IT HAPPENS ALL THE TIME 2

「やっと帰れるぜえ」クィンが輸送機(ゲルニカ)の床で両手両足を伸ばして転がっていた。
　ザックスは彼を踏みつけようとしてみたが、間一髪でよけられる。「ちっ」
「なにを不機嫌になってんだよ」クィンは立ちあがり、しかし輸送機(ゲルニカ)が飛び立った浮遊感にふらりとよろめいた。「もしかして、またデートのお相手逃がしちまったか？」
「うっせえな」
「ミッションの前に三十分遅刻してふられてんだ、こいつ」ボードが通りすぎざま、せせら笑っていく。
「うるせえって言ってんだろ！」ザックスは拳を振りまわした。「おまえ、どっからそういう情報拾ってくるんだよ」
「受付のお姉さんとか、食堂のおばさんとかさ」ボードはからからと笑った。「おまえ、あっちこっちでハニーのこと言いふらしてるじゃねえか。こないだはどこ行ったとか、今度の赤毛の子はどこに住んでるだとか」
「ちぇっ」
「じゃあなんだよ、おまえ、ミッション中、ずっと落ちこんでたわけ？」クィンがわずかに同情的なものを含んだ声で訊く。
「そうだよ」ザックスは悪態まじりに答えた。「少しでも浮上しようと思ってクラウド構いに行けば、大将が独り占めしてるし、今回、ほとんどアレンと組まされて昼寝もできやしねえ」
「ご愁傷さま」
「というわけで……あり？」ザックスはぐるりと貨物室を眺めまわした。黄色いつんつん頭を捜したのだが見あたらない。いつもなら、輸送機(ゲルニカ)が発進する前から貨物室のどこかで寝息を立てているはずなのだが。「クラウドはどこで寝てるんだよ？」
「寝つきが悪いってんで、コックピットのほう行ったぜ」クィンがそちらへ親指を向けた。
「ふうん？」ミッションであまり暴れられなかったのかな。まあ今回は、グラスランドでムーを相手にちまちまやってただけだし。
　ザックスは貨物室を出て通路を進んだ。
　ところでザックスが機内をうろうろしていると、士官用個室(キャビン)のドアがひらくなんてことは珍しくはない。たぶん毎回、アレンが雑用を言いつけようとして、ドアわきで誰かが通りがかるのを待っているのだろうとザックスは想像しているのだが。
「おい」と案の定、アレンが顔を出した。
「なんだよ、おれはクラウドと遊ぶんだ。絶対に遊ぶんだからな」ザックスは立て板に水で叫んだ。
「痛い目を見ない程度にな」耳を揉みながら言って、アレンはファイルをさし出してくる。「おまえの管轄区でムーと出くわした箇所を地図に記してあるから、訂正と追加をしておけ」
「もう、仕事は抜きにしてくれよ」
「だったら、こまめに報告してこい」
　ザックスはがっくりと大きく溜息を床に落とした。と、その視線の先を黄色い羽のかたまりが通りすぎる。
　それは小さなチョコボだった。いや、まじめにうちで飼ってる無愛想なのじゃなくて、卵から孵ったばかりぐらいの、爪も嘴も柔らかい雛だ。
　アレンも目をおろした。
　ぱたぱた、とことこ、よろっと、それはいささか蛇行しながら彼らの足のあいだを通りすぎていく。
「……なんで、こんなもんが輸送機(ゲルニカ)にいるんだ？」ザックスはぼんやり呟いた。
　さらにその雛はよたよたと通路を歩き、コックピットのほうへと向かっている。
　アレンが叫んだ。「クラウド！」
　少し間(ま)を置いて、コックピットから青い顔をした少年がまろび出てくる。「……なに？」
「チョコボは、放してきたのではなかったか？」
「放したよ」
「では、これはなんだ？」
　クラウドは億劫げに足もとを見おろし、しかしすぐ乗物酔いも一瞬忘れたような顔で目を見ひらいた。「なんで乗ってるんだ？」
「そりゃ、おれらが訊きてえんだけど」
　子チョコボはクラウドの足もとに来ると、それはそれは愛らしい声でひと声鳴いた。
　ザックスはアレンに向きなおった。「どういうことだよ？」
「ミッション中に拾ったのだそうだ」アレンはこめかみをこすりながら困ったように唸った。「親鳥が見つからないというので、仕方がないから草原に放してこいと言ったはずなのだが」
「おれ、ちゃんと遠くに放してきたよ」クラウドは雛を見おろしながら茫然と呟いた。「なんでついてくるんだ」
　チョコボがチョコボ拾ったのか。そりゃおまえ、親だと勘違いしてついてくるに決まってるだろ。
　アレンを押しのけ、セフィロスが出てきた。「ごちゃごちゃと、なにを騒いでいる」
「例のチョコボが密航していてな」
「処分しろ」セフィロスは一刀両断に言った。
「雛だぞ」むっと、クラウドが睨みつける。
「邪魔だ」と、セフィロスが珍しくも苦情を訴えた。「おまえがそれを頭に乗せていると、気が抜けてかなわん」
「乗せてないだろ」クラウドが反論する。
「そう見えた」セフィロスはなおも不機嫌に言う。
「とにかく、ジュノンに着いたら、補給隊かなにかを通して雛を引き取ってもらえるところを探しておく」アレンが、まだこめかみをこすりながら呟いた。「それまでは、ザックスに食われないよう、おまえがちゃんと見張っていろよ」
「どっちを？」クラウドは、なかば真剣に訊ねた。

＊＊＊

　子チョコボが、椅子の背凭れをいっぱいに引き倒して寝転がっていたザックスの腹の上をぴょこぴょこ通りすぎていった。
　ザックスは素早く手首を翻し、そのちっこい鳥を逆さ吊りにする。「食っていいか？」
　無言でクラウドが蹴りつけてきた。そのついでとばかりに、デスクの上にザックスのコーヒーマグをどんと置く。
　ザックスは椅子ごと起きあがり、ぴいぴい鳴く雛を振ってみせた。「ちょろちょろと、結構、目障りだよな、こいつ」
　クラウドがザックスの手からその雛を取りあげた。
　その少年からさらにボードが取りあげる。「鳥鍋だ！」
　やはり無言でボードに剣を突きつけるクラウド。チョコボはクィンの手に渡り、ディークに押しつけられ、さらにシュウが連れて逃げる。椅子が蹴り散らかされ、デスクがへこみ、書類が紙吹雪のように散らばった。
　そのむこうではセフィロスが悠然とまずいコーヒーを飲み、ときおりちらりと鋭い目を雛に向けている。ザックスの見るところ、どう料理してやろうか考えているのではないかと思われた。
「返せったら！」クラウドがついに怒鳴った。
　おお、おお、雛を守る親チョコボそのものだな。あちこち蹴りつけ、殴りつけ、剣で突つきまわして、まあ。
　宙を飛んだ小さなチョコボをアレンが途中捕捉した。くんずほぐれつしていたソルジャーたちが、ぴたりと止まる。さしずめ、グランドマザー登場ってところかな。ザックスは欠伸を噛み殺した。
「おまえたち、ここが執務室だとわかっているのか？」
「わかってまーす」
「食後の運動だって」
「まだ食ってねえぞ」
「食うな！」クラウドがふたりばかりを壁に叩きつける。
　逞しい子チョコボはアレンの手から抜け出すと、その嵐の中をよたよたと泳ぎまわり、やがてセフィロスのデスクの上に登りあがった。ザックスはぼんやりとそれを観察する。
　セフィロスはマグカップを持ったままそれをじっと見つめ、不意に左拳をその上に落とそうとした。しかし子チョコボは、ばたばたと羽ばたき、転がるように前へつんのめる。セフィロスの手はわずかに逸れた。「ちっ」
「クラウド、ちびが大将に食われちまうぞ」ザックスは教えてやった。
　彼の横をクラウドが駆けすぎ、そのままの勢いでデスクに乗りあがって跳び蹴りを浴びせる。が、セフィロスは椅子をくるりとまわしただけで少年の攻撃を軽くよけた。
　着地したクラウドを横目に悠然とコーヒーを飲み干すセフィロス。それをクラウドは苛立たしげに睨みつける。
「チョコボの引き取り先が決まった」と、いまにもブリザードが吹き荒れそうなふたりのあいだにアレンが割って入った。「カームの農家が面倒を見てくれるそうだ」
「ほんとか？」ちょっと嬉しそうにクラウドが叫ぶ。
「あーあ、鳥鍋はおあずけか」ボードがつまらなさそうに呟いた。
「あんなちっこいのじゃ、腹の足しにもなんねえだろ」
「だいたい、チョコボって食うもんか？」
「そういや、チョコボ鍋なんて聞いたことねえよな」
「食うなってば！」
　叫ぶクラウドの横でセフィロスが動いた。いきなり今度こそ雛をがしりと掴んだと思うと、誰も止めるまもなく窓をあけ、外に放り投げたのだ。ちなみに、ここは七階だ。
　執務室にいたソルジャー全員が悲鳴をあげた。「ひでえ！」
「ちびは飛べないんだぞ！」クラウドが駆け寄って、窓枠に足までかけて身を乗り出す。
　アレンが慌てて叫んだ。「クラウド、おまえも飛べないぞ！」
「飛んだら面白えよな」思わず呟いたザックスの頭を、アレンが思いきりファイルではたいてくれる。
　クラウドはセフィロスに襟首を掴まれ、執務室に引き戻されていた。窓から追うのは諦め、戸口へと身体を返す少年を、セフィロスが再び捕獲する。「どこへ行く」
「捜す」
「ジムだ」
「いやがらせか」
「一本取ったらな」
　ほとんどぶらさげられる恰好のまま、クラウドはセフィロスを睨みあげた。「憶えてろ！」
　とっとと引きずられていくクラウドと、心なしか楽しそうな大将をぼんやり見つめながら、ザックスは眉を寄せた。「いまの会話、わかったか、アレン？」
「あれは、会話とは言わん」深々と溜息をつくアレン。それから彼はソルジャーたちを見まわした。「暇なやつは、ちびを捜してこい」
　ザックスは跳ね起きた。「行くぜ！」
「全員とは言って……おい！」
　アレンの声を背に、その場にいたソルジャーたちはすべて駆け出していた。
　ところでザックスのような大雑把な性格の人間にとって、藪に紛れたちっこい雛を、それも一時(いっとき)たりとじっとしないものを隅から隅までくまなく捜すという作業は、苦行以外のなにものでもない。執務室でデスクワークをするよりはましと思って出てきたものの、すぐに飽きてきたものだ。
　建物の周囲にソルジャーたちを散らして、ザックスはひとり、ぶらぶらと一般兵舎とのあいだ、食堂の裏手にあたる倉庫群の前を歩いていた。もちろん、いちおう目は黄色いなにかを捜しはするが、ついつい興味を惹かれるものに据えられてしまうのは仕方がないだろう。
　食堂の厨房搬入口に一台のトラックが停まっていたのだ。その腹にはイルカのマークが描かれてあって、その顔が妙に間抜けだった。
　べつに珍しいものではない。おそらくこの業者は神羅の社員食堂に出入りしている食糧問屋かなにかで、もちろん神羅の傘下だろう。神羅はオールラウンドの多角経営企業だが、すべての産業を集中するわけにもいかないのが世の常。兵器や装備品など、機密に関わるもの以外の物資はわざわざ外注として扱い、市場や流通を活性化させてもいるらしい。おれにはよくわからんけどな。
　とにかく彼が目を止めたのは、そのトラックの大きさとか、積んであるものとか、ましてロゴマークでもない。助手席に可愛い女の子が人待ち顔で坐っていたからだ。
　ちょっと太めだけど、すべすべしたピンク色の肌で柔らかい線の丸い顔をしている。もう少し鼻筋が通っていればクラウドに張るかな。いやいや、やっぱり女の子ってのは骨格からして違うもんなんだ。比べようはねえ。
　ザックスはさっそくトラックに近づき、助手席の彼女に声をかけた。
　まんざらでもなさそうな微笑を返してくる可愛い子は、それなりに愛想がよく、少し線の細そうな声でいろいろと質問に応えてくれた。いまいち馴染むのに時間がかかるなあとザックスは訝しげにしたが、ここが神羅の基地であることと、自分が官服を着ているせいだとは思い至らなかった。
「きみが毎日キャベツを届けに来てくれるんなら、おれ喜んで食堂に通いつめるんだけどなあ」ザックスは助手席の窓に肘を潜りこませ、彼女を振り仰いだ。「おれ、いつでも仕事切りあげられるからさ、もしよかったら食事でもどう？　あ、まだ早いか。んじゃ、コーヒーとドーナツ？」
「うーん、でも、いまはお父さん待ってるから」
　ああ、そうなの。ザックスは笑顔のまま落胆した。
「いやあ、きみみたいな可愛い子がさ、トラックの運転手なんてちょっと変だなとは思ったわけよ。そうか、お父さんとね、うん」これはと思ったんだけどなあ。おやっさんが戻ってくるんじゃ、このまま街に連れてくわけにもいかねえし。あーあ。
　とそこで、ザックスは後頭部を乱暴に殴られた。
　振り返ればディークが眠そうな目で立っている。「探してるのは女の子じゃなくてチョコボだろうが」
「んな、ちっこいの、どうやって見つけろっていうんだよ」
「チョコボ？」と、娘が首を傾げた。
「うちのチョコボが雛を拾ってきてさ。このあたりで迷子になってるんだ。で、おれら、捜索に駆り出されてるってわけ」
　娘は首を傾げたまま、ぎごちなくまばたきした。ちょっと理解しづらかったか。まあいいや。
　親父さんが戻ってきたので、ザックスはそそくさとトラックを離れた。こっちがソルジャーの官服を着てても無遠慮に睨みつけてくる彼は、娘を守る男親の鑑だ。はは。
　ザックスはあたりをぶらぶらと見まわした。ディークがどこからか持ってきた基地内の簡易地図を広げ、捜索した範囲を説明しているが、彼はうわの空だった。
　最近おれ、女運悪いよなあ。気合い入れなおして今夜、ゴブリンズバーにでも行くか。カモメ亭でもいいな。確か、ドルフィンレストランに新しいメニューがあるとかないとか。そうそう、神羅会員制の店に新しい娘(こ)が入ったとも聞いてたんだっけ。でも、あそこは雰囲気がよくねえんだよなあ。どこもかしこも神羅兵ばかりでよう。
　トラックのエンジン音とともに娘の声がぼんやり流れてきた。「あら、これチョコボじゃない。お父さん、どこでもらってきたの」
　ザックスは何気なく、ディークはぱっとそちらへ顔を向けた。トラックは排気煙をあげながら、とっとと車回しを走っていってしまう。
「おおい！」ザックスは声をかけたが遅かった。
　門衛はフリーパスでそのトラックを通し、追いかけたザックスとディークは遮られてしまう。なんだよ、普通逆だろ？　おれら、ソルジャーだぞ？
「最近サボる兵士が増えてきているとのことで、勤務時間内での外出には届けが必要なんですよ」門衛はむすっとして言った。
　一瞬、強行突破しようかとも思ったが、フェンスのむこうであっというまに小さくなってしまったトラックを見てザックスは諦めた。「しゃあねえ。ディーク、アレンに言って届けもらってこい。おれはクラウド連れてくるわ」

＊＊＊

「どこ行っちまったかなあ」ザックスはデイトナにまたがり、クラウドの後ろで街並みを眺めまわした。
　お楽しみを邪魔された大将が正宗で刺し貫いてこようとするのもなんのその、ザックスはクラウドを連れ出すのに成功していた。いやあ、こいつがデイトナ走らせるようになってから、街なか移動するのにめちゃくちゃ便利になったもんだわ。今度、彼女のアパートをいくつか教えておいて、毎日送り迎えしてもらうかな。
　ジュノンはひらけた新しい港町だ。たとえ住人の半分が神羅関連で働く人々であっても、そこにはとりどりの人種が入り乱れている。
　大通りに林立するビル群にはさまざまな店舗やオフィスが詰めこまれ、この夕刻にもなれば老若男女がぞろぞろと歩きまわる。家族連れがレストランへ入っていき、アベックがそこかしこで立ち止まっていちゃいちゃしていた。通勤帰りの男女、寮を抜け出して遊んでいる幼年学校生や士官学校生は、必ずと言っていいほどカフェを占領している。
　服飾店に出入りする女の子たち。露店でアクセサリーを売る商売人、ホットドックやソフトクリームの販売店に群がる少年たち。ボール紙に載せたタコスをかじりながら夕刊を読む老人。ローラースケートで走りまわり、行きずりのおばさんに叱られている子ども。
　道路はトラックや乗用車で混みあい、ときおりクラクションが苛立たしげに鳴らされていた。
　とろとろと走るそれらを縫って、クラウドはデイトナを交差点で曲がらせた。大型のバイクにしては割と小まわりが利くらしい。いや、クラウドの運転が強引なのかもしれねえけどな。
「その食糧会社のトラック、どこをまわるって聞いた？」クラウドが肩越しに叫んでくる。
「知らねえ」
　クラウドはぴたりとバイクを停めた。後続の車が急ブレーキをかけ、左右によろめきながら追い越していく。
　青い目を据わらせて、じろりと睨んでくる少年。「あんたがこっちだって言うから走らせてきたんだぞ」
「こっちに走ってったって言っただけだ。どこの会社かも聞いてねえのに、知るわけねえだろ」ザックスはむしろ威張ってみせた。
　クラウドは溜息をつき、無線を取り出す。「アレン、ミッションコードＺ、どこのトラック？」
　ノイズのあとにアレンの声が流れてくる。『調べる』
　ザックスは少年の肩越しに手もとを覗きこんだ。「ミッションコードって、なに大仰に言ってるんだ」
「くだらない作戦(Ｚケース)って意味だよ」クラウドは彼の頭を遠ざけながら呟いた。「もしくはザックスのＺな。どうでもいいことだけど応答頼むってときに使ってるんだ」
「ひっでえなあ」
『コードＺ、アレンだ。業者はエルジュノン食糧センターだが、輸送は別会社らしい。いつも基地のあとは、アルジュノンの魚市場へ向かうと言っていた』
「了解」クラウドは無線をしまい、アクセルを踏みながらバイクをターンさせた。「まるで逆じゃないか」
「悪かったよ」ザックスは呟き、振り落とされまいとシートにしがみつく。
　と、そのわきにクィンが飛び出してきた。「おおい、エルジュノンの港のほうに例のトラック見つかったってよ」
「はん？」ザックスは彼を振り返った。「アルジュノンじゃねえの？」
　さらに無線が鳴り響いた。『ボードだけどよ、イルカマークのトラックがうじゃうじゃいるぜ』
　ザックスはクラウドの肩越しに無線機に向かって叫んだ。「どこにいるかを先に言え！」
『湾岸通り』
「片っ端から洗ってよ」クラウドがうんざりしたように呟く。
『おっしゃ』ボードが妙に張り切って無線を切った。
　どうでもいいが、あまりソルジャー権限振りまわすなよ。
　それから、クラウドはクィンに言った。「おれたち、アルジュノンに行く。港のほうはそっちで調べてよ」
「いや、もう、シュウが乗りこんでるけどよ。あいつのことだから、見つけたらすぐ羽をむしるんじゃねえか」
　クラウドは完璧な無表情を彼に向けた。
「わかった」クィンが慌てて手をあげる。「ちゃんと阻止する。約束するから！」
　さすがだ。ザックスは脱兎のごとく駆けていく小柄なソルジャーを見つめながら、ごくりと唾を飲みこんだ。大将とアレンに叩きこまれてるだけあるな。声の大きさと腕力だけで、あいつらがおとなしくなるわけないと、ちゃんとわかってらっしゃる。
　クラウドはデイトナを発進させ、もとの大通りに戻って南へ針路を向けた。
　と、あまり距離も稼がないうちに後ろからいきなりサイレンが聞こえてきたものだ。『そこのバイク、停まりなさい！』
　ザックスが首を捻って背後を見ると、思ったとおり交通課の巡回車(パトロールカー)だ。青と黄色のランプを点滅させ、うんうん唸りながら迫ってくる。
「面倒だな」と、クラウドが呟いたかどうか。
　次の瞬間には、ザックスを振り落とさんばかりに加速したものだ。
　おいおいおい。
『待て！』交通課が怒鳴ってくる。『ノーヘル、禁止区域でのＵターン、シートなしのふたり乗り！　加えてスピード違反だ！』
「クラウドお、謝ったほうが早いんじゃねえ？」さすがにザックスは忠告した。
「アレンに、絶対捕まるなって言われてるんだ」
　だからって、振り切れってことじゃねえんじゃねえか、それ？
　だがクラウドは、さらにスピードをあげたものだ。
　交通課もむきになって追ってくる。『停まれってのが、わかんねえのか、この野郎！』
　クラウドは車体をほとんど倒さんばかりにして左へ曲がった。ザックスの気のせいでなければ信号は赤だったはずだ。ほとんど速度を落としもせず、わずかに中央分離帯に食いこみながらデイトナは車線に乗った。
　シートに指をひっかけているだけではザックスは振り落とされそうだったので、彼は無意識にクラウドにしがみついていた。
　背後ではけたたましい破壊音が起こっている。振り返らなくても、急ブレーキをかけた一般車が玉突き衝突を起こし、パトカーがスピンしたのだろうことは想像できた。
　ところが、しばらくしてから再びスピーカーからの怒鳴り声が聞こえてきたものだ。『ナンバーはメモしたからな！　あとで照会して、たっぷり説教のうえ免許取り消しだ！』
　ザックスはクラウドに掴まったまま肩越しに振り返った。フロントのあちこちをへこませ、必死の形相（？）で追いついてきている交通課。いや、まじに根性入ってるって。「なあ、ばれてんじゃ、逃げても無駄なんじゃねえ？」
「いいんだ、このデイトナ、所有者はセフィロスだから」
　うあ、こいつ、お子さま特権、おおいに利用してやがる。ザックスは交通課に同情をおぼえた。
　クラウドは狭い路地に滑りこみ、そこを通り抜け、再び大通りに出る。
　メインストリートの枝道といった通りだが、そのためか、カフェが異様に多い。あちこちにパラソルが立てられ、ベンチが置かれ、テーブルが道路にまで散らばっている。クラウドはそのあいだをすり抜け、ザックスの足がベンチのひとつをひっくり返すのも構わず駆け抜けた。
「痛えだろ、もうちっと優しく運転してくれって」
「うるさいな」
　と、横合いの小道からパトカーが飛び出してきた。文字どおり飛んできたといった現われかただ。
　車体に蹴散らされてパラソルとテーブルが激しく宙を飛び、悲鳴と罵声とサイレンがあたりを支配する。のんびりと仕事帰りや学校帰りのお茶を楽しんでいた人々が驚いて飛びあがり、泡を食ったように走りまわった。
　回転して飛んでくる椅子をくぐり抜け、クラウドはさらに加速した。パトカーの鼻先をぎりぎりでかわし、その先の交差点を再び左に曲がる。
　メインストリートに戻る方向になったわけだが、果たしてパトカーも距離を詰めてきていた。『こうなったら、とことん逃がさんからな！』
　いやあ、ほんと、交通課にも骨のあるやつがいるもんだ。
「ザックス」クラウドが叫んだ。「あの標識、ぶち倒して」
　進行方向にはスピード制限の標識が一本、道路わきに立てられている。そのすぐ先には交差点があり、賑やかなメインストリートが垣間見えた。
　ザックスは大剣(バスターソード)を抜き、膝でバイクの車体を締めながら立ちあがる。ったく、力入んねえよ。しょうがねえな。
「衝撃でよろけんなよ」ザックスは叫び、大きく武器を振りかぶった。
　通りすぎざま大剣で標識の根もとを強く叩きつけると、金属のポールは、ぽきりと急角度に曲がる。
　それは後ろに迫っていたパトカーを阻むように倒れていった。
　でたらめな悲鳴と大きな衝突音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。メインストリートを曲がるデイトナの後ろで、ザックスはクラウドに掴まりなおしながら、パトカーが前転しつつ通りを横切り、向かいのビルの入口に突っこんでいくのを眺めた。
　別のパトカーの姿もいくつか見えたが、巻きこまれた車と次々連鎖して起こる事故に阻まれ、立ち往生しているようだ。
　これって結構、大惨事じゃねえか？
「またアレンに説教食らうかもな」ザックスは呟いた。
「おれ、説教なんかされたことないよ」クラウドが淡々と答える。
　ザックスは彼のチョコボ頭を凝視した。
　甘い、甘すぎるぞ、アレン！
　……やがて彼らは、やっとアルジュノン、その少し海よりの通りにある魚市場へ到着した。
　あの間抜けなイルカづらを貼りつけたトラックはすぐと見つかり、あの可愛い女の子とも会えたが、チョコボはいなかった。
「チョコボ？」と、彼女は首を傾げたものだ。それから、ああ、と笑った。「お父さんがもらってきた有名な菓子店のチョコボクッキーならあるけど。チョコとの詰めあわせなの。少し持っていく？」
　彼女がいそいそと包んでくれた菓子をもらいながら、クラウドは途方に暮れたらしい。「……ちび、どこに行ったんだ？」

＊＊＊

「まあ、そう落ちこむなって」デイトナを車庫にしまい、ソルジャー棟に戻りながらザックスはクラウドの肩を叩いた。「ちびはあれでもチョコボなんだから、どこかで逞しく育ってるって」
「そういう問題じゃないよ」クラウドは両手を広げた。「ほんとは草原で育つはずだったのに、おれ、責任あるじゃないか」
「おまえが連れてきたわけでもないだろ」
「でも、ついてきちゃったんだし」
　やれやれ、おれが思うに、あのチョコボは冒険心旺盛で、きっとこのジュノンじゅうを堪能したあげく、飄々と草原に向けて旅立っていると思うがね。
　ちょうどディークが帰ってきて、エレベーターでいっしょになった。
　彼も少し疲れた顔をして見つからなかったと言った。「結構、可愛くて暇つぶしになったけど、まあしょうがねえよな」
「そうそう、ほかに玩具にできるチョコボはいるわけだし」ザックスも頷いた。
「どこかで捕まえてくるつもりか？」クラウドがじろりと睨んでくる。「やめろよな」
　おまえ、まだチョコボと呼ばれていることに気がついてねえのか。ザックスは彼の髪の毛をぐしゃりとかきまわしてやった。
　セキュリティドアをくぐり、執務室に入ると正面にセフィロスが坐っていた。
　いや、それはまあ、いつものことなんだけどよ。
　ザックスが思わず吹き出しそうになったのは、セフィロスがそのデスクで雛に餌をやっていたからだ。
　コーヒーカップのソーサーに、どこから調達してきたのか鳥用の粟餌を盛っている。セフィロスは頬杖をつきながら、スプーンを使ってそれを湯にほぐしていた。
「ちび！」クラウドが真っ先に駆け寄った。「なんで、こんなところにいるんだよ」
「つい先刻、戻ってきた」セフィロスは呟くように言った。面倒臭そうにスプーンの柄で粟餌をチョコボの嘴の先にさし出している。「えらく腹をすかせていたようでな。基地内を一周してきたらしい」
　そして子チョコボはソルジャーたちの苦労も知らず、ばくばくと餌を食い散らかしていた。
「なんで連絡しないんだ」クラウドは少し不機嫌になった。
「言わなかっただろう」
「アレンは？」
「交通課から呼び出しが来ていたが？」
「うっ」と呻いたのはザックスだった。ディークがちらりと怪訝そうに顔をしかめてくるのを、避けるように背中を向け、彼は青ざめた顔を見られまいとした。
「ほかの連中はどうした？」セフィロスは雛がスプーンを奪い取るがままにさせながら顔をあげた。
　ザックスはちらりとディークを見やる。ディークは首を振った。「おれ、ぐるっとまわってきただけだ」
『コードＺ』あちこちの無線からアレンの声が聞こえてきた。『交通課の手を煩わせてるやつはさっさと応えろ！』
『ボードでえす。渋滞がおれのせいだって、文句言ってくるやつらがここにいるんだけど』
『クィンだ』なぜか泣きそうな声になっている。『シュウが逆切れ起こしてよう』
『スピード違反だって言うんだ。でもおれ、走ってただけだぜ』
『ペットショップにいるんだが、チョコボの代わりにおまわりさんがいてよう』
　次々あがる声を遮ってアレンが再び叫んだ。『全員、謹慎！』
　セフィロスがデスクの無線を取りあげた。「クラウドは免除だ」
『甘やかすな！』
「聞く耳持たんな」ぶつりと無線を切り、ふんと鼻を鳴らす。「謹慎などされたら俺が暇になる」
　なるほど、アレンが説教できねえはずだ。泣く子と地頭には逆らえんてか。
「おれ、早くソルジャーになりたいよ」クラウドがザックスに困ったような顔を向けてきた。「いつまで、いじめられなきゃならないんだ？」
「クラウド」ザックスは重々しく告げた。「ソルジャーになってもそれは変わらんと思うぞ」
　少年は軽く息を吐き、意を決したようにぎゅっと拳を握る。「わかった、勝つしかないんだな」
　おれ、そういうところ、おまえには敵わねえと思うわけよ。この大将をやっつけようなんて、いったい誰が考えるんだ？
「ふん、あと五年は無理だろう」セフィロスが薄く笑った。
　デスクの上では、満腹になった子チョコボがやっと親鳥(クラウド)に気づいたらしい。嬉しそうな鳴き声をあげ、彼に向かってダッシュした。

＊＊＊

　翌日にはその子チョコボは牧場関係者に引き取られていき、クラウドは少し寂しそうだった。まあ、そういう感慨にふける暇も与えられないほど、相変わらず忙しく大将のお守りしてるんだけどな。
　それでも少しは時間を作ることを覚えたのか、ときどきデイトナをひっぱり出しては走りまわっているらしい。
　ジュノンの街に幻のチョコボライダーが出没するという噂が流れはじめたのは、それから数日も経たない頃だ。
　そして交通課の誰かが、そのチョコボを宿敵としてつけ狙っているということだった。

THE END.

WILD CARD contents