IT HAPPENS ALL THE TIME 2

　閉めきった部屋の、ぴかぴかの窓ガラスから射しこむ冬の陽射しは、どうやら眠気を誘わずにはいられないらしい。小春日和というやつだ。
　こくりとなったディークは、途端に首もとにファイルの背を叩きこまれた。
　見あげれば、アレンが立っている。「人が教えてやっているというのに、いい度胸だな」
「すんません」ディークは急いで端末に向きなおった。
　執務室には、彼らのほかには大将とその補佐官がいるだけで、あとはがらんどうだ。おかげで静かすぎて、余計に眠くなってくる。
「しかしいったい、どういう風の吹きまわしだ。わざわざ昇級試験を受けたいなど」アレンが教本をぱらぱらとめくりながら、隣の椅子に坐って足を組んだ。
「いやあ、ザックスにばかり任せておくと、Ｚケースが多くて」ディークは、ぽつぽつとキーボードを打ちながら呟いた。「このあいだ上官命令で、ソルジャーの半数がナンパに引っぱり出されてよう」
「なるほど」
「いまのところ、佐官はあいつだけじゃないっすか。いつもいつも、クラウドがくっついててくれるわけでもねえし」
「クラウドが、なに？」アレンは片眉をあげた。
「ザックスに、ごめんなさい、もうしませんって泣きごと言わせられるのは、天下無敵のお子さま補佐官だけで……あれ？」
　ちらりと視線を向けた先では、チョコボ頭が端末の上に載っていた。両手をキーボードに置いたまま、クラウドが居眠りしているのだ。そのこと自体も珍しいが、アレンがなにも言わないのも不思議だった。
「チョコボ、どうしたんで？」彼は訊ねた。
「寝不足だ。最近、眠れなくなっているらしい。身体が痛いのだと」
「訓練、きつくなったんすか？」
「さあな」アレンは大将のほうに鋭い視線を送る。「あれは、なにもしていないと言っているが……どうだか」
　大将は副官の睨みつけに、ほぼ同等の鋭さの視線で対抗してから、すくりと立ちあがった。ほんのわずかな動作だけでクラウドを椅子ごと蹴り転がす。
　クラウドは目をこすりながら起きあがった。「ジム？」
「行くぞ」大股に歩いて部屋を出ていく大将のあとを、クラウドがひょこひょことついていく。
「毎日毎日、飽きもせず」ディークは思わず呟いた。
　過去の試験問題に向きなおった彼は、唸りながら再びキーボードを打ちこみはじめた。彼ら１ｓｔ(ファースト)ソルジャーは部隊に配属された時点で能力評価のみでの階級を与えられるため、普通に仕事をしているぶんには、こうした試験など無縁で過ごせるはずだった。しかも同じ階級の連中に比べれば給料もいいので、わざわざ試験を受けてまで階級をあげようという者もいない。
　ディークが昇級しようと思ったのは、先刻、アレンに言った理由からでもあるが、少しは幹部クラスのまともな仕事に興味を持ったからでもある。
　ところがやってみると、これがややこしかった。戦術のさまざまな問題、組織管理、運用の心得、補給だの、通信敷設のルールだの、果ては人事査定の方法や教育指南法、などなど。いっぺんに覚えられるわけもない。
　本来、幹部ってのは、こうしたことを勉強したり経験したりしてきて初めて、中尉だの少佐だの名乗れるんだよな。うーん、ソルジャーどもは全員、反省すべきだ。チョコボで遊んでばかりいるくせに、幹部だって威張ってられるんだからよう。
　海岸に沿って補給線を書きこんだ途端、スピーカーからエラー音が出やがった。ああそう、そんなところに山地があったのね。これじゃ簡単に分断されるよな。はいはい。
　いらいらとリセットしていると、執務室のドアが勢いよくあいてザックスが入ってきた。だからよう、手ぶらのくせにドアを蹴るなってんだ。
「なあなあ」ザックスはどかどかと近づいてくると、ディークの隣に腰をおろした。「第一部隊(ザ・ファースト)に、おれよりハンサムなやつっていたか？」
　いきなり、なんだよ。「そいつのせいで、ふられたのか？」
　図星だったらしい。ザックスは、がんとデスクを叩いた。「うっせえな。まだ、ふられちゃいねえよ」
「セフィロスなら、たいして他人に興味は持たん」アレンが教本を閉じて呟いた。「そう言ってやればよかろうが」
「大将が恋敵じゃねえんだ」ザックスは唇を歪め、またデスクを、どんと叩く。「もともと、英雄に憧れて神羅の看護学校に入った可愛い子ちゃんだもんよ。大将に声かけられてたら、うっとりして、おれとの約束だって忘れてら」
「決闘したけりゃ、勝手にやればいいだろ」ディークは集中できなくなってファイルを閉じた。
「だからよう、誰なんだかわからねえんだよ。第一部隊(ザ・ファースト)の官服着てて、二枚目で青い目だったって言うんだけどよ、おれらはみんな、そうだろ」
「まあな」二枚目かどうかは人それぞれの基準があるけどよ。
「ちくしょう、誰だよ、おれの彼女、横取りしようってやつ」
「横取りされるほうに問題があるとは思わんのか」アレンが痛烈に言った。「ところで、いくら暇な部署とはいえ、勤務時間内に女の子と会って、べらべらおしゃべりしている特権は、第一部隊(ザ・ファースト)にもないぞ」
　ザックスは視線を泳がせた。「いやあ、偶然、受付の前で会ってさあ」
「ほう、約束して会っていたのではないのか」
「いいだろ」ザックスは再び、がんとデスクを叩く。「どんな形であれ、女の子と目が合ったら、まずお茶に誘う。それが男ってもんだ」
「勝手に定義づけるな」
「んでよ」ザックスはアレンを無視した。「誰だか突き止めようぜ」
「勝手にやれよ」ディークは素気なく応える。
　しかしザックスは逞しくも、やはり自分勝手に話を進めたものだ。「モンタージュ作成しな。まず青い目、二枚目、痩せぎす」
「……髪の色は？」
「軍帽かぶってたから、わからねえんだとさ」
「顎の形、目の位置、鼻の高さ、唇の形状とか、眉の太さ、特徴になる黒子(ほくろ)だとか、そういう細かいことを憶えていて、初めてモンタージュってのはできあがるんだよ」ディークはきっぱり言った。
「とにかく、犯人探せってんだ！」
　ザックスが思いきり拳を振りおろした先は、ディークの端末だった。ぱきーん、ときれいな音を立て、キーボードがへし折れ、デスクもついにへこむ。
「………」
「………」
「………」ファイル保存しておいてよかったぜ。
　しばらくの沈黙ののち、アレンが冷静に宣言した。「減棒のうえ、今月の給料から天引きだな」
「そんなあ」
「自業自得だ、馬鹿者」

＊＊＊

　それでも懲りないのがザックスという男だったりする。
　ディークは例の可愛い子ちゃんとその友人たちの集まりへと、強引に彼に引きずられていった。
　夕暮れのカフェは混みあっていて、学校帰りの学生やら、まだ夕食の支度には早いとばかりに主婦の団体やらが、あちこちでおしゃべりをしている。彼らは三人がけの丸テーブルに椅子を無理やり詰めこみ、コーヒーと紅茶とソーダ水をかこんでいた。
「だからさあ」ザックスはまだ気になって仕方がないらしく、彼女の心を奪った誰かのことを訊いている。「背の高さって、どのくらいだったんだよ？　おれら結構、みんな高いけど」
「そんなこと言ったって」彼女は眉を寄せ、一生懸命思い出そうとしていた。「あたしより高かったのは確かよ。結構親切でさ。あたしが自販機で間違えて買ったジュースと自分のと、気軽に取り替えてくれたんだ。男の人が好きで飲むようなものじゃないから、きっとあたしが困ってるの知ってて買ってくれたんだと思う」
「へっ」ザックスは面白くなさそうに顔をしかめる。「そういう、あからさまな手に乗るなよ」
「ちなみに、なんのジュースだったんだ？」ディークはいちおう訊ねてみた。
「あたしはミックスオレンジが欲しかったの。ちょっと炭酸の入ってる甘いやつ」
「あの神羅印のやつか？」ザックスが、あのめちゃくちゃ甘い味を思い出したように口もとに手をやった。「あんなん、飲むやつがいるとは」
「悪かったわね。あたしは好きなのよ」ふんとそっぽを向く彼女。
　彼女の友人のほうが身を乗り出した。「それで、誰だかわかったの？」
「わかんねえから訊きにきたんだ」ディークは応えた。
「うーん」友人は両肘をついて顎を支えると、ばちんと彼にウィンクしてくる。「あたしは名前もわからない人より、目の前にいる人のほうがいいけどね。ソルジャーさんって、みんなかっこいいし」
「ども」ディークは無感動に呟いた。ああ、おれ、こんなことしてる暇ねえんだけどなあ。勉強しねえと。
　けど、ザックスのことだから、しつこく犯人を探し当てるまで騒ぎとおすか、もしくは明日には忘れてるかだよな。できりゃ、後者であることを願いてえんだが。
「だからさ、あんたも」と、少女たちは手を取りあう。「夢ばっかり見ないで、このへんで手を打ちなさいよ」
「このへんって、ひでえ」ザックスが肩を落とす。「おれ、これでも自信あるんだけど？」
「普通、かっこいい人は自分からそんなこと言わないわよ」手厳しく彼女は言って、ころころ笑った。「じゃあ、今日はカラオケ行こう。おごってくれるんでしょ」
「はいはい」
「ちょっと待て」ディークはさすがに手をあげた。「おれ、そこまでつきあえね――」
　ザックスの手が彼の口を塞いだ。「もちろん朝までつきあいますとも！」
　勘弁してくれ。
　がっちりとザックスに肩を掴まれ、カフェから引きずり出されたとき、そのすぐ横の大通りを、一台のバイクが疾風のように通りすぎていった。女の子たちがいささか遅めの悲鳴をあげた頃、交通課の車がうんうん唸りながら走っていく。
「ありゃ、クラウドだな」ザックスがディークの首を抱えこんだまま、彼らの行方を目で追った。「あいつ、またメットかぶってねえじゃん。そのうち、アレンにチクってやる」
「その前に忠告してやるのが友情ってもんじゃねえのか？」ディークは溜息をついた。
「へえ、あれが幻のチョコボライダーなんだ？」
　可愛い子ちゃんの突然の発言に、ディークもザックスも彼女を振り返った。
「なんだそりゃ？」ザックスが呟く。
「うちの兄さんがさ、久しぶりの好敵手だって燃えてるのよ」彼女は友人と頷きを交わし、ザックスやディークのほうへと内緒話でも持ちかけるように身体を傾ける。「ところがね、ナンバーから持ち主を割り出そうとしても、どうしてもセキュリティに引っかかって出てこないんですって。こうなったら本人を捕まえるしかないって、毎日はりきってパトロールしてるの」
　ディークはザックスと顔を見あわせた。まあ、あのバイクの持ち主は大将ってことになってるしなあ。神羅としちゃあ、天下の英雄が交通法違反常習者になったら困るだろう。もっとも、違反してるのはクラウドなんだけど。
「あのよう」ザックスが、ややうわずった声で訊ねる。「あんたの兄さん、なにしてるの？」
「神羅の交通課にいるわよ？」
「ごめん」ザックスはきっぱりときびすを返した。「残念だけど、あんたとはいいお友達でいたいんだ」
　彼女はその背中に叫びかける。「なによ、おごってくれないんなら最初からそう言ってよ。その代わり、あのかっこいい人紹介してよね！　聞こえてる？」
　ザックスはとっとと消えていき、逃げ遅れたディークは彼女たちとカラオケにつきあわされる破目になった。ああ、おれの試験勉強……。
　なんとか解放されかけようとしたのが、夜中に近い時刻だった。ジュノンはミッドガルほどではないにしても眠らない街である。大通り、裏通りかかわらず、バーや居酒屋は盛況だ。若い彼女たちは元気いっぱいで、大人っぽい店の前で立ち止まっては、ディークにおねだりの目を向けてくる。
　だめだ、だめだ、どれほど懇願されようと、明らかに未成年とわかるあんたたちに酒を飲ませるわけにはいかねえんだよ。だいたい、ザックスもなんだって、こんな少女たちに声をかけたんだか。最近のあいつ、好みの年齢が下がってきてねえか？
　とっとと少女たちを自宅へ送り届けようとしていたディークだが、またまたちょうどいいところに、ボードとクィンが声をかけてくるものだ。ああ、なんて狭いんだ、ジュノンって。
「軽いアルコールぐらい、いいじゃねえか」ボードが不満げな少女たちの意見を聞いて、気楽に頷く。「おっしゃ、おれらがおごってやるからよ。こういう、まじめで石みてえに堅い男は放っときな」
「堅くならざるを得ねえんだよ！」ああ、アレンの苦労がわかるぜ。ほんとに、ジャックはどこ行っちまったんだよう。
　羽目を外せば、とことんまで行くボードとクィンに、いたいけな少女たちを任せるにしのびず、ディークは結局、明けがたまで官舎には帰れなかった。

＊＊＊

「それでよ、彼女たちから聞いたのよ」
　翌日、ボードとクィンがザックスを捕獲し、執務室の隣にある応接、兼物置部屋で彼を慰めて（？）いた。
　本人たちは内緒話のつもりだろうが、こっちにまる聞こえだって。ディークは練習問題をこなしながら、何度も溜息を抑えた。
「いや、もういいんだ」ザックスの疲れたような声が響いてくる。「おれ、あの子とはつきあえねえよ。なんてったって、交通課に家族がいるんだぜ」
「そんな障害ぐらい、どうってことねえだろ」
「だからよ、その障害を乗り越えるだけの価値があるのかどうかが疑問だし」
「失礼なやつだなあ」クィンが、どうやら殴りつけたらしい。「あんなぴちぴちした若い女の子、これから先、おまえに捕まえられるか？」
　うだうだと話しこんでいる横を、クラウドが素通りしてコーヒーを沸かしにいった。いったい、今日のお代わりは何度めだったかな。まったく暇すぎて、大将の灰皿はすでに峻厳な山を作っている。
　そうだよな。暇がいちばんいけねえんだ。ソルジャーどもに暇を与えたら、馬鹿なことばかりで人生無駄にしちまうよ。とっとと仕事持ってきてくれねえかなあ、アレン。あ、いや、だめだ、いまミッション入っちまったら、おれが試験に間に合わねえ。
　いっぽうでは、ぐるぐると同じ話題をめぐりながらの人生相談、いっぽうでは黙って煙を吹かしている大将と眠そうなチョコボ。そのあいだで、ディークは黙々と試験問題に取り組んでいた。
　ああ、ちくしょう、わかんねえ。この部隊動かしたら、こっちが孤立するし、見捨ててもいいのか？　いや、だめだよな。ってか、こういうシミュレーション上だと各隊の指揮官は言うとおり動いてくれるけどよう、例えばザックスだとかボードだとかだったら、こんなルートで動かしたら、絶対、ウータイに遊びに行っちまうよな。
　またクラウドが、ディークの横をぴょこぴょこ通りすぎていく。
　南からチョコボ部隊でもあがってきてくれねえかなあ。違う、違う、そうじゃねえ、チョコボを頼っていてどうする。
「だめだ」クラウドがぽつりと呟いた。
　ディークはまばたきして、画面を見つめながら徐々に現実世界に浮上した。「……なにが、だめ？」
「ああ、ディークじゃないんだ」少年は、びしっと大将を指さした。「あんた、コーヒー飲みすぎ。もう、出がらししかないよ」
「買ってこい」と、大将がカードを投げつけた先はザックスの後頭部だった。クラウドをこき使ってる割には、このフロア以外へのお使いはさせねえんだよな、この御方は。
「おおっ」ザックスが上官のカードを拝むように両手で持って掲げた。
「使い放題か？」ボードとクィンが、やんやとはしゃぎはじめる。
「こらこらこら」ディークは慌てて止めた。「大将、わざわざ外で買ってこなくても、総務から――」
「あれはまずい」
「わがままだよな」クラウドが吐息をついた。「ちょっと時間くれれば、おれ、これから医者行くから、ついでに」
　その場にいた全員が、ぎょっとして少年に注目した。
「いしゃ？」ザックスが鸚鵡返しに問いかける。「おまえが医者？」
「しょうがないだろ」クラウドはわずかに眉を寄せた。「アレンの命令なんだ、おれだって行きたくないよ」
「ふん」大将は、また新しい煙草に火を点ける。「痛みぐらいで眠れないとは」
「半端じゃないんだぞ」クラウドはむっとして反論する。「あんたに腕捻りあげらたうえ、踏みつけられてるぐらい痛いんだからな」
　そりゃ、相当だ。
「痛みって、おまえ、どっか怪我したのか？」ザックスがソファの背で腕組みするようにして身体を返してきた。
「ザックス」クラウドが半眼になって彼を睨みつける。「眠れないのは、あんたも原因のひとつなんだ」
「おれ、なんかした？」
「夜中、うるさいんだよ」
「いつも気にしねえくせに」
「痛みが収まって、さあ寝ようってときに、いきなり誰かの名前叫び出されると、ぎくっとして眠れなくなるだろ」
「結構、神経細いなあ」
「あんたが太すぎるんだ」クラウドはついに、ザックスの顔面に軍靴の底を叩きつけた。
　ザックスがその足にすかさず食いつき、ボードが引き離しにかかるのを、クィンがなにを勘違いしたのか殴りつける。
　修羅場になりかけたところへ、「クラウド」と、アレンがドアから顔を出した。「遊んでいないで、さっさと来い。予約の時間に間に合わんぞ」
「このでかいの、取ってくれないと」ザックスとクラウドはすでに、どっちがどっちの首を絞めているのかわからない状態になっていた。
「医者って、基地の医療部だろ？」ボードがクィンを背負い投げながら訊いた。「予約なんか必要だったか？」
「いや、シュウが行きつけている民間の整骨院で処置してもらうことにしたのだ」アレンが慣れた手つきでザックスからチョコボを回収する。
「なんで、わざわざ民間？」ディークは眉を寄せた。
「どこかの誰かみたいに、うっかり科学部門の薬飲ませるやつがいるからじゃねえのか？」ザックスが玩具を取りあげられた子供のようにむくれて呟く。
「飲ませたのはおまえだろ」ディークは反論した。「おれがちゃんと用法を読みあげようとしてたのに、ひとことも聞かずに……」
「まさか、科学部門からもらってくるやつがいるとは思ってなかったんだよ」
「人のせいにするな！」
　言いあいをしているうちに、クラウドはアレンに引きずられて出ていったらしい。気がつけば、ふたりの姿は室内になかった。
「なあ、シュウの行きつけって、あいつがなんで整骨院なんかに用があるんだ？」クィンが疑問を提示する。
　ディークは喉首を絞めあげてくるザックスを蹴り飛ばしながら、そういえばそうだなと考える。ソルジャーが肩こりや腰痛に悩まされるはずはない。
「うおっ」ザックスが急に叫んだ。「あいつを忘れてた！」
「なんだ？」
「おれの可愛い子ちゃんを横取りしようとしたやつだよ」ザックスは手近の椅子に拳を叩きつけて粉々にする。「ちくしょう、あいつをチェックしてなかったぜ。残ってるのは、あいつだけだもんな。おれを出し抜こうとした罰だ、交通課つきのあの彼女、押しつけてやる」
「ほんとにあいつか？」あのウータイ人が、いかに可愛い子でも、ジュースをだしにお近づきになろうなんて、そんなことをするかね。
「だってよう、あいつじゃなかったら、あとは大将とアレンしかいねえぞ？」
「けど、アレンは面倒見がいいぜ？」ボードが小声で呟く。「よそいきの笑顔でも見せりゃ、ファンクラブのひとつやふたつ、楽に作れそうなんだけどな」
　ザックスはしばらく考えこみ、そのまま椅子に坐ろうとした。だが、先ほど粉々にしたばかりだということをすっかり忘れていたらしい。見事にひっくり返って頭を打っていた。
「ちくしょう、おれ最近、ついてねえよ」
「自業自得だって、よく言われるだろう、おまえ」ディークは溜息をつき、端末に向きなおって勉強を開始しようとした。
「おい」と大将の抑揚のない声が、みなの注意を惹く。「セキュリティ・ドアの前に客だ。今度は誰が交通課の世話になった」
　ソルジャーたちが同時に呻き声を洩らす。
「おれ、ここ数日、世話になってねえぞ」ザックスは床の上で胡坐をかいた。「クィン？」
「おれだって避けてるよ」と、彼はボードへ視線をリレーしていく。ボードも首を振った。
「さっさと用件を確認してこい。部外者がこのフロアにいるのは気に入らん」大将がじろりと彼らを睨みつける。
　ディークはしぶしぶ腰をあげた。ほかの三人がぐずぐずと役目を押しつけあっていたからだ。
　二重になったセキュリティドアは、どちらも一面に強化ガラスが張られていて、誰がそこに立っているかは一目瞭然だ。確かに交通課の藍色の制服を着た、中肉中背よりはややがっしりしている男がいる。アライグマとキツネを足して割ったような顔で、無精髭を撫でながら、いらいらと彼は待っていた。
　ディークが近づいていくと、彼は、どんとドアを叩く。もちろん、普通の人間が体当たりしたぐらいで割れるようなガラスではない。「さっさとあけろ！」
　第一部隊(ザ・ファースト)のオフィスに来て、こうまで横柄な態度を取れる人間は稀だな。ディークはまじまじと彼を見つめた。「誰だ？」
「交通課のスミス巡査だ！」いちおうスピーカーを通して不便なく会話できるというのに、彼はあくまでもガラス越しに怒鳴りつけてくる。「この部隊に俺の妹に手を出したやつがいるだろう！」
「は？」
　ディークがまばたきしていると、彼のうしろに隠れていた少女が申しわけなさそうな顔を出してきた。「ごめんなさい……夜遊び、お兄ちゃんにばれちゃって」
　マジに勘弁してくれ。

＊＊＊

　ディークは彼らをなかに通すつもりはなかったというのに、ザックスやボードどころか、騒ぎを聞きつけたほかのソルジャーたちまでもが談話室から出てきて、暇つぶしとばかりに兄妹を歓迎しやがった。
「いやあ、交通課には世話になってるよな」
「もちっと、うるさいこと言わないでくれりゃいいんだけどよ」
「だいたい、おれら、違反はしてねえんだ。ただ走ってるだけでさ」
「そうそう、友達同士で殴りあうのは、べつに犯罪じゃねえだろ」
「目測誤って、バケツとか壁とかガードレールとか、ひしゃげちまうけどさ。大目に見てくれよ」
「交通法違反者は、なにがあろうと必ずとっ捕まえる、それが俺の仕事だ！」スミス巡査は大きく両手を振りまわし、周囲に群がる大柄な連中を懸命に遠ざけている。「ソルジャーだろうとなんだろうと、手加減するものか。いったい、どこの誰だ、未成年者をかどわかして酒飲ませた馬鹿野郎は！」
　いや、かどわかしてねえって。
「とにかくよう、フロアに入れちまったもんはしょうがねえ」どさくさまぎれに逃亡しかけるザックスをきっちり引き止め、ディークは昨夜、彼女といっしょに飲んだクィンやボードともども、兄妹を応接室に押しこんだ。
　そのとき、なぜか簡易キッチンに立っていた大将が、ものすごく不機嫌そうな目でこちらを睨んでくる。長身の英雄が手にしているコーヒーポットには、明らかに出がらしとおぼしき薄い琥珀色の液体が入っていた。
「俺は、部外者を叩き出せと言ったはずだが？」
「いや、努力はしたんですって」
「むむっ！」ディークを押しのけ、スミス巡査が大将の前に出てくる。「きさまだな、俺の妹を――」
　その妹の悲鳴が、彼の行動と、うるさいと言わんばかりにはたき飛ばそうとしていたセフィロスの動きを止める。「お兄ちゃん、その人は違うってば！」
「なにが違う？」巡査は妹を振り返りながら、びしっと大将の顔に指をつきつける。「おまえのパスケースに入っている写真と同じ顔だぞ！」
「あんた、セフィロス知らないのか？」クィンが呆気に取られたように、ぼんやり呟く。
「珍しいやつだな」ボードも頷いた。
「なにがセフィロスだ、俺はスミス巡査だ！」
　ばしゃ。
　セフィロスが彼の頭の上でコーヒーポットを逆さまにしていた。「やかましい」
　熱いと喚いて駆けずりまわる巡査を、ボードとクィンがかついでシンクに突っこみ、水道を全開にして冷やしてやる。
「大将、あんたな」ザックスが、ここぞとばかりに説教体勢に入った。「一般人に、なんてことしやがるんだ。あんたも手加減てもんを覚えろよ。だからクラウドだって、あんな容赦なしの悪ガキに育つんだぞ」
　大将は無言でザックスを見返した。空(から)のポットを持ったまま微動だにせず目だけを細めていくその無表情に、ザックスもさすがに冷や汗を流しはじめたらしい。
「わ、わかった、わかった、ちと、うるさかったよな」ザックスは急いで手を振った。「これからは、もっと静かに話しあうからさ」
「ふん」セフィロスは身体を返し、再び出がらしでコーヒーを沸かしはじめる。
　どうでもいいけど、もういいかげん色もつかねえんじゃねえか、それ。神羅の配給物がまずいと言いながら、どうしてそういうもんが飲めるのかね。そもそも、大抵クラウドが淹れてるんだから、どんな豆使ったって同じだろうに。この御方も、よくわからねえよな。
　ややテンションが低くなったスミス巡査の頭に、以前、クラウドが使った収斂剤(アストリンジェント)をたっぷり塗りつけ、彼らはこそこそと話しあいはじめた。
「だからよう」ザックスはがりがりと髪をかきながら、辟易したように呟いた。「確かに、おつきあいは申しこみましたよ。確かにね。けどよう、おれは健全に陽が傾いたらお別れしたんだって」
「ありゃ、逃げたって言うんだ」
　ディークのぼそぼそ声を、立派なお兄さんは聞き洩らしてくれなかった。「逃げた？　妹置いて逃げた？」
「いや、そうじゃなくて」慌てて訂正しかけるが、遅い。
「ふざけんな！」立ちあがってテーブルに足を乗せた巡査は、そのままザックスに掴みかかろうとする。
　ザックスはよけ、代わりにクィンが首を掴まえられ、がくがくと揺すぶられた。「てめえ、それでも男か、学校帰りにいかがわしいところへ連れていって、置いて逃げただと？」
「だからよう、人の話は聞いてくれよ」クィンが揺すぶられながら、うんざりしている。
　ディークは少女を横目で見やった。「あのよう」
「わかってるわ」彼女は目を逸らした。「でも、わたしには止める力がないの。お兄ちゃんはああいう人だから」
　ディークは深々と溜息をついた。類は友を呼ぶよな、ザックス？
　テーブルの上で、クィンとボードとザックスと、そしてスミス巡査が、こんぐらがりはじめている。
「だから！」ザックスが、たまらんといったように叫んだ。「おれはもう、ふられたんだ、そうだろ？」と妹のほうへどうにか首を捻って顔を向け、懇願するように手をあげた。「あんた、オレンジジュースの君がいるじゃねえかよう」
「だって、名前も知らないもの」
「どういうことだ？」スミス巡査は妹に詰め寄った。「恋人がここにいるってのは嘘だったのか？」
「恋人じゃないわよ、ただの遊び友達！」
　彼女の応えに、ザックスが心臓のあたりを押さえてわずかによろめいた。「ああ、なんでショックなんだ？」
「あほう」ディークはもう、うんざりだった。
　とそのとき、執務室から複数の足音が聞こえてきた。ドアのない（このあいだ、ザックスかクラウドか、どっちかが壊したとか）敷居のむこうに、アレンとシュウに挟まれてチョコボが帰ってきているのが見える。こころなしか足取りが軽やかなのは、たぶん、なんらかの処置を受けてきて痛みも和らいだのだろう。
　医者の処方らしいものを渡しながら、アレンが大将になにか説明しているところへと、ディークは避難を開始した。
「ディーク、てめえ、逃げる気か？」ザックスがすかさず叫ぶ。
「逃げるもなにも、おれには関係ねえだろ？」
「てめえ、それでも入隊以来の友達なのか？　おれ、いじけちまうぜ？」と言いながら、ザックスが背後から首を絞めあげてきた。
「勘弁してくれよ」ディークは彼を引きずったまま、じりじりと執務室に這い出る。「アレン、少将閣下、助けてくれ！」
　アレンは大将にカルテを押しつけると、すぐにこちらに大股に歩いてきてくれた。「なにをしている――」いったん声を途切らせ、応接室のほうへ目を向ける。
　やがて深く息を吐きながら、ひたいをこすった。「スミス巡査……きみか」
「おう、やっと話のわかるのが出てきたな」
　いや、話がわかってねえのはあんただって。
「毎度、世話になってすまんが、今度はなんだ？」アレンはまだひたいをこすりながら、再びの吐息をこらえつつ、呟いた。
「こいつらが俺の妹をかどわかし、婦女暴行を働いたのだ！」
「勝手に罪状を作るな！」ソルジャーたちはいっせいに叫んだ。
　アレンは慣れているのか、動じない。「ああ、わかった、いつものとおり、報告書にしてこっちにまわしてくれ」
「待て、いつものとおりって」ボードが巡査を指し示しながら喚いた。「こいつ、いつもそんなでたらめな捏造してやがんのか？」
「捏造とはなんだ、捏造とは！」
「ありもしねえ犯罪をでっちあげるてんだろうが」
「俺の妹をたぶらかした罪は重いぞ！」
「待て待て待て」ザックスが大きく手をあげた。「シュウ、ちと来い！」
　のろのろとウータイ人が近づいてくる。「なんだ？」
　ザックスは少女に彼がよく見えるようにクィンを押しのけた。「な、な、こいつだろ？　あんたが夢中になってるやつ」
　しかし彼女は首を振った。「違うわ」
「へ……」ザックスは一瞬、肩透かしを食らったようにまばたきしてから、おそるおそるといったようにアレンを示した。「じゃ、こいつ？」
　また彼女は首を振る。
「むむっ？」巡査がなにかを見つけたようで、ボードを押し出しながら執務室へ突進した。「きさまあ、幻のチョコボライダーだな！　昨日もまんまと逃げおおせられたが、ここで会ったが百年めだ、逮捕してくれる！」
　セフィロスとなにか言いあいをしていたクラウドが、一瞬の間をおいてこちらを振り返った。その少年の腕を掴もうとした巡査だが、セフィロスにいとも簡単に捻りあげられる。
「交通法違反は現行逮捕が原則だ」淡々とセフィロスが言い、巡査を放り投げた。「俺のバイクに乗っていた者が、これと同一人物であるという証拠を持ってこい」
「なにを言うか、そのチョコボ頭が、そう何人もいるものか！」
「チョコボ頭？」クラウドが眉を寄せ、首を傾げる。
　ザックスがいつのまにかクラウドのそばに立っていて、ぽんぽんと少年の肩に手を置いた。「チョコボ云々は気にするなよ。おまえはそのままでいいんだ」
「なんの話だ？」クラウドのそのチョコボ頭からは、ひっきりなしに疑問符が次々現われているようだ。
「あっ！」今度は妹がいきなり叫んだ。「やっと会えた、この人！」と指さしたのはクラウドだ。
　ザックスが彼を見おろし、巡査を助け起こしかけたまま、クィンとボードがかたまった。アレンとセフィロスは無表情に、しかしなんのことか怪訝そうに突っ立っている。
　再び特大の疑問符を浮かべたクラウドに、少女は駆け寄って、ちゃっかり手を握りしめた。「このあいだは、ありがとう。わたし、ミックスオレンジ大好きだったの」
　クラウドは少し考えこみ、ようやく頷いた。「ああ、おれがピーチソーダ買おうとしている背後で、オレンジ、オレンジって囁いてた子だ。おかげで、おれ、間違えたんだよな」
　ナンパされてたのはクラウドのほうかよ。しかもそんな素人(しろうと)くさい暗示に、まんまとかかるのか、おまえ。
「待てよ」ザックスが再びクラウドの肩を抱き、ばんばんと肩だの胸だの叩きはじめる。「あんた、背が高くて、クールで、ハンサムって言ってなかったか？　こいつのどこ――」ザックスはしかし、そこで急に眉を寄せて怪訝そうになった。「あり？」
「なんだよ」クラウドが彼を睨みあげる。
　クラウドの不機嫌にもかかわらず、ザックスは彼のまわりをぐるりとまわった。「おまえ、昨日に比べて一、二インチぐらい育ってねえ？」
「そういや……」ディークもチョコボ頭に手を当ててみた。「高くなってる」
「あたりまえだろ！」クラウドは彼の手を払った。「おれがいくつだと思ってるんだよ、いつまでもちびのままでいるか、ちくしょう！」
「けど、早すぎねえか？」ボードが上から下まで、顔ごと動かして眺めまわす。
「そうだよな」クィンも頷いた。
「あんたたちな……」
　クラウドが言いかけたとき、巡査が我に返ったように叫んだ。「きさまが婦女暴行犯か！」
　どうしてそうなるんだ？　ディークはもう、これ以上、なにも聞きたくなくなってきた。
「てめ、でたらめにもほどがあるぞ！」ザックスがクラウドの前に出て、なかば本気でいきり立つ。
「そうとも」とシュウが巡査の横に立って、彼を見おろすように睨みつけた。クィンとボードも腕を組み、脅迫体勢だ。
「あ、いや、その……」いきなり結束を見せたソルジャーたちに、巡査は初めて狼狽したらしい。
「スミス巡査」アレンが吐息を抑えながら声をかける。「クラウドはまだ十五歳だ。証拠もなく暫定逮捕するというのなら、青少年保護法がきみに課せられるということも頭に入れておいてくれ」
「うっ……」巡査は一歩退がりながら、なおも根性で反論した。「いや、しかし、交通違反の常習者で……」
「それは申しわけない」アレンはきっぱりと続けた。「こちらからよく言い聞かせ、守らせるようにする」
「だが、それでは示しが――」
「いいかげんにしろ」セフィロスが低く響く声で口を出した。「ここがどこかもよくわかっていない連中相手に、おまえたちも、なにをごちゃごちゃとやっている」
「セフィロス」アレンが肩越しに振り返りながら、牽制するように彼を睨みつけた。「こいつらは科学部門の人間でも軍人でもない。叩き斬って終わりというわけにはいかんぞ」
「終わらせればいい」セフィロスは抑揚のない声で言った。「こちらにはその権利がある」
　ディークはそっと冷や汗を抑えた。なんか、やばい展開になってきてるんじゃねえか？
　神羅という会社に生涯を拘束されるソルジャーは、大抵の場合、法を無視できる立場にある。例えば駐車違反で切符を切られたとしても、ソルジャー要請のひとことで突っ返すことができるのだ。それを見逃せ、勘弁しろと騒ぐのは、いわばお遊びだった。罰金を払う破目になっても、その遊びを貫くやつらもいるし。
　巡査もさすがにそのことに思いあたったのか、黙りこんだ。生命の危険が迫っている場合なのに、きょときょととあたりを見まわし、なにもわかっていなさそうなのは少女ひとり。
　セフィロスはおもむろに腕を組み、腰をデスクにもたせかけるようにして足を軽く組んだ。「とはいえ、これが違反常習者であるのは事実かもしれん。ソルジャー権限は、まだ振りまわせない身でもあることだしな」
「ということは、出頭させてくれるんで？」巡査はおそるおそるセフィロスを窺った。
「いや」セフィロスはクラウドに目をやった。「先刻も言ったが、現行逮捕が原則だ。クラウド」
「なに」
「逮捕されたら、仮免取り消しだと思え」
「捕まらなければいいのか？」
「そうだ」
「そうだじゃないだろう！」アレンと巡査が同じ言葉を叫んだ。
　だがクラウドは結局、セフィロスの指示が第一だ。「わかった」と決意も顕わに、表情を引き締めていた。

＊＊＊

　チョコボライダーは、なにがなんでも捕まるわけにはいかなくなった。そう言って、週に一、二度、交通巡回車(パトロールカー)のサイレンを鳴らさせてるんだけどな。
　クラウドいわく、「なにもしてないのに、あいつが追いかけてくるんだ。こっちだって逃げなきゃならないだろ。スピード出るの、仕方がないじゃないか」だそうだ。あの巡査を知ったいまでは、あながち少年の言い逃れでもなさそうなところではある。ただ、わざとじゃないかと思うほど、毎回毎回、ヘルメットをかぶるのを忘れるらしいが。
　まあ、捕まったところで結局は自業自得だし、捕まらなかったら……ああ、長じた先が怖いぜ。
　ところで、件(くだん)の彼女はクラウドが年下と聞いて、あっさり興味を失ったようだった。あれからも、ときどきザックスに声をかけてきていたが、最近はシュウにまとわりついているという噂も耳にする。
　そのシュウは、以前からマッサージ法を研究していたそうだ。整骨院の処方をもとに、ウータイ流の按摩術を混ぜていると言っていたが、その技術がなんにせよ、被験体になっているクラウドがちょっと気の毒ではある。
　それでも少年は、数日もすると元気に大将のお守りをしていたから、効き目はあったのかもしれない。もっとも、成長が緩やかになれば自然に取れる痛みでもあったんだがな。
　ようするに、クラウドが眠れなかった原因は成長痛というやつだった。急に背が伸びたものだから、筋肉や神経がそれにちょっと追いつかなかったというだけのこと。年齢を考えれば、かなり早いうちから伸びはじめてきたし、いままたその速度が緩くなったというなら、たぶん二十歳越えたとしてもまだ高くなるだろう。
　チョコボがでかくなったら、つまらねえじゃねえかと、ぼやきながら、しかしソルジャーたちはみな、少年の成長を楽しみにしている。
　かくいうおれも、ついつい目をやってしまうのだから、どこかで彼に期待しているところがあるのだろう。
　――そして数日後、ディークはなんとか准佐に昇級したのだった。

THE END.

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