ちびくら

　ぱち。
　ティファは目を醒ました。

　いつものとおり、ぐっすり熟睡したあとの寝起きは、すっきりきっぱり、キレがいい。
　夢を見たかもしれないけれど、彼女はぜんぜん気にしなかった。
　だって、ちゃんとおふとんの中にいるもん。
　毛布にくるまってごろごろしていれば、ママが起こしに来てくれる。だからティファは、それまで寝たふりをしているのだ。ママにかまってもらうのがとても大好きだから。

　ティファは毛布の中でごろんと転がり、ふわふわの枕を抱き寄せようとした。
　ごつ。
　なんだろう。
　ティファは顔をしかめ、毛布をかぶったまま、むくりと起きあがった。

　ベッドに手をついてそのあいだを見おろせば、足がある。
　彼女はベッドの上にすわりなおし、その足を両手で持ちあげた。
　やっぱり足だ。裸足で、ティファよりちょっと大きいぐらいの子供の足。
　なんで、こんなものがあるんだろう。

　彼女はぐいぐいとそれを引っぱり、だがちっとも足の持ち主が動かないので、毛布を剥ぎ取った。
　枕を蹴るようにして、逆さまにベッドの上で寝ているひとりの子供。
　ティファは、ぽかんと口をあけて安らかに寝息をたてているその男の子の顔を見おろした。
　……ええと。

　うん、クラウドだ。
　彼女はひとり、うなずいた。
　クラウドはクラウドっていう名前なんだって。ティファはお日さまのほうがいいと思うんだけど、このあいだママが、かれは曇り(クラウド)だって言った。だから、お日さまって呼ぶのはやめなさいって。
　でも、ティファはお日さまのほうがいいと思った。

　だって、とってもきらきらした頭してるもん。
　でも、なんでクラウドがここにいるんだろう。
　ティファはクラウドの足を放り出し、やっと部屋を見まわした。
　隣にベッドがもうひとつ。そのすぐそばにはテーブルがあって、そのむこうにはキッチンが見える。流し台の前でこちらに背を向け、ひとりのおばさんが洗いものをしていた。

　おかしい。
　ティファのお部屋じゃない。ティファのお部屋、箪笥もあって、机もあって、ピアノも置いてあるはずなんだ。でも、ここにはピアノがない。
　ティファはぐるりと身体をひねり、すこし高い位置にある窓を見あげた。そこから見える空はどんよりと曇り、陽光は薄い。
　晴れでもない。やっぱり、おかしいよ。

　ティファは空をじっと睨みつけながら、一生懸命考えた。
　ティファ、ちゃんと、おうちにいたよね。
　今日はいっぱい遊んでた――
　あ。

　そうだ、ティファ、お隣に預けられたんだ。
　ママもパパも忙しくて、それで、ティファはもう四歳だから、よそのうちでもお行儀よくできるよねって言われて、ティファ、お日さまのおうちに連れてこられたんだっけ。
　うん。お日さま――ううん、クラウドと遊んだんだ。おばさんが包装紙とサインペンを持ってきたから、ティファは紙に北風と太陽のお話を描いて、クラウドに話して聞かせてあげたの。
　でもクラウドは、太陽は喧嘩が強いから北風には負けないんだって。だから、あったかいとか寒いとか関係ないよって言った。

　そのあと、おばさんがクッキーをくれた。お昼寝しようねって言うから、お昼寝したんだ。
　クラウドはお昼寝って聞いて、なんだそれって、とっても不思議がってた。クラウドはいつもお外に行ってるから、昼間に寝たりしないんだって。
　お昼寝しない子はいい子じゃないんだよってティファが言ったら、クラウドはすごく困った顔してた。「おれ、悪い子なのか」
「おばかなだけだよ」って、おばさんは言った。「ほらほら、ティファちゃんはお昼寝しないとね。おまえも寝ちまいな」

　そこで彼女らは眠った。
　でもたしか、ちゃんと枕並べて寝たはずなのにな。クラウド、どうして逆さまになったんだろう。
　両手両足をいっぱいにひろげて、いまだに眠っている金髪の男の子。
　金色の髪の毛は、本当にお日さまの光みたいに、ぴんぴんと跳ねている。

　でも空は曇ってる。お日さまがお日さまじゃなくて、クラウドだからだ。
　やっぱり、クラウドはお日さまのほうがいい。
　ティファはベッドの上をきょろきょろと探した。眠る直前まで持っていたはずのサインペン。
　彼女はやがて、枕の下にもぐりこんでいたそれを見つけた。

　蓋ははずしっぱなしだった。ちょうどいい。彼女はまだ、うまくサインペンの蓋を開け閉めできなかったから。
　ティファはペンを持って、クラウドのおでこをめざし、匍匐前進を始めた。
　頭を押さえつけても、クラウドは起きない。
　ティファはとても機嫌よく、そして勢いよく、かれの白いおでこにサインペンを走らせた。

　ぐるぐる、ぐるぐる。
　渦巻きの丸を描いて、そのまわりにお日さまの光線。
　うん、うまく描けた。
　だからきっと、お空も晴れて、クラウドもお日さまになる。

　ティファはうれしくなって、にっこり笑った。

＊＊＊

　夕方、ママが迎えに来た。
　ティファの手を取って、おばさんと話しこむようす。

　おばさんの手はクラウドの手を引いていて、クラウドはまだ眠そうに目をこすりながらうつむいていた。
「本当に助かりました」と、ママは何度めかの同じ言葉を言っている。
「いいえ、でも、お義母(かあ)さまのことは――」
「ええ、おかげさまで大往生で」ママは、ちょっとこわばった顔になった。「明日、お葬式ということになりましたわ。うちの人とよろず屋のご亭主、それに宿屋のおじさまと、あと逗留されてるハンターさんもいっしょに、山送りしてくださるそうで」

　クラウドが顔をあげた。「ハンター、来るのか？」
「ええ――」ママが応えかけ、そのまま口をつぐんだ。
　ママはしばらくクラウドを見おろしていたが、やがてティファへと視線を移してくる。
　そしてママは顔をしかめた。「ティファ、おててに、なに持ってるの」

　ティファはずっと握っていた赤いサインペンを突き出してみせた。
「それでクラちゃんになにしたのか、言ってごらん」
「お日さまがいいんだもん」ティファは応えた。「曇ってるから、みんな変なの。ティファ、お隣に預けられるし、ママは忙しいの。晴れたら、みんなもとに戻るの。だから、お日さまはお日さまなの」
「ティファ……」ママはすごく困った顔をしている。

「いいんですよ」おばさんが口をはさんだ。そしてクラウドをくるりと回転させ、家の奥へと押し出す。「おまえは顔を洗っといで。ほっとくと、いつまでも寝ぼけてるんだから」
「ごめんね、クラちゃん」とことこと家の奥へと引っこんでいくかれの背中に、ママが苦笑を投げかけた。そしてティファの頭を下に押しこむようにする。「ほら、ティファも謝るの」
　なんで？
「ほんとにすみません」

　おばさんがそれに応えて、またなにか言いかけたとき、クラウドのびっくりしたような声が小さな家をつらぬき通っていった。「おでこ！」
「やっと気づいたのかい。あの子はまったく、馬鹿だね」
　おばさんがきびすを返し、それを合図に、ティファはママに引きずられてお隣のおうちを出た。
　空は、まだ曇りだった。

　なんで晴れないのかな。
「ティファ」ママが歩きながら彼女を見おろしてきた。
「お日さまだって、雲の中でお休みしたいときもあるのよ。ティファがベッドの中でおねんねするみたいにね」ママはうっすらと赤くなった雲を大きく指し示す。「ティファがわがまま言って眠らせてくれないって、お日さま、困らせちゃだめよ」
「お日さま、困る？」

「困るわ」ママはうなずいた。「もしかしたら、ティファのこと嫌いになっちゃうかも」
「そんなのやだ」
「じゃあ、もう、ぐるぐるお日さま描くのはだめよ」
　ティファはむっつりとうつむいた。「……うん、わかった」

　でも、クラウドはお日さまだもん。
　ずっとティファのお日さまでいてくれるもん。
　たぶん……きっと。
　たとえ曇り(クラウド)でも。

　北風と喧嘩しても負けない、お日さまでいてくれるよね。

THE END.

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