IT HAPPENS ALL THE TIME 2

　日も暮れ、店々に明かりが灯り、酒場が活気づく時間。
　ディークは、ザックスとシュウが一軒のカフェにいるのを見つけた。この時間にはもう、とっくにバーかプールバーに転がりこんでいるはずの連中が、なぜかコーヒーをすすっていたのだ。
　ディークは彼らのテーブルに着きながら、胡散くさげにソルジャーふたりを見まわした。「なに企んでんだ？」
　シュウが無言で顎を振った。示されたそちらを見れば、少し離れたところにクラウドが立っている。
　自由奔放につんつん跳ねた金色頭はやはり目立つが、逆にどこかしら風景に溶けこんでしまいそうな雰囲気が、あのチョコボにはある。そのへんがクラウドの不思議なところだ。
　しかし、ティーンエイジャー独特の甘さの残る顔立ちだったものが、ここのところ、かなり骨ばって男前になってきていた。黙って立っていれば、通りすがりの人々の目を奪うには充分なはずだ。とにかく彼は注目の的になっているようではあった。
「どうかしたのか？」ディークは訊ねた。
「いや、さっきから、あそこに立ってもらってるんだけどよ」ザックスが頬杖をつきながら、軽く吐息を洩らす。「やっぱ、失敗かなあ？」
　だから、なにしてるんだよ。
　ジュノンのカフェテリアの並ぶデートスポット。待ちあわせによく使われるベンチの並ぶ真ん中で立っていたクラウドが、困惑した顔をこちらに向けてきた。
「なあ」と、彼は声も抑えずに呼びかけてくる。「いつまで、おれ、こんなところに立ってなきゃならないの」
「馬鹿野郎」ザックスはひたいを押さえて項垂れた。「おまえひとりだと思うからこそ、女の子が寄ってくるんじゃねえか。こっちに話しかけんなよ！」
「けどさ」
「クラウド」シュウが茶碗を両手で包みながら、ずずっとひとくち飲んで続ける。「ソルジャーたるもの、その場で動かず騒がずいられなくてどうする」
「ん……」
　相変わらず素直なやつだ。ディークは溜息をつき、ソルジャーたちを見まわした。「あのよ、逆ナンされたって、クラウドがうまくやれるわけねえだろ。こっちに呼んでやれよ」
「まだ、ひとりも女の子が釣れてねえんだよ！」ザックスが叫ぶ。
「ザックスが選り好みするせいでもあるんだが」シュウが無表情に呟いた。
「疑似餌にクラウドを使うなよ……いったい、いつから立ってるんだ、あいつ」
「もう三時間になるか」シュウが指を折りながら答えた。
　ディークはウェイターが持ってきたメニューを受け取り、そのままその角をザックスの頭にめりこませた。「クラウド、こいつらの玩具になってるんじゃねえ。こっち来て、チョコレートパフェでも食えよ」
「おれ、もっと腹に溜まるもののほうがいい」引き返してきながら、クラウドが呟いた。
「じゃ、肉でも魚でも、とっとと選べ。おれはコーヒーでいいや」ディークはウェイターに注文した。
「俺はもうひとつ、イチゴパフェだ」と、シュウがまじめな顔で人差指を立てる。彼の前には、生クリームの残骸がこびりついたデザートグラスが三つほど生えていた。
　クラウドがザックスの隣に坐りこみながら、彼を睨みつけるように見やる。「約束どおり、おごってもらえるんだろ」
「ちぇっ、ろくな女の子引っかけられなかったくせに」ザックスはそれでも、しぶしぶ頷く。「ああ、いいよ、いいよ、おまえに期待したおれが馬鹿だった。なんでも食ってくれ」
「じゃあ」と、クラウドはザックスの頭に乗ったままのメニューを取りあげてひらいた。「上から順に頼んでいいか」
「おまえ、そういうときは好きなもんから頼めよ」
　クラウドは複雑な顔をした。「おれ、なにが好きなんだ？」
「しゃあねえなあ。お子さまランチにしとけ」
　がき、とクラウドとザックスの腕が交差して、両者とも睨みあいにはいった。
　ディークは困惑して立ちつくしているウェイターを振り返る。「いまのはキャンセルな。ハンバーガーとチキンサンドでいい」
　ほかの注文はないかと念のためというように訊いたあと、ウェイターはきびすを返した。
　と、ちょうどそのとき、横合いから声がかかる。「あら、ザックスとお仲間さんじゃないの」
　ザックスは返事をしなかった。クラウドと組みあうのに夢中だったからだ。
　その彼らのむこうを見れば、三人の少女がいかにも夜遊びですという格好で近づいてくる。ディークは思わず、気がつかなかったふりをしたくなった。
「誰だ？」と、シュウが訊ねる。
「憶えてねえのか、スミス妹だ」
　彼女は友人たちをなかば強引に引きずり、ついでに椅子まで引きずって、彼らのテーブルに群がった。すっかり、おごってもらえると確信している顔だ。
「シュウさんまでいるなんて思わなかった」彼女はさっそく彼の隣に坐って、にこにこする。ああ、そういや、彼女の何人めかのひと目惚れ相手だったかな。
　シュウは押されるように椅子を寄せてくると、ディークに囁いてきた。「おれの知っている娘なのか？」
「一度会ってるだろ」
「そうか」シュウは彼女に向きなおった。「俺がシュウだ」
「ミリディアンでーす」
「子午線(ミリディアン)？」
「友達はミリーとかミディとか呼ぶの」
「俺たちは、まだ友達ではないが」
「じゃあ友達になろう」
「わかった」
「やった」彼女は友人たちに顔を向けた。「聞いた、聞いた？　やっぱり積極的にやるべきなのよ」
「ストレートすぎるような気もするけどね」と、ひとりが呆れたように頷く。「いいんじゃない？」
「あのう」ともうひとりが、いまだ両手を突っ張って睨みあっているザックスとクラウドを指し示す。「喧嘩なさってるんですか？」
「じゃれてるってんだよ」ディークはシュウの目の前にあったグラスをふたつ取り、それぞれに投げつけた。ザックスの頭にはヒットし、クラウドは組みあっていたザックスを引き寄せて楯にする。
「なにしやがる」ザックスがグラスを拾いながら睨みつけてきた。
「おまえの望みどおり、女の子が寄ってきたぞ」ディークは親指を立てて彼女らを示してみせる。
　ザックスはちらりと彼女らを見やった。「交通課の妹じゃねえかよ」
「もう、お兄ちゃんは関係ないでしょ」ミリーは口を尖らせる。
「関係なくねえだろ。あんたが夜遊びするたんびに、おれらんところに怒鳴りこんでくるんだぞ、あの巡査は」
　ディークも彼女らを順繰りに指し示した。「だいたい、まだ未成年だろ。こういうカフェなら大目に見るけどよ、これからクラブにでも行こうってんじゃねえだろうな」
「ディークさん、相変わらず堅いんだから」ミリーはさらに頬を膨らませ、いきなりクラウドを指さした。「あたしたちに帰れって言うくせに、この子はどうなのよ！」
　クラウドが、呼んだか、とメニューから顔をあげる。
「いや、こいつは……」
「この子なんて失礼よ、ミリー」友人のひとりがしかめつらをした。「どう見たって、あたしたちより年上っぽいじゃない」
「あなたたちも騙されたわね。彼は年下なのよ」ミリーはきっぱりと言った。「あたしも、うっかり彼氏候補にしようとしたこともあるけど――」
「そうそう」ザックスがクラウドの頭の上に肱をどんと置く。「こいつはまだお子さまだからな。お子さまランチが大好物なんだ」
「ザックス」クラウドはかすれた低い声を出しながら、彼を上目遣いに睨みつける。
　ザックスはさらに、ぐいぐいとチョコボ頭を押しこんだ。「こんなのを彼氏にしてみろよ。デートコースは動物園、酒より食いもの、映画よりアミューズメントだぜ」
「ザックス、腕をどけろ」クラウドの機嫌はみるみるうちに低下していく。
　それなのに、ザックスはとどめとばかりに、ばんばんとチョコボ頭を手のひらで叩いた。「観賞用ぐらいにしか役に立たねえって。期待しちゃいけねえよ」
「いいかげんにしろ！」クラウドの足が跳ねあがり、ザックスが顎を蹴りあげられてのけぞる。
　しかし、ザックスもやられっぱなしではなかった。ひっくり返りついでに、椅子ごとクラウドの足をすくって転ばせたのだ。
　両者とも後転して跳び起きる。
「ったく、乱暴な」ザックスが肩をまわしながら呟いた。
「人のこと言えるのか」クラウドも指を鳴らしながら腰を落とす。「シュウ、剣(陸奥守吉行)貸せ」
「おう」ディークが止めるまもあらばこそ、ウータイ人は愛用の刀を少年に放った。
　シュウの剣は、セフィロス大将の正宗をそのまま短くしたような片刃の細身のものだ。ウータイ独特のわずかに反った刀身に、鍔や柄は溶接しておらず、組みこんであるだけの軽量タイプ。ソルジャーの剣にしては比較的軽いので、クラウドでも扱えることは扱えるだろう。
　もっとも、このクラウドってチョコボは、ザックスのバスターソードだって振りまわすから油断がならねえんだけどよ。
　ディークが青ざめると同時に、ザックスが悲鳴のような声を出した。「なんで貸すんだ、馬鹿野郎！」
「クラウドの頼みは断れん」
　命令口調のようだったが、頼んでたのか、あれは？
「てか、なんで勤務時間外で装備してるんだ、おまえは」ディークはウータイ人に向かって拳を突き出す。
　シュウはそれを受け止める。
　そのあいだにクラウドはザックスに斬りかかっていた。「いつもいつも、おれのコンプレックス刺激しやがって、この馬鹿ザルザックス、ソルジャーになってから仕返ししてやろうと思ったけど、いまここで斬り刻んでやる！」
「待て待て待て」ザックスは後退しながら、あせったように手を振る。「そうマジになるな、冗談だってば、冗談」
「やかましい！」
　すぱん、とクラウドの振り薙いだ刀が、ディークの椅子から脚の部分を切り離す。シュウを押しこんで避けなかったら、おそらくディークの足も綺麗に分断されていたことだろう。
　ディークとシュウがこんぐらがって転倒しているあいだに、クラウドとザックスはカフェテリアを飛び出し、たちまち街路のむこうへと小さくなっていく。彼らを避けるために急ブレーキをかけた乗用車が、後続の車に玉突き事故を起こさせた。
「チョコボはどんどん強くなるな」シュウが満足げに微笑みながら、目を細めて彼らを見やる。
「感心してんじゃねえ！」ディークは彼を踏みながら立ちあがった。そして常に常備している無線をポケットから探る。「ちくしょう、コードＺ！」

＊＊＊

『コードＺ』
　枕もとに置いた無線からの声に、アレンはチョコボの縫いぐるみを抱いたまま、むくりと起きあがった。
　眉間に皺を寄せ、眠っていたために乾いた眼が急速に水分を分泌するのを待つ。「コードＺ？」
　それは、どうでもいいこと(ザックスケース)だが、なにか起きたというサインだ。
　ちらりと時計を見れば、真夜中を少し過ぎた時間。あいつらはどうして、おとなしく眠っていてくれないのだろう。
　アレンは溜息をつき、再びベッドに潜りこもうと毛布を引っぱった。どうせザックスのことだから、どこかを壊しただの、女にふられて暴れてるといった程度だろう。このさい、放っておいても……。
　彼はまた、むくりと起きあがった。
　いや、だめだ。放っておいたら被害甚大。結局、セフィロスの権限で事件を揉み消すしかない事態になる前に収拾せねば、あとあとが面倒だ。
　アレンは手早く身支度をすませ、むっつりと不機嫌なまま、ソルジャー棟に出向いた。
　オフィスではロバートがアレンのデスクに坐り、無線に集中している。「馬鹿野郎、とっとと捕まえろよ。ザックスひとりに、なに手こずってるんだ」
『ザックスを捕まえるのか？』
『クラウドのほうを抑えねえと』
『ザックスのほうが、チョコボを捕まえるよりゃ簡単だろ』
『とにかく、あいつら、なんで街なかでじゃれてんだよ』
『いや、珍しく、クラウドのほうがキレてるんだ。マジに流血沙汰になるって』
『だから、なんでチョコボに武器を持たせるんだよ！』
『すまんな』
『お、発見――わああ！』
『ちくしょう、ザックスに踏まれた！』
『こっちはクラウドに分断されるところだったぞ』
　ロバートがデスクをどんどんと拳で叩く。「おまえら、それでもソルジャーかよ。これ以上騒いだら、交通課が出てきちまうぞ。もしアレンに――」
「俺になんだと？」アレンは彼のすぐ後ろで声をかけた。
　ロバートは無線の送信スイッチを押さえたまま凍りついたらしい。
　アレンはマイクを取りあげた。「コードＺ(どうでもいい)などとのんきにやっているから捕まらんのだ。コードＣ(最優先任務)に移行。治安維持部門が動く前にとっとと抑えろ、馬鹿者どもが！」
『イエス・サー』

＊＊＊

　アレンの参入で、ソルジャーたちの動きはにわかに機動性を帯びた。
　ああ、やっぱり、あの大将の副官を長年務めているだけはある。ディークは気が楽になって、ザックスとクラウドの追跡に集中することができた。
　無線から次々飛び出す指令に、ソルジャーたちはぶつぶつ文句を言いながらも配置を占めていく。
　ディークとシュウは引き続き、彼らを後方から追い、クリスが横道に逸れようとしたザックスを防御(バリア)ではじいて、もとの通りに押し戻す。続いてボードが交差点に陣取り、ファイラを仕掛けてザックスの進行方向を九十度曲げた。
　ボードはしかし、勢いが止まらなくなっていた後続のクラウドに蹴り飛ばされ、急左折したザックスを追うための踏み台にされる破目になった。
　おかげで、基地に帰投しろというアレンの指示を無視して、ボードはディークと並んで彼らを追いかけはじめたものだ。
　さらにクィン、ニック、カインと行く手を阻むように現われては、ザックスを殴り、蹴り、転ばせ、とにかくアレンの指示どおり、基地の方向へと彼らの針路を変えさせていく。
　まったく、ザックスがまじめに無線を持ってりゃよかったんだ。呼び出しても応じねえし、変だなと思ってロバートに確認させれば、デスクに放り出しっぱなしだってんだからな。クラウドは持ってるんだろうが、頭に血が昇ってて応答どころじゃないしよ。
　ザックスは通りをジグザグに走って、かなり交通をかきまわしたあと、歩道に飛びこんで石畳を駆け抜けていく。もちろん、すぐあとをクラウドが追い、ディークとシュウ、ボードも、さらに事故と渋滞を作り出しながら走る。
「きさまらああ！」けたたましいサイレンとともに、後方から巡回車(パトロールカー)が追いすがってきた。
　ディークは、振り返らなくても、それに誰が乗っているのか予想がついた。そろそろ出てくるとは思ってたけどよ。
「この、くそソルジャーども！　毎度毎度、平和な街を荒らすんじゃない！」スミス巡査のどら声が、スピーカーから割れながら飛び出してくる。「きさまら、制限速度……む、いや、オーバーはしていないが、時速三十マイル（＝約四十八キロ）で走るなら、車道を走れ！」
「おれら、そんなにスピード出してるのか？」ボードが顔をしかめる。「それなのに、なんでチョコボに追いつけねえんだよ」
「知るか」
　ディークの横に巡回車(パトカー)が並び、助手席からスミス巡査が上半身を乗り出し、携帯拡声器を口に当てて怒鳴る。「止まれと言っているのだ」
　ディークは左耳を押さえながら、しかし言うことを聞いて止まるわけにもいかなかった。
　ボードが前方を指し示す。「だったら、あいつらを先に止めてくれよ」
　おいおい、アレンの指示じゃ、このまま基地までゴールさせろって……いや、途中でおとなしくなれば、それに越したことはねえけど。
　巡回車(パトカー)は、ぐんとスピードをあげ、クラウドの横へと追いついていく。
　チョコボ頭がちらりと車のほうへと向けられた。
　と、クラウドが走りながら自分から巡回車(パトカー)のほうへ寄っていく。
　なんだ、なにするつもりだ？
　クラウドは左手に持っていた鞘を放り投げると、いきなり巡回車(パトカー)のドア枠に手をかけた。
　次には地面を蹴り、器用にも、たちまち車蓋(ルーフ)へと跳びあがる。
　巡査が驚いて屋根の上を振り仰いだ。「なにをするか、このチョ――」
「やかましい」車蓋(ルーフ)のわずかな出っ張りに手をかけ、クラウドは剣で前方を指し示す。「行け、ザックスを捕まえるんだ！」
「おう！」巡査はあっさり応じてしまった。
　おう、じゃねえよ、なに乗せられてるんだ、交通課！
　スミス巡査はまた携帯拡声器を取り出した。「あー、そこのソルジャー、止まりなさい。通行者の妨げにならぬよう、速やかに右に寄り、エンジンを切りなさい」
　いや、エンジンなんかねえってば。
　巡回車(パトカー)は緊急に避難して右側に停車していた車をジグザグに避けてから、ザックスの隣に追いついた。
　巡査はザックスの耳もとで拡声器越しに怒鳴る。「止まれと言っとるんだ、聞こえんのか、この馬鹿ソルジャー！」
「うっせえな、ちくしょう！」ザックスは走りながらスミス巡査を振り返った。「そうそう、あんたの妹が夜遊びしてるぞ！」
「なんだと？」
「並木通り(アベニュー)、三ブロックのカフェだ！」
「引き返せ！」スミス巡査は叫んで、運転手を焚きつけたらしい。
　巡回車(パトカー)が道路の真ん中でいきなりスピンし、上に乗っていたクラウドもさすがに放り出される。
　路上で転がったクラウドは、すぐさま立ちあがったものの、やはりいままでのスピード感といきなりの方向転換で平衡感覚を使いきっていたのだろう。一瞬、大きくよろめいた。
　逆向きに走りすぎる巡回車(パトカー)とすれ違いながら、ボードが大声で叫ぶ。「おねんねしな(スリプル)！」
　クラウドの動きが止まった。少年は剣を無位に払ったまま、その場で地面を睨みつけるように眉をしかめる。
「よし、捕らえ――」ディークは叫びかけだが、クラウドの足もとで魔晄の光がちらりと湧きあがるのを見て、前言撤回した。「散開！」
　クラウドが剣をまっすぐ前へと振り薙ぐ。地面を這うように波晄が迸り、ディークとボードのあいだを駆け抜けたあと、背後の電話ボックスに激突した。
　ったく、ほんとに珍しく頭に血が昇ってるな。
　ボードは傍らのショーウィンドーに頭から突っこんだし、ディークは通りすがりのバイクを体当たりで転倒させてしまう。ひとり、シュウだけが無事に足を止め、それらを無表情に見つめていた。
　その隙に、クラウドはまたザックスを追って走りはじめる。
「魔法、効いてねえじゃねえか！」ディークは押し倒したバイクの上に乗りあがって叫んだ。「しっかり制御しろよ！」
「馬鹿野郎、おれの魔法は完璧だった、はじかれたんだよ！」
「嘘つけ、クラウドにそんな真似が――」
「俺の剣には状態維持(レジスト)の魔法がかぶせてある」シュウがぼそりと告白した。
「余計なことすんな！」ディークはボードとともに叫んだ。

＊＊＊

　アレンは次々と寄せられる被害報告に耳を塞いでいた。
　いまはとにかく、チョコボを止めるのが先だ。これらの損害賠償は、あとでまとめてセフィロスに押しつけてやる。
　本当ならザックスひとり、おとなしくクラウドに斬られれば、ここまで騒ぎは拡大しなかったものを。
　いや……俺としたことが、部下を見捨てるようなことを考えるとは……しかし見捨てたい。
　彼は軽く首を振って気持ちを入れ替えてから、背筋を伸ばした。「馬鹿者ども、捕獲準備はいいか」
「確かに捕獲だよな」
「モンスター捕まえるときより、どきどきするぜ」
　アレンは大きくあけ放たれた基地の正門、その内側、真正面に立っていた。クィンとニックがその門の両側に身をひそめて待機し、傍らにぴったりつけたトラックの陰に、ロバートとカイン、そしてクリスが、ロープのかたまりを抱えてしゃがんでいる。
「こんなんで、うまくいくんすか？」ロバートが叫んだ。
「うまくいかなくてもいい。期待はしとらんから」アレンは手厳しく言って、背後を振り返った。「いちおう言っておくが、殺さないでくれよ」
「ふん」セフィロスは腕組みしてそびえ立ったまま、つまらなさそうに目を閉じた。「くだらんことに、いちいち俺を駆り出しおって」
「来たあ！」
　クィンの叫び声に、アレンは目を戻した。
　街灯で照らされた夜道を、ガタイのでかいソルジャーが一匹、猛進してくる。道路はコンクリートでできているから土煙は生じていないが、普通なら近づきたくないと思わせる切羽詰まった様子が見て取れる。
「たとえチョコボだとはいえ、子供を怖れて逃げまわるだけとは、あいつも情けない」アレンは小声で呟いた。
　ザックスが門にさしかかった。
　アレンは素早く手をあげる。
　クィンとニックがぱっと立ちあがり、たがいに持っていたワイヤーを思いきり引いた。
　猛スピードで突進してきたザックスの足もと、膝のあたりに、それはぴんと張られ、さすがにでたらめな悲鳴を発してザックスが転がり倒れる。
　それでも二十フィートばかり前方に滑ったのだから、これまでどれほどの速度で走ってきたのか推して知るべしだ。
　ザックスを引っかけたためにクィンもニックもよろめき、たたらを踏み、ワイヤーはわずかに緩んで下がった。
　クラウドはそれを跳び越え、しかし、とっさのことだったのだろう、着地は不様にこけ、ザックスの上にダイビングする恰好になる。
　トラック陰に待機していた三人が駆け出し、それぞれ網を広げながら、彼らにかぶせようと襲いかかっていった。
　ところが、門からまだ後続が飛びこんでくる。当然ながら、いまだ張られていたロープに引っかかり、転倒し、ディークもシュウもボードもいっしょに団子状になって、ザックスとクラウドの上に覆いかぶさったものだ。
　間をおかず、その上から頑丈な網がかぶせられる。
「なにしやがる！」と、ボード。
「てめえら、乗っかるな、重い！」と、ザックス。
　期せずして大漁になってしまったものを見おろし、ロバートが困惑したように顔をしかめた。「どうするよ」
「いや、とにかく押さえてようぜ」と言って、カインは体重をかけて網を地面に縫いつける。
「頼むから暴れるな、きつい……」ディークがシュウの顔を押しのけながら身を捻った。
　ほんのわずか、地面と網のあいだに隙間ができる。
　そこからクラウドが、するりともがき出てきた。
「あ、クラウド、ずりいぞ」ザックスが叫ぶ。「身体が小せえからって、そういう――」
「ザックス」クラウドは立ちあがりながら剣を振りあげた。「覚悟はいいか」
「待て待て」ボードが泣きそうな声で叫ぶ。「その角度じゃ、おれまでぶった切られるだろ！」
「おい、この網、どうにかしろ！」ディークがじたばたと手足を振りまわすが、ロバートもカインも、もう押さえていないというのに、絡まってどうしようもなくなってしまっているらしい。
「いや、その、ごめんなさい」ザックスが地面の上から少年を見あげ、必死になって叫んだ。「もう、ちびだなんて言いません、お子さまっつって、からかったりしません。だから……ああもう、頼むよ、助けてくれ、大将！」
　その言葉に、クラウドが振り返った。
　セフィロスが一歩前に出て正宗を振りあげる。「なら、動くな。命の保証はせんぞ」
　そのまま、銀色の閃光が横一線に走りすぎる。
　わずかに青い波晄が、湾曲した刃のようにクラウドめがけて飛び出した。
　クラウドは一瞬、剣をかまえるそぶりをしたが、すぐさま駆け出す。セフィロスに向かって。
「よせ！」アレンはさすがに叫んだ。真正面からセフィロスの波晄を受け止めるような恰好になったからだ。
　クラウドの首のあたりを、まっすぐ迸りすぎる青い光。
　だが波晄は抵抗に遭ったような衰えも見せず、そのまま空中を走って、網に引っかかって団子になっているソルジャーたちの上をかすめ過ぎ、そのむこうにある正門の柱をすっぱりと半分に切り取った。
　クラウドはセフィロスの足のあいだに滑りこんでいる。
「よけたか」と呟くセフィロスは、正宗を地面に突くように立て、クラウドの剣を防いでいた。
「ちぇっ」とクラウドは剣を手放し、そのままセフィロスをくぐって立ちあがる。さすがに息を切らしているのは、ジュノンの半分を全速力で走ったうえ、かなり筋力を酷使したせいだろう。「やっぱり、おれの剣、早く欲しいよ」
　アレンは溜息とともにひたいをこすった。「クラウド……」
「だって、シュウの剣でも重いんだ」
「そういう問題か」
「そりゃ、おれが自分で剣を折ったんだろうけど……でもさ」
「クラウド」アレンは引きつりそうになる表情を無に保ちながら、がしっと少年の頭を掴んで地面に叩きつけた。「今回ばかりは、おまえが悪い。徹夜で説教するから、覚悟しておけ」
　四つん這いになったまま、クラウドは怪訝そうな顔をあげてくる。「え、なんでだよ？」
「やかましい」

＊＊＊

　確かにアレンの説教は明けがたまで続いていた。
　もっとも、クラウドばかりでなく、騒ぎのもとになったザックスや騒ぎを拡大するもとになったシュウ、それを傍観していたという理由でディークまでとばっちりを受けたものだ。
　いや、おれ、傍観してたつもりねえんだけどな。だいたい、どうやったら、あれを止められたっていうんだよ。
　しかしクラウドも、ここまで本格的にアレンにこっぴどく叱られたのは初めてだろう。これで反省してくれりゃいいんだけど。
　ディークはちらりとクラウドを見やり、しかし途端に脱力した。
　クラウドはザックスと並んで床に足を投げ出し、大将のデスクに凭れて、ぐっすりと眠っていたのだ。
「なにをよそ見をしている」アレンが苛立たしげにディークに迫ってきた。「ちゃんと俺の話を――」
　ディークはチョコボを指し示した。
　アレンは振り返り、たちまち周囲に暗雲をかき集めはじめる。「クラウド！」
　一瞬、瞼をあげたクラウドだが、ぼけっとアレンを見あげてから、また再び、ことんと眠ってしまう。
　続けて怒鳴ろうとしたアレンの前に、ザックスが割りこんだ。「いや、こいつ疲れてるし。なにしろ、ほら、ミッション以上の運動したんだしさ」
「ほほう」アレンは腕組みし、ザックスを睨みおろした。「それなら、おまえが代わりに小言を受けるというんだな」
「い、いや……」
「クラウドを起こすか、おまえが耐えるか、選べ」
「ううっ……た、耐えます……」
　やれやれ、みんな甘やかしすぎだ。
　おれも人のことは言えねえけどよ。
　ちなみに余談だが、シュウとミリディアンは正式におつきあいを始めたらしい。遊び歩いていた看護学生は、今度、お茶と生け花を習いはじめるという。
　彼女の習い事がいつまで続くかというのが看護学生たちのあいだで賭けの対象になり、シュウがいつ見限られるかというのがソルジャーたちの賭けの対象になっている。
　もうひとつ余談だが、交通法に新たな項目が追加された。特定の通りでは歩行者にも規制速度が設けられるという。
　たぶん無駄だと思うけどな。

THE END.

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