IT HAPPENS ALL THE TIME

　ぎらつく太陽、きらきら光の撥ねる波頭。潮騒は誘うように甘く囁き、カモメはそれを伴奏にして軽やかに歌っている。これ以上ないくらいのいい天気だし、チョコボ連れて浜辺か埠頭で転がっていたい気分だ。
　それなのに、そのチョコボはアレンといっしょに端末の前、部屋のあちこちをひっかきまわしているソルジャーたちが持ってくる紙片を受け取っては画面に数字を打ちこんで、えらく忙しそうだった。そしてジャックもそれをのんびり見守っている暇もなく、アレンに仕事しろと追い出されたのである。
　ジャックはボードを引きずって、火薬だの銃弾だのをストックしてある部屋でむっつりしていた。なにが悲しくて、こんなとびっきりの昼寝日和に棚卸なんかやってなきゃならねえんだよ。だいたい、俺ら第一部隊(ザ・ファースト)のオフィスに、どうして手榴弾とかダイナマイトだとかがあるんだ？　それによ、どうせ何年も前から数量なんか変わっちゃいねえだろうに、どうして毎年毎年、数えなくちゃいけねえんだよ。
　もっとも、最近はわずかとはいえ銃弾の数だけは変化している。ミッションのたびにクラウドが補充していくからだ。とはいえ、一度につき一ケース消耗するかしないかなので、あの野生児の射撃の腕前がそこはかとなく知れるというものだ。
「Ｓマインが一ケース、か？」ボードが棚を覗きこみながら呟いた。
「数を言え、数を」ジャックは苛立たしげにペンで書類を叩いた。
「んな、埃被ってんだからよ。誰も手えつけてねえって」
「いいから、中身を数えろ」
　指の先だけを使って埃を避け、しぶしぶケースをあけるボード。「ひい、ふう、みいってな……二十……四、五」
　ジャックはペンをぼっきり折らんばかりに拳を握りしめた。「てめえなあ……」
「わかった、わかった。三十三、これでどうだ？」
「ふざけんな！」彼はボードの頭を蹴り棚のあいだに埋めこんでやった。「さっさと終わらせてえんだよ、俺は」
「ふざけてねえよ、三十三個だ、三十三」
「去年は三ダース、きっちりあったはずなんだよ」
　ボードは再びケースの中をひっかきまわす。「三十三、三十四、三十五……あれ、三十八」手にひとつ手榴弾を持ったまま、彼は困惑したように振り返ってくる。「俺は数字に弱いんだ」
　暗証番号を覚えられねえはずだぜ、このかぼちゃ頭が。「どけ、俺が数える」
　位置を入れ替わり、数えているうちに、ボードがぼんやりと呟いた。「この輪っか、なんだ？　外れかけてっけど」
　こいつ、手榴弾も使ったことねえのかよ？　ジャックは振り返り、そして凍りついた。
　ボードは片手に爆弾を持ち、もういっぽうの人差指はピンをまるで指輪のように嵌めていた。もちろん、それぞればらばらにだ。唯一の救いといえば、丸い爆弾の起爆部から飛び出している爪をしっかり握りこんでいてくれることだけだった。
「おまっ……そのまま、手え放すなよ！」
「手？」ぱっと広げ、彼は親指と人差指だけで爆弾をぶらさげた。
　我ながら、そのあとの行動は素早いと思ったものだ。書類とペンを放り出し、ボードに体当たりを食らわせ、その手から手榴弾をもぎり取って片足で窓枠ごとガラスを外へ蹴り出し、青空に向けて爆弾を放り投げる。
　いやあ、やればできるもんだ。
　ジュノン基地、ソルジャー棟と管理部のあいだにはちょっとした庭のような広場がある。非番の連中がよくたむろする場所なのだが、そこで午後の昼寝なり談話なり楽しんでいた兵士たちは、頭上でぼんと火薬の破裂する音を聞いたに違いなかった。

＊＊＊

　執務室にソルジャーが全員集められた。
　セフィロスの大将はデスクについて横を向き、のんびりとした雰囲気で煙草を吹かしている。
　その横にある端末の陰ではチョコボが震えていた。なにかに怯えているわけでも、叱られているわけでもない。少年は珍しく笑っていたのだ。
「クラウド」アレンがしかつめらしく注意するものの、少年の肩の震えは止まりそうにない。
　どころか、とうとう声を出して笑い出したものだ。「だって……どうやって書けばいいの、この始末書」
「とにかく、一行でもいいから入力しておけ」アレンが吐息まじりに呟く。
　まだくつくつ笑いながら、クラウドは震える指をなんとか動かした。「備品在庫調査中、Ｓマイン一個紛失でいいか？」
　アレンは頷くと、あらためて執務室内を見まわす。「さて」と集合させたソルジャー全員を剣呑な視線で丁寧に舐めていき、最後にはジャックとボードへ横目を流してきた。
　言っておくが、俺が紛失したわけじゃねえぞ。俺は事故を防いだんだ。むしろ褒めてくれよな。
「今度の件では、つくづく俺が甘かったと反省するところだ」アレンはおもむろに口をひらいた。「査定の時期だが、ミッションが重なって忙しかったので、今回も大将評価をそのまま人事部に提出しようと思っていた。が、気が変わった」
「ちょっと待て」ザックスが手のひらを見せて上にあげた。「ってことは、これまで大将の独断偏見で、おれらの給料が決まってたってわけかよ？」
「そりゃ横暴だ！」
「人事にたれこんでやる！」
「やかましい」セフィロスの低い声がそれ以上の抗議を封じこめる。
　アレンがじろりとボードを睨んだ。「まさか、危険物取り扱いの基本的なことさえ知らんやつがいようとは思わなかったからな。このさい初心に返って、査定評価のためのテストをする」
「どんなテストです？」ディークがのんびりと訊ねる。
「コンフィデンスコースを走ってもらう」
　一瞬、きょとんとした空気があたりを圧しつつみ、やがて爆発するようにソルジャーたちが口々に文句を言った。
「なんだそりゃ？」
「いまさらかよ？」
「なんで、んな訓練兵みたいな真似しなきゃならねえんだ」
「確かに、ただ走るのではおまえたちには訓練にもならん」アレンは腕組みをしながら頷いた。「二チームに分かれて競争してもらおう」
「ってもなあ……」
　ザックスが両手を大きく広げて肩を竦め、とっとと背中を向ける。「そんなばかばかしいことやるぐれえなら、大将の適当な評価でいいぜ、おれは」
「賛成」
「俺もべつにいいや」
「賞品つきならどうだ？」セフィロスがぼそりと呟き、ふうと煙を吐き出す。
　部屋を出ていきかけていたソルジャーたちが躊躇したように足を止める。
　アレンがちらりと大将を見てから、その横で事態を見守っている少年に目をおろし、やがてまた再び部下たちを見まわした。
「勝ったチームに一日チョコボ券」
　とどめだった。

＊＊＊

　いくつもの障害物を設置したコースを走って時間内にゴールする、これがまあ、いわゆる基礎的、かつ普及的な歩兵隊の訓練だ。何キロかの荷物を背負ったり、天候条件によっては異様に体力を使うコースになったりもするが、ようは高い壁を越え、ロープやら板やらを伝って走り、泥の中を這って時間を競うものだった。
　基地にはこのコンフィデンスコースが三種類ほど常設してあったが、アレンはそのどれも使わなかった。一週間後、引率の教師よろしくソルジャーたちを引きずって、ジュノン郊外、山裾にある少し入り組んだ地勢の場所へと移動したものだ。
「通常のコースではおまえたちには楽勝だろうからな。都市開発部門にも手伝ってもらって特別に造ってもらった」
　アレンの説明に、ジャックはげっそりとした気分を味わう。ボーナス査定のためだけに、どうしてそこまでやるかね。まあ、確かに基地内のコースじゃあ、俺たちには役不足だし、だいいち、ソルジャーたちの能力査定なんてものを一般兵がうじゃうじゃいるところでできるはずもない。間違って巻きこまれでもしたら大事故に繋がりかねないからな。
「もちろん、普通の障害物とは限らん」アレンは続けた。「チームを組ませるのだから、その障害物を取り除く作戦なりなんなり、その場で臨機応変に対処しろ」
　ボーナスの対象外である将官のふたりと軍属のクラウドは、この競争には加わらない。しぜん、チーム分けは五人ずつということになった。
　階級順に分けたので、必然的にリーダーはザックスとジャックということになる。ジャックのチームには比較的まとも（？）なディークとシュウが入り、比較的、問題児とされるボードとクィンを相手に押しつけることができたのはありがたかった。だが、あのふたりをザックスみたいなザル頭が制御できるはずもない。どういう妨害をしてくるか、ちょっと見当がつかないところが不安材料だ。
　もちろん、ジャックは勝つつもりでいた。
　一日チョコボ券。
　本人はなんのことやらわかってないようだが、それはソルジャーたちには完璧に通じる暗号だった。
　まる一日。大将にもアレンにも邪魔されず、あれで遊べるのだ。
　全員が燃えていたことは言うまでもない。まあ、呆れてくれても構わねえけどな。
「コースにはポールを立てているから、その通りに走れ。近道なんぞしようものならペナルティを課す」アレンの説明もほとんどが聞いていなかった。ジャックもザックスも、物騒な笑みをたたえて睨みあうのに忙しかったからだ。
「それから、ルールは実戦だ。どんな妨害対処法を使ってもいいが、いちおう殺すなよ」
「了解」全員の声がハモる。ソルジャーたちの歓喜まじりのその声に、そばにモンスターでもいれば慄えあがったことだろう。
「いまさらソルジャーに自信づけ(コンフィデンス)もねえだろうと思ったが、こういうのも楽しいな」ディークがぼんやりと呟く。
「いいか、クラウド、おれが勝ったら、ジュノンでもめちゃくちゃうまいレストラン連れてってやるからな」ザックスが少年の頭を撫でまわしながら猫撫で声で誘っている。「可愛い女の子のいる店があるんだ。紹介してやっからよ。だからな、点数を入力するときにゃあ、ちょこっとばかし、なあ？」
「おれ、べつに興味ないんだけど……」ザックスの腕の中で揺さぶられるままに溜息をつくクラウド。
　ジャックも負けじとチョコボを取りあげた。「俺が勝ったら、またデイトナに乗せてやるからな。今度は遠出しようぜ、遠出」
「ほんと――」
　しかし、商談成立前にアレンに横取りされた。「いたいけな青少年に裏取引を持ちかけるな」
　そのいたいけな青少年を、本人に断わりもせず賞品にしたのは誰だ？　恨めしげなソルジャーたちの視線を無視して、副官はチョコボをぶらさげたまま大きく片手を振った。「さっさと始めろ！」

＊＊＊

　まず聳える障害物は斜めに置かれた板の山。通常歩兵の訓練コースにもよくあるものだが、高さはその五倍。しかも取りつけるようなへこみもなく、ロープの一本もぶらさがっていないので、助走からそのままの勢いで駆けあがらなければならない。
　まずはディークが足をかけた。ついでザックス、シュウと、次々に障害物へ突進していく。が、登る途中でディークがいきなり空中に跳びあがり、後転した。
「でうわぁ！」ザックスがけたたましい悲鳴をあげ、滑り落ちてくる。その上にシュウが着地した。
「おい……」冷や汗をかきながらボードが呻いた。
「びっくりした」と戻ってきたディークが、のんびりと呟く。
　ジャックは障害物の足もとで、銀色にきらめく刃がするすると板目のあいだに引っこんでいくのを見やった。
「特別仕様だと言っただろうが」アレンが拡声器で怒鳴ってくる。「さっさとクリアしないと、タイムオーバーで全員降格だぞ」
「ふざけんな――」ジャックは障害物のつるつるした面を蹴飛ばし、途端に飛び出してきたナイフを慌ててよけた。
「ちっくしょ」ザックスがいきなりクィンの襟首を捕まえ、大きく身体を反らす。「いっけえ！」
　高く放り投げられた小柄なソルジャーは、いきなりのことで初めは悲鳴を発したものの、咄嗟に一回転して山の頂上に着地する。と、その足もとから無数の剣山が出現した。クィンは驚いて跳びあがり、むこう側へ転がっていった。
「おっしゃ、ひとりクリア」ザックスが勝ち誇ったように拳を握ってガッツポーズをする。
「しゃあねえな。シュウ、先陣頼む」ジャックは囁いた。
　ウータイ人が頷き、ととんと駆けあがる。ランダムに飛び出してくる銀色の刃を、そのつどよけ、それをさらに踏み台にして、あっというまに登っていった。
　頂上のむこうへシュウの姿が消えると、すぐに細い銀色のワイヤーが降ってきた。
「てめえ、そんなんありか？」ザックスがボードを放り投げようとした姿勢のまま顔をしかめてくる。
「へっ、チームプレーってなあ、こういうこと言うんだよ」ワイヤーを握って駆けあがりながらジャックは叫んだ。
　途中で剣刃が飛び出してくるものの、それをよけて跳びあがったり左右にずれたりしても、ワイヤーのおかげでそれ以上落ちることもない。最後の剣山を越えてむこう側へ滑りおりると、すぐ次々とチームの連中が到着する。
　ワイヤーを回収しようとして、シュウが難しい顔をした。おそらく、山のむこうからザックスがひっぱってでもいるのだろう。
　ディークが無言のうちに剣を閃かせ、ワイヤーを切り離した。
　障害物のむこうでザックスの悲鳴。
「放っとけ、行くぞ」ジャックは駆け出した。
　と背後で、めき、といやあな音がする。
　振り返ると、ソルジャー用に頑丈に造られたはずの障害物が異様な形にひしゃげつつあった。
　めきばき、ばき、どがっ、と騒々しい音を立ててそれは左右に割れ、ついでに地面に押し倒される。
　仕掛け刃を蹴散らしながらザックスが突進してきた。「実戦ルールだったよな！」
　そりゃな。アレンもどんな対処法を使ってもいいと言ってたよ。だけどな、そりゃ、ちっとやりすぎじゃねえのか、馬鹿力め！

＊＊＊

　コースは森の中に入っていた。
　この頃になると、ようやくチーム対抗という雰囲気もできあがり、全員が抜剣して余裕があると斬り結んでいる。ときおり魔法もはじけはしたが、マテリアに集中しているときに斬りつけられてはたまったものではないので、あまり頻度は高くなかった。
　夏草の生い茂る獣道をポールの示すがままに走っていると、視界の隅にかすかに動くものが映った。
　一瞬、モンスターかとの疑念もよぎったが、連中と出会ったときのなんとも言えない闘気とも狂気ともつかないあの感覚がないので、どうやら違うものらしい。
　と考えているまに、すぐ前を走っていたシュウがいきなり止まった。
　当然、玉突き事故が発生する。
　ジャックはシュウの背中にそのままぶつかり、そのあとをザックスが突っこんでくる。ついでに、ボードだのクィンだのがのしかかったものだ。
　文句を吐き出すほど呼吸を確保できず、ジャックはじたばたと手足を振りまわした。ちくしょう、こんな格好で窒息死だなんて冗談じゃねえぞ。
「……猫だ」ジャックの下から器用にもがき出ながらシュウが呟いた。
「あ？」身を起こしながらザックスが眉をしかめる。
　シュウは四つん這いのまま、そろそろと音を立てずに一本の樹木へと近づいていった。「来い来い、黒猫ちゃん」
　指を折り曲げて誘うその先には、毛並みのよさげな黒猫が一匹。
　ジャックは溜息を抑えた。「山猫構ってる暇がどこにある――」
　ところが、その猫がいきなりメガホンを取り出したのだ。
　……なんだ？
「モーグリ部隊、突撃や！」
　その号令が猫の口から発したものだと気づくのに数秒間を必要とした。……喋るとは思わなかったぜ。
　がしゃがしゃと、えらくものものしい音を立てて周囲の藪から出現したのは、白く丸いボディにばかでかい手をつけた、通常の何倍もの大きさのモーグリだった。それも五体。
　どこかから遠隔操作されたロボット部隊というところか。あの黒猫も作りものだろうが、なんだってロボットがロボットを操るんだ？
　ザックスが大剣を構え、シュウも素早く起きあがる。ソルジャー全員が闘気を発したが、それは長く続かなかった。
　ディークが剣をおろしながら泣きそうな声を出す。「やる気になれねえ、あのまぬけづら……」
「これも自信づけ(コンフィデンス)の仕掛けか？」
「いったい、誰のアイデアだ？」
「こんな凝ったいやがらせ、アレンでもやらねえよ」
　モーグリが大量に押し寄せてき、その痛そうには思えないふわふわの大きな手で片っ端からソルジャーたちを叩き出す。
　クィンが、ばふんとパンチを顔面に受けながら泣き笑いした。「どうすりゃいいんだよ、これ？」
「実戦ルールだったよなあ？」ボードがぶち切れたような震える低音の声で呟いた。「防御(マバリア)よろしく、重力(グラビラ)！」
「でえ!?」
「ぐわ！」
「冗談やめろ！」
　叫んだのはロボットたちではなく、そのそばにいたソルジャー数名だ。もちろん、ジャックも巻きこまれたくちだった。
　ボードの魔力はアレンに次ぐ。まともに加減乗除ができなくてもソルジャーにはなれるといういい例だ。その魔力でいきなり何倍もの重力を生じさせたのだから、たまったものではない。
　ジャックはブラックホールでもできんばかりに偏った重力に対抗して、どうにか身体を支えながら叫んだ。「てめえ、あとで憶えてろよ！　その口に、いやってほどＳマイン突っこんでやるからな！」
　重力で限界まで引きつれた空間がはじけ、モーグリロボットとソルジャーとがいっしょにあたりに散らばっていく。あまりに強い重力偏向があったためか、ロボットたちの人工知能はがたがたで、五体満足なボディを持っていてもまともに動けないようだった。
「ふぎゃう」猫が轢き殺されたような悲鳴があがり、ジャックは息を切らしながら肩越しに振り返った。
　えらく物騒な笑みを浮かべたまま、ザックスが黒猫を踏みつぶしていた。

＊＊＊

　今度は岩場だった。コースはちょっとした谷のように亀裂のある場所をジグザグにおりて、また登るように決められている。一望したところ、人工的に作った仕掛けは見あたらなさそうだし、どこかに伏兵がある様子もなかった。
　ジャックは目で合図して、またシュウを先に行かせた。斥候任務に長けたウータイ人は、岩場をとんとんと無造作におりていく。いや、あれでも慎重にやっているのだが、無表情どころか所作もぶっきらぼうなのだ、あいつは。
　ザックスのほうもクィンを先におろしている。さすがに大味な中佐でも、また変な仕掛けにぶつかるのはこりごりだと、やっと学習したらしい。
　と、シュウがまたぴたりと止まった。
「おい？」ジャックはいやな予感をおぼえながら声をかける。
　彼はしばらく応えず、やがて姿勢を変えずに顔だけでこちらを振り仰いできた。「……地雷だ」
　この硬い岩地に埋めこむとは根性あるな。ジャックは吐息をついた。「本物か？」
「さあ？」と首を捻るシュウ。
　それとほとんど同時に、別の場所でクィンが吹っ飛んだ。岩が飛びあがり、それとともに小柄なソルジャーが谷のむこうへと消えていく。悲鳴は聞こえなかった。
「大丈夫かな」ディークが少し心配そうに言った。
「まあ、生きてはいるんじゃないか？」
「俺はどうする」シュウがこちらを見あげて訊ねてきた。
　地雷の起爆タイプが加重式ではなく、単純なスイッチだったことは幸運だったかもしれない。が、シュウは二進(にっち)も三進(さっち)もいかない状態に陥っていた。スイッチを踏んでしまったからには、少しでも足をずらせばその場で爆発が起きるだろう。
「そのまま、じっとしてな」叫んで、ザックスが躍りあがる。「行くぜ！」
　黒い狼のようなソルジャーのそのごつい軍靴は、シュウの頭を遠慮なく踏みつけていった。
「ひっでえ」非難しながらも、ボードも同様の道筋を辿る。
　ジャックは一瞬手を合わせ、跳び出した。「すまん、あとで回収してやるから」

＊＊＊

　山裾の森から岩地へ、そこからさらに小高い丘にさしかかる。日はとっぷりと暮れていた。
　いや、さすがにソルジャー仕様のコースだけあるな。普通の兵士なら、抜けるのに一か月はかかる。自信どころか、体力も気力もなくなっちまうだろう。彼らでさえ、いまもシュウやクィン、そのほか二名ほどが脱落していた。
「あと、どのくらい障害物が残ってるんだ？」ジャックは誰にともなく呟いた。
「知るかよ」隣で走りながらザックスが唇を歪める。「だがな、クラウドで遊ぶのはおれだあ！」
　言い捨てて、いきなりダッシュする黒髪のソルジャー。
「てめ、いつも構ってるくせに、なに言ってやがる！」ジャックも地面を蹴る力をこめた。
　ガガガガガガ！
　いきなりのマシンガンの掃射音に、ザックスもジャックもその場から跳び離れる。素早く視線をめぐらせると、丘の上少し盛りあがったそこに、地面に固定した機銃が月明かりにきらりと光った。
　まあ、それはいい。そのくらいならあたりまえの障害だと思う。だが、その武器を操っている人物が問題だった。
　いったん射撃を止め、機銃に両肘をついてこちらを見おろしてきたのは賞品であるはずのチョコボ頭。月明かりで異様に白く見える顔は、いつも以上に物騒だった。
　ザックスもジャックも同時に声にならない悲鳴をあげたものだ。
　ボードが指を突きつける。「クラウド、おまえ、なにやってんだよ？」
「アレンに、ここで待ってろって言われたんだ」少年は面白そうに青い目をきらめかせた。「本気で狙っていいとも言われてるんだけど、どうする？」
「どうするじゃねえええ！」ザックスが両手で頭髪をかきまわす。「おめえの狙撃をかわせるやつが、どこにいるんだよ！」
「だから機銃にしただろ。反動が強すぎて外れることがあるかもしれないよ？」
　背筋が凍るほど、にこやかな笑み。おまえ、この場面でその顔は大罪だぞ、クラウド。
　少年は本気で楽しんでいるようだった。「それとも狙撃銃(ロングバレル)にしようか？　いちおう持ってきてるんだけど」
　だめだ、この障害物は、ただじゃクリアできねえ。ジャックはそろそろとディークを引き寄せた。「犠牲になってくれるか？」
「怖えよ」
「わかってる」
「てめえ！」ザックスがクラウドに向かって怒鳴った。「それでも友達か？　ジャックはともかく、おれに勝ってほしくないのかよ！」
「おれ、ここで全員足止めできたら、アレンにデイトナ買ってもらえるんだ」
　その場にいたソルジャー全員が卒倒しかけたはずだ。
　あの陰険閣下！　裏取引するなとか言っておいて、自分はしっかりチョコボを飼い馴らしてやがる。
「ああ、そうかい、そうかよ」ザックスが全身から怒りのオーラを発した。「手加減しねえからな、覚悟しやがれ！」
　ザックスお得意の波晄撃。青い光の刃が地面すれすれを走り、砂塵を巻きあげながらクラウドに迫った。クラウドも剣を抜く。その柄(つか)のマテリアがきらめいた。
　ふたつの波晄がぶつかりあい、消えるのも待たず、クラウドは片手で機銃をぐるりとまわす。
　何十発もの弾がソルジャーたちの足もとに撃ちこまれ、彼らを踊らせた。
　と、ザックスの派手なアクションに紛れてクラウドに近づいていたディークが、月光の中に躍りあがった。振りおろされる剣をからくも自分の刃で防ぎ、しかし、クラウドは機銃から突き放される恰好になった。そこへ、ひとり、ふたりと、ほかのソルジャーたちが次々チョコボに飛びかかっていく。
　その隙にジャックはダッシュをかけた。本気で相手をすれば少年を押さえることぐらいはできるだろうが、それでは時間がかかりすぎる。ディークやボードたちには悪いが、先に行かせてもらうぜ。
　まったく、なにが怖いって、ソルジャーどもの誰もあのチョコボを殺せないことなんだよな。なんでか知らないが、ほんと殺せねえ、勝てねえって、本能が囁くんだよ。
　ザックスもソルジャーたちのあいだを、そしてちょこまかと暴れているクラウドの横を、わき目も振らず素通りしてくる。
「あっ、ちくしょう、逃げられたじゃないか！」クラウドの悔しげな声が彼らの背中にぶつかってきた。

＊＊＊

　そろそろ出発した地点だ。もう、なにも出てこねえだろう。
　そう考え、ジャックはラストスパートをかけた。ザックスも負けじと速度をあげる。
　結局、彼らふたりのほかはクラウドにほとんど足止めされたらしい。追いついてくる気配はひとつもない。四人のソルジャーを相手にして、クラウドもよく頑張ったものだ。まあ、おおむね、あのチョコボは一対多数の混戦が得意なんだけどよ。
　月明かりの草原、高速道路の車並みのスピードで走るソルジャーふたり。……あまり風情はない。
　とにかく、あと何キロかで終わる。終わってくれ。
　もはやなにを賭けて走っていたのかも忘れるほど、ジャックは精神的に疲れていた。
　夏の終わりの少し涼しい風が、さすがに汗ばんできた彼の肌をなぶって通りすぎる。ボーナス査定だろうがチョコボだろうが、どうでもいいや。さっさと終わらせてえよ。
　ぼんやり浮かぶ地平線にコースを示す蛍光塗料の塗られたポールが点々と立っている。その消失点にひとつの人影。
　ちくしょう、アレンめ。てめえはいいだろうさ。のんびりそういうところで採点して、大将のお守りして、適当にチョコボを構って、けどよう……。
　ジャックは突然、自分の頭の中が真っ白になるのを意識した。
　ザックスと同時に足に急ブレーキをかける。地雷でも踏んだかのような土煙が立ち、草と砂と小石があたり一面に散らばった。どうでもいいが、大概、神羅の軍靴は丈夫だ。
　砂煙の収まった草原。煌々と輝く黄色い月の下。対峙するはソルジャー三人。
　彼らの前に立っていたのは副官ではなかった。
「まさか……」ザックスが呟く。
「冗談だろ」同時にジャックも慄えた。
　銀色の長い髪を風に揺らしながら、セフィロスは正宗をゆっくりと抜いた。クラウド以上に妖艶で白い細面が物騒な笑みを浮かべる。
「あんたがラスボスかい、大将！」ザックスが悲鳴まじりに叫びながら背中の大剣を構えた。
「なんでだよ！」半分泣き声になりながら、ジャックはつられて剣を抜いてしまう。
「突破できれば一階級特進だそうだ」セフィロスが事務的な口調で呟いた。待ちくたびれたような、退屈したような声の中に面白がっている気配がある。
「てんめえ」とザックスが破れかぶれになったように指を突きつけた。「アレンに、なんて言って買収された!?」
　セフィロスはおもむろに刀を掲げる。その薄い笑みが月明かりに映えて、このうえなく不気味だった。
「俺も、一日チョコボ券は欲しいのでな」

＊＊＊

　結果は言うまでもないだろう。大将のひとり勝ちだ。
　アレンは脱落したソルジャーたちを拾ってまわり、その時点でもまだ暴れていたクラウドをおとなしくさせることに粉骨砕身し、どうにかこうにか満身創痍の連中を引きずって帰ってきた。
「クラウドに足止めされた連中まではまだいい。それ以前に脱落者が出るとはな」副官は手厳しく評定をくだしたものだ。「次のミッションは、おまえたちが先鋒に出ろ」
「へーい」クィン以下、四名が力なく項垂れる。
「ちなみに」溜息をつきながらアレンは続ける。「全員、完走できなかったわけだが、なにか言うことは？」
「できるかよ！」ザックスとジャックは同時に叫んだ。
「頼むから、今度コンフィデンスコース走るときには、クラウドと大将は外しておいてくれよ」ディークが本気で泣きごとを洩らす。「かえって自信なくすぜ」
「ということは、もう一度挑戦する気はあるのだな」アレンの言葉に全員が必死でぶんぶんと首を振る。だが、彼は遠慮しなくていいと言わんばかりに微笑んだ。「都市開発部門のリーブ部長もいろいろアイデアを出してくれるそうだから、仕掛けには事欠かないぞ」
　ソルジャーたちのあいだから低い笑い声が洩れる。
「なるほど、あいつか……」
「へへへ、憶えてろ」
「さて」とアレンが手を叩いた。「明後日、一五〇〇に輸送機(ゲルニカ)でジュノンを出発する。それまでは自由にしていい」
　口々に歓声があがる。やれやれ、やっと解放されたって気分だぜ。
「ただし、ボードはクラウドが用意してくれた始末書に署名を入れて管理部に自分で持っていけ。ザックス、ジャックは、今回のチーム代表として報告書を作成」
「なんだよそれ？」ザックスが非常にいやそうな顔をする。
「おまえたちは確かに最後の障害まで辿りついた」アレンはしかつめらしく頷いた。「だが、それではチームで走らせた意味がないだろうが。部下を脱落させて平気な顔をしているようでは、指揮官としての自覚が足りん」
「うあ……とばっちりだぜ。まったくよう」ザックスが恨めしげにボードを睨みつける。
　そうだよな。もとはといえば、あいつが馬鹿やらかすから、こんな騒ぎになったんだ。全員がとばっちりを受けたようなもんだぜ。
「ああ、そうだ」アレンは軽く溜息をつきながら金髪の少年を見おろした。「クラウド、おまえは明日一日、セフィロスに従うこと。そのほかの事務やらなにやら、やらなくてよろしい」
　チョコボは首を傾げた。そうだよな。いちばんのとばっちりを受けたのはこの少年だ。
「べつにいいけど」クラウドはなにを思ったか、じろりと大将をねめつける。「アレン、こいつ甘やかしてないか？」
　室内に微妙な沈黙が訪れた。
　いや、アレンが甘やかしてるのはおまえだけだと思うぞ、クラウド。
　セフィロスは椅子をくるりとまわし、窓の外へと煙草の煙を吹かしつける。
「なんだ？」アレンが眉を寄せた。
「このあいだのミッションの報告書、まだできてないんだけど」クラウドは一本、二本と指を折った。「それから、ボーンビレッジの地域調査結果報告書にも記入漏れがあっただろ。あと、コレル魔晄炉のモンスター調査依頼がまわってきたけど、ろくな理由もなく突っ撥ねたから、きちんと書類にしろって管理部からうるさく言われてるし」
　おお、さすが補佐官の鑑。ジャックは内心で拍手した。よくもまあ、アレンでさえ忘れてる書類の状況を把握しているもんだ。
「セフィロス？」アレンは椅子越しに大将へ視線をやった。
「……知らんな」
「おれ、ちゃんと全部伝えたぞ？」クラウドが主張する。
「大将閣下」アレンはにこやかに微笑んだ。この副官が馬鹿丁寧に呼びかけるときは要注意だ。「明日までに補佐官の言った書類をすべて整えてください。いいですね？　それから」
　そして彼はおもむろに告げた。「チョコボはおあずけ」

THE END.

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