１
うっかりラズロのことを話してから、シーナがうるさくて仕方がない。
会わせろ、紹介しろ、家に招待してくれ。今日も今日とて、野外活動のためにラズロが作ってくれたお弁当まで覗きこんでくるんだ。危うく、だし巻き卵ひとつのためにシーナと絶交するところだったよ。
おまえはいつでも食べられるだろとのひとことに、思わず防御態勢を解いてしまったのが敗因。あっと思ったときには、黄金色のそれはシーナの口の中に放りこまれていた。くそ。
「うめえ……なに入ってんだ、この卵」
「シラスとワカメ」ティルはむっつりと言って、最後のかぼちゃのミニコロッケを急いで飲みこんだ。
せっかくのラズロのお弁当……もうちょっと時間かけてゆっくり食べたかったのに。
表情にもはっきりと出して憮然としていれば、シーナはさすがに謝罪するような身ぶりをしてティルを覗きこんできた。「まあまあ、いつかうちの母ちゃんの料理食わせてやるからさ」
「おまえの家、セイカじゃなかったか？」
「コウアン」
ちなみに、そこはトラン湖の南側にある領地だ。グレッグミンスターは北東部にあって、つまりコウアンはレナンカンプを通りすぎ、クワバの関を通り抜けてさらに延々と南下しなければならない場所である。
「……そこまで遠出するのは、さすがにグレミオが」
「おまえの母ちゃんも厳しいよな」
いや、グレミオは男だったよな。母親にはなれないと思うんだが……まあいいか。
シーナはどこかしみじみとした表情で首を振った。「うちは親父のほうが厳しくてさ。ちょっと声かけた女の子と街歩いてるだけで、耳引っ張って家に連れ戻してくれるんだ」
「そもそも、普段からの生活態度に問題があると思わないのか」
「全然」けろっと言ってのけると、シーナは、「そういえば」と話を続けた。「おまえの親友」
ティルは顔をあげた。「テッドがどうかしたか」
「この前の風(かぜ)曜日、女の子と歩いてたぜ」
「え？」
「金茶の髪に赤い鉢巻してさ、生足生腕の可愛い子」
？ 金茶に赤……って、ラズロ？ でも、生足？ なんだよそれ。
たしか、このあいだの風曜日といえば……そういえばラズロは休みだったかな。住みこみといっても、ひと月に一日か二日は自由にしていいという日を決めたような気がする。そしてあの日、夕飯はグレミオのシチュー一色だったんだ。
まあ、久しぶりのシチューはうまかったけど……テッドはうちにいたよな？ いや、あいつが来たのは夕方だったか。グレミオのシチューを食べそこねちゃならんって、夕飯のときに駆けこんできたっけ。
で、昼間、ラズロと歩いていた？……テッドは彼女と仲がいいから不思議でもない。ないけど。
……なんだろう。なんかもやもやする。
そりゃテッドはラズロと昔なじみだと聞いているし、僕の知らないところでふたりして話しこんでいることもある。たぶん昔話しているんだろうけどさ……いや、わかっている。テッドもラズロもいつだって僕のことを優先して行動してくれるし、僕を仲間外れにしているつもりは毛頭ない。
ただ、ふたりの共通の思い出とかが、ふとした何気ない仕種からひょいと垣間見えることもあるんだよな。そういうときに僕は、ちょっと寂しい気分になる。
ふたりが過ごしたらしいその小さな頃の話とか、いつかまとめて聞いてみたいし、いろいろ知りたいと思うことだってあるんだ。
でも、特にテッドは話したがらないし、ラズロに子どもの頃なにして遊んでいたのかと訊いたときには、彼女、ものすごく長い時間考えこんじゃって、あげくの果てには、「ふさふさ？」としか答えてもらえなかった。
まあ、クレオに、「女の子は誰でも秘密を持つものだ」と釘を刺されているから、あんまり根掘り葉掘り聞こうとは思わないけど。
ティルはちょっと気を取りなおし、シーナに向きなおった。「で？ テッドを見かけてどうしたんだよ」
「いや」とシーナは肩を竦めた。「デートしてたみたいだったから声はかけなかった。邪魔しちゃ悪いだろ、さすがに」
ティルは思いきり顔をしかめた。「……なにをしていたって？」
「デート」
「なんだそれは」
＊＊＊
「ラズロ、デートしよう」
帰宅して開口一番、サロンで茶の用意をしていた家政婦の両手を握り、マクドール家の坊ちゃんはそう言った。
「………」アプリコットジャムをスプーンに載せたまま両手を拘束され、ラズロは無言。
今度はどんな運命を感じてデートなんて結論に至ったのやら……相変わらず唐突なやつだよ。
テッドはなまぬるい目で親友を眺めた。「いきなりおまえ、どうした？」
ティルはまだラズロの手を握ったまま、顔だけでテッドを振り返ってくる。「テッドはラズロとデートしていたんだろう、僕もデートしたい」
「そんなことしてねえぞ、俺は」
ティルはラズロの手を放し、むっつりとした表情で腕組みして睨みつけてきたものだ。「ごまかすな。生足のラズロと歩いていたという証言を得ているんだからな。どこかの露店で楽しそうにしていたって」
「あ……？」テッドは記憶を探りながら、自由になってまた淡々と茶の支度を再開した金茶頭を見つめた。「ああ」としばらく経ってからやっと思い出す。「こいつの休みに流れの鍛冶職人のところに行ったときのことか？」
「鍛冶職人？」
「ああ。なんでグレッグミンスターに鍛冶屋がないのか、不思議でしょうがねえよ」テッドはこきこきと首の運動をしながら、テーブルからスコーンをひとつ、ひょいと取りあげた。
途端にラズロにはたかれ、菓子を落とす。
しぶしぶ、摘まみ食いを諦めながらテッドは頷いた。「あのあと、肩慣らしにつきあわされて疲れたのなんの……」
「とにかく」ティルはわけのわからない話はするなとばかりに強引に自分の問題に引きずり戻した。「恋人同士ならデートはするべきだと言われたんだ」
「同士じゃねえだろ」
「そうだな、テッドとはライバルだ」
「いや……」
テッドがもごもごと、「違うんだってば……」と俯いているあいだに、ティルは家政婦の両手を再び取りあげたものだ。
「というわけで、僕ともデートしよう」
今度はティーポットとミルクポットを掲げたまま、ラズロは無表情に困っている。「仕事……」
「西通りに新しい食堂ができたんだ」ティルはにっこりと微笑みかけた。「エビチリ饅頭があるって」
「行く」ラズロはきっぱりと頷いた。
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