中にそれを放りこみ、岩塩の欠片と固形スープを投げこんでしばらく煮立てていると、「うまそうだな」という声がかかった。
　クラウドは木の枝で鍋の中身をかきまわしながら頷いた。「割といける」それから声の主を振り仰ぎ、突然、ぴたりと動作を止めたものだ。
　アレンがにっこりと微笑んでいた。「俺は、手を使うなと言わなかったか？」
　少し離れたところではセフィロスが他人のふりをしている。
　アレンはさらに少年の手にある武器を指し示した。「で、それはなんだ？」
「ナイフ」正直に答えるクラウド。
「ナイフも拳銃も、剣も、使用禁止と言ったはずだな？」
　青い目でアレンを恨みがましく睨みあげながら、クラウドはそろそろとナイフをボードに返す。ボードもアレンの怒りの矛先が自分に向かわないよう、祈る顔でそれを受け取った。
「あのさ」クラウドはそのままの姿勢で口をひらいた。「肩もとっくに嵌まってるし、火傷もだいぶいいんだけど」
「だめ」
「けち」
　ジャックは咳きこむふりをして吹き出すのをこらえた。大将に向かって馬鹿だの変だの言うのはともかく――意外にも、あの大将はそのへんは寛大だ――、このチョコボはやっぱり無敵だと思う。
「俺は三日と言ったんだ。あと一日だろうが」アレンは腕を組んで少年を睨みおろす。
「あと半日ぐらいにしてやったらどうだ」セフィロスが横から口を出した。
　が、例の魔晄キャノン級の視線が注がれ、大将も口を閉ざす。
　その一瞬の沈黙を突いて、どこかから火炎(ファイラ(の気配が漂ってきた。誰かが森林を焼き払いでもしたのだろう。まったく、どいつもこいつも、自然破壊をしまくることに命を賭けやがる。
　そんなことを考えていると、「どけええ！」とザックスの怒鳴り声とともに狼の咆哮が広場に飛びこんできた。
　アレンが咄嗟に身体を返し、黒髪のソルジャーの頭突きを避ける。ついで飛びこんできた狼の首根っこを素手で捕まえ、手近の木の幹に叩きつけた。そこへボードの雷電(サンダラ(が炸裂する。
　焦げくさい臭いを発して地面に落ちたモンスターを冷静に見つめてから、アレンが呆れたように溜息をついた。「モンスターに追いかけられるソルジャーなど、おまえくらいだぞ、ザックス」
「うっせえな」それからザックスは足をさすった。「ところで、おれ、なんか蹴っ飛ばしだけど、クラウドか？」
　見おろせば、火にかかっていたはずの鍋が転がり、そのわきでチョコボが左腕を押さえてうずくまっている。もちろん、ぐつぐつ煮えていた鍋の中身はあたり一面に散らばっていた。
　ジャックは、今後の展開がどうなるか想像したくなかった。
　アレンが一歩近づく。「ザックス……」
「……俺がやる」セフィロスが低く低く呟き、正宗が閃いた。
　さすがにザックスも事態を把握したらしい。慌てて手を振り、じりじりと退がる。「ちょ、ちょっと待て……事故だってば、なあ？」
　ジャックはボードとともに避難すべく、そろそろと移動を始めた。
　だが、いちばん最初にザックスを掣肘したのはクラウドだった。いきなり跳ねあがると、ザックスの首にまわし蹴りが決まる。鮮やかすぎて、ソルジャーの誰もが目を瞠ったものだ。「いいかげんにしろよな、この馬鹿ザックス！」

＊＊＊

　アレンの怒りよりも、セフィロスの脅しよりもなによりも、クラウドの激発はザックスをへこませたらしい。ミッションも終わりになる頃まで、猪ソルジャーはずいぶんとおとなしくなったものだった。
　ジャックにしても、クラウドがあそこまで声を荒げて怒ったのを見たのは初めてだった。どれほどソルジャーたちに玩具にされようが、からかわれようが――もっとも、からかわれていることに気がついていないときのほうが多いのだが――むしろ、のほほんとしていたチョコボがでかい声で怒鳴りまくり、しかも文句と同時に手も足もすべてザックスの全身にぶちこまれる様子を、彼はつぶさに目撃してしまったのだ。
　その勢いは、さすがのアレンでも止めに入ることができないほどだった。たぶん相当、この二日間で鬱憤が溜まっていたのだろう。自業自得とはいえ、ザックスにはかなりの同情を禁じえない。
　どんな意味があったのか知らないが、大将の言葉には同感だ。無防備なチョコボは怖い。なにが起こるかわからないから怖い。
　もう、あのチョコボからは玩具を取りあげないほうがいいだろう。どんなに物騒でも、ナイフぐらいは持たせておいたほうが安全だ。丸腰にして転がしておくと、こっちの命に関わってくるからな。
　そしてジャックはしばらくのあいだ、モンスターと仲よく戯れる黄色い鳥の夢を見つづけたのだった。

THE END.

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