BEFORE THE WHIRLWIND
4. Immemorial Shrine
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ザックスは執務室のドアを蹴りあけた。しょっちゅう力任せにあけられてはノブが壊れるとアレンがうるさく言うが、毎度毎度、両腕にいっぱいの書類を押しつけてくる管理部が悪い。
「よっと……」壁に撥ね返って戻ってきた扉を、さらに足で受け止めて背後に蹴り閉めると、ザックスは室内をざっと見まわした。
壁面いっぱいの窓の前で、夕陽の赤い光を受けながらセフィロスがゆったりした椅子に身を沈めている。広い大将用のデスクにはぽつんと端末がひとつ載っているだけだ。手前に並べられた数々のデスクに着いて作業なり昼寝なりしているソルジャーは誰もいなかった。
「なーんだよ、大将ひとり？」
セフィロスはじろりとザックスを睨みつけるように目を眇めると、紙巻をくわえて深々と吸いこんだ。
窓のほうへ顔を向けて勢いよく煙を吐き出し、「どこからか情報が洩れたらしくてな」と不機嫌きわまりない声音で低く呟く。
「なんの」
「クラウドだ」
「あー」ザックスは書類の束を自分のデスクへ放り出すと、約二歩で大将のデスクに歩み寄り、広いなめらかなその上に跳び乗るように腰かけた。「洩れたっていいじゃねえっすか。どうせ、明日にはこっち来るんだろ？」
「おまえ、想像してみろ」
「なにを」
「1st(ファースト)ソルジャーが、こぞって幼年学校の寮に押しかけているさまを」
「うあ……」ザックスは膝を立てながら髪をかきまわした。「で、アレンは？」
「青い顔をして出ていった」
「んじゃ、心配ねえんじゃねえ？」
セフィロスはそれとわからないぐらいの溜息をついた。「あいつにばかり、面倒事を押しつけているな」
「だったら、チョコボを引き取るだなんて言わなきゃいいじゃないっすか」ザックスは片手を軽く跳ねあげる。「なんだって、あいつにばかり、ちょっかい出しやがる」
「おまえも出しているだろう」
「おれはいいの」ザックスはきっぱりと言ってのけた。「おれはダチだもんよ。あんたとは立場が違うって」
「ふん……」
それきり再び窓の外へと視線をやりながら煙草を吹かす上官を、ザックスは怪訝な面持ちで眺めた。この男がなにを考えているかなど、余人には測ることなどできはしないだろう。だからこそ、ザックスはずけずけとものを言わざるを得ないのだ。「大将、あんたさあ、あいつのなにを期待してんだよ？」
「さあな」
「はっ」ザックスは両手を広げて肩を竦めると、くるりと尻でまわってデスクわきの床におりた。
「……あれは俺になれる」と背中にセフィロスの声がぶつかってくる。
「あん？」ザックスは振り返った。
だが、セフィロスは先ほどと変わらず窓のほうへ目を向けている。「俺に敗北というものを味わわせてくれるかもしれん。それを期待している」
ザックスは肩越しに振り返ったまま、いやそうに顔をしかめた。「……あんた、じつはマゾだろ」
セフィロスはゆっくりとザックスのほうへ視線を向けてきた。「おまえも存外、いい度胸だな。変態呼ばわりの次はマゾか」
「変態っつったのは、おれじゃねえっすよ」ザックスは慌てて両手を振りまわす。
「同罪だ」
「勘弁してよ」
ザックスが頭を押さえたとき、執務室の扉が勢いよくひらかれた。
アレンが金色のぼさぼさ髪を脇に抱えて飛びこんでくる。「まったく、第一部隊(ザ・ファースト)の連中はいったいなにを考えているんだ！」
「そういうおまえも第一部隊(ザ・ファースト)だろうが」セフィロスが冷静な突っこみを入れる。
「だって暇なんだもんよー」とボードが、ついでディークとジャックが入ってくる。「そうそう、たまには変わった見世物ぐらい、いいじゃねえの」続々と帰ってくる男たちで、たちまち室内は騒々しくなった。
「だからといって、幼年学校に押しかけて、あまつさえ人攫いみたいな真似をしやがって！」叫ぶアレンの腕の中では、相変わらずチョコボ頭がもがいている。
ザックスはにやりとしてしまう唇を無理やり引き締め、呻いている金髪の少年を指さした。「で、副官どのが率先して攫ってきたのか？」
「冗談じゃない、あんな騒ぎになって寮に置いておけるか」
「放せ！」アレンの腰に足を突き立て、クラウドは自分の頭を引き抜いた。勢い余って後ろにあった椅子をひっくり返し、そのデスクの上の書類をぶちまけながら床に転がる。
「あ……」とアレンがまるで赤ん坊を落とした若い父親みたいに蒼白な顔で凍りつき、ソルジャーたちも一瞬、固唾を呑んだ。
「……ってえ」ぶつけたのだろう頭を撫でながら起きあがった少年は、しかめつらであたりを見まわす。「なに、ここ？」
ザックスは、一見してソルジャーとわかる団体を前にして相変わらず彼らしい態度を取る少年に、思いきり満足の笑みを浮かべた。「やっぱ、アレン、攫ってきたんじゃないか」
「人聞きの悪いことを言うな、ちゃんと手続きはすんでいる」アレンは内ポケットから乱雑に折りたたんだ紙束を取り出し、セフィロスの坐る中央の大机に歩み寄った。「卒業資格証書と在籍証明、軍属証明、その他、社会保証関係書類、各宣誓書」それからぎらりと剣呑に目を光らせながら、上官のほうへ脅すように身を寄せた。「明日の朝までにきちんと処理しておいてくださいよ、大将閣下！」
セフィロスはデスクに叩きつけられた書類を一瞥し、軽く鼻を鳴らした。「おい、おまえ」
「なんだよ」と倒れたままの椅子に肘をもたせかけながらクラウドが応じる。
「最終試験の結果は」
「オールＥ。文句あるか」
「明後日からボーンビレッジでモンスター掃討作戦がある。用意しておけ」
「おおい？」ザックスはさすがに面食らった。「いきなりかよ」
「その前に」アレンが強引に口を挟む。「この書類を処理しないと、連れていけないぞ」
「うるさい連中だ」椅子をぐるりとまわしてセフィロスは端末を引き寄せる。
「ジャック」アレンがソルジャーのひとりを呼び寄せた。「クラウドのことはおまえが面倒見てやれ」
「おれ！」ザックスが手をあげると、ばらばらとほかの男たちも口々に叫びはじめた。
「ええい、うるさい！」アレンが大音声で叫ぶ。「ザックスはだめ、遊ばれたら仕事にならんだろうが」
「おれ、玩具か」とクラウドが呆れたように呟き、「ずいぶん物騒な玩具だがな」とセフィロスが小声で応ずる。
「そうそう」ザックスはしみじみと頷いた。「あんまり変なことして、肋骨折られたりすんなよ、ジャック」
「おまえといっしょにするな」笑いながらジャックはクラウドに向けて指を折り曲げ、立つように催促する。「まずは宿舎を用意しねえとな。寮に置いてきた荷物は、あとからザックスにでも運ばせるからよ」
「……おおい？」ザックスは本気で抗議をしたつもりだったのだが、完璧に無視された。
「んで、そのあとは恒例の歓迎会――」
ジャックの提案を、アレンがすっぱりと切り取った。「未成年に飲ませるな。それに、恒例になるほどやった憶えはないぞ」
「堅いこと言いっこなし」めげずにジャック。「まあ、確かに酒はまずいよな。アミューズメントにでも行くか？」
「なに、それ」ズボンのあちこちをはたいていたクラウドがきょとんと顔をあげる。
「知らねえの？」ジャックが大げさに驚いてみせながら、クラウドの頭を両手で挟みこんで左右に揺さぶった。「信じらんねえ、こんなか、本当に戦闘技術しかないのか？」
「俺、教えてやる！」ボードが、揺さぶられるクラウドを背後から羽交い絞めにして逃げられないようにする。「マージャンがいいか、ポーカーがいいか」
ソルジャーたちがそれぞれ自分勝手に提案を投げあうなか、ザックスはボードを突き飛ばし、ジャックを引っぺがして玩具を取りあげた。「冗談じゃねえ、いたいけな青少年に変なこと教えるな！」
「ポーカーの、どこが変なんだよ？」ボードが抗議する。
「てめえの好きなゲームってなあ、脱がしてくもんばっかじゃねえか！」
「クラウドを脱がそうなんて言ってねえぞ、俺は」
「変態！」
「やかましい！」
セフィロスの怒声とスチールがへこんだ音とが全員の口を噤ませる。
上官はじろりと全員を睨みつけたあと、ザックスにぶらさげられているクラウドに指を突きつけた。「おまえは、俺が訓練をつける」一語一語はっきりと告げながら、次にアレンへと叱責するような視線をやり、さらに再びクラウドに向かって目を細めた。「さっさと宿舎を決めて、一八三〇にはソルジャー棟のトレーニングジムへ来い。1st(ファースト)だらけの部隊についてこれるだけの技倆を、今日からみっちり叩きこんでやる」
「ちょ……」ジャックがごくりと息を呑みながら喘いだ。「本気かよ……」
「あの大将は、いつだって大マジだって」ザックスは溜息をつき、クラウドをおろした。「さあってと、宿舎、案内してやっか」それから彼はふと、眉を寄せる。「おまえ、また育ったか？」
「うるさい」クラウドはぼさぼさ髪を直すような仕種をしたが、硬くて癖のあるその頭は余計に跳ね飛んだだけだ。
ザックスは廊下に出ながら、背後にぞろぞろとついてくる同僚たちを振り返った。「なんでついてくるんだよ」
「俺が案内することになってたと思うんだがね」とジャックが自分の顔に親指を立てる。
ほかの面々をじろりと見やると、それぞれごまかしの笑顔をしながらも退く気配がない。こいつら、ほとんど全員がついてきてるんじゃねえのか？ 仕事ぐらい、まじめにやれよ。「おまえらなあ……」
セキュリティ・ロックのある大扉をくぐってすぐにエレベーターホールに出る。ソルジャーたちはさすがに一度に全員は乗れず、左右の機械をも使って一気に下におりた。
「なあ」と一階のエントランスホールに足を踏み出しながら、クラウドがザックスを振り仰いでくる。「おれ、着任宣告もしてないんだけど」
「ああ、いいの、いいの。そんなん、必要ないって」
「そうそう」とボードが軽く鼻で笑う。「もともと、俺ら、軍隊なんて柄(がら)じゃねえもんね」
「だいいちさあ、大将のあれ、ひと目惚れだろ？ んな、めんどくさい手続きやってられねえよな」
「誤解のある言いかた、よせよ」ディークがたしなめた。とろんとした表情をしていながら、こいつ、案外、常識人じゃねえか。ザックスは頭の片隅でクラウド親衛隊の候補に彼を入れておく。
「あれって、なに」とクラウドが無邪気に訊いてきたものだから、ばかっ広いエントランスホールでソルジャーたちは大爆笑を響かせる破目になった。
ぞろぞろと小柄とは言えない連中ばかり団体で通るものだから、一般兵や一般社員、事務員などが思わず足を止めてしげしげと眺めてくる。それだけでは飽きたらず、2nd(セカンド)や3rd(サード)の連中までにも傍迷惑な威嚇を投げかけ、宿舎の部屋割りがすったもんだのすえに落ち着くまで、セフィロスでなくても、「やかましい！」と叫びたくなる騒ぎがつづいたものだ。ええい、うざってえなあ、もう。
おかげでクラウドの第一部隊(ザ・ファースト)への評価が、決定的に《変人奇人暇人の巣窟》で固定されてしまったじゃないか。
バスルームやキッチンの使いかたなど、ひととおり生活空間を説明したあと、ようやく静まった部屋で、クラウドはいささか疲れたようにベッドの上に胡坐をかいていた。「……おれ、いったいどうなるんだ？」
その不安はよくわかる。ザックスは思いきり同情してうなずいた。「まあ、なんとかなるって。ミッションのないときってのは、ほんと暇だからさ、連中もああだがよ」
「そりゃ、ザックス見てたから予想はついていたけど」クラウドはぼそりと呟く。
……このやろ。相変わらず言うじゃねえか。
「それにしても、おまえ、本当にオールＥ取ったんか」ザックスはフリッジの中にジュースをぽんぽん放り投げながら訊いた。
「取った」
「また、えらくむきになったものだなあ」
「だって」ぷくっと不機嫌になりながら腕を組む。仕種は相変わらず可愛らしいが、背が伸びたぶん、ひょろひょろして関節ばかりがごつごつと目立つようになっている。多少は筋肉もついているのだろうが、ただ成長の速度にそれが追いつかないだけなのだ。
「セフィロスに張りあってんの、おまえ？」
クラウドはじろりと横目でかれを睨みつけてから、また真正面へまっすぐ顔をあげた。「……悪かったな」
ザックスは軽く笑い声をあげながら、オレンジジュースのボトルをぽいっと放ってやる。「悪かないが……ああ、まだ冷えてねえぞ、それ」
クラウドはボトルの栓を捻ってから顔をしかめる。「なんで、おればっかり構うんだ、あいつ」
「さあなあ……」ザックスはにやにや笑いながら自分のボトルを一気に呷った。途端にジュースの甘ったるさに眉をしかめる。仕方がない。十五歳の少年の部屋に、まさか酒類を持ちこむわけにもいかないだろう。
「セフィロスに追いつこうとしてるやつなら、ごまんといるじゃないか」クラウドは栓をあける作業を再開していた。「そのためにソルジャーになるんだろ？」
ザックスはわずかに目を瞠った。「おまえ、そんなふうに考えてんの？」
「違うのか？」
「あの大将に追いつき追い越せってのは……」ザックスはいったん目を閉じて整理してから、「あの大将はなあ、ちっと特別なんだよ。どこがって言われても困るけどさ」
クラウドが怪訝そうに眉を寄せながら、くぴりとジュースを飲みこんだ。「……まずい」
ザックスが笑ったとき、呼び鈴が鳴った。ボトルを片手にしたまま、クラウドはベッドからぴょんと跳びおり、ドアをあけに行く。
「よう、落ち着いたか」と言って入ってきたのはジャックだった。両手にさまざまなものを抱えながら足でドアを閉める。ザックスをこき使うつもりだったのが、成り行きで彼が荷物を取りに行っていたらしい。
彼は持っていたものを床にぶちまけながら、さっそく説明を始めた。「とりあえず、寮にあったもの全部この袋の中だから」とごみ袋のように括られているビニールを押し出し、「それから」ときちんと畳まれてパックされている灰色のものをクラウドに放り投げる。「こいつが官服。ジュノンにいるときはそれ着ててくれよな。私服でうろついてっと、管理部が結構うるさいんだ。で、野戦服はこっち」とやはり灰色の包みをさし出す。「おまえさん、まだ肉体強化受けてないから、緩衝材入りの防弾着をその下に着けること。いいな？ それから拳銃、弾」
そして最後に細長い包みを突き出した。「剣」
「剣も？」クラウドがまばたく。「おれ、まだソルジャーじゃないよ」
「慣れといたほうがいいって、アレンが追加したんだ」ジャックは言いながら包みを破いて柄(つか)を出してみせる。「ちゃんとマテリアが嵌めこんであるだろ。市販で売ってるレプリカじゃないぜ。小ぶりでも本物のソルジャー仕様だ。その代わり、少し重いから無理するな」
「わかった」
きっぱりと頷いた候補生の顔を見て、おや、と感心したような表情をしてから、ジャックはザックスを振り仰いだ。「俺にも、なんかくれよ」
「あまーい、ピーチソーダでいいか？」
「うう……」片手を振りながらジャックは立ちあがった。「ああ、そうだ」と自分の官服の胸ポケットを探り、小さな金属片をクラウドに放る。「大将からの預かりもん、襟につけとけや」
クラウドはそれを電燈に透かすように見つめた。「ソルジャーのバッジ？」
「正確には第一部隊(ザ・ファースト)司令補佐官のバッジ」ジャックは訂正し、片眉をあげてみせたザックスに軽く目くばせする。「本来、第一部隊(うち)にはない役職だけどな」
「おれ、軍属だと思ってたけど」
ジャックが軽く笑った。「軍属ってのは役職じゃねえよ。それにおまえ、これからほとんど大将にくっついてなきゃならねえからよ、補佐官ってのは都合がいいだろ」
官服のビニールを破りながらクラウドはザックスを振り仰いでくる。「補佐官って、なにするんだ？」
「知んね」ザックスは呟き、残りのジュースを味わわなくてすむように流しこんだ。「たぶん、あれだな。ことあるごとにサボろうとする大将を、はたき倒してデスクに縛りつけるのが役目じゃないか？」
「はたき倒していいのか？」なにげなくといった口調で訊きながら、クラウドは官服の襟にバッジを取りつけていた。
「そりゃ――」笑おうとして、しかしザックスはぎくりと身をこわばらせる。「いや、本気でやるなよ。頼むからマジだぞ、これは」
クラウドはまばたきをしてから、こくりと頷いた。「わかった、はたき倒すことはしない」
は、ってなんだ。それにおまえ、本当に本気で考えてただろう。
「おんもしれえ」ジャックが興味深そうに少年を見やる。「まあ、このお嬢ちゃんがどれだけ跳ねっ返りでも――」
ザックスは力の限り叫んでその言葉を遮ると、クラウドがなにを言われたのか理解しないうちにジャックを部屋から引きずり出した。
「なんだ、なんだ」ジャックがよろめいて壁に手をつきながら恨めしげな目で抗議を示す。
「頼むから！」ザックスは相手の肩を押さえて、でたらめに大きな溜息をついた。「あいつの前で、お嬢ちゃんだとか、ちびだとか、可愛いとか、ちっちゃいとか、美人だとか、か弱いだとか、間違っても言うな」
ジャックがまじまじとザックスを見つめてくる。「おまえこそ、そこまで失礼なこと言うか？」
「あのての褒め言葉は、あいつん中じゃ喧嘩の売り文句なんだよ。言っとくが、おまえの身の安全のためだぞ」ザックスは力をこめて告げた。
さらにジャックが時間をかけて彼を見つめる。「もしかして、前におまえがあばら折ってきた原因、訊いてもいいか？」
「ご想像のとおりだよ」
「……冗談だろ？」ジャックはちらりとドアのほうを見て、おそらくクラウドの成長途上の体格を思い出したのだろう、顔をしかめつつザックスに向きなおった。「第一部隊(ザ・ファースト)の中でも馬鹿がつくぐらい飛び抜けて頑丈なあんたが」
なんかひっかかる言いかただが、このさい無視しよう。「だからさ、あいつは瞬発力っていうか、火事場の馬鹿力っていうか、とっきどき信じられないくらいエネルギー放出すんのよ。それも、まだお子さまなもんだから、つまんねえことで出てきやがる」
「なんか異常じゃないか、それって？」
「なんだと？」
自分が考えている以上に剣呑な顔になったのかもしれない。ジャックがびくりとのけぞって、急いで両手を振った。「いや、まあ、なんだ、たぶん知らないうちに魔晄エネルギーでも引き出してんじゃないか？ ニンジャみたいな例もあるしよ」
「ザックス」
その呼び声に、ぎくっとして振り返ると、金色のチョコボ頭が灰色の官服を着て部屋から身を乗り出している。
ザックスはジャックを解放して、クラウドに向きなおった。「なかなか似合うじゃねえか」
灰色のシンプルな官服は、いちばん小さいサイズとはいえ、長さはまずちょうどいい。だが、胸も腹もだぶだぶに余っている。ズボンも余裕がありすぎだ。腰のベルトに付けた拳銃や、肩からひっかけた革の剣帯と細めの剣が、いっそ滑稽にさえ見えた。だが、幼年学校の紺色の制服よりは遥かに男前だ。
「おれ、小隊長のとこ行ってくる」クラウドは言って、慣れていなさそうに剣帯をいじる。「新しい制服もらったら見せるって約束してたんだ」
ザックスは記憶を探った。半年前のコレル・ミッションでＣルートを単独調査した小隊の責任者、ローウェル少尉。いや、そのときの軍功で一階級特進しているはずだから、いまは中尉だ。小隊も解散し、彼は参謀室に入ったので厳密には小隊長ではないのだが、クラウドはいまだにそう呼んでいる。
「ああ、そういや、あそこの奥さん、臨月だったよな？」
「うん」クラウドは頷いた。「赤ちゃん、生まれるんだ」
そのはにかむような、嬉しそうな顔がめちゃくちゃ可愛い。ぎゅっと抱きしめて、ぐしゃぐしゃやりたいくらいだが、また骨でも折られては適わないのでやめておく。「食事、むこうでご馳走になってくるか？」
「一八三〇までには、トレーニングジム行かなきゃならないだろ」
「おいおい、律儀に大将のいじめにつきあうことはねえぞ」ザックスは気にするなと言うように肩を竦めてみせる。
クラウドは一転して青い目をきらりと光らせながら、きっぱりと首を振った。「行く」
「わかった、わかった。一八二〇までにここに戻ってこいよ、案内してやるから」
「ありがとう」
頷いてきびすを返すクラウドを見送りながらザックスは首の後ろをこすった。とりあえず、礼を言えるようにはなったわけだ。進歩かな。