前編
夏だ。
だからといって、なにがどうしたというわけでもないが、とにかく夏なのだ。当然、暑い。
ジャックはぐったりとして、談話室の隅にあるタタミの上で寝転んでいた。エアコンは故障、窓をあけたって風ひとつ吹きやしない。
ソルジャーとはいえ体感温度を完璧に無視できるわけではなかった。たんに、それによって体調が変化するとか、汗が出てくるとか、熱中症になるとか、身体機能には阻害がないというだけで、気分は普通の人間と変わらないのだ。
むしろ気分だけでも堕落していたほうが、季節感も出てくるってものだろう。
仕事？ そんなもの知るもんか。やらなきゃならないことなんて、このジュノンじゃほとんどない。のこのこ執務室に顔を出したって、どうせあのやかましい連中の補導にと、アレンにこき使われるだけだ。ときたま巻きこまれて、いっしょに叱られるぶん、割に合わねえんだよな。ちくしょう、それにしたって、夏なんかちっともいいことがない。毎晩毎晩、花火あげてなにが楽しいんだか。
ごろごろとサボりを決めこもうとしていたジャックの耳に、わいわいがやがやと、やかましい騒音が団体で押しかけてくる。
そしてドアがあいた気配。ジャックは間髪入れずに叫んだ。「おれは昼寝中だ、騒ぐんならほかでやってくれ」
しばらくすると、彼は蹴り転がされた。でかい図体した連中がうじゃうじゃと増殖して部屋じゅうに棲みつき、タタミの上にはシュウがどっかりと坐って、ジャックの寝床の真ん中に居坐ってしまう。
「ちくしょう、なんだよてめえら、訓練施設でひと汗流してたんじゃねえのか？」ジャックは起きあがりながら文句を言った。
「それがよう、またまた大将に追い出されてさ」ザックスが鬱陶しそうな髪の毛をがしゃがしゃかきまわしながら不機嫌に呟く。「なんでクラウドの訓練、覗かせてくれねえんだろうな」
「たんに独り占めしてええんだろ」
「そうそう、チョコボ、可愛いもんなあ」
「怒らせなきゃな」
「ミッション中は結構、自由に組ませてもらえるけどなあ」
「そうだったっけ？」
「こないだ、おれが連れてこうとしたら、アレンまでついてきたんだぜ」
「だいたい、過保護すぎだっての」
そのうち、いかにして大将からチョコボを奪うかという話になってきたと思ったら、いきなりザックスが叫んだ。「おう、思い出した！」
また、ろくなことじゃねえんだろうな。ジャックはいちおう彼に反応してやった。「なにをだよ？」
「誕生日だ！」
「誰の」
「クラウド。あいつ、十一日に十五になるんだぜ！」
一瞬の沈黙ののち、ソルジャーたちがどよめいた。
「十五？」
「そんなに年食ってたか？」
「おれ、もっと行ってるかと思ってた」
「ってか、幼年学校卒業したんじゃなかったか？」
「本物のお子さまだったのか」
「チョコボは歳を取らないものだと思っていた」シュウがぼそりと呟き、さすがに全員の呆れ顔と向きあうことになる。「いつまでもチョコボでいてほしいのだが、無理だろうか」
「年食ったって、チョコボでなくなるわけじゃねえだろうがよ」
「いや、あれはでかくなるし」
「そうだな。ちっこいから遊びがいもあるってのに」
「すえは大将だ！」ザックスが、どんとテーブルを叩く。「だから、そうなる前にだな、ここらでめいっぱい可愛がってやらねえと。なあ、そうだろ？」
周囲にぐるりと視線をやって同意を求めれば、ボードもクィンも力強く、ディークはしぶしぶと頷いている。
ザックスは最後にジャックのほうへ、じと目を向けてきた。「ひとり、涼しい顔してんじゃねえよ」
「暑くてだれてるんだよ、おれは」
「そういや、なんでエアコン点けねえんだ？」
機械のほうを振り返ったザックスの後頭部を、ジャックは思いきり蹴りつけてやった。「てめえが壊したんだろうが、もう忘れたのか、このかぼちゃ頭！」
ザックスはよろめき、クィンの首筋に肘鉄を打ちこむ恰好になった。のけぞったクィンはシュウに頭突きをかけ、シュウはそのクィンをはたいて横にのけ、ついでにボードを突き飛ばす。そのまま連鎖していく暴力は、ついにひとりかふたりを窓から外に放り出すことになった。
ああ、きっと何年経っても、こいつら、変わらねえだろうな。
＊＊＊
「誕生パーティー？」アレンが大将にデータディスクを渡しながら振り返り、眉を寄せた。「クラウドのか？」
「決まってるだろ。おれがやろうってパーティーの主役の座に、ごついこいつらが坐ると思ってんの？」ザックスが代表として胸を張り、後ろに並んでいたシュウやボードを身振りで指し示した。
なぜかジャックも巻きこまれていたが、まあ、ほかならぬチョコボのためだ。ひとくち乗ると約束せざるを得なかった。
「なぜ、わざわざ本人を追い出して話す」アレンは訝しげにドアのむこうを透かし見た。
「だってよ、こういうのはびっくりさせるのが定石だろ」
「勝手に定石にするな」アレンは腕を組み、ザックスを睨みつけた。「だいいち、おまえの企画するものは怪しくていかん」
「どこが怪しいんだよ」
「このあいだ、入隊祝いだと言って、ひと騒ぎ起こしただろうが」
ジャックは眉をあげ、ザックスを横目で見やった。なんだよ、いつのまにそんなことしてたんだ。そのうち、アミューズメントとか健全なところに連れてってやろうと思ってたのに。こいつじゃあ、どうせ食うところか飲むところがせいぜいだろう。
アレンは続けた。「そのときも本人に内緒にしていたのだったな。おかげで強引に迎えに行って強盗と誤解され、あげくの果てに、おまえ、いくつ痣を作ったか忘れたのか」
「いや、あれは作戦がまずかったんだ」ザックスは力説した。「あいつがすでにパジャマ姿だとは思わなくて、着替えさせる手間がかかったし、あいつのほうが寝ぼけてたうえ、おれ、覆面してたしよ」
なぜ覆面？ ジャックは足もとの床に無言で問いかけた。いったい、どういう歓迎パーティーをやるつもりだったんだ、ザックス？
「今度は大丈夫。夜中じゃなくて昼間やることにしたんだ」
「そういう問題か？」アレンは溜息を抑えるようにひと呼吸おき、やがて、しぶしぶといったように頷いた。「まあいい、基地内でやるぶんには構わん――」
「いつだ」
大将の声に、全員が彼に向きなおる。
「十一日」ザックスが応えた。「だからよ、その日は訓練はなしってことで――」
「残念だな」とセフィロスはディスクを端末から抜き取り、アレンに放り投げた。「ミッションだ。今夜二一〇〇に、ジュノン空港、第三ハンガーに集合」
「ええ？」ザックスが嫌そうに顔をしかめる。普段なら、だらけたジュノンの生活に、あばよ、さよならと喜んで出かけるものだが、お楽しみを取りあげられては、やはり抗議したくなるらしい。「なんでだよ。一週間もねえじゃねえか。そんなに早く終わるミッションか？」
「やかましい。命令だ」煙草をくわえ、火を点けながら、セフィロスのもういっぽうの手はまだ端末を叩いている。やがてプリントアウトされた紙を引き破り、再びアレンに突きつけた。「こいつを手配しておけ」
アレンはそれを受け取りながらも、気味悪そうな目で大将を見つめた。まあ気持ちはわかる。これまでこの大将が、出発前になにか準備するなんてことをやった試しはない。いつだって、輸送機(ゲルニカ)や補給の手配はすべて、アレンが自主的に調えていたのだ。
しかしアレンは紙片に目を落としてわずかに眉を寄せると、すぐさま表情を消した。そのまま事務的に、「了解」と呟くと、ソルジャーたちに向きなおる。「ディーク、あとでリストを渡すから物資の手配を頼む。ほかは二一〇〇移動開始だ。遅刻は認めんぞ」
＊＊＊
草原と、森と、岩場と。峻厳な山こそないが、ミディールは緑豊かな島だった。
温暖気候の常春の国。ここは南半球、いまは冬。
ジュノンの、海からの湿った風が太陽に燻されて、めちゃくちゃ暑苦しい空気を作っているのとは雲泥の差だ。天国と地獄とはこのこと。とにかく、ここは楽園だった。
つまらないモンスター狩りとはいえ、ここでのミッションを選んでくれた大将に、感謝の祈りを捧げたいくらいにジャックは感動していた。
チョコボも暑苦しい夜から解放されて、なんだか元気に走りまわっている。いまもアレンに呼ばれて、嬉しそうにひょこひょこ崖下のテントに潜っていった。
ジャックはまばらに生えた潅木のあいだをざっと眺めまわし、担当地区を配分しあっているのだろうソルジャーの団体を見つけた。誰と誰が組むか、特に大将やアレンからの指示がなければ、みな自由にパートナーを組むのが通例だ。
ザックスやボード、シュウが、こっそりと仲間たちを集めて円陣を組んでいたそこへ、ジャックは近づいていった。
「いいか、おれはまだ諦めたわけじゃねえ」ザックスが厳かに宣言している。「今度のミッション、なにがなんでも五日以内に終わらせてジュノンに帰るんだぞ。そんでもって、びっくりパーティーだ。だから、まだクラウドには内緒にしろよ。絶対だぞ」
「おう、極秘ミッションだな」
「大将にも、アレンにもばらすなよ」
「なあ、おまえら……」ジャックは溜息を抑えて口を挟んだ。「いい歳したごっついやつらが、ぼくたちだけの秘密だねなんて言ったって、可愛くもなんともねえと思わねえか？ むしろ、このうえなく不気味だ」
「だってよう」ザックスが背筋を伸ばして振り返ってくる。「去年はおれ、ろくに祝ってやれなかったんだよ。書類見て知ってたってのにさ。あとでチョコボの貯金箱をプレゼントしてやったけど、こう、なに考えてんだってな目で見られちまって」
そりゃ、さすがにクラウドでも、あてつけかって思うんじゃねえか？
「だからな、今年こそはタイムリーに、誕生日おめでとうって言ってやりてえんだ」
「だったら当日、言うだけ言ってやったら」クィンが肩を竦めた。「あとでプレゼントやるから、なにがいいって訊くことぐらい、できるだろ」
「クラウドのやつ、ものを欲しがらねえんだ」ザックスはつまらなさそうに口を尖らせる。「あいつの故郷、なんにもなかったらしいからよ。慣れてねえんだと」
それで、そのときだけ楽しめるパーティーって話になるわけか。ジャックはやれやれと溜息をついた。「どっちにしろ、このミッションが終わらなきゃ、どうしようもないだろ。組み分け決まったのか？」
「いつもどおり、適当でいいだろ」ザックスは指を立ててソルジャーたちをぐるりと指し示す。
「なあ、おれ、ザックスと組んでいいか？」
「おれはいろいろと準備をだな」ザックスが反射的に応えてから、まばたきしつつ振り返る。ついで視線をおろした。
ジャックもチョコボ頭を見おろした。
いつのまにか彼らの背後にいたクラウドは、「そっか、しょうがないな」と言いながらディークに向きなおる。「組んでくれるか？」
「いいぜ」
「ちょちょ、ちょっと待った」ザックスが慌てて手を振る。「なんでおまえ、大将は？」
「なんだか知らないけど、やることがあるんだって」それからクラウドは、びしりとザックスに指を突きつけた。「現場指揮はザックスに頼むって、アレンから伝言。例のことに間に合わせたかったら、とっとと螺旋蜥蜴(スパイラル)の巣を叩きつぶしてこいって言ってた」それから彼は、まさにチョコボという具合に首を傾げる。「例のことってなんだ？」
「ああいや」ザックスはにやにやした。「なんでもねえよ。アレンと、ちと約束事があってよ。ま、気にすんな」
「大将とアレンはなにしてんだ？」クィンが興味深そうにテントのほうを振り返る。
「またミディールの住人代表だかなんだかと、ごちゃごちゃ言ってるんじゃねえの？」ボードが万歳するように手をあげた。
確かに、今回は特にアレンのところに出入りする住人が多いように思う。モンスターが多くてしょうがねえって神羅に要請しておきながら、いざソルジャーたちが土足であがりこんでくると大抵、住民たちは落ち着かなくなるもんだ。
しかし、おれの見るところ、これまで剣呑に苦情を言いに来ているという顔をしたやつらはいないんだよな。なんか変だぜ。
「んじゃ、おれらは気楽にモンスターで遊びに行きましょ」ＧＯサインを出しながら、ザックスがクラウドの腕を引いて森のなかへと分け入っていく。
「おれと組むはずだったんじゃ？」取り残されたディークが、ぼんやりと自分の顔を指さした。
＊＊＊
螺旋蜥蜴(スパイラル)というのは、あの小さな爬虫類同様、すばやく動くモンスターだった。硬い殻を帷子(かたびら)みたいに背中に重ねており、非常に頑丈でもある。するすると動き、いざとなると丸まって背中の甲殻で全身を覆ってしまうから、叩きつぶすのもひと苦労になる。
ともすればソルジャー並みにモンスターを仕留めていくクラウドでも、こればかりは手こずっていた。なにしろ銃弾は通らないし、少年の身では魔晄を引きあげての剣術も連続しては使えない。
あれこれと試したあげく、二日も経った頃には、クラウドはすっかりおとり役になっていた。とことこと近づいていって蹴り飛ばし、素早くダッシュする。ソルジャーどもは茂みに隠れ、のこのこと追いかけてきたやつを仕留めるという按配だ。
チョコボが追いかけられているのが面白くて、ついつい見物してしまう者もいたが、クラウドはどれだけ走らされても助けろとは言わなかったんだよな。結局、負けず嫌いなんだろう。
ただ、さすがに何日も走りづめでは、少年の体力も限界に来る。
「おれ、疲れた」とクラウドは、珍しくザックスの背中にぐったりとへたばったものだ。「だいたい、おとりなんか使わなくたって、あんたたち追いこめるだろ。休ませてよ」
彼が素直にそう言うときには、本当に体力の限界だ。以前は倒れるまでなにも言わなかったが、一度、それでこてんぱんにアレンに怒られて、どうやら反省したらしい。倒れる前に、「疲れた」と報告するようにはなっていた。
「クラウド、疲れたってよ」ジャックは周囲に怒鳴りつけた。「休憩だ、休憩」
「まだいるぜ？」クィンが木の枝から逆さまにぶらさがっていた。
「チョコボが、おねんねなんだよ」
「ジャック、どさくさまぎれになにか言った？」クラウドが上目遣いで睨んでくる。
まだ寝てなかったか。「空耳だ」
とにもかくにも、クラウドが止まれば大抵の連中が群がってくる。たちまちキャンプと変わらない状態になった。クィンはシュウといっしょに、木の枝の上で携帯食糧を賭けてカードを始めるし――ミッションにトランプを持ってくるなよ――、ディークとボードは温泉の効能について意見を戦わせている。
ザックスが不気味なほど静かだったが、こいつはどうせ、びっくりパーティーのことで頭がいっぱいなのだろう。まったく、へたに意表を突こうと思うから、ややこしいことになるんだって、いいかげん、わかってくれねえかなあ。
ジャックは、ザックスの背中に凭れていまにも寝入りそうなクラウドの横に、すとんとしゃがみこんだ。「なあ、おまえ、もうすぐ誕生日だろ」
「ああっ、てめえ！」ザックスが肩越しに振り返って叫ぶ。
ジャックは彼を殴って黙らせた。そしてあらためて訊ねてみる。「なにか欲しいものあるか？」
「べつに……」頭をザックスの背中にこすりつけながら、クラウドは面倒げに応えた。「でも、おれの誕生日っていつ？」
「は？」ジャックはまばたいた。
ディークやボード、そしてシュウが、聞きとがめて目を向けてくる。
クィンが地面におりてきた。「いつって、おまえ、神羅に入るとき、ちゃんと書類に書いたんだろ？」
「訊くのも面倒だったから、役所からもらったのを写しといたけど」クラウドはぼんやりと応える。「ニブルヘイムの村役場に残ってたのは十一日になってたんだ。でも、ニブルエリア出るときに渡されたのには十九日って書いてあってさ……おれ、生まれたの日のことは憶えてないから、まあいいかって」
そりゃ、誰だって憶えてねえよ。「母ちゃんとかに祝ってもらったのは何日だった？」
「祝うって？」
だめだ、経験がないらしい。「ケーキとか、ご馳走とか、特別な日だって作ってもらったことねえか？」
「そういえば、一度、母さんがケーキを焼こうとしたことがあったな」
そうそう、それ。
「胡桃があればって言うから、おれ、山に探しに行ったんだ」
「……ニブル山にか」ジャックは苦笑に満たない薄笑いを浮かべてしまった。こいつの故郷は住んでるだけで奇跡ってなぐらい、モンスターが多いんだったよな。
「うん」クラウドはまた、ぼんやりと記憶を探っている。相当疲れているらしい。「でもおれ、季節じゃないってことすっかり忘れてて、しょうがないから痺れキノコ(バッテリーキャップ)を持って帰ったんだ」
「もういい、言うな」ゲテモノ話はたくさんだ。
それなのに、ザックスが話を促がしやがる。「で、母ちゃん、それでケーキ作ってくれたのか？」
クラウドは首を振った。「母さん、痺れ針にやられて、その日は料理できなくなったから」
頼む、同情すればいいのか、笑えばいいのか、誰か教えてくれ。
ボードが無言で地面を転げまわり、必死で爆笑をこらえている。その横で、ディークがやっとというように口をひらいた。「じゃあよう、ジュノン帰ったら、でっかいケーキ作ろうぜ」
「バッテリーキャップのか？」ジャックはうんざりして首を振った。
「ちがう」シュウが木の上からきっぱりと叫んだ。「イチゴだ。絶対にイチゴが似合う」
「いや、似合う似合わねえの問題じゃねえと」
「でも、なんでケーキを作る話になるんだ？」クラウドが面倒げに、また頭をぽすぽすとザックスの背中に叩きつけた。
だから、おまえの誕生日なんだって。「祝い事にはケーキがつきものだろ」
「どうして祝うんだ？」
「そりゃ、おまえ」ジャックは眉を寄せた。マジに経験ないのかよ。「またひとつ歳を取ったよってな」
「そうそう」ザックスが後ろを向いたまま頷いた。「ここまで生きてきたんだ、おめでとうって、みんなが祝ってくれるんじゃねえか。素直にありがとうって言えよ」
「生まれてきてよかったなあってこと、あるだろ？」
ディークの言葉に、クラウドはしばらく考えこんだ。
考え、記憶を探り、さらに考えてから、やがて、こくんと頷く。「うん、よかった」
なぜこんなに間があくのだろう。
ザックスが振り返り、クラウドの頭を腕にくるみこんで、ぐしゃぐしゃとかきまわした。「おまえはソルジャーになるんだもんな。歳取りゃ、そのぶん、それに近づくんだぜ。嬉しいだろうが」
ザックスに弄ばれながら、クラウドはちょっと恥ずかしそうに頷いた。「うん」
「じゃあ、とっととミッション終わらせよう」ジャックはソルジャーたちに軽く手を振って合図した。「クラウドは少し睡眠を取れ。誰かついてろよ」
「おれが面倒見てるって」ザックスがまだチョコボ頭を抱えたまま、任せろと胸を叩いている。
「てめえが休んでいてどうする」ジャックは思いきり彼を踏みつけた。まったく、アレン不在なんだから、おまえが指揮を執れってんだ、馬鹿野郎。
＊＊＊
やる気になれば、ソルジャーたちは優秀だ。
あくまでもやる気になればの話であって、のんべんだらりとしたいつものモンスターミッションだと、なかなかそうした気分になってくれないところが頭痛の種。
しかし今回は、あれこれ怒鳴りつけることもなく、連中は精力的に動き出した。とっととジュノンに帰って、ケーキ作り……もとい、誕生パーティーを繰り広げるためだ。
まったく、チョコボのためというと、こいつら本気になるからな。今度、その手でだまくらかして働かせてみるか。
閑静な森のなか、ジャックはザックスと組んで藪を突つきまわっていた。佐官がふたりで組むなんて変な話だが、ほかにザックスのお目付け役がいねえんだよ。うっかり目を放すと、すぐチョコボのところへ逃げてっちまうからな、この男。特にこんなどうでもいいミッションとなると、完全にリラックスしちまう。
それにしても、誕生日か。
そんなもの、ソルジャーたちにとって単語さえ聞かなくなって久しい者がほとんどだ。いつからか時間を数えることが虚しく、年齢など忘れているやつのほうが多いに違いない。
連中がクラウドを構いたがるのも、ひとつには少年が成長途上にあるということも手伝っているのだろう。見てて面白いし、日々伸びていくさまが嬉しくなってくるんだ。躾けはアレンに任せているものの、みんなで育てている気分にもなる。一、二ヵ月前に比べれば非常によく懐いてきているしな。
確か、クラウドは六月期の奨学生だったはずだ。仮卒業したのは五月の終わり。それからすぐ第一部隊(ザ・ファースト)に入ってきたから、そうか、まだ正隊員になれるまで、早くて一年か。
なんとなく、ほっとすると同時に、もどかしさもこみあげてきた。
早くソルジャーになってほしい。そう思うから期待もするんだが、逆に、このままチョコボでいてもらいたいっていうシュウの言葉にも、頷いちまう自分がいる。
年を数えなくなってそれがあたりまえのおれたちの世界に、本当にこのまま連れていってちまっていいんだろうか。
まあ、クラウドが諦めない限り、いつかはそうなるんだろうが……。
そのいつかというのは、歓迎すべき言葉なのか、それとも恐れるべきものなのか。
「おい」と声をかけられると同時に、ジャックは背中を蹴り飛ばされた。
振り返れば、ザックスが複雑に顔をしかめている。「ややこしいこと考えてただろ。おまえ、ミッションとなると、いつもそうだよな。鬱陶しいからやめろ」
「悪かったな」まったく、こいつはどうしてこう、ネガティブなものに敏感なんだろう。神経はワイヤーロープだってのによ。
彼は背後のほうへ親指を立てた。「無線ぐらい取ってくれ。シュウが巣を見つけたって、さっきから報告してるぜ」
だからどうして、てめえが指図しねえんだよ。「どこだ？」
シュウの見つけた巣は森のなか、少し窪んだ場所にあった。岩と密集する灌木に塞がれ、図体のでかいソルジャーたちでは潜りこむのも容易ではない。さらに細い下りトンネルのむこう、地面の下には大量の螺旋蜥蜴(スパイラル)が蠢いている気配もある。ひとりずつ入るのも危険、一匹一匹引きずり出すのも面倒。やれやれ。
大将呼んで魔法(フレア)をぶちこんでもらうか、煙でいぶり出すかと相談していれば、ディークとクラウドも無線を聞きつけたらしく、連れだってやってきた。
チョコボはまだ疲れが残っているようで、その足取りは重そうだ。寝起きみたいに目をこすり、むっつりとした表情はかたまっている。
ディークが穴を覗きこんだ。「うじゃうじゃいるなあ。卵でもあるんじゃねえか？」
「だと思う」ジャックは頷いた。モンスターがこのように集団で巣を作るのは、大抵が繁殖期だ。爬虫類型ならなおのこと、大事な卵を守るために城邑を作らんばかりに寄り集まり、頑丈な砦に立てこもることもしばしばだった。
クィンが発炎筒を、みなから集めてまわった。手早くまとめあげ、風向きを調べて設置していく。「おおい、ライター」
「自分で持ってねえのかよ」ザックスが放り投げる。
「おれは煙草吸わねえんだよ」
「そうじゃなくて、基本的な装備のひとつだろ」ザックスはクラウドを振り返った。「おまえだって持ってるもんな」
「しょっちゅうザックスに取られるから、持ってないよ」あちこち凝っているらしい身体を揉みながら応えるクラウド。まあ野外で寝てばかりじゃ、どこもかしこも痛いだろう。
クィンが発炎筒に点火しはじめた。たちまち、もくもくと煙くさくなってきた空気に悪態をつきながら、ソルジャーたちの輪がわずかに広がる。
クラウドも顔をしかめ、手を振った。「なあ、この煙、なんか……」
「クラウド、巣穴から離れてろよ」ジャックはいちおうの注意を叫んだ。
と、少年の身体がふらりとよろめく。
ザックスが手を伸ばした。同時にシュウも飛び出し、ディークが反射的に足を踏み出す。シュウがその足に引っかかって転倒しかけ、ザックスに体当たりし、ザックスはクラウドの腕を捕まえそこなって少年を押し倒すように転がった。
「シュウ、てめえなあ」
「ちょっと待て、ディーク、どいてくれ」
「だったら、足をほどけよ」
「おたがい、無駄に長いな」
「なんだそりゃ」
「おい、クラウドは？」ジャックはザックスに向かって訊ねた。
「だいじょう――」ザックスは言葉を切り、悲鳴まじりに叫んで穴のほうへ身を乗り出した。「落ちてる！」
「煙、止めろ」ジャックは叫び、急いでザックスの横へ駆けつけた。
見おろせば、穴の底にクラウドが逆さまになって手足を投げ出していた。気を失っているのか、ぴくりとも動いていない。湾曲したトンネルの少し奥まった場所まで滑り落ちてしまっており、手を伸ばしたくらいでは届かなかった。
そのうえ、彼の手足をまたいで蜥蜴(スパイラル)が二匹、顔を出していたものだ。
「退がれ、退がれ」ジャックは我もと押しかけるソルジャーたちに慌てて叫んだ。「モンスターを刺激するな、これ以上ソルジャーが近づいたら、魔晄に反応するだろうが」
ソルジャーとモンスターは天敵だ。こちらの体内の魔晄を感じ取ってモンスターたちは狂い出すと言われているが、正確なところはわからない。ただ、近づけば例外なく殺しあうことは確かだった。
しかし、クラウドはまだソルジャーではない。この場合、それが命綱だったろう。動くものと見れば襲ってくる蜥蜴たちでも、気を失った少年にはあまり食指が動かないらしかった。
「おおい？」ザックスがおそるおそる声をかける。
返事はない。
「頭でも打ったんじゃねえか？」クィンが呟いた。
ザックスといっしょに、ジャックは彼を蹴りのけた。「おまえは、さっさと発炎筒を消しとけよ」
「なあ」と、ボードが顔をしかめている。「この発炎筒、なんか変なもんが混じってねえか？ グラス（マリファナ）みてえな臭いがするぜ」
ちょっと待て。ジャックはディークを肩越しに振り返った。「ちゃんと正規のルートで補給してもらったんだろうな？」
「ちゃんと兵器開発部門でもらってきたやつだ」ディークは両手を広げた。「なんでもかんでも試作品を持ってくると思うなよ」
だから、ちょっと待て。兵器開発部門っていやあ、でたらめなもんばっかり造ってるだろうが。「普通は管理部を通すだろう」
「そんなこと知らねえよ。装備だ、武器だっていうから、そっちに行ったんだ」
「何年ソルジャーやってんだ、てめえ」
「憶えてるもんか、こんちくしょう」
「ごちゃごちゃうるせえ！」ザックスが押し殺した声で叫んだ。「とにかく、クラウドを引きあげるのが先だろ。クィン、早く煙をなんとかしろっての」
「なんとかったって……」クィンは周囲のソルジャーたちを見まわす。「なんか、水、水」
「クラウド以外、持ってるやつはいねえって」
「ブランデーならあるけど？」
「爆破する気か、馬鹿野郎！」
混乱したまま怒鳴りあうなか、ボードがいきなり叫んだ。「氷結(ブリザラ)！」
数本の発炎筒は氷のかたまりに閉じこめられた。
「おう、たまには、まともなことするじゃないか」ジャックは言いながら、まだ煙たい空気をこころもち煽った。
再び見おろせば、クラウドはいまだモンスターたちに挟まれて転がっている。
「まずいな」ザックスが舌打ちを繰り返す。「蜥蜴(スパイラル)どもが、よくぞ食わねえでいてくれるって感じだが、いつまで無関心でいるかわからねえし」
「おれらが斬りこんでいったら逆効果だしな」モンスターを発狂させれば、動いているものも動いていないものも見境なしだ。
「どうするよ」いつも冷静とマイペース紙一重のディークが、珍しく足踏みしている。
ジャックも平静ではいられなかったが、ここであせってへたに動いても、事態はいい方向へ転がりそうにない。
ザックスが四つん這いになって穴にほとんど顔を埋めるようにした。両手を口の端に当て、そっと呼びかける。「クラウド」
やはり反応はない。
さらにザックスは続けた。「クラウド、起きろ、メシだぞ！」
「おまえな」ジャックは横目で彼を睨んだ。「どうしてそう、ふざけてられるんだ」
「ふざけてねえって」彼はまた穴に頭を突っこんだ。「クラウドちゃん、チョコボ、チョコボ、子チョコボ、ちびちゃん、ちーび、ちびちび……だめか？」
「もういい」ジャックは泣きたくなりながら無線を取り出した。「情けねえけど、最後の神頼みだ」
「大将にばれる！」何人かのソルジャーたちが声を揃えて慄えあがる。
ジャックは大きく溜息をついた。「アレン、助けてくれ……できりゃ、大将には内緒で来てくれると嬉しいんだけど」
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