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「………」
「………」
テッドは箒を握りしめたラズロと並んで、新しくテオが助けてきたという少女を見つめていた。
さらさらの肩までの銀髪に青いヘアバンド、やはり青いショールで肩を包み、膝上の白いワンピースドレスをまとった可憐なる美少女。微笑む顔は麗しく、肌は透きとおるような白で、形のよい唇はくっきりと微笑み、細めた目は鮮やかな紅。
「おまえ、知りあい？」テッドはその美少女を虚ろに見つめながら横のラズロへ問いかけた。
「テッドこそ」とラズロも彼女に目を向けたまま返してくる。
微笑みを絶やさず、少女はゆっくりと口をひらいた。
「久しぶりじゃのう、おんしら」
「………」
「………」
ラズロは無表情のまま棒立ちに、そしてテッドは片手で顔を覆って横を向いた。
久しぶりというか……何十年ぶりかって単位だけどよ。ラズロがいつごろ、こいつに出会ったのかは知らないが、この美少女を誰が忘れられるものか。
月の紋章の継承者シエラ。知られている継承者の中でも最長老で、おそらく八百歳を超えるだろう御方だ。どれほどたおやかな十代のか弱い美少女に見えようともな。
現在、家にティルはいなかった。ラズロは玄関の掃き掃除をしていて、テッドは馬場の仕事を切りあげてきたところ。玄関の前でちょうどテオに呼び止められ、将軍は世話を頼むと言ってこの厄介なモノを置いていったのだ。そして彼はこれから城でまだ仕事があるからと、忙しく街路を馬で走っていってしまった。通りすがりの人々が慌ててわきによけ、野良猫が一匹、走り去る馬の脚のあいだで硬直してたけどな。
とにかく、テオの置いていったそれと、テッドとラズロは長いこと見つめあっていた。
「いまさら……テオさまの拾い癖をどうこう言っても始まらないけどよ」
テッドが呟けば、隣でラズロもこくんと頷いた。「なんでうっかり拾われてくるの」
「うっかりとは失敬な」と可憐なる美少女はさらに目を細めて微笑んだ。「なにやら、こちらで馳走してくれると申すでな。まさか、罰と死神まで拾われているとは思わなんだが」
ほんとだよ。なんで、よりにもよって真紋持ちばかり……。
テッドは大きく溜息をつきながら相変わらず片手で顔を覆っていた。「シエラ……その呼びかたはやめてくれ。少なくともこの家では」
シエラは両手を腰に当て、堂々と胸を張った。「どう呼ぼうが、わらわの自由であろうが」
その彼女をテッドは思いきり睨みつけてやる。「あんたと違って、こっちは正体隠してこそこそ生きてるんだよ」
「相変わらず後ろ向きなやつじゃのう」とシエラは嘆かわしげに首を振った。
「それこそ俺の自由だろ。とにかく、八百歳のばばあのくせに戦災孤児のふりしてるんじゃねえ！」
「よう言うた」
シエラの右手が光ったのを見たときにはもう、遅かった。
頭のてっぺんから爪先まで雷に貫かれたテッドは、悲鳴をあげるまもなくその場にばったりと倒れるしかない。
ぷすぷすと焦げているテッドを見おろし、ラズロが呟いた。「ソウルイーターまで継承するのは、ごめんなんだけど」
「手近のものに取り憑いてしまうような迂闊な紋章はおんしのものだけじゃ、安心せい」とシエラ。
ラズロは無表情に頷いた。「そうか」
「俺が死んでもいいってことか、それは！」
焦げたまま喚いて怒りの形相で起きあがってみれば、シエラが不思議そうな顔で首を傾げていた。
「おんし……」とシエラはますます眉をひそめる。「うるさくなったのう」
「ほっとけ！」
「では、望みどおり放っておくとして」銀髪の少女はマクドール家の玄関を満足げに眺めまわし、奥のドアのほうへと目をやった。「とりあえず食事でもいただくとするか」
テッドとラズロは同時にあとずさりし、壁に張りついて硬直した。
シエラが怪訝に顔をしかめる。「……おんしら、なんじゃ」
「いや……だって」テッドは壁に手をついて、さらにぴったりと張りついた。
箒を握りしめながらラズロも警戒している。「……食事？」
シエラは両手を腰に当て、大きく吐息をついた。「死神のおんしの血を喰ろうても美味とは思えんわ。それと罰の、おなごは対象外じゃ」
そう、なにが厄介かといえば、この少女がじつは吸血鬼だということだ。月の紋章のおかげで彼女自身は見境なく人間を襲うことはないが、たまに楽しみのために好みの少年の血をすするぐらいはする。
血を吸われたからといって吸血鬼になるというのは迷信にしても、この吸血鬼の始祖さま、相手が貧血で倒れる程度のことにはまったく注意を払わない。そしていまはない太古のアロニア帝国、その貴族だか王族だか、とにかく結構な身分の家に生まれ育ったらしく、目下の者は彼女に奉仕して当然の気構え。
テッドの横でラズロがまだ箒を構えたまま、じっと無表情に青い目でシエラを見つめていた。
同じようにテッドも彼女を見つめたまま、これからこの吸血鬼の少女がこの家でどんな振る舞いをするかをぼんやりと想像してしまう。
いま、この家にいるのはグレミオとクレオ、パーン。育ちのよさそうな行儀のいい美少年が好みのシエラにとって、《食事》になりそうな人間はいない。
いまはいない、が……。
「………」ラズロがわずかに青ざめた。
「ってことは……」テッドもぞくりと背中に悪寒を感じる。
やべえ、ティルが狙われるじゃねえか！
テッドはラズロと目を見交わした。
その一瞬に互いの懸念が同じであることがわかったものだ。
「………」
「………」
「この妖怪おばばの好み……」
ほとんど声に出さずに呟けば、ラズロもかすかに頷く。「……ん」
テッドはそっときびすを返し、扉の外へと向かった。「……ティルを迎えに行ってくる」
「頼んだ」とラズロも振り返らず、どこか決意のみなぎる目で頷いたのだった。