BEFORE THE WHIRLWIND
8. Disintegration
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ニブル山というやつは、どこかこの世のものではないという様相を呈しているようにザックスには思われる。
灰色の山中とは打って変わって、クラウドが案内するままに進んだ洞窟には天然のマテリアが岩肌を埋めつくし、青い幻想的な景色を作っていた。
魔晄エネルギーが凝縮され、固形化したものである物質体(マテリア)は、その形状にするまで相当な量の魔晄が必要になる。おそらくは長い年月を経てそうした結晶ができたのだろうが、魔晄炉のように集中的にエネルギーを噴出させているわけでもないのに、これほど大量に生成されるというのは、この土地が考えているよりも遥かに魔晄脈に近いことを意味するだろう。現に、エネルギーというほどではないにしても、四方八方から魔晄の匂いが押し寄せてザックスを眩暈に似た感覚に引きずりこもうとしているのだ。
しかし、それほど魔晄に溢れている土地だというのに、ソルジャーの能力は相変わらず発揮されなかった。火炎(ファイア)で明かりひとつ出すのにも、セフィロスでさえ苦労させられていたものだ。
青くきらめく洞窟を抜け、山頂への急な坂を登ると、やがて銀色の建造物を見出すことができた。
奇岩の合間に埋めこまれたような三十フィートほどの高さのそれを見て、魔晄炉にしては小さいなとザックスは首を捻る。ミッドガルやジュノンの海底魔晄炉に比べると、あまりにも小ぢんまりしていたのだ。
クラウドに本当に魔晄炉なのかと訊ねると、彼は、「おれ、あれが魔晄炉だとは知らなかった」と応えた。「ニブルヘイムじゃ、電気はあまり使わない」
確かに、村ではほとんど文明の利器は見あたらなかったな。電燈はどこにもなく、獣脂で角灯に火を灯していたし、竈や風呂を湧かすのは薪だ。もちろんシャワーもない。テレビもなく、ラジオもなく、灯油を使う暖房具だけが大きな家にあるというだけの状態だった。電話は宿屋に一機かぎりだったし、給水塔を動かすためのエネルギーはささやかな太陽熱発電を利用していたように思う。それなら、この魔晄炉はどこに電気を供給しているのだろうか。
普通の発電所の大きさを考えれば、この目の前の筍のような建物はそれのほんの一部だと判断するべきだろう。しかし、これまでくぐってきた洞窟や複雑な山頂の形を考えると、地下に巨大な施設があるとは思えない。
セフィロスが扉のわきにあるパネルにさまざまなコードを打ちこんでいたが、やがて、「仕方がない」と吐息をついた。下部の突起を指で弾いて検出器(スキャナー)を外すと、魔晄の眼に当てる。すべてのソルジャー共通のその独特の眼球は、ある波状のエネルギーを放出しているらしいのだ。ある一定のパターンがあって、それを検出させることで、ソルジャーは神羅の施設のすべてにおいて出入り自由の身となることができた。ただし、これがあるからこそ、神羅の管理部は彼らの居場所を特定することができる。ミッションの円滑な遂行のためと、脱走防止と、ようするに便利で面倒な仕掛けだ。
かすかに身震いしてひらいた扉のむこうはひどく暗かった。よほど長いあいだ人が踏み入っていないらしい。淀んだ、なまあたたかい空気がじわりと沁み出してくる。埃と砂をこびりつかせた通路へ一歩進み出ると、湿気くさい空気に混じって、やはり魔晄の匂いが感じられた。
「おい」とセフィロスが振り返ってくる。「その娘は外だ」
ザックスはまだ目を覚まさないティファの身体をずらし、横抱きに変えながら眉をひそめた。「危険だろうがよ」
「このへんはモンスターは襲ってこない。けど……」クラウドがしぶしぶといったように告げるが、やはり放り出すのは気が引けているらしい。語尾を濁す。
「ここは、ただの魔晄炉ではなさそうだ」セフィロスは厳しく言った。「なるべく部外者には立ち入ってほしくない……娘が心配なら、クラウド、おまえ残っていろ」
ザックスは少年が返答するより先に強引にティファを押しつけた。「ちゃんと守ってやりな」とからかってみせる。
荷物を押しつけられてわずかによろめきながらも、クラウドは軽く蹴りつけてきた。
ドアが閉められると、ほとんど暗闇と言っていいほどになる。ザックスは目が慣れるまで少しのあいだとどまり、それから慎重に歩んだ。
鉄床が彼の足音を何倍にも増幅して狭い通路の中を反響する。セフィロスのほとんど上体を揺らさない足取りに合わせてザックスは奥へ奥へと進んでいった。
考えていたより広いなと思うほどにまっすぐ歩いてきたが、やがてもう一枚の扉が彼らを阻んだ。入口と同じようにしてセフィロスがそれをひらくと、今度はいきなり魔晄の光が彼らの目を灼く。ザックスは舌打ちをしながら片手で顔を覆った。くそ、いきなり炉心に出ちまったのか？
だが、そこは普通の魔晄炉の炉心とは違い、四角い空間の底に魔晄エネルギーがたゆたっているだけだった。エネルギーの噴出力に耐えるための丸く分圧した造りになっているわけでもなく、制御柱(コントロール・コラム)があるわけでもない。上部に換気孔は設けられているが、たいして熱量が発生していないところを見ると、それほど必要なものではないのだろう。定期的な点検が行なわれている様子はまるでなかった。
中央には一本だけの高架通路(キャットウォーク)。そのむこうに広くなった空中床があり、鉄網の重なったフロアの、さらにそのむこうには階段が伸びていた。その両わきには、なにかわからないが同じ大きさの丸い機械がずらりと並んでいる。まるでウータイのヒナカザリのようだ。
かすかに発電機の音が空気を震わせているが、どこにあるのかはわからなかった。ぼんやりと波打つような振動の中で、ピッピッと電子音が耳にまといついてくる。
「こりゃ、魔晄炉とは言えねえんじゃねえ？」ザックスは呟いた。
「確かにな」セフィロスが応える。
「んで、なにを調査しろって？」ザックスは高架通路(キャットウォーク)を渡りきり、足もとから魔晄の光が照らし出している空中床をうろつきまわった。
「エラーが出たそうだ。その個所をしらべて調整する、それだけなのだが……ああ、あれだな」とセフィロスはフロアを横切り、中央の階段を途中まで昇っていく。何段めかで卵形の機械の群れに紛れこんだ。しばらくして出てきたときには、しつこく鳴っていた電子音が消える。
「これだけ？」ザックスは首の後ろをこすった。ここに来るまであれだけ苦労したのに。「まったく、なんだってこんな危険な場所に魔晄炉なんか造ったのよ、神羅は？」
セフィロスは階段をおりてこず、どこか落ち着かなげにあたりを見まわしていた。やがて、彼は階段のてっぺんへと目を向ける。その視線の先にはまた扉。表示板(プレート)には《JENOVA》と明記されていた。意味はわからない。
階段をゆっくりと頂上まで昇ってその扉を長いあいだ調べていたセフィロスは、苦々しげにザックスを振り返ってきた。「魔晄の眼でもあかない。相当に古い機構(システム)だな」
ザックスは階段わきの卵のひとつに肘をかけ、軽く身をもたせかけた。「古かろうが新しかろうが、どうでもいいじゃねえか。帰ろうぜ？」
「おまえは気にならんのか」
「そりゃ、いろいろと、なんでだろってのはあるけど……」例えばこの卵はなんだとか、足もとの魔晄エネルギーはどこでどう電気に変えられてるのかとか、制御柱(コラム)もねえのに、この建物が吹っ飛んじまわないのはなんでだとか、このモンスターの巣窟のど真ん中へ、どうやってこれらの機材を運びこんだのかとか。
「調べたところで、なんか役に立つか？」細かいこと気にしてると禿げるぞ、と片手を振ったとき、ザックスの凭れていた卵がぐらりと傾いだ。「うおっ!?」
がたん、がた、がしゃん、と派手な音を立てて、ザックスは卵といっしょに床に転がる。
「……ってえ」と起きあがったときには、ほかのいくつかの卵をも将棋倒しに倒してしまっていた。「あらら……」
「本当に騒々しいやつだ」呆れたように呟いてセフィロスが彼を跨ぎ、倒れた機械類を端から直していく。
その機械ひとつひとつは見た目のわりにずいぶんと軽く、中にはなにも入っていないように思われるほどだった。どの卵も床に固定されていたわけではなく、受け皿のような台座に載せられ、その下から伸びる管(チューブ)が卵を繋ぎ留めているだけだ。
ザックスは自分が傾けたひとつだけをもとどおりに立てなおしながら、ふとその殻の一部から魔晄の光が洩れているのに気づいた。
「なんだ？」となにげなくスライドするそこを覗き、彼は凍りつく。
卵の中は青い光でいっぱいだった。たゆたうような、虹色にも感じられる色彩の中で、黒く干からびたものが浮かんでいる。あちこち尖った羽とねじくれた角、そして未発達の尻尾。ミイラのように縮んだような顔は狼か狐のものに近い。だが、角度を変えれば人間の頭部に見えないこともなかった。「……モンスター、か？」
セフィロスが彼の背越しに覗きこんでくる。わずかに眉をしかめ、それからすぐに隣の卵の窓をあけて中身を確認した。さらにその隣へ、またそのむこうへと次々に歩きまわる。
ザックスは、徐々に苛立たしげになってくるセフィロスの動きを目で追いながら、ぞくりと背筋を震わせた。モンスターを捕獲して保存しておくための施設なのだろうか、ここは？ しかし、いま見た化物は彼がこれまで討伐してきたものとはまったく違う。いったい、ここでなにが行なわれていたのだろう。いや、機械類はすべて通電している。魔晄エネルギーも、おそらくこの卵すべてを循環しているのだ。なにかはわからないが、それはいまも行なわれているということだった。
最後の卵を調べ終えて、セフィロスはその場で立ちつくした。「なるほど、そういうことか」
ザックスは顔をしかめた。「ひとりで納得すんなよ。いったいなんだ、こいつらは？」
セフィロスはしばらく応えず、やがてきびすを返して階段をくだってくる。目の前を幽霊のように通りすぎた彼を見て、ザックスはますます眉を寄せた。どれほど強大なモンスターを相手にしてさえ泰然とした態度を崩さない英雄が、ひどく動揺しているように見えたからだ。「おい？」
階下におりてくると、セフィロスは足もとの魔晄を睨みつける。「まさか……」と呟き、なにかを否定するように何度も首を振った。
ザックスはその彼の肩を小突いた。「この標本の山はなんだって訊いてんだぜ？ 大将、あんた、なにか想像つくんだろ」
「モンスターだ」と機械的というように応え、彼はゆるゆるとザックスを振り返ってきた。「中には人間もいた」
「はあ？」
「標本ではない。モンスターを――いや、動植物を実験にかけているのだ」セフィロスは息ができなくなったかのように自分の喉を押さえた。「魔晄漬けにして……ソルジャーと同じように」
ザックスは嫌悪感に唇を歪める。「いやな想像するなって」
「同じだ」セフィロスははっきりと繰り返した。喉に当てた慄える手がゆっくりとひたいに移動する。「同じ……」
彼らの背後で稲妻が走り抜け、その道筋に火花を散らしていった。ザックスはぎょっとして振り返り、しかし、そこにはなにも変化はない。
ザックスは身震いしてから、わずかに丸められたセフィロスの肩を軽く小突いた。だが、なんの反応もないので、今度は乱暴に揺すってみる。「とにかくよ、おれらがここで考えてたって埒も明かねえじゃねえか。出ようぜ。クラウドも待ってるし」
セフィロスはひたいをこするのをやめ、目だけでザックスを見つめた。「クラウド……？」
ザックスは眉を寄せた。「どうした？」
「ああ」と彼は溜息をついて肩に置かれた腕を鬱陶しげに弾く。「とにかく出よう」
再び暗い廊下を通って外に出ると、空にはすでに夕陽がかかっていた。じわじわと流れ出てくる霧でかすんだ景色の中で、クラウドがライフルを担ぎ、所在なげに立ちすくんでいる。そばで眠っているはずの少女はいなかった。
「おおい」ザックスは怪訝にしながら声をかけた。「ティファは？」
無言で顎をあげるクラウド。示された先には、岩の陰にしゃがみこんで、がりがりと地面をひっかいている彼女。
クラウドがザックスの肩越しにセフィロスを見やった。「なにかあったのか」
あ、そっか。こいつ、結構鋭いんだっけ。「まあな。あとで話す」と素早く小声にしたのは、ティファが駆け寄ってくるのがわかったからだ。
「おかえりなさい」彼女は言って、不満そうな顔で小首を傾げる。「気がついたら、みんないないんだもの。またモンスターが出たらどうしようかって、怖かったんだからね」
「ちゃんと、こいつが守ってくれただろ？」とザックスは肱でクラウドのマスク頭を小突いてみせる。
「かもしれないけど」彼女はじろりと彼を睨みつけ、「この人、喋んないし、動かないし、わたしが中に入ろうとすると銃で脅すし」
クラウド……大概にしろよな、おまえ。ザックスは一気に疲れを感じて大きく吐息をついた。
「も、帰ろうぜ……」この台詞を呟くのは何度めだったろう。