ちびくら
ちびティファ〜冬至祭の夜
きらきら。
きらきら。
給水塔はいっぱい飾りをつけて、いろんな色のモールを四方八方にひろげ、頭上の曇った夜空を華やかにしていた。
今日はお祭りなのだそうだ。だから夜になっても寝なさいとは言われなかったし、みんなといっぱい遊んでいいんだって。
ティファは、ほかの子と同じようにお菓子をいっぱいもらい、いっぱい食べ、鬼ごっこのおみそにしてもらって、いっぱい走った。おとなの人たちは普段よりもやさしくて、普段よりも、うるさいことは言わない。
夜はきらいだけど、今日だけは夜じゃないみたいだった。
そのうち隠れんぼが始まったので、ティファは喜んで隠れた。彼女は隠れんぼは得意なのだ。いままで、だれも彼女を最初に見つけたことはない。給水塔の陰にあるパイプの隙間、よろず屋の裏にあるダンボールの中、宿屋の階段の下、彼女の秘密基地はいくらでもあるのだ。
でもママには見つかるの。
けやき並木のわきにある家の垣根、その隙間にもぐりこんで地面に這いつくばって隠れたティファは、うとうと、こっくりしながら長い時間を待っていたところ、いきなりママにかかえあげられたものだ。
「もう、みんなおうちに帰っちゃったの。隠れんぼはおしまい」とママは彼女をかかえたまま、まっすぐおうちへと歩いていく。
まだ鬼が迎えに来てない、まだ遊ぶんだと、さんざん駄々を捏ねながら、しかしティファは、てきぱきとオーバーコートを剥がされ、パジャマをかぶせられ、ベッドに押しこまれてしまった。
「やー！」とわめいても、ママは取りあってくれなかった。
むうっと二階にある彼女の部屋の窓の外を睨みつければ、まだ給水塔がおしゃれな格好をしたまま、くぐもった月の光を浴びるようにして夜空に背伸びしている。外からはまだ、おとなたちの笑い声や話し声がしていて、お祭りはつづいているようだった。今夜は眠るのがもったいないくらい、すべてが興奮している。
それなのに、ママは早く寝なさいって言うんだ。
ずるい。
ずるい、ずるい、ずるい！
ずるいもん！
しかし毛布の上から押さえつけているママの手はびくともしないし、じたばたと暴れているうちに本当に疲れてきて、ティファは毛布を握ったまま、くてんと眠ってしまったのである。
はた、と目を醒ませば、あたりは暗くなって、しんと静まり返り、ひんやりとした寒気が毛布の上に降り積もっているようだった。
むくりと起きあがり、窓のほうへ目を向ける。
真っ暗だった。
寒さを我慢して彼女は裸足で床におりると、ついさっきまでお祭りしていたはずの広場を窓から見おろしてみる。やっぱり真っ暗だ。きらきらしたモールは相変わらず給水塔を飾ってはいたものの、焚火やランプの火がないせいか、ぜんぜん、きらきらしていない。とっても寂しそうだ。
お祭り、どうなったのかな。
ティファは泣きそうになって顔をしかめ、ふと右のほうへと目をやった。
ますます暗い景色。よろず屋は閉まっているし、宿屋の入り口に掲げられたランプだけが、ぽつん――
と、ちらりと小さななにかが動いたような気がして、ティファはもっと右へと視線をやるため、ガラス窓にひたいを押しつけた。
お隣の家がある。暗く沈んだ中に、やっぱり明かりも消えて、うずくまっている小さな家。
ティファの家との境界には板と杭でできた垣根があり、お隣の庭はあんまり広くない。
その小さな空き地に、ひとつ光があった。ほんとに小さな、たぶん蝋燭の光だ。
そのうちのひとつがゆっくりと動いて、もうひとつ蝋燭の火が増える。
なんだろうと思ってティファは窓をあけようとしたが、鍵がかかっていて、彼女の背では手も届かない。
ティファは急いで、床に放ったらかしにしてあったオーバーコートに袖を通した。まだボタンを留められるほど器用ではないので、そのまま毛皮の内張りのある靴に裸足を突っこみ、いささかもたつきながらも、部屋の外へとまろび出る。
ママに見つからないよう、彼女はそろそろと階段をおりた。というよりも、ずるずると。
玄関マットの上に立って、ティファは玄関のドアを押してみた。当然、あかない。ノブにも手が届かない。
でも彼女はちゃんと知っていた。おうちには、もうひとつ出入口があるのだ。
そして彼女は、やっぱりちゃんと知っていた。台所のドアは壊れている。昼間直しておいてってママがパパに命令してたもん。パパは昨日、すごく酔っ払ってたから、きっとまだ直してない。
ティファは台所のわきを通り、裏口へ向かった。
玄関のドアとはちがって、ノブの位置は低かった。ぎりぎり手が届き、ぎりぎり彼女の力と不器用さでもノブをまわせる。
ティファはドアを押すのと同時に、外へ転がり出た。
ニブル山を臨める庭には菜園と花壇とがあり、広い洗濯場が裏口のわきにある。
ええと……。彼女はちょっと立ちつくし、なんのために外に出てきたんだろうと首をひねった。
あ、そうだ。お隣のお庭。
彼女の正面、花壇の端から伸びるようにして、お隣との垣根が横たわっていた。
ティファはそろそろと垣根に近づいていく。
垣根の横木はちょっと乱雑に打ちつけられていて、そこかしこに隙間があった。なので、彼女がお隣を盗み見るのに、とっても都合がいい。
板に手と顔を押しつけてみれば、こぢんまりしたおとなりのお庭があった。ティファはゆっくりと目を左右にやる。
あ。あった。
二階の窓から見えた、あのささやかな光。
小さなお庭には洗濯ものを干すための竿が家の壁に沿って立っていて、奥のほうには鳥のための籠が板の棚の上にあった。その前の地面に蝋燭が置いてある。さっきよりも二本増えて、合計四つのささやかな光がきらめいている。
その光をさえぎって、ひとつの影が横切った。
あ、クラウドだ。いつもより頭がきらきらしてないけど、まちがいない。きっと夜だから、お日さまも元気がないんだよね。
男の子は蝋燭をひとつずつ、慎重なようすで持ちあげては、鳥小屋を囲うようにして動かしている。
なにをしているのか、まるでわからない。けれどそれは、なんだかとっても神秘的な儀式のように思えて、ティファはちょっとどきどきした。
ふと、クラウドの肩がぴくりとして、かれの動きが止まった。
しばらく、なにか考えこんでいるように蝋燭を握って、しゃがんだまま、クラウドは身じろぎひとつしなかった。
やがて、くるりとふりかえってくる。
ティファはさっと横へずれて隠れた。ずれた場所にも板の隙間はあり、そこからクラウドのようすも見える。
クラウドは、なにかいたような気がしたんだけど、といった顔をして、だがティファの姿は見えなかったらしい。釈然としないながらも、蝋燭に向きなおった。
そしてまたひとつ蝋燭を動かしてから、ふたたび、やっぱりなにかいる、と鋭くふりかえってくる。
ティファはしゃがみこんで、いちばん下の板の隙間からようすを窺った。
クラウドはしゃがんでふりかえったまま、長いあいだ眉をひそめていたが、のろのろと、そしてそろそろと立ちあがって垣根のほうへ歩いてくる。
絶対なにかいる、といった確信の表情で、クラウドは垣根をじっと見つめていた。
垣根はクラウドの背丈よりちょっと高い。ティファは、かれの正面に当たる位置でしゃがんだまま、じっと息をひそめた。
クラウドは垣根の端から端をゆっくりと歩きはじめた。
ティファはそれに合わせてゆっくりと移動する。何度も言うけど、ティファは隠れんぼは得意なのだ。
すっかり楽しくなって、ティファはクラウドの動きに合わせて垣根の脚もとをうろうろとした。
二往復もしたころ、クラウドが、気のせいだったかなと、わずかにその場から離れた。
ティファはぱっと立ちあがり、垣根の隙間に足をかけ、よじ登る。
クラウドは蝋燭のほうに歩きかけていたが、またぴたりと止まり、さっとふりかえってきた。
さすがに、これでは隠れる暇もない。
目が合うと、ティファは垣根によじ登った中途半端な姿勢で、大きく、にっと笑ってみせた。
クラウドは無言のまま目を丸くし、そのまま数歩あとずさりすると、なににつまずいたのか、うしろ向きにひっくり返る。あんまり勢いよく転んだので、ついでにでんぐり返って、そのまま起きあがった。
「お日さま、なにしてるの」ティファはずるずると垣根をおりて、お隣のお庭にはいりこんだ。
クラウドはじりじりとお尻であとずさってから、鳥小屋に身を寄せるようにして縮こまる。
ティファはてくてくと歩いて、かれの目の前にしゃがみこんだ。「なにしてるの。お祭り？」
「ちがう」クラウドは小さく首を振った。
「今日は、みんなお祭りだったよ。クラウドもお祭り？」
クラウドはまた首を振った。「太陽が……」
「お日さま？」
「今日は太陽がいちばん弱い日なんだ。明日は強くなる。太陽が早く昇ってくれないかなって」
「お日さま、呼ぶの？」
クラウドはちょっと考えこんだようだった。「……ええと、うん」
「どうやって？」
「ニワトリが呼ぶんだ」と、クラウドは蝋燭の中心にある鳥小屋を指さす。「だから、ニワトリに目を醒ましてもらおうと思って」
「だったら、もっとおっきな火をつけなきゃ」
「おっきな火？」
「おっきなの。ぼうぼうって」
クラウドはまた考えこみ、首をひねるようにしてうつむいた。
やがて、かれはくるりと小屋を見つめる。
またしばらく考えこんだように、そのままじっとしていたが、おもむろに蝋燭の一本をつかんで立ちあがった。
ニワトリがこくこくと眠っている鳥小屋、その籠の中ををさらに見つめると、そっと蝋燭を近づける。
網戸のほうに蝋燭を押しつけるほどにまで。「燃やせば、おっきな火になる？」
「うん」ティファはわくわくとうなずいた。
「さあて、そこまでよ」
と、いきなり、ティファとクラウドはそれぞれ襟首をつかまれ、鳥小屋から引き離された。
びっくりして叫んだティファは、あわてて背後をふり仰ぐ。「ママ！」
ママは眉を寄せながら、しかし笑いをこらえるように、しかめつらをしていた。「火で遊んじゃだめでしょ！」
「遊んでないもん」ティファは抗弁した。「お日さま呼ぶの」
「お日さまは、朝になったら、ちゃんと戻ってきます」
「寝坊するかもしれない」と言ったのは、クラウドだった。「ニワトリも、よく寝坊するんだ」
「あのね」ママはクラウドだけを地面におろして、そのほっぺたをつねった。「太陽を呼ぶのは雄鶏だけ。クラちゃんちのニワトリは、二羽とも雌鳥でしょ」
クラウドはじっとママを見あげたまま、混乱したように考えこんだらしい。「ニワトリじゃないのか？」とつぶやくと、気味悪そうに小屋を見つめる。「じゃあ、正体はなんだ？」
「クラウド？」とお隣の家の裏口があいて、お隣のおばさんが出てきた。「こんな夜中に、なにやって――あら？」
「こんばんは」と、ママが苦笑まじりに言った。「うちのティファがお邪魔しちゃって、ごめんなさい」
「なあ」と、クラウドはおばさんのほうへ駆け寄っていった。「うちのニワトリ、ニワトリじゃないって。太陽は呼ばないって。ニワトリが鳴いたら朝が来るって、あれ、ちがうのか？」
「朝が来るから、ニワトリが鳴くんだよ」おばさんは答えたものの、いったいなんの話だといった表情をしている。
「じゃあ、ニワトリの正体ってなんだ」
おばさんは混乱したように立ちつくし、息子を途方に暮れたように見おろした。「クラウド、あんたね……あたしにはさっぱり――」
「だから、ニワトリがニワトリじゃないなら――」
「いいかげんにおし」おばさんは、ごつんとクラウドの頭に拳骨を落とした。「そのチョコボ頭で考えたことを、チョコボみたいに手当たりしだい投げかけないでおくれ。母さん、ついてけないよ」
クラウドは、くらっとしたようによろめいたが、倒れる前におばさんがその腕をつかまえ、戸口のほうへと引きずっていく。
そのあいだに、ママもティファを抱きなおした。「ティファも、どうしてこんな時間に起きちゃったのかな」
ティファはちょっと考えた。どうしてかな？ 「ティファのせいじゃないよ。起きたら朝になってないんだもん。お日さま、寝坊してるの」
「わかりました。じゃあ、ティファも寝坊しましょ。ほらほら、クラちゃんに、ばいばいって」
ティファは母親に引きずられていくクラウドへと、ママの肩越しに目を向ける。手をあげて振っているあいだに、クラウドは家の中に放りこまれていった。「すみませんね、お休みなさい」と、おばさんがママとティファのほうに軽く会釈して、扉は閉じられる。
ティファもやがて、ママに抱きあげられたまま、家の中に連れ帰られたのだった。
「さて、ティファ？」とママは彼女をベッドにおろしながら、ちょっときつく睨みつけてくる。「お日さまがいないときに外には出ませんって、約束する？」
「や」
「じゃあ、おしおきね」
「やー！」
「だったら、夜にはお外に出ない」
「や！」
「おしおきがいい？」
「いやー！」
それから、ティファが疲れて泣き出すまで、その問答はつづいたのだった。