BEFORE THE WHIRLWIND
7. Deep Mountains and Deep Valleys
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１
アレンの遺体は科学部門に引き渡された。焼却処分されるのだという。どのみち、ソルジャーの墓など誰も建てちゃくれない。遺体が残るということのほうが珍しいのだ。自分の死にざまを憶えていてくれるのは自分を殺したその者だけだった。
あの北の集落でなにがあったのかは結局わからずじまいだ。セフィロスは正気じゃなかったし、それに引きずられてソルジャーたちも自己喪失を起こしただろう。唯一抵抗できたとすればアレンだろうが、その彼も語る言葉を持たない。
いずれにしても、脱走しようという意志はなかったものとみなされ、セフィロスもザックスも処分はなしとなった。これは、クラウドのことを考えてもずいぶん幸運なことだ。ザックスはともかく、セフィロスが薬物処分ということになれば、科学部門のトップ、宝条が必ず出てくる。セフィロスがやつの手に落ちたのち、ザックスもクラウドも科学部門預かりになることは必至だ。もしそうなったときには、なにが起ころうと暴れるつもりでいたこの大将は、お咎めなしと言い渡された途端、無理やり休暇というものをもぎ取ってきた。
少なからず管理部は驚いたことだろう。第一部隊(ザ・ファースト)のソルジャーに休暇申請書はいらないはずだからだ。肉体的に疲労を感じない彼らに課せられた誓約のひとつには、私用などという理由で行動の自由を主張する権利を放棄する一項目がある。
どのみち、部隊のほとんどを失い、表面的にはふたりだけの戦力では軽いモンスターミッションもおぼつかないのは確かだった。新たな部下が補充されるか組織再編を待たなければ、どうしようもない状態ではある。
ザックスはさっそく、クラウドとセフィロスのわがままをできるだけ聞き入れてやりながら長期滞在できる別荘(ロッジ)を探した。
そうしてミッドガルとグラスランドの中間にある小さな湖を抱えた森の中で、自分でも信じられないことに女っ気のない静かな休暇を過ごしたものだ。
食べ盛りのティーンエイジャーがいるため、持ちこんだ食糧はすぐに底を尽いた。もっとも、クラウドにつられてザックスまでばくばくと食い散らかしてしまったのは反省するところだが、それでも秋に突入したこの地域では茸も山菜も豊富だったし、腕のいい猟師(クラウド)がいるので、町に戻って買い出しをする必要もない。
完全に隔離された場所での穏やかな日々。
湖畔で、煖炉の前で、黒い大虎がくつろぎ、そのそばでチョコボ頭の少年が、ときにはその大きな身体を枕にして寝転ぶ。傍目から見ていると親子か兄弟といった光景だが、ザックスにはどうしても野生のモンスター二匹に思えて仕方がない。ふたりともあまり動かないし、喋らないので、余計に動物じみているようにも見えるのだ。もしかしたら、あの血と狂気でできた獣(モンスター)たちも、人間のいないところではこんなふうに平穏に過ごしているのかもしれないな。
このふたりのあいだに、例の暴力事件によってのわだかまりはほとんどなかった。もっとも、あのことだって、ふたりともぶっ飛んでいて、殴る蹴るのすえにエスカレートしただけのことだから、深みに嵌まろうはずもない。セフィロスの所有欲は相変わらずだったが、暴力衝動と結びつくのは稀だった。それに、たとえ再び力を見せつけたところで、今度こそ星空の世界へすっ飛ばされるほどのチョコボの抵抗に遭うことは必至。
「二度とやるなよ！」とクラウドは本気になって宣言したものだった。「だいたい、人が気絶したところを、わざわざ叩き起こしてまた殴るってのは、どういう了見だ」
うあ。凄まじー。ザックスはあらためてクラウドの頑丈さに敬意を示した。いまから考えると、おれ、その現場を見ていなくてよかったかもしれねえ。
「悪かった」と言いながら、セフィロスはぷかぷかと煙草を吹かす。
反省の色なしと見た途端、ザックスとクラウドの蹴りが同時に彼の背中に炸裂した。
そんなふうに適当に暴れて、適当に食べて、適当に眠って、彼らは限りある毎日を過ごした。この穏やかな時間がいつまでも続かないことは彼らも充分承知している。だからこそ……。
午後の陽だまりでうとうとしていたある日、ザックスは、ふと目に飛びこんできた暖かな景色にまばたきした。
木漏れ日が金と銀の光を絡めて降りそそいでいる。緑の葉が透けて、これ以上ないくらい透明な魔晄色。
葉に、枝に、樹に、草に、土に。
すべてのものにそれが流れているのが感じられる。
いま腹の上で頭を転がしているクラウドからも。
横で寝息を立てているセフィロスからも。
このまま、三人でこの光に溶けちまうのもいいかもな。
ザックスは幼い頃の自分を思い出していた。自分を包む世界の大きさを肌で感じ取っていたあの頃。最も純粋だった日々の自分。
だが、もとには戻れない。泥だらけになって森を駆けていたザックスってえ子どもは、考えなしに深いところに飛びこんじまって、いつのまにかセフィロスという明かりの中でしか生きられなくなっちまってた。
そこに飛びこんできた金色の獣。閉じこめられたソルジャーの世界に、おまえ、なにを見せてくれたか、自分でわかってるか？
世界の終わり、そのむこうに。
希望なんて、そんな生易しいものじゃない。
再生、それほど単純なものじゃない。
――星、かな。
ちょいと変だけど、ほかに思い当たる言葉がねえし。
うん、そんなもんだろ。
いつか辿りつけるといいな。
その穏やかな日々は月が替わるとともに終止符を打った。ジュノンに戻った三人は、だからといって仕事があるわけでもなく、ときおり賑やかだった仲間たちの姿を幻に見る惜寂感をおぼえながらも、だらだらと休暇惚けの気だるい日常の中に居つづけた。しかし、ついにひとりの調査課(タークス)の来訪とともに、その怠惰な生活からも足を洗う破目になる。
ザックスが例によって執務室(オフィス)のドアを乱暴に蹴りあけると、大将のデスクの前に黒い長髪をきちんと撫でつけた黒服の男が直立不動でたっていた。
セフィロスは椅子に坐って、いつものように横向きに肘をデスクに載せている。部外者がいるというのに、なぜかクラウドをその横に立たせたままだ。
ちょうど話は終わったと見えて調査課(タークス)の男は一礼し――同じ治安維持部門に所属していても彼らは軍人ではない――、ザックスには目もくれずに、すたすたと出ていく。
「なにあれ？」ザックスは緩んだノブがぐらぐら揺れるのをぼんやり見つめながら訊いた。
「調査課(タークス)のツォンとかいったな。下っ端の使い走りだ」
「なにしに来た」
「ミッションの依頼だ」答えてから、セフィロスは皮肉そうな笑みを浮かべた。「いや、ミッションというほどでもないな。魔晄炉調査に協力してくれということらしい」
「魔晄炉？」
「不具合を起こしたものがあるそうだ。モンスターが多くて、一般の部隊では手に負えんらしい。つまり、今回は調査のための一部隊を支援する形になる」
「ってもよ、魔晄炉にモンスターはつきものだろ？ なんだって、今回に限って第一部隊(ザ・ファースト)が出張んなきゃならねえの……見せてみ」ザックスは大将の手もとにある書類を覗きこんだ。「へえ、ニブル山か。あんなところにも魔晄炉があったんだな」
ちらりと補佐官を見やると、不満そうな顔で窓の外を眺めている。「おれ、行きたくない」
「わがままなやつだ」セフィロスが鼻を鳴らす。「いずれにしても、こんなところでいつまでも閉じこもっていたら身体がなまる。それに、おまえの生まれた場所も見ておきたい」それから手に持ったペンで彼はクラウドの頬を突ついた。「あとで聞かせてくれ。故郷に帰る気持ちというやつをな」
「おれも聞きてえ」ザックスも自分の顔に指をつきつけながら、からかうようにウインクしてみせる。「それと、可愛い子ちゃんに紹介してくれや」
「ふざけるな」鋭いひと睨みをくれながらクラウドはデスクの上にあった空(から)のコーヒーカップを乱暴に掴み、ザックスのほうに投げるように見せかけ、そのまま簡易キッチンへと姿を消した。
「あらら。ずいぶん、へそ曲げてるな」
「俺にはよくわからんが、どうも村に帰るのが気に入らんらしい」
「へえ？」大将のデスクに腰かけながら、ザックスは応接室に隣りあった簡易キッチンのほうへと視線を向ける。いつまで経ってもまずいコーヒーしか作れないクラウドの手つきをぼんやりと見つめながら、「そういや、あいつ、ソルジャーになるっつって村を出てきたんだよなあ」
セフィロスはくるりと椅子をまわすと、わずかに眉を寄せて考えこみ、「なるほど」と苦笑まじりの吐息をついた。
ザックスも肩を竦める。「こればっかりは仕方がねえと思うんだけど」
「うるさいな」カップを三人ぶんトレイに載せて戻ってきながらクラウドが口を尖らせる。「とにかく、おれ、行きたくない」
って言ってもよ、おまえを置いてくわけにいかねえじゃねえの。科学部門の目を警戒するより先に、大将がいやがるって。だいいち、おれとこの大将ふたりだけじゃ、どう考えたって楽しい遠足にゃならねえぞ。
「んじゃよ」ザックスはコーヒーを受け取りながら、いっぽうで指を立てた。「村のやつらにおまえだってわからなきゃ、ついてくるか？」
クラウドは怪訝そうに眉を寄せる。
ザックスは続けた。「歩兵や砲兵はマスク装備が基本だよな。一般兵のふりしてりゃいい」
「俺の補佐官だぞ。その他大勢に紛れこまれては困る」と、セフィロス。
「いいじゃねえの。おれらがクラウドを見間違えるはずないだろ」
「ニブル山、往復するだけじゃないのか」クラウドが、ぐぴっと自分のコーヒーを飲みこんだ。「ふたりで行って、さっさと帰ってくればいい。女の子とかひっかけなければ、たいして時間かからないだろ」
「だめ。おまえも行くの」ザックスは強引に言った。「でなきゃ、おまえの彼女、口説いちまうぞ」
「彼女？」クラウドはカップを口に当てたまま、きょとんとする。
あ、いかん。こいつには自覚がないんだった。「いや、ともかくよ。おまえがいないと、こっちが困るの。なんだかんだって、軍用車とかスキッフとか、使わなきゃならない破目にならんとも限らんだろ」
「確かに」とザックスに親指を投げかけながらセフィロスが呟く。「こいつに複雑な機械を扱わせたくなかったら、諦めてついてくることだな」
「……わかったよ」
しかし、歩兵隊と合流し、いかにも新兵ですといった面々を眺めまわすに至って、クラウドよりもセフィロスのほうが不機嫌になってきたものだ。そのうえ、直接ニブルヘイムへ輸送機(ゲルニカ)で直行することができないと判明してからは、苛立たしげなそぶりを隠そうともしない。なぜかあのあたりでは計器が狂って、まともに発着陸ができないそうだ。おかげで、ずいぶん南の平原にいったん降りてから二台のトラックで移動ということになった。
第一部隊(ザ・ファースト)が健全に機能している頃なら目的地までこんな乗り心地の悪いものを使うことなく、全員、徒歩で現場へ向かったものを……まあ、過ぎたことをねちねち言ってても始まらない。
ただ、クラウドにとっては地獄の数日になったらしい。乗物酔いは飛行機だけかと思ったら、車はそれ以上に苦手だったのだ。トラックは輸送機(ゲルニカ)と違って、身体を動かしておける空間もなければ、幌に覆われただけの緩衝材もない荷台でまともに揺れを受けてしまう。そのため、いつものように眠ってしまうこともできなかったらしい。そのうえ歩兵隊がいっしょなので運転席も伍長だか軍曹だかに陣取られ、彼には気を紛らわせるものがいっさいなかった。
歩兵たちにしてみれば、准尉という階級的には上のクラウドを運転手扱いするのも恐縮するところなのだろう。気持ちはわかるが、クラウドがへこむと、大将までますます神経質になってきちまうんだよな。
「おい」ザックスはセフィロスの横で膝を抱えて吐き気を懸命にこらえているクラウドの顔を覗きこんだ。「マスク取っちまえば？ 少しは気分、楽になるだろ」
クラウドは、ほかの兵士たちがそばにいるとき、ほとんどいつも無粋なマスクをつけていた。黒と深緑の士官用のものではあるが、すっぽりと頭部を覆うそれは視界もずいぶん狭まるだろう。それなのに、いっそう深々とバイザーまでおろしているところは、明らかに他人に深く関わりたくないという態度がみえみえだ。こいつときたら、ときおり、本当にモンスターより人間のほうが怖いって感じで怯えやがる。
「……んるさい」おお、おお。言葉遣いまで昔の自閉症の子どもになっちまってるよ。
ひょいと横から長い腕が伸びて、クラウドが抗議をあげるまもなくマスクが引き抜かれた。「なにするんだ！」叫びながら、縁の部分が顎にでもひっかかったのだろう、クラウドは顔をしかめ、首のあたりを撫でさする。
「現場に着いてから使いものにならんと困る」セフィロスは取りあげたマスクをこれ見よがしにくしゃくしゃと両手で丸めた。
うっ。視線が……。ザックスは背後から押し寄せる異様な緊張感を感じ取り、冷や汗を流した。
こちらのトラックに乗っているのは歩兵隊の一部だけではあったが、それでも七、八人の一般兵が詰まっている。大将階級を持つセフィロスが荷台なぞに転がっているというほうが非常識なのだが、だからといって助手席に乗せれば運転手が緊張してアクセルさえ踏めなくなるに違いないのだ。案の定、新兵たちは出発当初からぎっちぎちにかたまっていて、居心地の悪い静寂ばかりが幌の中を満たしていた。
そしてクラウドの金髪がマスクからこぼれ、変声期直後の若い声が飛び出すに至って、さらにぎょっとしたような顔を向けてきたのだ。そりゃ、びっくりもするわな。上官だと思ってたのがめちゃくちゃ若くて美人で、しかも、あのセフィロスに罵声をぶつけるのになんの躊躇もせんとなると。
「歩くか？」セフィロスが後ろのほうへと親指を立てる。
「おれはソルジャーじゃない」むすっとしてクラウド。「トラックといっしょになんて歩けるか」
クラウドは膝に肘を立てて頬杖をつきながら、吐き気に濡れている、いつも以上に迫力のある視線をトラックの内部へと一瞬流した。べつに睨んだつもりはないのだろうが、歩兵たちがそれぞれに、またびくっとして縮こまる。その様子がますますこの少年を不機嫌にしたらしい。
ザックスは溜息をついてクラウドの横に腰を移そうとした。だが、ちょうどそのとき、トラックが急ブレーキをかけ、よろけたザックスは幌を支えている支柱に思いきりぶつかった。彼の身体と大剣の重みに、鉄棒がぐにゃりと曲がってしまったらしいのが感じられる。
「変な動物が！」悲鳴に近い声が運転席のほうから投げられた。
「モンスターのお出ましか」セフィロスが予備動作なく立ちあがった。
それと同時に、クラウドも少し背を丸めたままで億劫そうに立ちあがる。「だからって、なんで停まるんだ？」
「そりゃ、退治するためだろ。こうして、いちおう第一部隊(ザ・ファースト)もついてるんだし」ザックスは曲がった鉄骨に気づかないふりをして荷台から跳びおりた。
「このへんの住人で、たとえ用足し休憩でも車を停めるやつなんかいないよ」クラウドは呟きながらライフルを手慣れた動作でまわして肩付けした。「追いつかれないうちに走り抜けるほうが利口だ」となにげないふうに一発、発砲する。遠くでモンスターの悲鳴とともに狼に見える影が飛び跳ねて落ちた。
ザックスはわざとらしく耳に指を突っこんだ。「人の隣で、いきなり撃つな」まったく、さっきまで車酔いで死にそうになってたのはどこのどいつだ。
「五匹」とセフィロスが目を眇めて草原を見渡しながら呟いた。「あと一匹、でかいのがいるな」
ザックスらが乗っていたトラックから、ようやく歩兵たちが銃をかまえて降りてくる。思ったよりも反応が遅い。こりゃ、先が思いやられるぜ。さらに後続のトラックが近づいてきて急停車し、ばらばらと青い野戦服の男たちが飛び出してきた。
ザックスはわずかに顔をしかめる。「どうするよ、大将？」
セフィロスが振り返るよりも早く、助手席から歩兵隊の隊長が降りて駆け寄ってきた。「大将閣下、ご指示を」と敬礼するのは素早いが、ずいぶんと青い顔をしているようだ。
「……やかましい」
ああ、これだから一般兵との混合ミッションは胃が痛くなるんだよな。ザックスは片手を軽く振って追い払うようにした。「トラックに乗ってニブルヘイムに走れ。それが利口なんだそうだ」
「しかし、それでは閣下たちが……どうなされるんですか」
セフィロスがじろりと肩越しに睨んだ。可哀相な少尉どのは心底慄えあがったことだろう。「誰に訊いている」
「ああ、もう！」ザックスは大きく両手を振って全員の注意を強引に惹いた。「あんたたちは」と少尉に指を突きつけ、「さっさとトラックに乗ってエンジンかけろ。大将も、いちいち凄んでる時間ねえぞ」
それは本当だった。ザックスの最後の言葉が終わるか終わらないかのうちに、黒い獣の影が陽光を遮って彼らの頭上を跳び越えてくる。セフィロスが銀光を一閃させると、それはふたつに分かれて地上に落ちた。
それをさらに乗り越えて、もう一匹が飛び出してくる。さすがに剣を振ったあとの姿勢で返す暇もなかった大将は、上体を泳がせてモンスターの爪を空振りさせた。その背後にいたクラウドが絶妙のタイミングで腰の剣を鞘走らせる。彼は鋭い爪をよけながらそのまま剣刃をモンスターの顎に滑らせ、いつのまにか抜いていた拳銃で頭を砕いた。
まったくこいつは、ちっこいセフィロスみたいになりやがって。いや、もう身体は充分でかいけどさ。
ザックスはもう一度左手を振りながら、自分も剣(バスターソード)を引き抜いた。「早く言われたとおりにしろ！ 邪魔なんだよ！」
少尉はほんのわずか放心したように目を丸くしていたが、慌てて部下を追い立てにかかる。
「おれ、トラックに戻るから」クラウドが青い制服がそれぞれの車に殺到するのを見ながら呟いた。
「えっ、手伝ってくれねえのかよ」ザックスはなかば本気で不満を訴える。
エンジン音を立てながらぶるりと身震いするトラックの支柱に手をかけ、クラウドが抜いたままの剣を軽く振った。「あと四匹だろ。ノルマな」とトラックが走りはじめるのを察すると、彼はぴょんと荷台に足をかける。
トラックとともにさらに遠ざかっていきながらクラウドは叫んだ。「このへん、いくらやっつけてもきりがないから、適当にして、さっさと追いついてこいよ」
「薄情もん！」もう一台、後続のトラックが通りすぎるのを横目で見送り、ザックスはセフィロスに向きなおった。「ちぇっ、しゃあない。大将、でかいのは任せるぜ」
手のひらに唾を吐きかけて柄(つか)を握りなおしながら、そろそろと包囲してきた三匹の狼に向きなおる。軽い掛け声とともに得意の波晄撃を繰り出し、二匹が首や四肢を吹き飛ばして地面を転がるのを認めた。
もう一匹は魔晄の刃を高く跳び越え、その勢いのまま、ザックスめがけて迫ってきた。
「うっせい！」叫んで、エネルギーを前方に凝縮させる。弾けるように空気が炸裂すると、狼はそれに煽られて体勢を崩した。その上へザックスは大剣を振りおろす。
「相変わらず大雑把なやつだ」セフィロスが皮肉っぽく呟き、最後の大物に向きなおった。人の五倍はあろうかというドラゴンだが、図体に比べてずいぶん小さな翼を持っている。モンスターの生態はよく知らないが、こうした退化した余分な部分肢を持つものは少なくない。
セフィロスの足もとから、ずう、と魔晄が立ち昇る気配があった。いつもより力を抑えているらしい。ザックスの闘争心を刺激するほどでもなかった。
ほんのわずか大将の白い美貌がしかめられたように思えたが、ザックスがそれと確認するまもなく、セフィロスはモンスターに向かって走り出す。
ドラゴンの首がもたげられ、その尖った口から赤い炎が噴き出した。同時にセフィロスの周囲で大きく魔晄と銀色の円弧が描かれ、炎が散らされる。それとともに、ドラゴンの身体が弾けるように分解した。
「まーったく、見せつけてくれる」ザックスは彼のほうへ近寄りながら剣を背中に戻した。
「おまえ」セフィロスはしばらく刀(マサムネ)の刃を見つめていたが、やがてひゅっと空気を斬りながら鞘に収めた。「ニブル地域(エリア)でのミッションは初めてか？」
「そりゃな」ザックスは肩を竦める。「ソルジャーになってから、ずっとあんたの下にいたんだから、あんただって初めてなんだろ？」
「ああ……憶えている限りはな」
ザックスは首を傾げながら横目で大将を眺めた。「なんか疑問でも？」
「気がつかんか……」
しばらく次の言葉を待っていたが、セフィロスはもう、口をひらこうとしなかった。こういうときにクラウドちゃん、いてほしいんだよな。単語の羅列でも会話になる仲なんだから、この御仁がなにを言いたいのか、ある程度は察してくれるだろうに。
セフィロスがきびすを返し、トラックの去っていた方向にむかって走りはじめるのを思わずぼけっと見送ってしまったザックスは、慌てて我に返ると、上官の黒いコート姿を追いかけた。「待てって、声ぐらいかけてくれっての」
全速力で走っても、トラックに追いつくまでだいぶ時間がかかった。ようよう追いついた頃にはすでに太陽は中天を過ぎて、午後も盛りになっている。いくら北方に位置する地域の冬とはいえ、直射日光の下での全速力走破は、さすがにザックスでもいささかきつかった。
人がへとへとになってるってのに、ザックスやセフィロスの姿が見えているはずのトラックはまったく停まるそぶりもない。内心で悪態をつきながら後続の荷台にどうにか転がりこむと、幌の上からチョコボ頭が逆さまに覗いてきた。「遅かったな」
「あ？――がぇあ!?」ザックスは荷台に寝そべったところをセフィロスに腹を踏まれて、ヒキガエルのような声を出してしまった。「ってえ……あんたなあ」抗議を上官に無視されると、幌の上に陣取っている補佐官を仰ぎなおす。「おまえ、なにしてんの、そんなところで？ 前のに乗ってたんじゃなかったか？」
「ほかのモンスターが追いかけてきた」クラウドはそれで説明は充分と思ったか、親指を立ててかすかに笑う。「おれ、幌の上(ここ)にいるな。中より気分はずっとましだ」
「少尉は」とセフィロスが仕切り越しに運転席のほうを覗きながら呟くように訊ねる。
「やられた」クラウドが返す。
なるほど。よく見ると、荷台に乗っている歩兵のうち、ひとりが包帯を巻いてもらっている。それほど目立たないが、人数もわずかに少なくなっているようだった。
「何匹出た」とセフィロスがまた短く問う。
クラウドは肩を竦めるような身じろぎをした。「さあ……逃げるの優先にしたから」
たぶん、小隊長戦死後は次席階級のクラウドが指揮を執るしかなかったのだろうが、じつは十六のガキにこき使われたと知ったら、こいつら、どう思うだろう。
いったん幌の上に引っこんでしまったクラウドを、セフィロスが伸びあがって呼んだ。「おまえ、こんな連中の面倒を見るつもりか」
ジャキッと撃鉄の音がしてセフィロスの顔面に銃口が向けられた。逆さまのまま腕だけ突き出し、クラウドが大将を睨みつける。「そういう言いかた、やめろ」
クラウドがこうやって武器をこれ見よがしに突きつけてみせるのは、かなり腹を立てている証拠だ。神経質になればなるほど、こいつは攻撃的になる。
「こんなところで喧嘩しないでくれよ。トラックを破壊するつもりか」ザックスは上体を起こしながら片手を軽く振った。「もう、走るのはごめんだぞ、おれ」
「魔晄炉調査の指揮は曹長が受け継ぐ」クラウドは呟いて、おとなしく拳銃を引っこめた。
と、途端に刀(マサムネ)が鞘走り、幌の天井を突き刺す。クラウドが間一髪でよけたのだろう、すぐに悪態が降ってきた。
「お返しだ」とその罵声に応えてセフィロス。
「あんた、軍の備品をどれだけ壊せば気がすむの」
「おまえも同罪だぞ？」
かかか、とザックスが笑い声をあげると、チョコボ頭がまた覗き、大将がじろりと見おろしてくる。「常習者はおまえだ」
「前のトラックの幌、ちゃんと直しておけよ」
「げ……」
こうした一連のやりとりをまわりの歩兵がどういう気分で見ているかなど、こいつらには関心のないことなんだろう。さらに、どこからモンスターが現われるかわからない場所での野営が、彼らの緊張をますます高めさせることになる。
なだらかな起伏の草原のなか、やや小高い丘にテントを広げ、彼らはニブル地域での最初の休息に入った。もちろん夜間のほうがモンスターは脅威だ。だが、これまでのザックスらソルジャーたちの経験からすれば、夜通し走るよりも、明かりを最小限にしてじっとしていたほうが安全だった。モンスターたちは動くものに対して敏感に反応するからだ。
簡易テントやイグルーが身を寄せあうようにして組み立てられたその野営場では、新兵たちがさらに縮こまって夕食を摂っていた。
ザックスは缶詰を平らげてそこらに放り投げると、ひところにかたまっている数人の輪のほうへと近づいてみる。武器を手入れしながらわずかな物音にもびくびくしている連中が、ほんの少し可哀相だったものだから、親睦を深めてみようという気になってしまったのだ。野郎相手に、あんまり気を使いたくはねえんだけどよ。
「おおい」と気軽に声をかけたつもりだったが、彼らは飛びあがるほどに怯えた。「そう毛嫌いしてくれるなよ」苦笑を投げかけながら彼は輪の中に強引に坐りこむ。「煙草ねえか？」と指を二本立ててみせ、ひとりがおずおずとさし出してくるのを受け取った。
やっぱり、おれが相手でも緊張しちまうんだな、こいつら。ぼそぼそとではあったが、さっきまで交わされていた会話はぴたっと止まってしまっていた。
うーん、女の子相手にするのと違って、どっから手をつけていいんだか、ちとわからねえな。
ザックスは煙草を半分ぐらいまで灰に変えてから、ようやく口をひらいた。「おまえらさあ、実戦、初めてなのか？」
「は、はい……」とひとりがこくこく頷く。
「あちゃあ」ザックスは大きく空を仰いでみせる。「なんでそんな新兵が、ニブル山なんて厄介なミッションにいるわけ」
「すみません」項垂れる面々。
「おまえらを責めてんじゃねえよ。ったく、上の連中、なに考えてんだろうな」ザックスは夜空の星を睨みつける。「まあ、セフィロスって英雄さまがいるんだ。それに、今夜ひと晩はおれらが不寝番(ねずのばん)してやるから、ゆっくり休めよ？」
「はあ」
「なに、信用ない？」悪戯っぽく笑いながら、ザックスは吸殻を焚火に放りこむ。かすかにフィルターの焼ける臭いが鼻を突いた。
「いえ！」と全員がぴきっと背筋を伸ばす。
「んじゃあ、おれらのほうが怖いわけ？」ザックスはせいぜい明るく笑ってみせ、自分の顔に指を突きつけた。「けど、あの大将よりゃ、おれのほうがましだろ？」
「そ、そうですね」軍曹の階級章をつけたひとりが迷ったように頷く。
その隣で一等兵が身じろぎした。「おれ、あの補佐官のほうが怖い」
「あ？」ザックスは思わず振り返り、セフィロスの横で黙々と食糧を消化しているクラウドの後ろ姿を確認した。「あいつが？」
「なんていうか……普通じゃねえ」
「どう普通じゃないんだ？」ザックスは声に剣呑なものが混ざらないよう慎重に訊いた。
わずかのま、彼らは互いに目配せするように視線を交わし、ひとりが肩をこすりながら身じろぎした。「だって……なあ。セフィロス大将や中佐あなたならともかく、あの補佐官、あんな顔してさ、平気で隊長の遺体放り投げておとりに使いやがる」
ザックスは少し考えた。「待て、ってことは、またトラックを停めたのか？」走りつづけて距離をおく限り、おとりなど使わなくても、クラウドの腕なら半分は仕留められるはずだ。
「そりゃ、襲われたら……」
ザックスは怒鳴りそうになるのをこらえつつ、頭をがしがしかきまわした。「モンスター相手のミッションが初めてのおまえらじゃ、そりゃショックかもしれねえけどよ。ソルジャーでなきゃ、それがあたりまえだっての。それができないんなら、なんで逃げなかったんだ……ああ、あの隊長が停めたのか」
歩兵たちは顔を見あわせる。ああ、もう。こんなに不審感いだかれちゃ、クラウドもやりにくかっただろう。そんで幌の上なんかに逃げこんだのかあいつ。
「信じられないかもしれないけどさ、おめえらより遥かに若いあのぼうや、第一部隊(ザ・ファースト)について、もう何十回もミッションこなしてるんだ。経験者の言うことは聞いてくれ。頼むから」
「事務官なんでしょう？」
やれやれ、階級と役職が経験そのものってこの頭、どうやってほぐしてやるか。「第一部隊(ザ・ファースト)に事務専門要員なんか養う余裕はねえよ。そうだな、この中で幼年学校いたやついる？」軍曹がおずおずと手をあげる。「何科？」
「砲術科です」
「んじゃ、わかるかな。卒業資格最終試験、実技オールＥってのが、どのくらいのもんか」
軍曹は大きく顔をしかめ、それから急に目を見張った。「まさか……あれ、ストライフ？」
ザックスは舌打ちをこらえた。まずったかな。
「なんだ？」とひとりが身を乗り出す。「有名なやつ？」
「おれより一期上でソルジャー候補生になったやつでさ……同級のソルジャー科にトーマスってのがいて、そいつがやたら自慢してたから」
うわ、あの坊やの知りあいか。まいった。
「でも……」軍曹は首だけを向けてクラウドのほうを見つめ、ザックスが少し驚いたことに、ずいぶんと穏やかな笑みを浮かべたものだ。先刻の恐怖感など、まるでなくなっていた。「あいつが、そうか……へえ」
「なに感心してるんだ？」一等兵が彼に身を寄せて怪訝そうにする。
「いや、おれ、学校にいるあいだ、ずっとトムにあいつのことばっかり聞かされてきたもんだから……無表情で、ぶっきらぼうで、乱暴だけどって」
「なんだそりゃ」
「でも、絶対にセフィロスの横に立つって、ずいぶん自信持ってた」そこで軽く笑い声をあげ、「なんで自分のことでもないのにって、おれら、呆れたもんだけどよ」それからまた振り返って、「あいつの言ったこと、本当だったんだな」
ザックスは胡坐をかいた上に頬杖をついた。「トム、あいつ、どうしてるんだ？」
「え？」と軍曹がびっくりして目を丸くする。「ご存じなんですか？」
「そりゃ、クラウドのルームメイトだったからな。おれ、よくあいつらの勉強、邪魔してたのよ」
「ああ、そうなんですか」軍曹は曖昧に頷いてから、「トムのやつは、こないだ適性検査受けて3rd(サード)になったらしいです。2nd(セカンド)には、まだちょっと肉体年齢が足りないとかで」
ふむ。あいつは確かクラウドよりひとつ上だったから、まだ十七歳か。セフィロスが惚れこんだぐらいの天才児と比べちまうから、どうしても感動がないが、それだってものすごい早さだ。年齢不足で待ったをかけられるというのも頷ける。……ってことは。
「おおい、准尉」ザックスは身を起こしてクラウドを呼んだ。いきなり階級で呼ばれたので、彼が反応するのに少し時間がかかったらしい。くるりとチョコボ頭が動くのを待って、ザックスは手を振ってこっちに来いと示してみせる。
憂鬱な顔で億劫そうにクラウドが歩いてくると、ザックスは彼を強引に自分の横へ坐らせた。「トムがな、3rd(サード)になったってよ」
クラウドは数回まばたきをしてから、「へえ？」と声を洩らした。それから思わずといったように頬が緩む。「凄いな」
「あんたのほうが凄い……ですよ、准尉」思わず気安く同期扱いしそうになったのを、慌てて言いなおしながら軍曹が微笑む。「1st(ファースト)、約束されてるんでしょ」
あ、やべ。ザックスはわずかに緊張したが、「そうでもない」と意外にもクラウドは即答した。「おれ、弱いから」
一瞬、ぽけっとした空気が円陣の中を駆けめぐる。
ザックスはクラウドの頬をつねりあげた。「このでたらめな口を、どうしてくれる」
「はにひやはる！」同時に飛んでくる拳。言葉よりも身体で動くほうが早いというところは相変わらずなんだよな、こいつ。
顎にまともに受けてひっくり返ったところを、さらに蹴りが素早くザックスを襲ってくる。だから、手加減しろよ。正直言って、まじめな話、普通の人間なら入院だぞ。
のしかかられて膝で背中を押さえつけられ、ザックスは片手で地面を叩いて降参の意を示した。「……ったく、冗談じゃねえっての。おまえ、おれの1st(ファースト)としての矜持がずたぼろじゃねえか」
「あんたが本気出さないからだろ」クラウドは不服そうに呟いてザックスの上からおりた。「それとも本気でやるか？」と剣環を軽く鳴らしてみせる。
「やめとく」彼は即座に拒否した。「刃物が出てきたら、おれ、敵わねえ――言っとくが、まじな話だぞ」
「嘘つけ」胡坐をかきなおしながらクラウドはむすっとする。
どうやら、ザックスとクラウドのスキンシップというのはまわりの緊張をほぐす効果があるらしい。セフィロスとのそれに比べれば、かなりじゃれているという印象があるからだろう。あいつらが口論以上のどつきあいに発展するときゃ、すぐに武器が出てくるからな。囃し立てるどころか、止めにはいることさえ、なかなかできるもんじゃない。
ともあれ、他愛のない冗談話に話を咲かせはじめるうち、歩兵たちの頭から第一部隊(ザ・ファースト)に対する忌避めいた感覚は薄れてきたようだ。なんとか、ニブル山という噂に聞く難攻不落のモンスターの巣窟に踏み入る頃には、少しは統率ってものが取れるだろう。
下士官や一般兵たちをテントに追いたててセフィロスのほうへ引き返す途中、クラウドが軽く、しかし、それとはっきりとわかるほど溜息をついた。
「なに？」ザックスは彼をふりかえりながら足を止める。
「あんたさ」クラウドは重ねて吐息をついた。「慰めるなよ」
ザックスは目玉をまわしながら少年がなにを気にしているのか考えた。ようやく、先刻の喧嘩の勝負に不満があるらしいことに気づく。
「慰めてんじゃねえよ。ほんとに、おまえはソルジャーにならなくても強い。それにな」ザックスは指を一本立てて振った。「も一回、二十歳になった頃にでも適性検査受けてみろや。トムのやつだって、まだ育ってないっていうだけで足止め食ってんだぜ」
「無駄だ」すげなく言って彼を追い越そうとするクラウド。
ザックスはその腕を咄嗟に引いた。「聞けよ。流動化率ってのは年齢に反比例するもんだ。九割ってのは、そりゃ珍しいけど、幼児にはよく見られるってさ。思春期も過ぎれば、おまえだって――」
「十六歳の平均流動化率は三割から五割。臨床値が充分ではないからはっきりしてないけど、以後の年齢による変動はほとんどない」とクラウドはらしくもなく一気にテキストを読むように言い放つ。「適性検査が十六歳からってのはそういうことなんだ。1st(ファースト)に限って言えば、肉体の成長度は無視されるのが常だって、そうだろ？」
「おまえ……」ザックスは大きく息を吸い、音を立てて吐いた。「調べたんか」
「うん」
「流動化率がなにを表わしてるかも、もう知ってるんだな？」
「うん」クラウドは頷き、「おれ、魔晄を浴びると廃人になっちまうんだろ。流動化が激しいと、そのショックで死ぬんだろうけど、おれ、耐久力もあるから、確実に健康状態のまま発狂する」
ザックスは自分で発した言葉と懸命に対峙しようとしている少年を黙って見おろした。こいつはいつでも、すべてのことをまるごと受け止めてしまうんだろうか。不器用といえば不器用だし、まじめといえばまじめだ。けど、どうしようもねえことだってあるだろ。そういうこと、覚えろよ。
「おれ」クラウドは夜空のほうを見つめながら続けた。「こんな年齢になっても子どもで、馬鹿で、弱いんだ」
「だから、どうしてそういう結論になるんだよ？」ザックスは思わず彼の顎を打っていた。金髪の頭が突然のその動きによけきれず、斜めに傾ぐ。数歩よろよろと後退しながらも、とんでもなく鍛えられた腹筋と足で踏みとどまった。ったく、ソルジャーの掌打食らっといて、なんで倒れねえんだ、こいつ！
「いいかげんにしろ」ザックスは声を荒げた。「うっだうだ、うだうだと、ここ最近、そんなことばっかり考えてやがったのか？」クラウドが反射的に口をひらきかけるのを遮って、彼は重ねて怒鳴り倒した。「いいか、悔しいから、ぜってえ言うもんかって思ってたけどな、言ってやる！ おまえには敵わねえんだよ、おれは。技や力の問題じゃなくて、頑丈さの問題でもねえ、まともにやりあったら、こっちの命がいくつあったって足りねえって、おれはずっとおまえが怖かったんだぞ」
クラウドは混乱したようにまばたき、だがすぐに眉を寄せてその青い目で見返してくる。「ザックス、あんた、なに言ってるか自分でわかって言ってるのか？ 支離滅裂で、わけわからな――」
「うっせえ」一歩踏みこんで、今度は拳で軽くチョコボ頭を殴りつける。「例えばおまえを殺したとする。なんとかな。でもよ、おまえ、ぜってえ立ちあがって睨みつけてくるに決まってるんだ。おれはそれが怖い」
「非常識なこと言うな」クラウドは混乱したというより呆れたような声で叫び返す。「死んだら立ちあがるもなにもないだろ」
「おまえに限ってはありうる」
「なにを根拠に……」
「1st(ファースト)だのモンスターだのの言うことに、根拠なんかあるか」
「なんでモンスター？」
「つまんねえこと訊き返すな」
「そっちが――」
「近所迷惑な痴話喧嘩をするな」
鋭く割って入った声に、ザックスは思いっきり剣呑な目をして振り返った。長身の大将が刀(マサムネ)を片手にそこに立ち、わずかに眉を寄せて溜息をついている。
「おまえも」とクラウドに目をやりながらセフィロスは続けた。「くだらんことで、いつまでも悩むんじゃない」
「悪かったな」クラウドがむすっとする。
「俺にとって」きびすを返しながらセフィロスは呟くように言った。「おまえが俺を殺せる者である限り、ソルジャーだろうとなんだろうと関係ない」
キャンプの見張り用に残されている焚火のほうへ戻っていく大将の背中をしばらく見つめてから、やがてザックスもクラウドも同じ場所へと足を向けた。
「やっぱりさ」クラウドが唇を歪めて苦々しげに言う。「あいつ、変だよ」
「まあな」ザックスは同意した。