BEFORE THE WHIRLWIND
5. Judgement
１ ２ ３
１
上機嫌で串を削る少年を見つめながらジャックは吐息を抑えた。
かたわらには野兎一羽と、ジャックには名前のわからない鳥が三羽、すでに血抜きされ、皮を剥がされて転がっている。
今回は猟銃(ライフル)の所持を許されて、少年は携帯食糧に手をつけずに、獲物を仕留めては日々の糧にしていたのだ。さすがはニブル山で暮らしていたと豪語するだけあって、腕前は確かだった。
……ったく、あのニブル山だぜ？ どれだけモンスターがいるかわからないために、調査もソルジャーの派遣も見合わされてる地域だってのに。そこで猟をして生活してたっていうんだからな。しかも当時いくつだったんだ、こいつは。
少年が軍属とはいえ第一部隊(ザ・ファースト)に所属して半年、いまだ細いながらも割合に筋肉もついてきている。ジャック自身も予言したとおり、二十歳も過ぎれば逞しくなるだろう。
「うおーい」とザックスがぶらぶらと歩いてくる。「おれのオーダー、ウサギのシチューな」
「だめ」クラウドは鳥肉を串に刺しながらきっぱりと言った。「鍋取られたから」ザックスが火のそばに胡坐をかくと、そのかたわらへ指を突きつける。「内臓は取ってあるから、そこの香草、詰めこんで」
「これか？」とかたわらに積んである草と葉っぱの山を摘まみあげる。「こんなん、いつ採ってたのよ」
「モンスター蹴りのけながらだよ」ジャックは溜息まじりに言った。
実際にはそんな滑稽な光景ではなかったが、崖に叩きつけてとどめを刺したあと、すぐにそばに生えている草を摘みはじめたのには彼も呆れたものだ。ミッションも日常の食事も、この少年には同列に考えるべきことらしい。
「なあ、ザックス、こいつに文明人の生活教えてやってくれねえか？」
「んなこと言ったってよ」ちびっ子に指図されるまま兎肉に香草を詰めこみながら、黒髪のソルジャーは苦々しく唇を曲げた。「ここんとこ、ミッション多くて。そうでなくても、こいつ、朝から晩まで大将にくっついてるだろ。時間ねえんだよ」
「ザックスのほうが時間ないんじゃないか」クラウドが鳥肉をつけた串を地面に刺し、石で押さえながら呟く。「奉仕(ボランティア)とかいうの、しなきゃならない女の子がいっぱいいるんだろ」
「そうそう、聞いてよ、このあいださあ――」
「クラウドには、そういう女の子いないのか？」ザックスの自慢話は長くなるので、ジャックは途中で遮った。
少年はぱちくりと目をしばたたく。「おれ、奉仕(ボランティア)なんかする暇ないよ。そうでなくても、コーヒー淹れろだの、掃除しろだの、うるさいやついるし」
「ああ、あ」ザックスが泣き叫ぶように喚いた。「おまえ、あんな陰険なおっさんにつきあって青春を無駄にするんじゃねえってば」
「いや、だからさ」いまいち話が噛みあっていないのに、どうしてこのふたりの会話は続くんだろう。「ジュノンの町で遊ぶぐらいはしてるだろ？ こう、可愛いなあとか思った女の子、いないのか？」
クラウドは首を傾げてから、「いつ遊ぶの、夜中？」
ジャックは目を眇めて相手を見つめる。「おまえ、仕事が終わったら、すぐ寝てるのか？」
「いや？」
ザックスがパンパンに草を詰めこんだ兎肉をはたきながら、ずいと身を乗り出してくる。「おれもおかしいと思ってたんだけどよ、大将の仕事なんてあってなきがごとしじゃん。アレンがほとんど片づけてるんだからよ。なんだって、いっつもいっつも、残業してるんだ」
「残業じゃない。訓練」あたりまえのように言ってから、クラウドは、きっ、ときつい目を遠くへ向けた。「全然歯が立たないんだ。でも、絶対、一本取ってやる」
ジャックは力のない目をザックスに向けた。「なあ、こいつが誰を相手にしているか教えてやったことねえの？」
「教えたところで変わるか？」そうしてザックスは金色の髪の毛を摘まんでひっぱる。「だいたい、こいつさ、初対面で大将のこと馬鹿呼ばわりしたんだぜ」
「玩具にするな」クラウドは顔をしかめた。だが、兎肉を火にかけようとしているところだったので思うように反抗ができず、苛立たしい声を出す。「あのとき、腹立ってたし」
「とにかくさ」ジャックは溜息まじりに言って、焦げはじめている鳥肉を恨めしげに見つめた。「たまには、女の子のひとりやふたりとつきあってみろよ。ああ」と思いなおして、少しからかうように目くばせする。「もしかして、もう約束した娘とかいる？」
「え……」ぎくりとしたように背筋を伸ばす少年を、ザックスが驚いて見つめた。「まさか、いるのか!?」
「え、え？ いや……」少し耳を赤くしながら首を曖昧に振るクラウド。
「こりゃあ、いいこと聞いた」ジャックは胡坐の上で顎を支えながらにやにやしてしまった。そうかそうか、大ボケに見えて、ちゃんとやることやってるんじゃないか。
「だっておまえ、電話どころか手紙とか書いてるそぶりもねえじゃねえ？」ザックスが真剣な口調で続ける。「いつのまに？」
「いいだろ、関係ない――」
「ところでその彼女、おまえより可愛い？」ザックスが強引に、しかも真剣な目で訊くと、ごつっと小さな拳が彼の顔面に食いこんだ。
「どういう意味だ！」と真っ赤になって叫ぶクラウド。「ああ、ちくしょう、可愛いよ、美人だよ。それでいいか？――なんで手帳出すんだ」
「電話番号」凝りもせずにザックス。
「はあ？」
「その子の電話番号と名前」
「知るか！」片腕だけで跳ねあがりながら鋭く蹴りを入れるクラウド。ザックスも、これまた手帳を放り出して地面についた腕で背後へと跳び退がる。
そのまま、くんずほぐれつしながら、じゃらけ出したふたりを眺めつつ、ジャックは手のひらに顎を載せたまま溜息をついた。結局、あいつら仲いいんだよな。かなり溶けこんできたとはいえ、クラウドをあそこまで玩具にできるソルジャーもあまりいない。まあ、ザックスが他人よりも遥かにスキンシップがうまいから、それにクラウドも甘えているんだろうが。
「焦げているぞ」
頭上からかけられた声がセフィロスのものだと認識せず、ジャックは、「あ？」と応えながら黒くなった鳥肉の串を咄嗟に掴んだ。
あらためて見あげると、黒いコート姿の長身が目の前に聳え立っているのに凍りついた。野営のときはいつも陣取った場所から朝まで動かないこの上官が、なんだってこんなところにいるんだ？
セフィロスは静かに首をめぐらし、砂煙さえあげている狼とチョコボを眺めやった。「元気なやつらだ。ミッションであれだけ暴れておいて、まだ足りないか」
そう言っておもむろに刀(マサムネ)を取り出すのを見て、ジャックは悲鳴を押し殺した。「ちょ……大将！」
彼の叫びは無視され、セフィロスは刀に乗せた気をまっすぐに迸らせる。
平和な遊びに興じていた狼とチョコボが途端に跳び離れ、それぞれに剣を滑らせて構えた。
「なにすんだよ、大将！」ザックスが叫ぶ。
セフィロスが揶揄するように目を細めた。「やる気満々のようだな」と言ったのは、おそらくクラウドが毛を逆立てんばかりにすっかり戦闘体勢に入っているのを見たからだろう。もっとも、あのチョコボはいつだって本気で喧嘩するのだが。
軽く地面を蹴っただけのように見えたが、瞬くまにクラウドの眼前へと迫ったセフィロスの刀を、少年はかろうじて受け止める。
「……あんたが先に抜いたんじゃないか！」と思いきり身体を捻って横へと振り流し、圧倒的なソルジャーの力で押さえこまれるのを防ぐ。
セフィロスは流された長い刀を、なんということもないふうに軽く振って背中にまわすように構えると、「ミッションが長引いたからな、久しぶりに稽古をつけてやろう」と左手でおいでおいでをする。
それから抜いた剣(バスターソード)に軽く体重をかけるようにして、見物を決めこもうとしていたザックスに挑発的な視線を流したらしい。「おまえも混ざるか？」
「それじゃあ」とザックスは剣を握りなおし、いきなり跳びあがった。「遠慮なく！」
頭上からの斬撃を軽くステップを踏んだだけでよけ、さらに横から突き出されたクラウドの剣を、セフィロスは軽く柄(つか)で弾く。
ジャックは首を振り、放ったらかしにされてしまっていた兎肉をくるりとまわした。脂が火の上に落ち、ぼっとオレンジ色の炎が駆けあがる。やれやれ、クラウドにしてもザックスにしても、いくら本気ではないとはいえ、どうしてあの刀(マサムネ)の前に平気で立っていられるのか。
あの血塗られた武器が、どれほどの敵を、モンスターを、そして味方のソルジャーを斬ってきたか、現在の第一部隊(ザ・ファースト)のほとんどは知っている。刃渡りがやたら長い得物を操るくせに隙のない彼の剣技、そこに魔晄の色を見るだけでも竦むほどの鬼気、圧倒的な魔力。あの戦神が一歩動いてみせるだけでも、ついぎくりとして硬直しまうほどだ。できればずっとその場でじっとしていてほしいと、つねづねジャックは考えている。
すっかり焦げた鳥肉と香ばしい匂いを放ってきた兎肉を火からおろし、ジャックはてきぱきと食事の準備を進めていった。本来、こうした野外生活は彼の得意とするところではなかったのだが、ソルジャーになってからの度重なるミッション、そして最近ではクラウドに振りまわされているうち、平気でわけのわからないキノコでも口にできるようになってしまったのだ。本当に、このままではどこぞの山の仙人になってしまうのではないだろうか。早く文明人らしい生活に戻りたいぜ。
火に石を落としてくすぶらせる程度の炎にした熾火のその上に耐熱のコップを並べて湯を沸かしていると、アレンがゆるゆると近づいてきた。
「大将なら、あっちで遊んでますよ」とジャックは剣戟音のするほうへと指を突き出す。
アレンはわかっていると頷きながらそちらへと首を捻ると、大きく息をついた。「まったく、どこへ逃げたかと思ったら……」
「なんかあったんすか？」
「いや」アレンはジャックの向かい側に腰をおろすと、まだ沸騰する気配のないコップの群れをちらと見やった。「人間社会の一般的通念を説いて聞かせようとしていたら、忽然と消えてしまってな」
ようするに、セフィロスがここに来たのは単に副官から逃げてきただけということか。「大将になに言ったんです？」
「クラウドを戦列から外して、せめてウータイに戻せと提案しただけだ」言って、アレンはまた三人のほうを振り返る。「ジャック、おまえ援護してくれないか」
彼は曖昧に笑って手を振った。「俺が大将にどれだけ食いさがれると思ってるんで？」それからすぐに真剣になって訊いた。「……そろそろですか？」
「たぶんな」
それきり口を噤んで、彼らは遊んでいるように見えるソルジャーたちと候補生を眺める。いや、実際には恐ろしく物騒な光景のはずなのだが。
見えるか見えないかわからないぐらいの速度で振りおろされ、振りあげられ、薙ぎ払われる銀の閃光、見ているだけでも破壊力があるとわかる幅広の大剣のあいだで、ほかのふたりよりもひとまわり以上も小さな少年が、それらを奇跡のようにかわしながら飛び跳ねている。しかも、全員が握っている武器は、練習用の木刀でもなければ、刃をつぶした試合用の模擬刀などという代物とは、わけが違うのだ。
セフィロスはザックスが仕掛けた剣(バスターソード)をあの折れそうに細い刀(マサムネ)で受けて、両者ともに一瞬膠着した。その直前にセフィロスの横手へと弾き飛ばされていたクラウドが、着地と同時に軽く反復するようなフットワークでセフィロスが見せた隙を逃さずに突きを入れる。
ジャックは目を瞠り、アレンの口から思わずといった感嘆の声が洩れた。ザックスがあの戦神の動きを止めたということと、不様に転がるだろうと思っていた少年の身の軽さ、機会を逃さない確かな動きに感心したのだ。
が、ザックスが、がくりと姿勢を崩してたたらを踏み、セフィロスがわずかに上体を泳がせて左手を鋭くあげた途端、クラウドがその場でばったりと地面に落ちた。
「大将、てめえ！」ザックスの罵声が響いてくる。「本気で打つことねえだろ」剣を背中にしょいこみながら倒れたままの少年のかたわらに膝をつき、その身体を揺すった。「おおい、大丈夫か？」
セフィロスも同じ場所に膝をつき、しばらく様子を見ていた。やがてひょいと少年を両手に抱えて立ちあがるとこちらへと歩いてくる。
「首に入れていたな」アレンが、少年を膝に載せたまま火のそばで胡坐をかく上官に恨めしげな視線をやった。「呼吸が止まったらどうするつもりだ。クラウドはまだソルジャーじゃないんだぞ」
「まったくだ、あんたの手加減ってのはどういう基準になってんだよ？」ザックスが憤然としながらその隣に坐りこんだ。
「悪かった」と驚いたことにセフィロスが謝った。
ジャックはぐったりした少年の苦しそうな顔に見入った。多少身体はごつごつしてきているとはいえ、まだ丸みの残る女の子のように小さな輪郭をしている。大柄なセフィロスに抱えられ、ザックスとアレンに挟まれているものだから、実際よりも本当にか弱く見えた。だが、十五歳としてはそれで標準のはずなのだ。その子どもがこのソルジャーたちについてこれるというほうが破滅的に異常なことだった。
「おい、ジャック、めし」ザックスが手のひらをさし出してねだってくる。
「冷めちまったぞ」彼は切り分けてあった兎肉を突きつけ、さらにぐつぐつしてきたコップの湯を指し示しながら、「豆入れるか？」と携帯用のフリーボックスをさし出す。
「おう」応えながらザックスは自分で缶の蓋をあけ、挽いてあるコーヒー豆を掴み出して湯の中に突っこんだ。
本来ならフィルターなどを使って、くつろげる香りを楽しみたいところだが、ミッション中にそんな贅沢は言っていられない。それでも、なりふり構わぬ食生活のなか、こうした嗜好品は貴重だった。香りどころか、むっとするほどのコーヒーの匂いに顔をしかめながら、指でカスをすくい取らなければならない面倒さがあってもだ。
湯と熱で膨張した豆がザックスのコップの縁から溢れる頃、セフィロスがぼそりと、「うまそうだな」と言ったものだから、ジャックはひとっ走りしてなんとか耐熱容器を探し出し、水を汲んでくる破目になる。
戻ってくると、ジャックはとてつもなく奇妙なものを見たような気分に襲われた。セフィロスが鳥肉をかじっていたのだ。これまで、この大将が誰かの前で食事をする姿などお目にかかったことがない。
が、皿がわりにしていた笹の葉の上に骨と焦げカスしか残っていないのに気づいて、彼は一転して怒りに眩暈をおぼえた。
「あんたらなあ！」ジャックはコップを乱暴に焼石の上に置くと、上官たちを勢いで睨みつける。アレンが兎肉の欠片をくわえたまま、何事かという顔をあげた。
「少しはそいつのぶん、残しとくこととか考えなかったのかよ!?」ジャックは大将の膝の上でぐったり気絶している少年を指し示した。
「あ……」と口の横についた脂を指でこすり取りながら、ザックスが反省の色のない謝罪を呟く。「すまん、忘れてたわ」
アレンがさすがにばつの悪そうな顔をした。「まだだとは知らなかった」
食わなくても飢え死にとは縁のないやつらが、なんだって夢中になって肉を取りあうんだ、まったく？
ジャックの怒鳴り声に目が覚めたのか、クラウドが呻きながら身じろぎする。「なに……」
「おまえの飯はこれしか残っていないそうだが、食うか？」セフィロスがかじりかけの鳥肉をチョコボの鼻先に突きつける。
クラウドはのろのろと手をあげ、それを押しのけた。「あんた、どこ打ったんだよ。くらくらする……」
「打ちどころが悪かったか？」さして心配する気配もない声で呟きながら、セフィロスは拒否された肉を噛み砕いた。
「たーいしょー……」ザックスが低く唸る。
「睨むな。あんなタイミングで飛びこんでくるやつが悪い」
また再びことりと眠りこんだクラウドの姿勢を楽にさせながら、アレンが溜息をつく。「先ほどの話なんだが、セフィロス」と少し真剣な口調で訴えた。
「却下」
「セフィロス」厳しく睨みながらアレン。「何度も言うがね、この子の年を考えてやれないのか」
「なに、なんの話」ザックスが口を挟んだ。
「これから人間相手のミッションになるということだ」セフィロスがちらりと黒髪のソルジャーを見やる。
ザックスもさすがにまじめな顔でわずかに背筋を伸ばした。「ゲリラか？」
「これまでさんざん、この近辺をソルジャーたちがうろついているのだ。仕掛けてくるだろう」アレンがあたりを示すように片手を投げる。「今回は初めからそれを目的に掃討作戦を展開していたからな。クラウドにはまだ早いと俺は思っている。本当はジュノンに置いていくよう勧めていたんだが」
「だったら、おれが連れて帰ろうか？」ザックスが得たりといった表情で自分の顔に指を突きつける。
ジャックも思わず頷いた。「俺も、こいつにはまだ――」
「却下と言った」セフィロスは鋭く遮り、「おまえたちの目は節穴か」と苛立たしそうな、だが、残忍な笑みを浮かべる。こういう顔をされると、ジャックなどには声を出すこともできなくなるのだ。「こいつは殺すぞ」
「大将」本当にいやそうな顔をしてザックスがたしなめる。
「どれほど同情を寄せていようが、こいつは片っ端からモンスターを屠ってきただろうが。そのうえ平気で食う」
ジャックはアクロフィーズのシチューを思い出して、思わず喉の奥で呻いた。
「それについちゃ、おれも変だとは思ってたけどよ」ザックスが胡坐をかいた膝の上に肘をもたせかけ、思いきり眉を寄せる。「だけど、こいつの殺しかたってのは猟師のそれだ。あんたの言う兵士としての意識はねえと思うぜ」
「それでは困る」きっぱりとセフィロス。
「だとしても」アレンがいささか強引に口を挟んだ。「この子が本当に軍役について、成人してからでも、あるいは戦争が再び始まって戦場に出てからでもいいじゃないか。なにも――」
「そもそも、どうしてこいつを幼年学校から攫ってきたんだよ？」ザックスが少し怒ったような口調で身を乗り出す。「卒業年齢までに資格を取っちまったやつらは、そりゃ、軍隊ってものに慣れるために軍属として部隊に配置されることもあるが、そいつは規律だのなんだのってのを学ぶためだろ。この第一部隊(ザ・ファースト)にそんなもんはねえし」
ジャックは内心で、いや、いちおうはあるぞと突っこんだが、そんな軽口をさしはさめる雰囲気ではない。
「そりゃな」とザックスが軽く首を振りながら続けた。「あんたがこいつを、あんたみたいな冷血漢に仕立てようとしてるってのはわかる。だが、どうしてそこまで急ぐ必要があるんだ？ 十六歳からソルジャー適性検査が受けられるとはいえ、もっと年食ってからでも充分だろうが」
「それでは間に合わん」かすかな声で呟かれた言葉に、アレンもザックスも、そしてジャックも沈黙し、互いに目を見かわした。
「セフィロス……まさか」アレンがぎくしゃくとした身じろぎをしながらわずかに向きなおる。
「俺が」セフィロスは少年の金髪をひとつ撫でて、その顔をまるでいとしむように見つめた。「耐えられなくなる」
ジャックはその言葉がソルジャーたちの禁忌に触れるものだと本能的に感じて息を呑んだ。それについては口が裂けても言葉にすることはできないし、したくない。それほど、彼ら1st(ファースト)ソルジャーたちはそれを恐れているのだ。そしていま、英雄セフィロスも例外ではなかったのだと思い知った。
凍ったような数秒が流れる。
やがてザックスが項垂れた。「わかったよ、もうなにも言わねえ……確かにあんた、限界だろうからな。でもよ、その前に、アレンか、おれか、とにかく、ほかのやつに託せねえのか」
「無理だ」セフィロスはきっぱりと言った。「わかっているだろう」
アレンが眉を寄せて瞑目する。「……わかっている」
「はっきり言っておく」セフィロスは腕の中の子どもを見おろしたまま、宣言するように告げた。「これは俺の切札(ワイルド・カード)だ。そのつもりでいろ」