１
ジュノン、湾岸通り。
木枯らし吹きすさぶこの寒さのなか、いつもどおり、まじめに巡回(パトロール)に出ていたスミス巡査は、そこに宿敵を見出していた。
金色のつんつん髪は風圧で多少おとなしくなっているものの、それでもそうとわかる特徴的なチョコボ頭だ。
身体に似合わず、どでかいマシンにまたがり、我がもの顔でジュノンの街を駆けまわるやつ。最近はほかにも暴走族が増えてきていたが、かれにとってあのチョコボライダーは特別だった。
こうなったら意地なのだ。
今日こそ逮捕してみせる！
かれはサイレンを鳴らし、マイクを握り、ひたすら前方を走るノーヘルのバイクを追いかけていた。
隣では、同僚があきらめたような顔でハンドルを握っている。「なあ、サイレン鳴らすたびに書類作らなきゃならねえんだけど」
「それがどうした！」スミス巡査は大音声で叫んだ。「相手がチョコボだろうが、モンスターだろうが、交通法規は守らせる。それが俺たちの仕事だろう、ちがうか？」
「いや、チョコボもモンスターも、さわらぬ神の部類にはいるんじゃ」
「あれは」と、巡査は指を突きつけた。「ただの未成年者だ！ 仮免で違反しまくっている、暴走チョコボなんだ！」
「でもよう……ソルジャーの後ろ楯がついてんだろ。充分、ちがう世界の住人じゃねえか。モンスターと同じだ」
「人類、みな平等だ！」
「いつもながら、おまえはわけわかんねえよ」
「いいから、さっさと追いつけ！」
湾岸通りはどちらかといえば産業道路で、車輌以外のものはほとんど見あたらない。市街とはちがい、店や雑居ビルもあまりなかった。あるのは人気(ひとけ)のない倉庫ばかりだ。
海からの風が横合いから車体を押してくるだろうに、チョコボライダーはあぶなげもなく、さらに遠慮会釈なく飛ばしていた。交通課の巡回車(パトロールカー)も、それにつれてスピードがあがっていく。
あのチョコボがソルジャーどもに飼われている少年だと判明して以来、スミス巡査は何度となく第一部隊(ザ・ファースト)に苦情を申し入れてきた。
しかし、大将セフィロスの返答はいつも同じだ。「つかまえればよかろう」だと。
こうなったら、意地でも現行逮捕してやる。だいたい、あのソルジャーども、以前からジュノンの街で問題を起こしすぎだ。このさい、あのチョコボから芋づる式に引っぱり出してやるからな。
だが、俺のほうはこれだけ気合いがはいっているというのに……。
「なんで追いつかないんだ！」スミス巡査は叫んだ。
「見失っていないだけ、褒めてくれよ」
「情けないことを言うな！ 体当たりしてでも止めろ！」
「むちゃくちゃな――うぉ!?」
同僚が急にハンドルを切ったものだから、車体が大きくぐらついた。スミス巡査は車蓋(ルーフ)に頭をぶつけ、握ったマイクに前歯を立てる破目になる。「なんだ、なんだ」
安全ベルトにしがみつきながら見まわせば、ちょうど巡回車(パトカー)の右手横から黒いバイクが飛び出してくるところだった。どうも、こちらを追い越し、前方をふさぐつもりらしい。
もちろん、こちらがスピード違反を追いかけているのだから、むこうも相当な速度で走っていることになる。
スミス巡査は怒鳴った。「スピードを落とせええ、交通課を追い抜くとは何事だ！」
と、かれのほうの窓ガラスが、ぱんといきなり割れる。短く悲鳴をあげて首をすくめた巡査は、並走するもう一台のバイクを見出した。それに乗っている人間の手には、棍棒が握られている。
「今度は正真正銘の暴走族だぞ」同僚がハンドルにかじりつくようにしてつぶやいた。「応援、要請しろよ。あのチョコボライダーもやばいって。絶対、攻撃目標はあっちだぞ」
気がつけば、巡回車(パトカー)を取りかこむように数台のバイクが群れてきており、先行の連中はあのチョコボ頭のほうへとスピードをあげていっている。
「こら、きさまら、それはおれの獲物だあ！」スミス巡査はマイクで叫んだ。
「いや、だから……」同僚の声は周囲のバイクが鳴らすクラクションにかき消された。
チョコボ頭がふりかえり、追いついてくる二台のバイクを肩越しに認めたらしい。
それからまた、ぐんと速度をあげる。だれだろうとか、なにか用があるのかとかいった疑問は、まったく思い浮かばないらしく、追いかけられれば無条件で逃げる習性でもあるようだ。まさにチョコボ。
「追いかけろ、見失うな！」スミス巡査は同僚を揺さぶった。
同僚はますますハンドルにかじりつき、前屈みの姿勢になって、どうやら気合いがはいったらしい。
チョコボを先頭に、数台のバイクと一台の巡回車(パトカー)は湾岸道路を突進していった。
＊＊＊
ディークは、自分の官舎にはいるところでザックスにとっつかまった。
どうでもいいが、いきなりうしろから近づいて首絞める癖は、いいかげん治してほしいもんだ。
「新年パーティやろう」
「勝手にやれよ」
応えてから、そういや年末だったなと、ディークはあらためて気がついた。昇級試験とかミッションとか、最近、ばたばたしていたせいで、すっかり忘れていたのだ。だいたい、第一部隊(ザ・ファースト)にはいってからというもの、年を数えるようなものとは、ほとんど縁がなくなったと思っていたのに。
ザックスはディークの首を放し、ドアわきの壁にもたれて両手をひろげた。「おれら、ソルジャーどもでやるんだよ。これまでぜんっぜん、そんなことやらなかっただろ」
「これまで数年、ぜんっぜんそんなこと考えもしなかったくせに」ディークは溜息をついた。「どうせまた、クラウド絡みなんだろ。びっくりパーティはごめんだぞ。アレンや大将の邪魔がはいるに決まってる」
「びっくりじゃねえよ。ごく普通にやろうって言ってるんじゃねえか」
おまえさんが言うと、そうは聞こえないんだ。しかしまあ、それは偏見ってものだよな。「じゃあ、幹事はボードとクラウドにまかせろ。それならやる」
「なんだよ、そりゃ？」
「店探しを普段から情報収集しているボードにまかせて、クラウドが采配すりゃ、標準的なパーティができるってもんだ」
「そうかなあ？ クラウドはチョコボなだけあって、世間のことはてんで無知だぞ」
チョコボ云々なんて言う必要がどこにあるんだ。「すくなくとも、おまえさんやシュウにまかせるよりはましだろ」
「そうか？」ザックスはまだしつこく眉を寄せる。「クラウドのことだから、大将まで誘うかもしれねえじゃねえか。おまえ、あいつの前で呑めるのか？」
「ううっ……」たとえ機嫌のいい状態であったとしても、居酒屋にあの大将の姿があるってのは……。
いや、ちょっと待て。おれら、ソルジャーだぞ？ 高給取りだぞ？ なんで普段飲んでる店のイメージばかり思いつくんだ、おれ？
ディークはひとりうなずいた。「それなら、思いきり豪勢にやればいい。健全だし、どこかホテル貸しきろう。生バンド呼んで、何人かパーティーガール用意して……」
「なあ、この部隊、十人しかいねえんだけど」ザックスがいやそうな顔で突っこむ。「全員参加するとして、また女の子呼ぶにしてもよう、十人や二十人でホテルの広いホールなんて、寂しくねえ？」
「じゃあ、ホテルを借りるんじゃなくて、パーティールームだな」
「それが無難だ」
「おまえさんから無難なんて言葉を聞くとは思わなかったぜ」
「どういう意味なんだか、詳しく訊きたいところだけどよ」ザックスは咳払いした。「まあいい、善は急げだ。パーティールームの手配は頼むぜ。おれは知りあいに連絡つけて、集まれるやつ片っ端から口説いてくるからよ」
おまえさんの知りあいってのは、ぜんぶ女の子じゃなかったか？
しかしディークが止めるまもなく、ザックスはさっさと官舎を飛び出していく。
「あのよう」かれはだれもいなくなった廊下で、ひとり寂しくつぶやいた。「いつのまに、おれが幹事やることになったんだ」
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