IT HAPPENS ALL THE TIME 2

「……暑い」
　クラウドのつぶやきに、ザックスは少年をふりかえった。「あたりめえだろうがよ。ここをどこだと思ってる」

「砂漠」チョコボの答えは簡潔だ。
「だったら、暑い暑い言うな」
「だれのせいだよ」
「おれのせいだってのかよ」

　むっとして言い返したザックスの後頭部を、ディークが丈夫な軍靴で蹴りつけてきた。「そのとおりだ、馬鹿ザル」
　ザックスは頭をさすりながら顔をしかめる。「んなこたねえだろ。おれはただ、乗りもの酔いで苦しんでるクラウドによかれと思って、コックピットに連れていき、パイロットたちと、なかよーく、お話してただけじゃねえか」
「んで、おまえの意志に関わりなく、いたずらな指が燃料タンクの廃棄レバーを引いちまったわけね」ディークはとげとげしく言い返した。
「そうとも」ザックスはひらきなおってうなずく。「おれの意志じゃねえ。だから輸送機(ゲルニカ)が墜落したのはおれのせいじゃねえ」

「おれ、知ってるぞ」クラウドが力なくつぶやいた。「それ、現実逃避って言うんだ」
　太陽の熱と砂だらけの地面から立ち昇る熱気のあいだを、少年のかすれた声が氷の槍のように突き抜けていった。
　ここは果てしない砂漠のどまんなか。見渡すかぎり砂の海以外なにもなく、晴れているのに黄色みがかった空の下、かれらは三人だけで放り出されていたのである。
　輸送機(ゲルニカ)が飛行不能になった原因はディークがあてこすったとおりだ。ウータイ南部で、虫みたいなモンスターを蹴散らかすぐらいの本当に退屈なミッションをこなしたあと、これならジュノンで飲んだくれてたほうがましと、早々に帰投することになったかれらだが、その帰路に就いて、まもなくのころだった。

　燃料がなければ、いかに優秀な神羅の飛行機でもどうしようもない。いよいよ墜落というとき、ザックスはとっさにクラウドをかかえてコックピットのフロントガラスを破り、空中に飛び出したのである。そばにいたディークも、つきあいとばかりに飛び出してきたのだが、パイロットたちはなおも機体をまっすぐ維持することに命を賭け、輸送機(ゲルニカ)は、かれらが飛びおりた地点よりかなり遠くまで飛んで消えていった。
　もちろん海を越えてどこぞの大陸にたどりつくほどの燃料は残っていなかったから、この同じ島のどこかに不時着しているとは思う。
　うっかり、おれの手がレバーの安全ロックだかなんだかを壊しちまったのはたしかだし、あわてて飛びおりたのも、いま考えれば馬鹿だったよ。けど、この状況で、ごめんごめん言ってるだけじゃ、なんにもなんねえだろ。
　ディークはあからさまに、あきれ返った態度を取りつづけていたが、クラウドは淡々としたものだ。だがその無表情さがかえって、ザックスを責めているようにも見える。ちくしょうめ。

「ちっとばかし利口になってきたからって、生意気言いやがって」ザックスはチョコボ頭を腕にくるんで、思いきり絞めあげてやった。クラウドは苦しげにうめき、じたばたと暴れる。
「いいかげんにしねえ？」ディークが前を歩きながら、うんざりしたように言った。「輸送機(ゲルニカ)の墜落地点まで、あとどのくらい距離を歩かなきゃならねえのか、ぜんぜんわかってねえんだから、体力は温存しとけよ」
　ザックスはクラウドを放した。チョコボは、ばったりと砂の上に倒れ伏す。「ありゃ、クラウド、もうギブアップか、おい？」
　ディークが引き返してきた。「だから、やりすぎだって」

　クラウドはディークに揺さぶられ、どうにか目をあけて、のろのろと身を起こす。「体力ごっそり絞り取られた。温存するほど残ってないよ」
「悪かったな」ザックスは怒鳴った。
「しかし、こんな南のほうに砂漠だらけの島があるとは思わなかったなあ」ディークはぼんやりと言って、ふたたび歩き出そうときびすを返した。「とにかくよ、みんなと合流して、とっととジュノンに帰ろうぜ」
「ちぇっ」ザックスは砂上に残るディークの足跡を踏みながら口をとがらせた。「おまえら、はっきり言えばいいだろ。ああ、おれのせいだよ、ぜーんぶ、おれのせいです。すまなかったな」

　ディークが溜息まじりにふりかえる。「いま、んなこと言ってたって、しょうがねえだろ。あとでアレンに……クラウド？」
　ザックスは立ち止まり、あとからついてきていると思っていた少年をふりかえった。
　クラウドは先刻から一歩も動いていなかった。横手へとぼんやり首をめぐらせ、一点を、やはりぼんやりと見つめている。
「どうした？」ザックスは声をかけた。

「なにかいる……」クラウドは小さな声で無意識のようにつぶやく。
　ザックスはディークに目をやり、同期のソルジャーは怪訝にあたりを見まわす。
　やがてディークは肩をすくめた。「気のせいじゃないか？」
「だとさ」ザックスはクラウドを手招いた。「いいから、さっさと歩けよ。そのくらいの元気は残ってんだろ」

　かんかん照りのなか、帽子もかぶらずとはいえ、これまで悪条件だらけの道を平気で歩いてきた少年だ。ザックスはまさか、クラウドが暑さにやられておかしくなっているとは、まったく考えていなかった。
　だがクラウドは、なにもない砂漠を見つめたまま微動だにしない。本当になにかがいるかのように、じっと一点を凝視していた。
「クラウド」ザックスは、かれのほうへ踏み出した。
　少年がゆっくりと腕をあげる。「サボテン……」

「あ？」ザックスは思わず、クラウドが指さしたほうへと視線を向けた。
　そこにあったのは薄黄色の砂の海。ようするに、なにもない。
　ザックスはクラウドの頭を拳で挟みこんだ。「てめえは、なに、かつごうとしてるんだよ！」
　くぐもった悲鳴をあげながら、クラウドはのけぞった。「いる……て……」

「あ」と、ディークが声をあげた。
「なんだよ？」ザックスはクラウドを絞めあげながら訊ねた。
「ほんとにサボテンがいる」
「いるってなんだよ、普通はサボテンが《ある》って言うだろ」文句を言いながらも、ザックスはディークの視線の先へと目をあげた。

　薄い黄色の厖大な砂原。その砂漠の色を移したような空と、太陽を受けて波打つ大地。その狭間にあって、ちらちらとうごめく緑色の点。
「なんだありゃ」ザックスはクラウドを放し、目を眇めた。
「だからサボテン」
「おれはおまえらみてえに、そんなにいい視力は持ってねえんだよ。あんな小さく見えるもんが、どのくらい遠くにあると――」

「モンスターだな」ディークがきっぱりと言った。「そうでなきゃ、説明がつかねえ。走るサボテンなんて」
　ザックスは口を閉じ、小さな緑色のものを、しばらくのあいだじっと見つめた。
　それはたしかに移動していた。じりじりと、かすかな砂煙をあげて、すこしずつこちらに走ってくる。そしてザックスが考えていたよりも、それはかなり近くにいた。
　かれはサボテンと聞いて身の丈ほどもある植物を想像していたため、それが遠くにあるものと勘違いしていたのだが、それは、かれの膝あたりまでしかないような小さなサボテンだった。トゲが並んだ胴体に、手足のように見える枝を奇妙な角度に生やし、どこをどう動かしているのか知らないが、走っているように思える。

　ザックスは笑って軽く手を振った。「あのくらいのモンスターなら、無視してこうぜ。走ってるっていうが、ぜんっぜん足が遅いじゃねえか。雑魚、雑魚。まともに相手してられっかよ」
　と、サボテンがぴたりと止まった。
　きゅ、とかすかな鳴き声をたて、目の前にいるでかい人間たちをぐるりと見まわすように身体ごと向きを変えた。最後にザックスのほうへまっすぐ向きなおると、かくりと前のめりに傾く。
　なんだ？

　顔をしかめて、それをさらに凝視していると、サボテンは一瞬、ぶるりと震えた。
　とたんにその丸みのある頭部から無数の針が飛び出し、ザックスを襲ってくる。
「げっ」かれはとっさによけようとしたが、間に合わなかった。腰から足にかけて身体の側面にその針をほとんど受け、かれは思った以上の痛みに飛びあがる。「いてえええええ！」
　ディークがすばやく剣をかまえた。「けっこう、やるじゃないか」

「感心してんじゃねえや！」ザックスは背中の剣を抜きながら、ズボンと足に刺さったトゲをばたばたと払い落とした。「ちくしょうめ、覚悟しやがれ」
　サボテンがぴょこんと立ちあがるように姿勢を戻す。ザックスはそのそばへと、ほんの三歩で近づき、大剣を振り薙いだ。
　すかっ、と空振りの手ごたえが気持ちよく腕に伝わってきて、耳に虚ろな風音が残る。
「この……！」ふたたび振り薙いだ二撃めも、爽やかにかわされた。

　すかっ、すか、ぶんっ、とザックスは何度も砂漠の熱気を切り裂いた。あざ笑うかのように、モンスターの鳴き声が高らかに砂漠を渡っていく。
「ちっ、ちくしょう」ザックスは深呼吸しながら、モンスターと距離を取った。
　離れると、ふたたびあの針を飛ばす姿勢を取る。
「相手にしてらんねえ、行くぞ！」ザックスはあわててきびすを返した。

「それって、負け惜しみって言わねえか？」ディークが片眉をあげて、からかうように言った。
「だったら、てめえがやってみろ」
「やってもいいけど、期待すんなよ」つぶやくと同時に、ディークはその場でほぼ垂直に跳びあがった。
　おかげでザックスは、かれのよけたサボテンの針攻撃を、またもや尻に受ける破目になり、ぴょんぴょんと跳ねてまわる。

　くそ、なんでおればっかり……。
　刺さったトゲを抜きながら、ザックスはディークの動きを涙目で見やった。同僚は軽く跳びあがると、サボテンの真上に剣を振りおろす。着地と同時に刃の向きを直角に変え、横に切り裂いた。
　だが、サボテンはまだ同じ場所でくるくると踊っている。なんで当たらねえんだろう。
　ディークは、ぽりぽりと頭を掻きながら戻ってきた。「だめだ。走るのは遅いくせに、えれえすばしっこい」

「だから、とっとと逃げようぜっつってんだよ」ザックスは合図するように手を振った。
　だがクラウドは動かなかった。サボテンが、ぐぐっと身体を傾けはじめている。
「クラウド！」ザックスは叫んだ。
　しかし少年はサボテンに目を据えたまま、「水……」と小さく返答したのみだ。

「なんだって？」
「サボテン、水……持ってるな」
　その抑揚のないつぶやきに、ザックスの背中に鋭く悪寒が走った。
　たしかに、着のみ着のまま飛び出したかれらにバックパックを持ち出す余裕などなかった。ミッション帰り、くつろいだところでだれも非難しない輸送機(ゲルニカ)内では、非常用食糧も水筒も、ましてサバイバルキットさえ身辺から離していた状態だったのだ。ソルジャーのザックスやディークはともかく、クラウドに空腹と渇きが訪れるのは予想してしかるべきことだった。

　にしても、おまえ、ぜんぜんそんなそぶり見せなかったじゃねえかよ。てか、まじめに暑さでぶち切れてるのか？
　クラウドは青い眼を飢餓状態の獣のように物騒に輝かせ、しゃきんとナイフを取り出した。
　ザックスが止めるまもなく、すばやくナイフの刃を持ち替え、いまにも針を飛ばそうと身構えるサボテンのモンスターに向かって投げつける。
　針が来るかとクラウドの前に飛び出したザックスは、当然ながら、かたく目をつむって覚悟していたのだが、痛みはまったく訪れない。

　そろそろと片目をあけてみれば、サボテンは斜めになったまま静止していた。その頭頂には、ぐっさりとナイフが突き立っている。
　やがてそれは、ぱたりと倒れた。
「………」なんか、すげえ、ばかばかしい気分だぜ。
「……おれ、ソルジャーであることがなんなのか、よくわからなくなってきた」ディークが果てのない砂漠のほうを見つめて虚しくつぶやいた。

「感慨に浸ってる場合か、こいつ、暑さで絶対、頭ん中溶けてるって。本能だけが機能してるんだ」ザックスはクラウドのほうに手をのばしたが、少年はそれをすり抜けて仕留めた獲物のほうへとまっすぐ向かっていく。
　おまえ、本当に暑さにやられてんのか、それとも、ちゃんと正気なのか、いったいどっちなんだよ。
「クラウド、素手でさわるな」ザックスはあわててクラウドのほうへ駆け出した。「聞こえねえのか――ばっ……生のまま食うな！」
　すぐさまサボテンを手づかみしようとする少年を羽交い絞めにすれば、反撃で蹴られ殴られする。おかげでザックスとディークは、サボテンを相手にしたとき以上の体力を消耗したのだった。

＊＊＊

　アレンは殺気立っていた。だが初めから怒っていたわけではない。
　最初は、墜落した輸送機(ゲルニカ)のコックピットから、操縦桿にかじりついて離れないパイロットたちを無理やり引きずりおろしたり、爆発を危惧してソルジャーたちに全装備の持ち出しなどを指示したりして、いつもどおり冷静だったのである。

　だが救出したパイロットたちから話を聞けば、墜落原因は某ソルジャーの破壊行為だというではないか。したがって輸送機(ゲルニカ)の燃料はまったく失われ、爆発する危険もなければ飛び立つこともできない。
　そのうえ、あらためて点呼を取ってみれば、三人足りなかったのだ。
「ばっくれたんじゃねえの？」と言ったのはクィンだった。アレンがじろりと睨みつければ、あわててすぐに口をつぐむ。
「ばっくれたというよりも」アレンは吐息を抑えながら、いらいらとつぶやいた。「あのサルは、なにかを勘違いして飛びおりたのだ。よりにもよって無線も持たず、チョコボとほか一名を道連れにしてな」

　数人のソルジャーたちが、そっと窺うようにふりかえる。
　かれらの視線の先には、輸送機(ゲルニカ)の機体に背をもたせかけ、腕組みして目を閉じ、不気味なくらいに静かにたたずむ黒い影がひとつ。その長身の鬼神が、不機嫌という言葉では足りないくらいになってきているのは一目瞭然だった。
「ザックス……」ボードがこっそりと合掌した。
「あいつの命運も尽きたな」ニックが首を振れば、それに合わせて、みながそれぞれに祈るような仕草をする。

　シュウが砂に墓穴を掘りはじめたので、アレンは、かれの頭を殴りつけた。「よけいなことをするな、おまえはあの馬鹿を見張ってろ。それからロバート、輸送機(ゲルニカ)の無線で本社に連絡を取れ。ロケット村から救助用の航空機をまわしてもらうんだぞ」
「なんでロケット村」ロバートは機内に戻りながらも眉をひそめる。
「かりにも第一部隊(ザ・ファースト)が遭難などということになっているんだ。本社でどれだけの騒ぎになっていると思う」アレンは吐息を抑えた。「ミッドガルやジュノンから小型ヘリ(スキッフ)をまわされて、白服科学者たちのお迎えに感涙したいのか？」
「あー、了解」ロバートは重い足取りで機体の中に消えていった。

　アレンは残りのソルジャーたちに向きなおる。「あとは周辺の調査だ。運よく三人が見つかればよし、危険なモンスターがいたら狩っておけ。言っておくが、二次遭難などするなよ！」
「アレン」セフィロスが、こめかみのあたりをこすりながら低く言った。「わめきすぎだ」
「だったら、あなたが指示すればいいだろう」言い返しながらも、アレンは自分でもいらついているのを自覚していた。「救助の件はともかく、ジュノンに帰ったあとの処理のことを考えると――」
「問題はあれのことだけだろう」セフィロスはもたれていた機体から身を起こした。「戻ったら、最優先で空軍に移籍させておけ。予備パイロットとして搭乗させていたことにすれば問題はない。おい、おまえたち」と、かれは散らばりかけていた部下たちに声を投げる。「うろうろするな、これ以上、問題を起こされてはたまらん」

「行けっつったり、動くなっつったり……」クィンがぶつぶつ言いながら引き返してくる。「指揮官同士、ちゃんと相談してから指示してくださいよ」
「悪かったな」アレンは憮然として言った。
「ディークもいっしょなら、迷子にならずに、ここまでたどりつくだろ、あいつら」ボードが肩をまわしながらつぶやく。
「どうかな」ニックが砂漠を見渡しながら応える。「ザックスはなにやらかすかわからねえし、クラウドは、とにかくモンスターの群れに突っこむだろ」

「うあ、ディークひとりで問題児ふたりを子守りか」
「あいつ、よく貧乏くじ引くよな」
「かわいそうに」
　待機するしかやることがないとわかって、ソルジャーたちはめいめいに雑談を開始した。もっとも、やはり周囲が未調査というのが気になるのか、かれらは武器は手放さず、すわりこむこともしない。それでも機体の影がすこしでもある場所へと、かれらは徐々に移動していった。

　たしかに、周囲への警戒以外はなにをすることもできない状況だ。アレンは軽く溜息をつき、疲労感を体外に吐き出した。
　苛立たしい。これまで長いあいだソルジャーとして生きてきたものだが、外部からの救助が必要な事態というのは滅多にないことだった。しかも、こんなばかばかしい理由で孤島に置き去りにされるとは……。
「アレン！」頭上からの呼び声に、アレンはふりかえった。見あげれば、輸送機(ゲルニカ)の割れたコックピットのガラスを外に蹴り出しながら、ロバートが身を乗り出している。「ロケット村からハイウィンドまわしてもらえるそうなんですがね、なんでわざわざ指定してきたのか、理由を言えって本社がうるせえんだけど」
　ハイウィンドというと、最新の飛空艇だな。そこまで指示した憶えはないぞ。だがまあ、垂直離着陸もできるし、ちょうどいいと言えば、ちょうどいい。

　アレンは大声で返した。「適当にごまかしておけ。なんなら、シド・ハイウィンドが俺の親友だとでも言えばいい」
「マジっすか？」
「マジだ」知らない顔ではないことは、たしかだからな。
　ロバートはコックピットの中へ引っこんでいった。

＊＊＊

　クラウドはナイフを器用に使ってサボテンの皮をこすり、最後のひとかけらの肉――水分を多く含んだゼリー状の繊維質がほとんどだった――を口の中に押しこんだ。
　そして、ぺらぺらになったサボテンの外皮を放り出し、生き返ったという表情で、「よし」と立ちあがる。

「おまえさあ……」ザックスは、たちまち干からびていくサボテンの皮を虚ろに見つめた。
「きっと、どこへ放り出されても生き残れるだろうな」ディークが感心したように言う。「そのサボテンに毒があるとか考えなかったのか？」
　クラウドはちょっと返答に詰まったように胸を押さえた。「……考えてなかった」
「長生きするぜ」ザックスは力なく手を振った。「まあ、元気が出たのはなにより、とっとと、ほかの連中と合流しようぜ」

「みんな、どこにいるんだ？」クラウドはあたりを見まわす。
「輸送機(ゲルニカ)の墜落地点だと思うけどな」ディークも少年と並んで砂漠のむこうを透かし見る。「まだ、だいぶ距離がありそうだ」
「というより」クラウドがザックスを見あげてくる。「迷子じゃなのか、おれたち？」
「馬鹿言え、こんな、なんにもねえところで迷子になるもんか」ザックスは太陽のほうを指し示す。「こうしてまっすぐ……あり？」

　空はオレンジ色に染まりかけていて、太陽は大きく質感を増し、しっかりと夕陽に変わっている。
「おれたち、西から東へ南まわりに飛んでたんだよな」ディークがぼんやりと言った。「輸送機(ゲルニカ)は東のほうに落ちたにちがいないのに」
　ふりかえり、まだかすかに歩いた跡を見れば、かれらはたしかに西に向かっていた。
「いつのまに方向が変わってたんだ？」ザックスは茫然とつぶやく。

「ザックス」クラウドが恨めしげに目を細めた。
　ディークも大きく溜息をつく。
　ザックスはさすがにむっとした。「なんだよ、気がつかねえ、おまえらもおまえらだろ」
「おれ、なにも考えてなかったもん」クラウドがむしろ威張るように言った。

「自慢にならん！」チョコボ頭に拳骨をお見舞いしてから、ザックスは東のほうへときびすを返す。「どっちにしたって、これから東に向かえばいいんだ。たいした問題じゃない」
「問題なのは」ディークが太陽を指し示した。「もう陽が暮れるってことだろ。夜の闇を歩いて、これ以上迷うのは勘弁してくれ。それに、砂にまぎれて見えにくいあのサボテンのモンスターの巣に、いつのまにか踏みこんでたなんて、おれはごめんだぞ」
「わかったよ」ザックスは両手をひろげた。「ここで野宿だ」
「おれ……」クラウドがわずかに顔をしかめる。「砂漠での野宿の仕方なんて知らないぞ」

「おれも知らん」ザックスはディークに目をやった。
「野生児どもが、おれに訊くなよ」ディークも不安げに応える。
　しゃあねえ、砂に埋もれて寝るしかねえよな。「ま、夜にもなれば、ちっとは涼しくなるだろ。ちょっと塹壕掘って落ち着くか」
　しかし砂はさらさらと流れ、掘るそばから平らに戻ってしまうので、かれらはすぐにあきらめた。

　太陽が地平線に沈みこんでしまうと、あっというまにあたりは夜に閉ざされる。星明かりは多少あるものの、空はわずかに曇って月もなく、おぼろげに浮かびあがる砂の蒼白さが、むしろ不安定な感覚に陥らせてくれるのだ。
　かれらは砂漠のはっきりしない地平線に遠巻きに取り巻かれ、長いあいだ言葉少なにうずくまっていた。
「寒くなってきたな」ディークが上腕をこすりながら言った。「クラウド、だいじょうぶか？」
　少年はわずかに逡巡してから、首を振った。「寒い」

「めずらしく素直じゃねえか」ザックスは砂の上にあぐらをかいたまま、両手をひろげてみせた。「ほれ、おにいちゃんがあっためてやろう」
「ふざけんな」クラウドはザックスの顎に蹴りを入れた。「上着よこせば、それでいい」
「へいへい」ザックスは野戦服を脱いでシャツ一枚になった。
　ひんやりと言うには甘すぎるというほどの冷気が、むき出しになった肩を凍らせてくる。かれ自身はソルジャーの耐寒性があるから凍えることはなかったが、クラウドにとって、これはかなり厳しい寒さだろう。

「なあ、氷点下ぐらいになってねえ？」
「たぶんな」ディークが横目で、かれに同意してくる。そしてすぐさま、自分も上着を脱いだ。「こいつもやるよ、クラウド」
「ありがとう」クラウドは、かれらの上着を身体に巻きつけ、手足を縮めた。「砂漠って、暑いだけかと思った」
「雪も降ることがあるって言うからな」ディークも膝をかかえる。「おれも、太陽が沈んでこんなに早く寒くなるとは考えてなかったよ」

　ソルジャーといえど、凍えることはないといっても寒さを感じないわけではない。ザックスもディークも自然のうちにクラウドにすり寄り、三人ぎゅう詰めにくっついて冷気を過ごすことになった。
　吐き出す息が白くなって暗闇に漂い、散っていく。
「なんか、前にもあったような気がする」クラウドが、がちがちと鳴る歯のあいだからつぶやいた。
「なにが？」

「こういう感じ」クラウドはザックスとディークの腕のあいだで、手当たりしだいに、ひたいをこすりつけては暖を取ろうとしている。
「凍えたことがあるってことか？」ディークがかすかに笑った。
「うん」クラウドは、がくがくとうなずいた。「よく憶えてないけど、山の中だったかな。あったかい毛皮にくるまって雪に埋もれていたような……小さいころ、そんな経験があったような気がする……」
「おまえの小さいころって、ニブルヘイムだろ」ザックスはひきつりそうになる顔をこすりながら訊いた。「雪が降るような真冬に、モンスターだらけの山で、なにしてたんだ」

「憶えてない」
「あ、そう」ザックスは詳しいことは聞くまいと思った。「まあ、毛皮はあったかいからな。コートとか襟巻きだけでも、ずいぶんちがう」
　ほんとに、いまこそ、そういうのが欲しいぜ。
「でも、本物の狼のほうがあったかいぞ」クラウドの声がかすれて消え入りそうになってくる。

　おまえ、そういうのは毛皮にくるまってたって言わずに、ちゃんと狼にくるまってたって言えよ。
　震えながら、ますます小さくなった少年の身体が、ふと体重をかけてきた。ザックスのほうに寄りかかってきているのだ。
「クラウド？」ザックスは声をかけた。
「うん？」クラウドは、ぼんやりと返してくる。

「寝るなよ」
「うん……」
　まじめにやばいかな、こりゃ。
　ザックスはさらに少年を抱きこみ、腕や肩をこすりはじめた。

＊＊＊

「いつのまに、てめえとオレ様が親友になったってんでえ？」開口一番、パイロットはアレンに詰め寄ってきた。
　すっかり夜も更け、凍えるほどに冷えこんできた砂漠の空に、エンジン音も低く、最新飛空艇ハイウィンドが現われたのである。

　梯子をおろして真っ先に降りてきたのは、艇長シド・ハイウィンドだった。ゴーグルを撥ねあげ、くわえ煙草で恐れ気もなくソルジャーに食ってかかるパイロットは、かなり豪胆な性格をしているらしい。
「こまかいことを気にするな」アレンは、かれと睨みあいながら言った。「このあいだはシエラ嬢のお茶を飲む機会を逸したが」
　パイロットは剣呑な目でまわりのソルジャーたちを一瞥する。それから、かれは空に向かって叫んだ。「シーエラ、九人ぶんの茶あ、用意しとけよ！」
　やや間をおいてから、アレンは違和感を感じた。こちらはたしか、パイロットも入れれば十一人のはずだ。

「……九人？」アレンは眉をひそめ、部下たちをふりかえった。「おい、点呼だ」
　クィンが片手をまっすぐあげ、人数をかぞえはじめる。「ボード、ロバート、クリス、ニック、カイン、それに輸送機(ゲルニカ)のパイロットがふたり……シュウは？」
「いねえな」ボードも指さし確認した。
「あいつのことだから、どっかでザゼンでも組んでんじゃねえの？」

「蜃気楼を探しにいったとか」
「ちょっと待て」アレンは思わず低い声でうなった。「シュウだけでなく、もうひとりはどこだ」
「もうひとり？」
「………」

「おお」ぽん、とカインが手を打った。「大将、忘れてたな」
「あの御仁こそ、ふらっとどこ行ってなにするか、おれたちに予想がつくわけ――」
「のんびりしてる場合か！」アレンは叫んだ。「捜せ！」
「んな無茶な」ロバートが両手をひろげる。「こんな真っ暗ん中で、おれたち絶対、二次遭難しますって」

「なんで絶対がつくんだ」
「そのとおりだろ」
「だいたい、飛空艇のライトがなきゃ十フィート先も見えねえのに、捜索もなにもあったもんじゃねえっすよ」
「なあ」ニックが自分の無線をかかげあげた。「なんもかも忘れてったザックスとはちがうんだから、こいつで連絡取りゃいいだろ」

「そういや、そうだな」
　クィンがふりかえってきた。「アレン、どっか悪いところでもあるんじゃねえっすか？　ずっとなんか、からまわりしてるけど」
　アレンはびたいをこすった。「比較的、異常事態だというのに、いつもどおりのおまえたちのほうが信じられん」
「んで？」パイロットが割ってはいった。「いつまで、このくそ寒いなか、全員突っ立ってるつもりなんでえ？　オレ様の飛空艇に乗るのか乗らねえのか、はっきりしろい」

「いま、部下に連絡をつけているのだ」アレンはパイロットに言った。「もうすこし待て――」
「シュウとつながった」ニックが叫んだ。
　アレンも自分の無線を取りあげる。「どこをどう、うろついている。勝手に散歩に行きおって」
『大将、見張ってろと』シュウの平板な声がノイズもなく響いてきた。

「その馬鹿はどこだ？」
『俺の前、まっすぐ西に向かってます』
「そのまま歩いてろ」アレンは無線をしまいながら手を振った。「全員、ハイウィンドに乗れ」それからパイロットに向きなおる。「西だ」
　パイロットはくわえた煙草ごと唇をゆがめた。「お願いします(プリーズ)が抜けてるぜ、お願い(プリーズ)がよ」

「ほう」アレンは指の関節を鳴らしてみせた。「俺たちのあいだで他人行儀なことだ」
「けっ」パイロットも負けじと腕を組み、そり返る。「親しき仲にも礼儀ありってな」

＊＊＊

　ザックスは非常にあせっていた。
　夜の砂漠の気温は際限なく下がっていく。湿度がないので霜や氷に覆われることはないが、その代わり、あたりに燃やすものもなく、気温をさえぎるための土も雪もなにもないのだ。

　クラウドはどれほどこすっても暖まらず、どれほどぶん殴っても反応がなくなっていった。揺さぶっては眠りそうになる少年を起こしながら、ザックスもディークも必死に呼びかけている。
「クラウド、しっかりしろ」ザックスは大声で叫んだ。ディークも、いまばかりはうるさそうに顔をしかめたりはしない。「寝るな、起きろ、こんな南のほうで凍死なんて洒落にならねえぞ、おい！」
　クラウドは薄目をあけてなにか言いたげだったが、声も出なければ唇も動かない。
「氷点下、どのくらいになったのかね……」ディークがつぶやいた。

「二桁はいってるだろうぜ」ザックスは唇を噛む。実際、ソルジャーのかれらでも手足がかじかむほどの低温だった。
　くそ、こうなったら……。
　ザックスは身を起こし、わずかにふたりから身体を離した。
「おい？」ディークが非難するように顔をあげた。

「クラウド、しっかりささえてろよ」ザックスは両手のひらを見せて空気を押さえるように振った。
「なにする気――」
「火炎(ファイア)！」
　魔法のきらめきがあがると同時に、ディークがクラウドをかかえたまま、とっさに跳び退がった。

　直後、かれらがいままでいた場所に明々と炎の柱があがる。
「なにしやがる！」ディークはクラウドを背中にまわしてかばうようにしながら、ザックスに怒鳴りつけてきた。
「いや、もちっと小さい炎出すつもりだったんだって」ザックスはしどろもどろに言った。
「普段から魔法は苦手なくせに。てめえがやるより、おれがやったほうが、まだ効率的だろうが」ディークはクラウドを引きずったまま、ずかずかとザックスのほうへ歩み寄り、手を突きつけてきた。「マテリア持ってるなら、早くそう言えよな。それから、おまえの上着、燃やすぞ」

「おまえのも燃やせよ」ザックスはマテリアをかれに手渡しながら、クラウドから上着を剥ぎ取った。「とにかく盛大な篝火作ってくれ」
「馬鹿野郎、どこにそれだけ燃やすものがあるってんだ。クラウドさえあったまればいいだろ」そこで、ディークはなにかを思いついたように足もとに視線を落とした。「そうだ、靴脱げ、靴」
「なんで」
「神羅の軍靴だからな。頑丈さはお墨付きだ。多少、中で火燃やしてても、しばらくはもつはず」ディークは問答無用でザックスの足から靴をもぎ取った。「お、上着より、いいものがあるじゃねえか」

「ちょっと待――」ザックスは、ぐいと足を持ちあげられ、ひっくり返った。「てめ、靴下まで脱がすか、おい？」
　ディークはザックスの非難など聞こえないふりをして、靴下を丸めて靴の中に詰めこんだ。火炎(ファイア)を唱えると、靴の中でオレンジ色の光がひらめく。「こうやってクラウドに持たせときゃいい。ちと、くさいけど、我慢しろ」
「くさくて悪かったな」ザックスは恨めしげにディークを見やった。「なんで自分のでやらねえんだよ」
「だれのせいで、こういう破目に陥ってると思ってるんだ」ディークはクラウドに上着を巻きつけなおしながら、いらいらと言った。

「おれのせいかよ」
「そのとおりだ、馬鹿ザル！」
「二度も言うか」
　ザックスとディークはほぼ同時に、たがいの胸ぐらをつかみあった。

　一瞬、訪れた緊張の静寂を破ったのは、クラウドの寝息だ。寒さに震えながら白い息を細く吐き出し、少年はすっかり昏睡状態にはいっていた。
「あ、こら」ザックスはディークを突き飛ばし、チョコボ頭を揺さぶった。「懐炉かかえたからって、身体が冷えきってることに変わりはねえんだ、寝るな！」
　しかしクラウドは、寝ているというよりも、生命活動そのものを極端に低下させているようにぐったりとしている。まだどこかしら力んでいたはずの筋肉のこわばりは解け、弛緩した手足は真っ白になって、星明かりに浮かびあがる肌は血管の筋も見あたらないほどだ。
「おい、マジに昇天しかかってるぞ、起きろ、起きろー！」ザックスは必死で揺さぶった。かくかくんと少年の頭は前後に揺れるものの、まるで藁一本でつながっている案山子みたいに反応も生気もない。

　ディークが少年の手首を取って脈を看ながら、背中から抱き取る。「落ち着けよ、そう激しく揺さぶって、首の関節はずれたらどうする」
「落ち着いてられっかよ！」
　クラウドのまぶたが、かすかにぴくりと震えた。目はあけなかったものの、白い息が唇から飛び出す。
「生きてる！」ザックスは思わず涙ぐんだ。「生きてるよな！」

「うるせえよ、おまえは」
「黙ってられねえんだってば」ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、ザックスは言い返し、手足をこする作業を始める。
　でもこのあと、どうすりゃいいんだ。せめて陽が昇ってさえくれれば。
　ザックスはクラウドの腕を引っぱりながら夜空を見あげた。薄く曇った空に、ぼんやりした星の白い点がぽつぽつと散らばっている。当然だが、あの光はこの砂漠の空気を暖める役には立っていない。

　と、東のほうに妙にくっきりとした光点があった。
　ザックスは手の動きを止め、目を眇めてそれを凝視する。
　しばらくの間をおいてから、夜気を押しのけるような低い振動音が聞こえてきた。
　ディークも怪訝に顔をあげる。かれの向きではそれは見えなかっただろうが、いまやはっきりと聞こえてくる飛行機のエンジン音に、なにが起こったのか察したらしい。「輸送機(ゲルニカ)か？」

「うんにゃ」ザックスは茫然と応えながら、無意識に立ちあがった。「それより、はるかにでけえ」
　近づいてくる光点に向かって、何歩か、やはり無意識に歩き出したあと、かれは徐々に駆け足になる。
　片方の素足にじかに触れる砂はまるで氷でできた粒で、そのくせ、さらさらと流れてザックスの足を止めようとしてくる。だが、かれは上空を見あげながら、なおも走った。
　ゆるやかに盛りあがっている砂の山を、こけつまろびつしながら登りきり――だが。

　ずっと視点を固定して見失わないようにしていた飛行機の前照灯が、いきなりなにかにふさがれたように視界から消えた。同時にザックスの頭上が暗く翳る。
　闇そのものといった影が立ちふさがり、魔晄色の獣のような鋭い眼が、かれを見おろしていた。
「うぎぇわああああ！」
「わけのわからん悲鳴をあげるな、馬鹿者」

　砂の斜面を転がり落ちながら、ザックスは、その立ちふさがった影が黒コートをまとった上司であることを確認した。いやだって、急に目の前に、ぬうっとそびえられりゃ、だれだって……。
　身を起こせば、飛空艇のばかでかい影が曇り空にくっきりと輪郭を浮かびあがらせていた。低空飛行をつづけてきたらしいそれは、徐々に速度を落とし、ほとんど真上に来て停止する。
　セフィロスは大股に斜面を下りてくると、まっすぐディークとクラウドのほうへ歩み寄っていった。そのあとから、もうひとりソルジャーがザックスを見おろしている。
「無事か？」と、シュウが訊ねてきた。

　ザックスは立ちあがって砂をはたいた。「おれらはだいじょうぶだけどよ。クラウドが……」
　シュウがちらりとセフィロスのほうを見やる。鬼神は身を屈め、ディークの腕の中にいるものに平手打ちを浴びせていた。
　それを確認して、ウータイ人はうなずく。「チョコボはだいじょうぶだろう。そうでなかったら、大将が落ち着いているわけがない」
　ザックスは大きく息を吐き、いっしょに出てきた目の水分をこすることでごまかした。ちくしょう、すっげえ安心感。おれ、どうしちまったんだよ。

「それより、おまえのほうが心配だ」シュウがつぶやくように言って、ザックスのわきを通りすぎていった。
「あん？」
「のんきだな」肩越しにふりかえるシュウ。「すべての原因がなんなのか、よく胸に手を当てて考えろよ」
　ザックスは言われたとおり、胸に手を当てた。

　すべての原因たってよう……。
「だからおれは……なあ、あれは事故だろ、事故！」ザックスは少年をかこむ三人のソルジャーの背中に向かって叫んだ。「おれのせいじゃねえって、ちがうんだって、おい、言いわけぐらい聞いてくれよ。無視すんな！」
　だが、かれらは少年の手当てに忙しそうなふりをして、ザックスのことはまったく意に留めずにいる。
「頼む、だれか、おれのせいじゃねえって慰めてくれよう！」ザックスは夜空に向かって叫んだ。

＊＊＊

　甲板に締め出したザックスのわめき声を聞きながら、アレンはひと心地ついて紅茶を味わっていた。
　宇宙開発部門はメカニックの集まりと聞いていたが、その一員であるシエラ嬢の淹れるお茶は、なかなかのものだ。凝ったことはしていないようだが、濃すぎず、薄すぎず、充分茶葉を蒸らし、あらかじめカップを温めておくなど心配りが光る。ただ、お茶を頼んで出てくるまでが、少々時間がかかるというだけのこと。

　飛空艇は残りの五人を収容したあと、まっすぐジュノンへ向かって順調に針路を取っていた。
　コックピットの端末から神羅のネットワークにつながったので、事故の報告や処理など、アレンが当初考えていたよりも簡単に片がついた。あとは帰ってからのザックスの始末だけだ。
　ワイヤーでぐるぐる巻きにしてソルジャー棟から吊るし、四十八時間放置……いや、なまぬるいか。カエルの生簀に閉じこめる……のは、すぐ気絶してしまってつまらんだろう。クラウド自身にお仕置きさせてもいいが、あのチョコボ、喉もと過ぎれば熱さも忘れ、まったく興味ないという顔をするからな。
　だが、さすがに炎天下に放り出され、渇きに苦しみ、寒さに凍死しかけたかと思えば、過酷なサウナを経験させられれば、すくなくとも憶えていないとは言わんだろう。

　いや、最後の災難は、もしかしたら記憶に残っていないかもしれない。
　チョコボ少年の最後の災難。それは熱地獄だった。セフィロスはクラウドをコートでくるんで飛空艇に乗りこんでき、だれにも手を出させずに自分で船室に放りこんだのである。それはともかく、エアコンの温度を目いっぱいあげただけで、あとはなにも手当てをしていなかったのだ。まるでサウナのようになった船室の中で、チョコボは昏睡したまま、かえって瀕死状態になっていた。
　アレンが部屋を適温に戻し、ザックスやディークの上着を剥ぎ取って乾いた清潔な毛布を巻きつけてやれば、やっと平穏な寝息をたてはじめた少年だった。
　セフィロスが部屋に居すわるつもりのようだったので、アレンはそのまま放っておくことにし、かれもやっと落ち着いてお茶にありついたのである。

　コックピットは広く、数人の乗組員が忙しく働いている中で、クィンやボードが物珍しげに見学していた。
　うろうろしているソルジャーたちを、やや迷惑そうに睨みつける艇長のシド・ハイウィンド。かれは舵輪に両手を置きながら、だれにともなく怒鳴った。「うろちょろしやがって。ソルジャーってのは、でっけえガキの集まりかよ」
「似たようなものだな」アレンは顎に湯気を当てながら吐息をついた。
　シド・ハイウィンドは、かれをふりかえり、舵輪をロックしたらしく、あれこれとレバーを引いてから席を離れて大股に近づいてきた。

「おう、病人ならシエラに世話させるぜ？」パイロットが親指を立て、コックピット後方、船室のほうを指し示す。
　かれの言ったのはクラウドのことだろう。詳しいことは知らないまでも、看病の必要な者がいるということだけは感づいていたらしい。
　たしかに女性のほうがなにかと気遣いしてくれるだろう。しかしクラウドは寝ているとき、あたりのものを殴ったりするからな。それに始終、セフィロスが横にくっついていては、なにかとやりづらいにちがいない。
「それとも、あの英雄さんがコートにくるんで持ちこんだやつ、ありゃ、モンスターかなにかなのか」パイロットがわずかに不安そうに声を落とした。

　アレンはまばたいて、パイロットを見あげた。
　なぜわざわざクラウドのことに言及したのかと思えば、俺たちがなにを持ちこんだのかわからず、たんに問題を起こしたりしないか心配だっただけか。
　さて、どう応えるべきかな。
　しばらく考えてから、アレンはおもむろにうなずいた。「似たようなものだ。近づかんほうがいい」

　パイロットは肩をすくめ、ふたたび操縦席に戻っていった。
「ああっ！」
　いきなりエンジニアの叫び声があがり、機体が大きく揺れる。アレンは飲み干そうとしていた最後の紅茶を気管に流しこんでしまった。
　咳きこみながら目をあげれば、ボードとひとりの乗組員とが機関操作卓(エンジン・コンソール)の前で取っ組みあっている。

　エンジニアがわめいた。「なにするんですか、デリケートな作業の途中で！」
「いや、おれ、このレバー、なにかなと訊いただけじゃねえか」
「訊くだけにしてください、さわらないで！」
「おいおい」シド・ハイウィンドが舵輪を握りながら叫んだ。「なにしてんだよ」

「磁力平衡装置(リニアスタピライザー)を停止させちゃったんですよ！」エンジニアは泣きそうな声で叫んだ。「ああっ、レバーが折れてるじゃないですか！」
「ちょっと待て……」アレンはいやな予感に背筋が震えた。
「ふざけんな！」シド・ハイウィンドが怒号する。「ちくしょう、手動でエンジン同期しやがれ、自動操縦(オートパイロット)切るぞ」
　にわかにコックピット内が騒がしくなり、乗組員たちの数人があわてて通路へと出ていく。自動操縦で制御していた飛空艇を、どうやら総員であやつらなければならない事態になったようだった。

「ボード」アレンはカップを置きながら低く唸った。
「いや、おれ……」ボードはクィンの陰に隠れるように腰を引いた。
「きさまらは今後、コックピット内、立入禁止だ！」
「うるっせえ！」シド・ハイウィンドが、ばかでかい声で叫んだ。「てめえも出ていけ、邪魔すんな！」

「じゃ、邪魔だと？」
「おう、邪魔も邪魔、てめえらソルジャーども、どいつもこいつも役立たずめ」パイロットは、びしっと指を突きつけてくる。「オレ様がてめえらを全員、海に放り投げる気になる前に、とっとと出ていきやがれ！」
　俺をボードたちと同類項にするとは……。
　アレンはショックを隠せず、傷心をかかえてよろよろと出ていった。

　結局、ソルジャーなんてものは剣を振るう以外に役に立たん連中の集まりなのだと、かれがそうひらきなおるまで、しばらくの時間がかかったのだった。

THE END.

WILD CARD contents