IT HAPPENS ALL THE TIME 2

　アレンは深々と溜息をつき、ファイルを閉じた。
　デスクに目をやれば、見たくもない書類が小山を作っている。
　巡邏隊の第三詰所でザックスがドアを壊したさいの始末書類、ボードが消火栓を魔法で爆発させてしまったときの調査報告書、シュウの密造酒、クィンの食い逃げ、そしてやはりザックスの信号機破壊。
　どうしてこうも、書類が溜まるのだ。あいつらはいったい何度、始末書を書かされれば気がすむというのか。そもそも始末書というものは、「ごめんなさい、反省しました、もうしません」という書類だというのに。
　それぞれの書類は、ほぼ完璧に整えられているので、いやがらせに書きなおしと突き返してもよかった。だがそれでは、彼らへの罰にはならないに違いない。
　なぜなら、この始末書の数々は、ほとんどクラウドが作成しているからだ。突き返しても、どのみち苦労するのはあの候補生だけだろう。クラウドもそれほど端末を操作するのが得意というわけではない。むしろ、いまだに一本指打法から上達できないでいる。
　このさい、しばらくクラウドには事務から離れてもらったほうがいいかもしれんな。もともと、デスクワークではたいして役に立っているわけでもない。
　アレンは立ちあがり、執務室を出て談話室に向かった。
「クラウドはいるか？」とドアをあければ、どたばたとあせって散らばるソルジャーども。
　テーブルの下にクィンが潜りこみ、そのむこうではボードが縮こまっている。シュウはこちらに背中を向けて畳の上で正座、カインとロバートが窓に貼りついて、引きつった笑顔を凍らせていた。ドアわきの壁にはディークが立っていたが、どんな遊びをしていたにしろ、こいつは参加していなかっただろう。ただ、止めもしないのがこの男だ。
　アレンはドアに手をかけたまま、部屋の中央で転がっている候補生を見つめた。「クラウド」
　チョコボはぐるんと身体ごと転がり、床の上から彼を見あげてくる。「なに」
「なに、ではないだろう。どうして縛られている」
　少年は両足をそろえられ、両手を後ろに身動きできないようにされていた。いったい、どこからそんなロープを持ってきたか知らんが、こいつらは、なにを考えているのか。
「シュウが縄抜けを教えてくれるって」クラウドが相変わらず床の上に転がったまま言った。
「ほう」アレンは、ずずっと茶をすすっているウータイ人の背中を睨みつける。湯呑みを持つその手がわずかに震えているのを、彼はちゃんと確認した。
　クラウドがもぞもぞと身体を揺する。「みんな、手首の関節外してみろって言うんだけど、難しいな」
「つまらんことで外すな、癖になる！」アレンは鋭く言って、クラウドを縄ごと拾いあげた。
　そして彼はゆっくりとソルジャーたちを見まわし、思いきり微笑んでみせる。「全員、執務室に来い、いいな？」
　ソルジャーたちは無言で慄えあがったようだった。

＊＊＊

「なんで、おれまで」と、ぼやいたのはザックスだ。
　アレンはデスクを叩き、無言のうちに静粛を訴える。
　執務室には九人のソルジャーがそれぞれ居心地悪げに整列していた。クラウドにはいつもの自分の端末のある席に坐らせ、セフィロスはデスクのむこうで無気力に煙草を吹かしている。
　どうせ放任主義のこの司令官は、また面倒なことをやりはじめたとでも呆れているに違いないが、面倒でもなんでも、こいつらに、いちおうの歯止めはかけておかないと。
「さて」彼は腕組みし、彼らをあらためて睨みまわした。「いろいろと候補生になにやら教えてくれているようだが、おまえたち」
「そりゃな」と、ボード。
「いちおう後輩だしなあ」クィンが頷きを繰り返す。
「縄抜けの訓練と言って縛りあげ、サバイバル訓練と言って掃除用具入れに閉じこめ？」
「いや、あれはクラウドが自分から入ったんだって」ザックスが弁解した。
「隠れて見つからないようにしろって言ったじゃないか」クラウドが反論する。
「だからって、掃除用具入れなんて安易すぎないか、おまえ？」
「見つけられなかったのは誰だよ」
　アレンは軽く咳払いした。「酒を呑ませようとしたやつもいたな？」
「あんたが飛びこんできたから、未遂で終わっただろ」クィンが弱々しく抗議する。
「終わらなかったらどうする。急性アルコール中毒にでもするつもりだったのか？」
「そんなん、可愛いほうだろうが」ザックスが肩をすくめた。「屋上から放り投げようとする誰かさんよりは、なあ」
　こくこくこくと、何人かが同調して頷いた。
　アレンはちらと肩越しにセフィロスを見据えた。いつのまに、そんなことをしていたんだ。
　だがセフィロスは応えず、煙を吐くだけだった。
「いずれにしても」と、彼はソルジャーたちに向きなおる。「ザックスは言うに及ばず、全員遊びすぎだ。しばらくクラウドは隔離する。事務仕事からも外れてもらうからな。おまえたち、始末書ぐらいは自分で書いて持ってこい」
「それじゃ、おれの担当書類は誰が作ってくれるんだ」ザックスが素早く叫んだ。
　アレンが応えるまでもなく、ディークが彼を蹴り飛ばす。「たまには自分でキーボード打てよ」
「そもそも」アレンはチョコボ頭を見おろした。「なぜこんな馬鹿どもの書類を引き受けてやったりする、クラウド？」
「メシ、おごってくれるんだ」
　アレンはぐるりとソルジャーたちを見まわした。虚ろな笑いを浮かべている者もいれば、ついと視線を泳がせる者もいる。
　彼は再び黄色い頭を見おろした。「こいつらが、どこでおごってくれた？」
「下の食堂」
　アレンは溜息を抑えた。どうしてこうも、このチョコボは騙されやすいのだろう。「……クラウド、社員食堂ではもともと、神羅社員は無料で食える。スペシャルメニューでも安いうえ、給料天引きにできるからな」
　クラウドはわずかのま、考えこんだ。「そうすると、おれ、タダ働きしてたことになるのか？」
「ちぇっ」と、クィンが呟いた。「しばらく、ごまかせると思ったのに」
「まったく、ネタばらししやがって」ザックスが、がしゃがしゃと髪をかきまわした。「ばれちまったもんはしょうがねえ、クラウド、今度こそ本物のレストラン連れてって、山ほど食わせてやるからさ、むこう一年、おれの事務――」そこで、彼は慌てて手を振った。「わかった、わかった、おれの官舎に端末持ちこんででもやりますって」
　アレンはザックスを睨みつけるのをやめたが、ふと引っかかるものをおぼえ、再び彼に視線を向けた。「官舎に端末を持ちこみ、クラウドを呼びつけるようなことをするのではなかろうな？」
　ザックスは目を逸らした。「ええと」
「もういい」アレンは首を振った。「どのみち、就業時間外のほうが問題なのだ。しばらく、クラウドは俺の官舎で預かる」
「なんだよ、そりゃ？」
「預かるって、チョコボの雛じゃねえんだぞ」
「あんたんところ、高級幹部用の官舎だろ？」
「セキュリティ、めちゃくちゃ厳しいし」
「夜這いに行けないじゃないか」
「おまえたち、たまにはまともに呼び鈴を押そうというやつはいないのか」アレンは吐息をこらえる。
「おれはどこで寝るのも構わないけど」クラウドがぼんやりと呟いた。「おれの部屋を通り道にするやつにも慣れたし、部屋に変なものが増えてても驚かなくなったし」
　少しはプライベートというものを意識してほしいものだが……このチョコボそのものが、本当は問題なのかもしれんな。
「わかった」アレンは両手を腰に当て、きっぱりと宣言した。「このさい、ついでに官舎に内装工事を入れる。役に立たなくなったドアは片っ端から直してもらうからな。電子キーも最新のものに取り替える」
「いきなりかよ」
「また暗証番号が変わっちまうじゃねえか」
「カードキーなんか、すぐなくしちまうんだって」
　やんやとブーイングの嵐が起こったが、アレンは無視した。「クラウド、着替えだけを持って今夜からうちに来い」
「でも」と、クラウドが見あげてくる。「これって、おれ、とばっちりじゃないのか？」
「クラウド」アレンはゆっくりと言った。「最近、スミス巡査と遊ぶことが、かなり増えたようだな」
「ああ、うん」
「おれの買ってやったヘルメットが倉庫で埃をかぶっていたな」
「ああ、うん……」
「おまえは隔離期間のあいだ、みっちり勉強だ」
「おれ、苦手だ」
「そんなことはわかっている」アレンは溜息を抑え、ひたいをこすった。「だが、縄抜けなど実際には役に立たないことを覚えようという気力があるなら、地図の書きかたぐらい努力できるな？」
　クラウドはしぶしぶ頷く。「……わかった、努力する」
　努力だけで終わりそうだな。まあいい。
「おい」と、セフィロスが初めて口をひらく。
　アレンは即座に返した。「おあずけ」

＊＊＊

　高級幹部用の官舎はアパートメントではなく、ごく普通の分譲住宅に見える。
　ジュノンのプレートの上ではあるが、コンクリートの土台に載ったそこをきっちりと区切り、四人家族でも広いと思えるぐらいの庭つき住宅が並んでいた。
　一般兵が狭い寮のなかで、ひと部屋に五人、六人と詰めこまれているいっぽう、高級幹部はこうして優遇されるものだ。
　それらの裕福そうに見える家で、ひとり暮らしをしているのはわずかしかいない。大抵の高級将校は家族を抱えているからだった。
　そのわずかのなかにアレンもセフィロスも含まれていた。ソルジャー専用として、アパートメントを十名ほどで借りきっているザックス以下の住居とは違い、ソルジャーだからと特にエリアを仕切っているわけではない。しかし、おそらく無意識的にだろう、通勤路を往復する社員も、近所の奥さまがたも、その続きの二軒は避けるようだった。べつに幽霊屋敷と思っているわけではないはずだが、しょっちゅう空家同然になることは否めないし、近所づきあいなど、それこそ論外だ。
　おかげで彼らの官舎の周囲は、閑静ななかでも、さらに人気(ひとけ)のない区画になっている。
　もとより神羅の敷地内であるうえ、セキュリティもトップクラスとなれば、いくら人気(ひとけ)のない場所でも空き巣や強盗が押し入ることはまずない。家主の素性を知ればなおさらだ。
　しかし。
　年も明け、新年気分も抜けかけたこの季節、その夜は物好きにも、夜陰に乗じてこっそり近づいてくる数人の影があった。
　アレンは照明を落とした寝室から、庭をこそこそ横切る人間をしっかり確認していたものだ。
　やはり来たか。懲りない連中だ。
　セキュリティを手動で切っておいて正解だった。へたに通報が行って、巡邏隊が押し寄せてくるというのも迷惑な話である。
　それにしても、でかい図体を一生懸命縮め、苦労して匍匐前進したところで、ほとんど無意味なことだとは考えないのだろうか。同じソルジャーだというのに、俺に見えないと思っているのか、あいつらは？
　頭に木の枝を括りつけたシュウが身を屈めて塀の上を走っていき、その下をクィンが音も立てずに茂みを越えてくる。庭はもちろん荒れ放題だ。そこかしこに藪が繁殖し、雑草が足を取るはずだった。これがミッションで、伏兵、または斥候任務であれば、優秀以外の評価はなかっただろう。
　あいつらはどうして、こういうどうでもいいことには真剣になり、仕事となると途端に効率が悪くなるのか……。
　と、屋内で人の気配がした。おそらく、先行していたロバートとカインが寝室に接近しているに違いない。
　しかし彼らは、なかなか動こうとしなかった。どうやら、セキュリティが切られていることに警戒心がうずいたのだろう。
「なにやってるんだよ」クィンの声が微かに漂ってくる。
　本人たちは最小限に低めて会話しているのだろうが、この静寂の夜のなか、同じソルジャーのアレンの耳に拾えないほどではない。
「だってさ、なんか変じゃねえ？」
「いいから、寝室忍びこもうぜ」
「待ちかまえてるかも」
「チョコボを救出するのに、危険はつきものだろうが」
「アレン以上にチョコボ本人がな」
「あいつ、寝てるだろうなあ」
「ナイフ取りあげててくれりゃいいんだけど」
「とにかく行こうぜ」
　アレンはそっと移動し、ベッドわきのカーテンの陰に身を寄せた。外の光からは完全に影になり、ドアをひらいても、なかなか目の行かない場所だ。
　四人の侵入者はそろそろとドアをくぐってくると、床を這うようにしてベッドに辿りついた。
　だが、すぐにそこが空(から)なのに気づいただろう。そこまで鈍くはない連中だ。
　無言で薄闇のなかで合図しあうと、ふたりが出ていき、ロバートとクィンはクロゼットをあけた。
　アレンは吐息を抑えながら一歩踏み出す。「俺がそんなところに隠すと思っているのか」
　ぎくうっと凍りついたようになったものの、クィンが気丈に振り返った。「いやあ、あんたのことだからさ」
「なぜ俺のことだからになる」
「あんた絶対、びっくりチョコボ箱ぐらい考えてると思う」
「人格を疑うような趣味を勝手に想像するな」アレンは剣(ラグナロク)を鞘走らせ、同時にカーテンを引きちぎった。
　ロバートにそのカーテンを投げかけて視界を塞ぎ、クィンの足もとを狙って剣を薙ぐ。
「上官のくせに、本気でやりやがって！」
「やかましい」アレンは再び剣を薙ぎ、横のサイドテーブルを粉々に砕いた。「俺はいま、一介の住人として押し入ってきた強盗をとっちめているのだ」
「一介の住人が、剣なんか振りまわすもんか！」
　クィンの叫びと同時に、ロバートがカーテンの下から蹴りこんでくる。
　アレンは身体を返し、すぐさまカーテンの端を握ってもう一度、今度は彼の上半身に何重か巻きつけた。クィンが逃げ出すあいだに、素早く括って動きを封じてしまう。
　じたばたと足だけで暴れるロバートを引きずって、アレンはリビングへと出た。
　ほぼ同時に、玄関のほうで爆発音。
　どうやら張ってあったピアノ線を引っかけたらしい。ボードが来ると思っていたから、Ｓマインを仕掛けておいたのだ。あいつは大抵、地雷を踏む行為をするからな。
　だがボードでなくても、慌てて脱出しようとしているやつらは足もとなど注意しないものだ。アレンは、泡を食って走りまわる侵入者たちを次々と引っ捕まえ、リビングに並べて転がした。
　照明をつければ、むっつりした顔々がこちらを見あげてくる。
　シュウが溜息をついた。「貧乏くじ引いた」
「まあ、確かに外れだったな」クィンがひらきなおったように胡坐をかく。
　アレンは片眉をあげてみせた。「これだけとは少ないな。残りはどうした」
　誰もがあさってのほうを向き、黙秘権を行使する体勢だ。
「どうせ」アレンは彼らを順番に蹴り飛ばしていった。「全員が全員、チョコボのいない夜を我慢して、おとなしくしているわけがあるまい。いつごろ来る？」
「いや、どうぞそのまま、おやすみになってくださいって」ロバートがカーテンのなかでもごもごと言った。
「ザックスが諦めるわけはなかろう。素直に吐かないと」
「吐かないと？」クィンが上目遣いになって、訝しげに訊く。
「セフィロスと呑み比べをしてもらうことになるぞ」
　わずかのあいだ、その意味を考えたらしい沈黙がおりる。
「わかったよ」クィンが両手をあげた。「それだけは勘弁してくれ。あの大将にまっすぐ見据えられて、酒なんか呑めるもんか」
「それで、ザックスはどこだ？」
「その大将の官舎。この隣」
「ほう？」
「おあずけって言いながら、あんたのやることはお見通しだって、ザックス、自信ありげだったからさ。いまごろはもう、襲撃かけてるんじゃないか？」
「そうか」アレンは吐息をついた。やれやれ。こっちもお見通しだと、あのサルも気づかんのだろうか。
「のんびりしてますね、副官」カインがそっと囁くように訊く。
　アレンは微笑んだ。「俺は、いちばん安全なところに隠したつもりだからな」

＊＊＊

　こそ泥どもをとっとと追い出すと、アレンはセフィロスの官舎に向かった。
　案の定、家の周囲には幾人かの気配。そうでなくとも、ザックスの大剣(バスターソード)の柄が茂みから飛び出しているのが見えたものだ。あれは頭隠してなんとやらというものだな。
　玄関を入り、ほとんど使っていない殺風景な部屋を控えた、やはり殺風景な廊下を進むと、リビングに突き当たる。
　会社が定期的に内装を取り替えてくれるため、十年使っていても厚い絨毯は柔らかく、足音も殺してくれる。
　その絨毯の上にクラウドが胡坐をかき、ガラステーブルにテキストとノートをめいっぱい広げていた。その正面ではセフィロスがソファに坐り、珍しくも疲れたような顔をし、わずかに背を丸めている。
　アレンが異常がないかどうか訊こうとする前に、クラウドが鉛筆を軽く振った。「なんで、０・６かける０・３が０・１８になるんだ。１・８じゃだめなのか？」
　アレンは脱力しそうになる危険を考慮して立ち止まった。なぜ少数点の乗算をやっているのだ？
「……確か俺は、地図の引きかたを教えておいてくれと言ったはずだが」アレンは、ぼんやりと言った。
　セフィロスがじろりとこちらを睨んでくる。「縮尺でつまづいたのでな。いま、やっと分数を把握したところだ」
　アレンは軽い眩暈をおぼえた。クラウド……おまえ、本当に幼年学校を卒業できるのか？　資格を取れたというのは、なにかの誤報ではないのか。
　セフィロスは、なぜ助け船を出さないのかと言わんばかりに再び彼を横目で睨んでから、軽く吐息をついた。「０・６を分数に直してみろ」
　クラウドがチョコボ頭を捻って考えこみ、そしてきっぱりと顔をあげる。「６分の１」
　セフィロスはテーブルの縁に手をかけ、そのままひっくり返した。テキストやノート筆記具がばらばらと飛び散ったが、クラウドはしっかり身を反らして避難している。
「アレン」セフィロスは憮然としたようにソファの上で腕組みした。「こういう役は、俺には合わん」
　クラウドも絨毯の上で胡坐をかきなおし、振り返ってくる。「おれも、アレンが教えてくれるほうがいい」
「もう少し、そのザル頭の目を細かくしてくれれば、つきっきりでも教えてやれるのだが」アレンは手を振り、セフィロスに向きなおった。「いろいろと群がっているが、セキュリティは？」
「切ってある。騒ぎはごめんだ」
　ソルジャーどもが押しかけてくるのは騒ぎとは言わないのだな。
　アレンはリビングを突っ切り、寝室のほうへと踏みこんだ。
　ベッドとサイドテーブル、備えつけのクロゼット以外、なにもない殺風景な部屋。セフィロスの官舎は、どの部屋もこんなものだ。
　何事にも興味を動かされない男なだけに、会社が与えるもの以上のものをこの生活圏に入れることは、まったくしない。ＴＶさえ、この家にはなかった。
　戦うために生まれたらしいと揶揄してみせる鬼神。みずからの素性も知らされず、戦場に送り出されるだけの道具だと、むしろそのためだけに自分の存在を認めている男だ。
　閉ざされた視界、閉ざされた世界、それらを支配することのみに、これまでの時間を費やした男。そんな者が、自分の生活などに目を向けるわけがない。
　たったひとつを除けば、この男には、なにもかもどうでもよかった。どこで息をしていようが、同じだったのだ。
　たったひとつの出口だけ。狂気の檻をあける金の鍵。
　アレンは惜寂とした暗い寝室を眺めたまま、わずかに苦笑した。
　その鍵が自分でなかったのは少し残念ではあるが、あれが選んだことだ。なにも欲しがらなかった鬼神が唯一、見つけたものだからな。
　急ぎすぎている感がないでもないが、これまでの闇の深さを思えば、それも仕方がない。せめて、なにもかもぶち壊しにならないように見ていてやらんと。
「むこうも痺れを切らしているだろう」セフィロスの声がアレンの耳を打った。振り返れば、セフィロスが壁のスイッチに手をかざしている。「明かりを消して誘ってみるか」
「俺が先に外に出る」アレンは急いで言い、玄関に向かった。
　クラウドが訝しげに彼らを見比べたらしい。「なあ、みんなと、なに喧嘩してるんだ」
「単なる気晴らし(ゲーム)だ。黙ってじっとしていろ」セフィロスが応え、アレンがドアをあけると同時に電気を消したようだった。
　変なところで素直なクラウドは、言われたとおり、じっと部屋の隅で立っていることだろう。
　いちおうは将来を期待してやるが、クラウド、あともう少し利口になってくれればと願わずにはいられんぞ。

＊＊＊

　いったん外に出たアレンは、裏にまわったところでクリスのナイフの挨拶を受けた。
　小物使いではいい腕をしているソルジャーだが、いかんせん、ひらきなおりかたが、ザックスやボードほど徹底していない。上官に斬りつけることに躊躇をおぼえているようだった。彼の動きはわずかに鈍く、振りこんでくるたびに隙ができる。
　アレンはクリスの手首を甲ではじき、足払いをかけて転ばせておいてから、その背中を踏みつけた。「ゲームオーバーだ。とっとと帰れ」
「イエス・サー……」彼はうつ伏せになったまま、脱力したようだった。もう、なにをする気もなくしたことだろう。
　アレンは彼を放置し、寝室に面した裏庭へと慎重に移動する。
　案の定、明かりが消えたことと、アレンが官舎を出たことを確認したらしいザックスが、ディークを急かして窓をあけさせていた。
「なあ」と、ディークが囁ている。「おれ、気が進まねえんだけど」
「いいから、やれよ」ザックスが彼の肩を拳で小突いた。「ここまで来たんだから、アレンには絶対ばれてるって。どうせ怒られるなら、クラウドだけでも奪回しようぜ」
　なにが奪回だ。アレンは踏み出しかけ、ふと漂ってきた魔法の気配に眉を寄せた。おそらく別の場所でボードかニックが侵入を試みて、魔法を使ったのだろう。
　その気配が消えるか消えないかのうちに、ぱっと花火のような火炎(ファイラ)の光が家屋の輪郭を浮かびあがらせ、ボードの悲鳴が微かに響いてくる。
　真正面からセフィロスに当たったな。運の悪い。
「なあ」と、ディークがまた囁いた。「大将、邪魔しにくるぞ」
「うるせえな、やるってったらやるんだ！」ザックスは苛立たしげに窓を蹴りつけ、派手にガラスを割ってなかに飛びこんでいった。
　ディークがのろのろと続こうとするのを、アレンはその襟首を掴んで遠ざける。
　叫びそうになる彼に鋭い睨みをくれてやり、アレンはもういっぽうの手で庭の外を指し示した。ディークはこくこくと頷き、きびすを返していく。
　さて、最後のザックスは、さすがに武器にものを言わせなければならんな。脅しすかしで諦めるやつではない。なにしろ、クラウド以上にあの鬼神の前でとぼけていられる男だ。
　アレンは破壊された窓枠に手をかけ、しかし一瞬、虚しくなった。
　なぜ俺は、こんなことで真剣に戦術を考えているのだろう。
　……仕方がない。ザックスに、「もう、チョコボで遊んだりしません」と宣誓させなければ、この争奪戦は終わりそうにないからな。
　チョコボで浮かれて騒ぐことが少なくなれば、処理する書類の量も減るはずなのだ。ザックスの始末書の半分は、クラウドにちょっかい出して反撃され、エスカレートすることが原因だった。
　それを言えば、クラウドも同罪なのだが……候補生の痕跡を消している手前、少年に始末書を提出させるわけにもいかない。甘やかしているつもりはないのだが、みなにはそう見えているのだろうな。
　アレンは気を取りなおし、寝室へと気配を殺しながらそっと乗りあがった。
　ザックスは四つん這いに近い恰好でベッドのわきにしゃがみこんでいる。「クラウド」と枕もとに向けて囁いていた。「起きてるか？　寝てても攫ってくからな。殴るなよ」
　薄暗くて確認しにくいが、ベッドの枕の上には確かにチョコボ頭が載っている。
　電気は消えたばかりだが、寝つきのいいクラウドのことだ。本当に寝ていても、殺気がなければそのくらいのことでは起きないだろう。
　アレンはそっと近づき、腰の剣を抜いた。
　ところでザックスは、意外にそうした勘は鋭い。みなが動物並みと称するほどだ。
　彼は軽く舌打ちすると、飛び起きざま、ベッドを踊り越えてむこう側へ逃げこんだ。
　そしてすぐに床を大きく踏み鳴らし、背中の大剣を薙いでくる。「後ろからなんて卑怯だぞ」
「不法侵入者が、えらそうなことを」アレンは大振りのその剣を避け、下から斬りあげた。
　それを柄で受け、すぐさま返してくるザックス。
　狭い寝室で、よくもそんな大剣をと感心しかけたアレンだったが、その途端、ザックスは勢い余ってドアをぶち抜いた。
　外側にはじけ飛んだドアが、さらにまた、ばらばらになって戻されてくる。
　その直後、セフィロスが顔を出した。「俺の官舎だということを忘れていないか、おまえたち？」
「俺は忘れたりしていないぞ」アレンは叫んだ。
「気にしてられっかよ！」ザックスも叫び、天井に刃先をこすりつけながら大剣を振りおろしてきた。
　アレンは魔法を発動した。「防御(バリア)！」
　剣(ラグナロク)を強固な膜がびっしりと取りかこむ。ザックスの大剣(バスターソード)がそれにはじかれ、彼ごと壁際へ押し返した。
　絨毯を軍靴ですり切りながら、ザックスは踏みとどまる。「ちくしょう、そんな使いかたがあるかよ！」
「魔法は応用次第だ、馬鹿者」呟き、アレンは立て続けに斬撃を彼に入れこんだ。
　パワープレイヤーのザックスも、充分に武器を振れる間合いを取らせてもらえなければ、防御に徹することしかできないらしい。
　ところが何合めかで、ザックスは破れかぶれに頭突きをかけてきた。
　まさか刃を立てているところに真正面から飛びこんでくるとは思わず、さすがにアレンも青ざめる。一歩を退き、まともに剣がザックスの首に入るのを防いだ。
　まじめに殺すところだったぞ、いまのは！
　ザックスはそのまま滑るように絨毯の上を転がると、ベッドの上へと乗りあがった。
「いただき！」と叫び、シーツを引き剥がしつつ、チョコボ頭を抱えこむ。
　窓へと突進しかけだが、彼はぴたりと止まった。
　外からの街灯の明かりに、チョコボの輪郭がはっきりと浮かびあがる。
　ザックスが抱えていたのは縫いぐるみだった。
「クラウド!?」ザックスが叫ぶ。「とうとう、こんな姿に！」
「おれ、ここにいるけど」
　声に振り返れば、戸口で冷ややかに青い目を据わらせている少年。
　クラウドはますます鋭い目つきになり、非難するようにザックスを睨みつけた。「なんで、そんなものとおれを間違えるんだ」
「え？」ザックスはチョコボと少年を見比べた。「ありゃ？　ああ、ごめん、チョコボ違い……」
「見事に引っかかってくれたな、ザックス」アレンは剣を横に払いながら二歩近づいた。
　ザックスはじりじりと後退し、そしてついに叫んだ。「憶えてろ！」
　チョコボを投げつけ、アレンがそれを抱き止めた隙に、ザックスは窓からとっとと逐電していた。
　あのぶんでは、まだ諦めそうにないな。まあいい、セフィロスとクラウドには俺の家にいてもらおう。多少、Ｓマインで焦げくさいが、窓とドアを壊されたこの家よりは、まだましだ。たぶん、玄関のほうも火炎(ファイラ)でまともに使えなくなっているだろうからな。
　セフィロスがドア枠にもたれながら腕を組んだ。「今晩は、これでおひらきだな」
「おそらく」
「なあ、その縫いぐるみ、セフィロスのか？」クラウドが非常に疑い深そうな口調で訊いた。
「なにを言っている」アレンは縫いぐるみでクラウドのチョコボ頭をはたいた。「俺が持ってきたに決まっているだろう」
　クラウドは口を閉じた。なにをどう応えるべきか見失ったといった沈黙だ。
　アレンは縫いぐるみを横抱きに抱えなおすと、玄関に向かった。「どうせ多少、この家も傷むと思っていたからな。連中の官舎の内装と同時に、こちらも補修を頼んである。ふたりとも、修理がすむまで俺の家で寝てくれ」
　セフィロスは無言で、クラウドもまた無言で、彼のあとをついてくる。
「セフィロス」と、やがてクラウドのかすれた呟きが聞こえてきた。「おれ、あんたのことは慣れたけど」
「気にするな」セフィロスが珍しく、慰めるように応えたようだった。「十年以上つきあっていても、理解できんこともある。おたがいさまだ」

＊＊＊

　チョコボ争奪戦は長期化の構えを見せたが、結局、三日で終わってしまった。
　なぜなら、よりにもよって、セフィロスが音をあげたからだ。
「毎度の祭り騒ぎは構わんが、おまえまで夢中になっては、俺が事務を片づける破目になる。いいかげんにしないか？」
　アレンのデスクの上には、小山どころか溜まりに溜まった書類が山脈を作っていた。いくらかはセフィロスがじかに決裁したらしいが、この大将はこの第一部隊(ザ・ファースト)をまとめるだけあって、事務となると途端に効率が悪くなるのだ。結果、未処理の書類が累積することになる。
　どう転んでも、頭の痛い問題だな。
　もともと書類を減らすために連中からチョコボを取りあげたのだが、あまり効果はなかったようだ。だが逆に考えれば、書類など少なければ少ないほどいいというものだろう。そのうち、ペーパーレス運動を推進するよう管理部に申し入れておくか。
　とはいえ、ソルジャー部隊は機密性が濃いから、ネットワークが使えない場合のほうが多いのも確かだ。
　……悪循環だな。
　仕方がない。多少の余分な始末書は、大目に見るしかないのかもしれん。
　問題はしばらく棚上げにして、とりあえず、この三日ぶんの事務処理を終わらせなければ。
　そうしてアレンは、次のミッションに入るまで、デスクワークに忙殺されたのだった。

THE END.

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