１
その夜は、ばたばたしていた。
ノースコレルのミッションから帰ったばかりだというのに、そのミッション中に官舎が改修工事を終えていたので、部屋の鍵が軒並み取り替えられていたのだ。おかげでザックスたちは、まっすぐ寝に戻るわけにもいかなかった。
いったん第一部隊(ザ・ファースト)のオフィスに詰めこまれたかれらは、アレンとディークが管理部をたたき起こして新しいルームキーと関連書類を持ってくるまで、気分的に疲れた状態で、暇つぶしにどつきあっていた。
鍵が届けば、それを配布するのはクラウドの仕事だ。早く部屋に落ち着きたがるソルジャーたちは、当然ながら、チョコボ少年に殺到した。
ソルジャーたちを押さえ、押しのけ、殴り、蹴りしながら、「順番に呼ぶって言ってるだろ！」と、クラウドはめずらしく声を張りあげていたものだ。
暗証番号を記した書類とカードキー、保証書、そのほか、エアコンまでご丁寧に新しくしたらしく、それらの書類もまた配布しなければならないらしい。ザックスはクラウドを手伝って、いささか混乱しながら書類を整えていた。
「おおい、クリス？」まだ受け取っていないソルジャーの名を呼んでも、反応がない。周囲は夜中だというのに、でかい連中がわいわい騒いでいる。「てめえら、うるせえぞ。クリスはいねえのかよ！」
「寝てるぜ」ディークが部屋の隅を親指で指し示した。
「ふざけんじゃねえ、こいつのは捨てろ！」ザックスはファイルをごみ箱に放りこんだ。
その横では、クラウドがしつこくボードに暗証番号を覚えさせている。「だからさ、忘れるような数じゃないだろ。１が六つだけだ。アレンがわざわざ、その番号にしてくれたんだから、それくらい、覚えるのが面倒だなんて文句言うなよ」
「けどよう、まちがえて１を七つ入力したらどうなるんだよ」
「知るか」クラウドは、かれにファイルごとカードキーをたたきつけた。「つぎ！」
「なあ」ロバートが遠くで片手をあげる。「この使用説明書にある、ドアの開閉履歴ってなんだ？」
「鍵を開け閉めするたびに記録が残るってだけだろ」クィンが自分のカードをためつすがめつしながらつぶやいた。
「なんだと？」ザックスはクラウドを鋭くふりかえった。「それじゃ、おれがいつ出てったとか、戻ってきたとか、ばればれじゃねえかよ」
「それで、なにか不都合があるのか？」クラウドはクィンに書類を一式渡しながら、じろりとこちらを睨んでくる。
「ある！」ザックスは叫んだ。
「気にするな」ディークがぼんやりと口をはさむ。「こいつはただ、女の子にふられた回数をかぞえられるのがいやなだけだ。かならず夜中に、彼女の家からたたき出されてるからな」
「それはつまり」シュウがむっつりと訊いた。「深夜時間に開閉記録があれば、その日はザックスの黒星というわけだな」
「だからおれは、そういう監視されるようなことは、絶対いやだってんだよ！」
「じゃあ、鍵を付け替えればいいだろ」クラウドは書類をまとめてから、それをザックスに突きつけた。「とりあえず、これ、ザックスのぶんな。付け替えるのは自由だけど、自前だぞ」
鍵ごときに金かけてられるかっての。だがザックスは、いちおう受け取った。
ソルジャーたちにほぼ鍵が渡ったと見て、クラウドは残りのファイルを取りあげ、黙って騒ぎを見つめていた赤毛のソルジャーに向きなおる。「こっちがアレンのだ。将官用の官舎だから、窓のセンサーもついてるらしい」
アレンがちらりとザックスに視線をくれてきた。「これで、でかいハリネズミが家の中にはいりこむこともないというわけだな」
ちくしょうめ、いつかまんまと侵入して、チョコボのぬいぐるみを盗んでやる。
それからクラウドは、大将のデスクに近づいていった。「セフィロスのはこれ……なにやってる？」
銀髪の鬼神は手の中で、なにか小さなものを弄んでいた。
「例のマテリアだ」短く答え、セフィロスはその青い珠をクラウドの目の前に突きつける。「どう見える」
「どうって……」クラウドはそれに目を寄せるようにして凝視した。「マテリアはマテリアだろ」
「例のというと」ザックスは椅子ごとのけぞるようにして、かれらをふりかえった。「あのドラゴンの結界作ってたやつか？」
ソルジャーたちの騒ぎがわずかに鎮まった。
「おいおいおい、ここで発動するなよ？」
「なんだ、まだ使えるのか？」
「ぜひとも、美人の巫女さんが見たい」
「そのまま帰れなくなったらどうするんだ」
「そしたら、むこうで一生遊んで暮らす」
「セフィロス」アレンが自分のデスクにすわりながら、つぶやくように言った。「それを、どう報告するつもりだ」
「報告する必要があるのか？」セフィロスはマテリアを指ではじいて放り投げる。
まあ、今回のミッション、しょっぱなにおれらを混乱させてくれた、あのドラゴンの夢だか幻だかの事件なんて、どうやったって報告書にまとめることなんかできやしねえ。なかったことにしちまったほうが早いだろうな。
マテリアがふたたびセフィロスの手のひらに落ちる前に、クラウドが横からかっさらった。そして代わりとばかりに、書類をデスクに放る。「ちゃんと保管しろよ」
「……おまえ、どこぞのうるさい副官に似てきたな」セフィロスは書類を無表情に見つめながら煙草を取り出した。
アレンがキーボードの上で手を止め、じろりと上官をねめつける。クラウドはセフィロスの手から、さらに煙草をも取りあげた。「手持ちぶさたなら、こっち」
天下の英雄に与えられたチョコボの贈りものは、小さなキューブパズルだった。ばらばらの色ブロックを、分解することなく一面にそろえていく単純なパズルだ。
セフィロスは手のひらに置かれたそれを黙って見つめ、クラウドは例のマテリアを蛍光灯に透かすようにかざして目を細めた。
「そん中に、金髪のかわい子ちゃんでも見えるか？」ザックスはからかい半分に声をかけた。
「見える……」
「へ？」
セフィロスはパズルを組みはじめようとしたところで動きを止め、アレンも怪訝そうに端末操作を中断してふりかえる。「なにが見えるだと？」
「金色の……チョコボ？」
ぽっかりとあいた静寂が、一瞬、みなのあいだを通りすぎる。
だが、すぐにソルジャーたちは爆笑した。
「金チョコボだってよ！」
「そりゃ、クラウドおまえの――」
「禁句だ、禁句！」
「いや」シュウがぼそりと、しかし力強く言う。「きっと、おまえが見ているのは将来のおまえの姿なんだ」
たちまち、よけいなことを言うなと、かれはクィンとロバートに両側から同時に殴られて吹っ飛んだ。
「まったく」ザックスは騒ぐソルジャーをふたりばかり蹴りながら、クラウドに近づき、その肩をぽんぽんとたたいた。「こいつがチョコボになるわけねえだろ。ソルジャーになって、おれといっしょに遊ぶんだもんな、な？」
「うん……」クラウドは手のひらの上でマテリアを転がしながら、えらくおとなしくうなずいた。「おれ、ソルジャーになる」
ザックスは金髪を見おろした。「どうかしたん？」
「うん」まだ、ぼんやりしているクラウド。
セフィロスがわずかに片眉をあげ、右手を静かにクラウドの頭のほうへとのばした。
左耳のそばで、ぱしんと指を鳴らす。
クラウドはすぐに顔をあげた。「なに」
「眠っているのかと思ってな」
「立ったまま眠ったりしないよ。あんたじゃあるまいし」
「そんなことをしたか？」セフィロスが眉をひそめる。
「なあ？」と、クラウドはアレンに同意を求めるようにふりかえった。
「起きているのかどうか、わからないときはあるがな」副官はつぶやいて、部屋全体を見まわしながら追い出すように手を振った。「とにかく、鍵を受け取ったら、とっととおうちに帰れ、ガキども」それから、ザックスのほうへ指を突きつけてくる。「今度こそ、報告書を忘れるな。ディーク、手伝うんじゃないぞ」
「イエス・サー」ディークがすぐさま敬礼した。
ちぇっ、報告書ったって、モンスターが何匹だの、繁殖率がどうのってだけだろ。面倒くせえ。
＊＊＊
一日の休勤を経て、第一部隊(ザ・ファースト)はジュノンでの暇な日々に戻った。
本来なら、ミッションで使用した装備品や消耗品の点検確認、あるいはその補填やらなにやらで、あわただしいはずなのだが、ザックスは早々に倉庫からばっくれて、執務室で昼寝をしていた。
だいたい、アレンとディークがきっちりやるんだから、おれなんかが立ち会ってたって、どうせひっかきまわすぐらいしか役に立たねえって。
執務室には、ザックスのほかにはカインしかいなかった。かれは昨日の休勤日に破目をはずしすぎて、基地内のパブを半壊させてしまったらしい。その始末書を作りにきているのだ。
「カウンターのバーを引っこ抜いたって？」ザックスはペンの先で、かれをつんつんと突ついていた。「酔っ払いもしねえくせに、どうしてそういうことするかね」
「うっせえな、人のこと言えるのか。てめえは素面(しらふ)でも物壊すくせに」鬱陶しそうに手を振るカイン。「昨夜は、まわりがちっと、できあがっちまっててよ。雰囲気ってあるだろ、雰囲気って」
「一般兵と飲んでて楽しいのかよ？」
「昨夜は看護兵ばっかだった」
ザックスは、かれの首を絞めあげた。「なんで呼ばねえんだ、ちくしょう！ ひとりだけ、白衣の天使ちゃんにかこまれやがって！」
「いや、オフだから白衣は着てねえって……やめろ！」
本格的に殴りあいになる前に、かれらのあいだで電子音が鳴り響いた。各デスクについているセキュリティが、この階の入口に来訪者がいることを告げてきたのだ。
ザックスはしぶしぶ、カインを放し廊下に出た。
透明な強化ガラスのむこう、わりと馴染み深い男が立っている。神羅治安維持部門、ジュノン支部、交通課のスミス巡査だ。
「おやあ？」ザックスは、かれに手を振ってやった。それから、ふたたび部屋へと顔を戻す。「おまえ、飲んだのは基地内だって言ったよな？」
「まあな。神羅専属の会員制バーだぜ」
「んじゃ、なんで交通課が来てるの」
「おれをしょっ引きにきたってわけじゃねえだろ。てめえこそ、なんか思い当たることねえのかよ」
昨日は一日じゅう、ハニーのところにいたってのに、なにも壊すわけねえだろ。ザックスはのろのろとスミス巡査のほうへと歩いていった。
「今日はなんだよ？」ドアをあけだが、中には入れずにザックスは訊いた。
「チョコボは？」即座に質問で返ってくる。
「クラウドの交通違反なら、現行――」
「それはわかっている」スミス巡査はむっつりとつぶやいた。「だから、書類にしないで直接来たのだ。ちなみに交通違反ではなく、ことは傷害だぞ」
ザックスは顔をしかめた。「なんかやったん？」
「昨夜、暴走族の若造がふたり、病院送りになった」
ザックスは首をかしげた。「んなもん、めずらしくもねえだろ。クラウドがやったってのかよ？」
「はっきりとはわからん」巡査はさらに渋面を作り、ささやくような声になった。「だが俺は、たまたま夜勤でな。やつらにかこまれて走っているチョコボを見たのだ」
「そりゃ、目の錯覚だ」ザックスは断言した。「クラウドは夜は走らねえよ。昨日だって、せっかくの休みなのに訓練に明け暮れてたんだ。そんな元気が残ってるもんか」
「うむ、チョコボはだいたい、夕方に出没していた。だから人違いかと思ったのだが……走りかたもちがっていたからな」
さすがに交通課というところかな。単車(バイク)転がすだけで、癖とか見抜いちまうってわけか。
「だがあの髪型と色は、どこにでもあるものではない」巡査はさらにむっつりと言う。「それでいちおう、昨夜の不在証明(アリバイ)を確認しにきたのだ。傷害罪となると、交通違反とは勝手がちがうからな」
はあ、面倒くせえ。ザックスは執務室の入口まで戻った。「おい、クラウドは大将といっしょか？」
「昼いちばんに引きずられてったよ」カインが端末を操作しながら、ぼんやりと応える。
それじゃ、ふたりして訓練室にこもってるだろうから、無線で呼び出しても通じねえな。
ザックスはスミス巡査を連れて訓練施設に向かった。
ソルジャー棟に隣接する形で建つその施設は、平たい屋根で全体は極端に短い円筒形をしている。壁は合成金属と鋼を仕込んだコンクリートでできていて、見た目のわりに頑丈きわまりない建築物だ。窓はなく、扉も鋼鉄製。
内部はいくつかのブロックに分かれていて、マテリア実習に使われる部屋と通常のフロアがいくつか、そしてだだっ広い集団鍛錬用の部屋がひとつあった。クラウドとセフィロスはたいてい、動くのに阻害のない大部屋を使う。
「言っとくけどよ」ザックスは集団用の鍛錬室に向かいながら、スミス巡査に釘を刺した。「ここはソルジャー専用の訓練施設なんだ。だからって部外者立入禁止ってわけじゃねえけど、勝手にはいるなよ。生命の保証はしねえからな」
「そんなに危険な訓練をしているのか？」
「腕力も反射速度も、普通の人間の倍はあるってのに――」
ザックスは集団訓練室のドアをスライドさせたところで、声も息も呑みこんだ。
ドア枠のすぐ横、ザックスの立っているわきの壁に、狙ったかのようにセフィロスがクラウドを投げつけてきたからだ。
背を丸めて受け身を取っていたクラウドは、それでも鋭く息のかたまりを吐き出し、床に撥ね返って転がる。
そのクラウドに向けて吹きつけてくる、訓練とは思えないほどの鬼気。
やべえ。なんだか知らねえが、機嫌が悪いぞ。ザックスは急いで、スミス巡査をうしろ手で押さえながら半歩退がった。
セフィロスはクラウドが跳ね起きる暇も与えず、音もなく接近して、いきなり、どかっと少年の胸を踏みつけた。
そうしてクラウドが本来の俊敏さで逃げる余裕を与えず、セフィロスは抜いていた正宗を突き立てる。
どうにか、わずかに動く頭部と肩口だけをひねり、首の皮一枚ですませたクラウドは、すぐさま左足を跳ねあげた。上に乗っていないほうのセフィロスの膝裏に、自分の膝を蹴りこむ。
わずかとはいえ重心を狂わされ、さすがにセフィロスも身体をかしげた。
クラウドはもういっぽうの足を両手で抱きこみ、そのままひねり投げようとする。
が、逆にクラウドは、そのまま片足で持ちあげられ、さらに襟首を引っつかまれて背後に放り投げられた。「おまえに俺が投げられるものか、馬鹿者。自分の能力を考えろ」
広い鍛錬室の中ほどまで吹っ飛ばされたクラウドは、それでも立ちあがるそぶりを見せた。だがすぐに、ばたんと大の字になって転がってしまう。
あれまあ、今日はお疲れだな、チョコボ。ザックスは軽く息をついた。
といきなり、目の前に銀色の正宗の刃が突きつけられる。
「邪魔をするな」セフィロスの低い不機嫌な声。
ザックスはゆっくりと両手をあげてみせた。「あ、いや、ちと、クラウドに用があってさ。けど」と、かれはまた少年のようすを見やる。「あれじゃ、答えようにも答えられねえよな」
正宗をザックスに突きつけたまま、セフィロスはじろりと巡査のほうをねめつけた。「またおまえか」
「そうとも」スミス巡査はなにをとち狂ってか、命に知らずにも英雄に食ってかかった。「俺はスミス巡査だ。交通違反を取り締まるのが任務だが、公序良俗を犯すものも許さん。だがそれ以前に、未成年者虐待はもっと許さんぞ！」
「いや、虐待じゃなくて訓練だって」ザックスは、どうどうと、巡査の肩をつかんで押さえた。もっとも、たしかに変わらねえような気もするけどな。
「なんの用だ」セフィロスが正宗をおさめ、きびすを返しながら訊く。
「用があるのはチョコボで、きさまではなーい！」
「けどよ、クラウドのやつ、話せる状況じゃねえんだけど」ザックスは巡査を見おろした。「また、あとにしねえか？」
「むむう」
セフィロスは訓練室の片隅に放ってあった荷物の中から、ペットボトルをひょいと持ちあげた。そのそばにあったタオル類も合わせて、おそらくはクラウドが持ちこんだものだろう。世界最強のソルジャーが、たとえずばぬけた成績だろうと、訓練生を相手に汗をかくことはない。水分補給など必要ないはずなのだ。
セフィロスはしかし、そのボトルの栓を口に挟んであけると、栓は横手へとぞんざいに捨て、ひとくち軽く飲みこんだ。
それから床に長々と寝そべっているクラウドのそばに立ち、いきなりそのボトルを逆さまにする。
……やると思ったよ。
最初はあまり反応のなかったクラウドだが、なにかの拍子に気管に水がはいったのだろう。咳きこみながら床をのたうちまわった。
「こおら！」巡査がザックスの手をすり抜けて突進した。「だから、そういうことをするなと言っておるのだ。子供相手に、おとなげない！」
「やかましい」
ボトルの中に残っていた水は、すべてスミス巡査の頭に注がれた。
「………」セフィロスに指を突きつけたまま、とたんに黙りこむ巡査。以前に熱湯をかけられたことを思い出しでもしたのだろう。今度は熱くなくてよかったな。
クラウドはしばらく床を転がってから、四つん這いになり、いささかもたつきながらも床に落としてあったらしい自分の剣を拾った。
だがセフィロスのほうは、すっかりやる気をなくしていたようだ。「今日は終わりだ。動きが鈍くて話にならん」
「そう言いながら、膝裏取られてたくせに」ザックスは突っこんだ。
とたんに鞘つきの正宗が、かれの顎を殴りあげてくる。たまらずひっくり返ったところを、セフィロスはわざわざ、かれの腹を踏みつけて出ていった。
ザックスが腹をかかえて床の上で丸まっているうちに、クラウドのほうは、なんとか立ちあがったらしい。「なに」と疲労の色も濃い低い声でつぶやいた。
「うむ、昨夜、どこにいたのか訊きたくてな」巡査は少年を見つめた。
あれ？
ザックスは起きあがって床であぐらをかきながら、ちょっとした違和感をおぼえて首をかしげた。だがその違和感も、うれしい感情に変わってくる。たしかミッションの前までは、巡査はこいつを見おろしてたよなあ。やっぱり育ってるんだ。うんうん。おれらといっしょにいると、だれもかれもでかいから、なかなか気がつかねえんだよな。
クラウドは鬱陶しそうに手を振った。「寝てたよ。あたりまえだろ」
「ひさびさのジュノンで、おまえ、バイクに乗りたかったんじゃないのか？」ザックスはいちおう訊ねてみた。
「そりゃそうだけど」クラウドはやはり疲れた溜息をつく。「あのミッションのあとで、そんな元気があるもんか」
「なんだよ、たいしたミッションじゃなかっただろ」
「あんたはな」クラウドはせいぜいとばかりに、厭味ったらしく言う。「今回、おれ、セフィロスに手をつかまれたまま、いっしょに走らされたりしたんだぞ。転んだって止まっちゃくれないから、足もつらせないように必死で走りつづけるしかなかったんだ。全速力以上で、ときたま岩地を引きずられて、そんなのが何日も」
大将……。
巡査はチョコボ頭を見つめたままつぶやく。「未成年虐待で訴えていいか？」
「文句言えねえな、そりゃ」ザックスは同意してうなずいたが、急いで手を振り、立ちあがる。「しかしミッション中の話だし、他人のあんたに、そこまでやる権利も義務もないだろ。それに」
「それに？」巡査はザックスをふりかえった。
「こいつが」とクラウドの頭をはたき、「いじめられたからって、どうにかなるわけがねえんだよ。実際、大将が普通の人間だったら、こいつに蹴られて、二、三度は内臓破裂で危篤状態になってる」
「……凶暴だな」
「そうとも」
「あのさ」クラウドは剣をおさめて腰に佩きなおしながら、セフィロスが捨てていった空(から)のペットボトルを拾いあげた。「ほかに用がないなら、おれ、帰っていい？」
「ああ、すまんな」巡査はクラウドの武器に目を落としながらつぶやいた。「それはおまえのか？」
「なに？」
「剣」
「うん。ソルジャーはもっと大きいの使うんだ」言いながら、クラウドはよたよたと出口に向かっていった。
少年がドアをくぐるころ、ザックスは声をかけてやる。「おい、途中で行き倒れるなよ。拾ってやらんからな」
返事はなかった。その代わり、ドアが閉まってから、ぱたりとかすかになにかが倒れる音が、かれの耳に聞こえる。
「しょうがねえなあ」いつも思うんだが、自分の部屋にさえ帰りつけないほどになるまで、がんばらなくたっていいのに。
「ちなみにだな」巡査がささやくように言った。「昨夜見たチョコボライダーは、あのくらいの剣を腰に提げていたぞ」
ザックスは片眉をあげてみせた。
クラウドの剣は、ソルジャー仕様のわりには小型、細身のものだ。だがそれでも、一般的には小さな凶器とは言えず、どちらかといえばバスタード・ソードなみに重量もある。ナイフとはわけがちがうのだ。巡査の見まちがいとは、あながち言えない。
バスタード・ソード。長さは1〜1.5メートル、重量は２〜３キロ、刀身の半分は片刃、先は両刃になっていて、斬撃、突撃、両用途に適した武器。念のため、ザックスのバスターソードとは別物。
「ソルジャーは、ときによって超法規的存在にはなるが、それなりに軍規はあるのだろう？」巡査は無精髭をひと撫でした。「それとも、勤務時間外でも武器の携帯を許されるのか？」
許される場合もあるが、クラウドはまだソルジャーではない。基本的に、あの少年に課せられる軍規は一般兵のそれと同じだ。そのうえ、幼年学校在籍という立場上、与えられる武器はすべて貸与物として扱われる。プライベートに持ち歩くことはないはずだった。
「なあ、そのチョコボライダー、今夜も現われると思うか？」ザックスは確かめてみようと思った。
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