The Land of the Covenant

　がつ、ごつ、どこっ、ばき、がきーん。
　スコールはそうした物騒な音を聞きながら、ゼルやセルフィと並んで爽やかにダブルステニスを楽しむ四人を見つめていた。
　ラケットは合金、ガットは鋼、ボールはグラスファイバー製だそうだ。道理でああいう音がするわけだ。
　四人は白い綿シャツに、やはり白い綿ショーツをおそろいで着ていた。似合う似合わないはともかく、なかなか見ることのできない光景だ。特にヴィンセントとセフィロスが太腿を曝け出しているところなど、いままで誰も見たことがないんじゃないか？　まあ二度と見たいとも思わないが。
　チョコボはやっぱり、いちばん可愛い。スコールは無表情の下でちょこっと微笑んでしまった。たぶんキスティスぐらいにしか勘づかれないだろうが、彼はちらとゼルを見やり、セルフィに視線を移して気づかれていないことを確認した。大丈夫だ。
「なあ」とゼルが、つまらなさそうに呟いた。「おれら、なんで混ぜてもらえないの」
　セルフィがぼうっと応える。「ザックスさんに、一打で肉離れ起こしてもいいならやるかって言われたよ。へたに当たると関節が粉々になるって」
　そうだろうな。あんな音がしているくらいだ。しかもこの試合が終わったら、ブルドーザーぐらい持ってこないと平らにならないんじゃないか、あのコート。なにしろボールがバウンドするたび土煙があがり、大きく穴を穿たれるのだ。ときどき打ち返そうにも、めりこんで弾まなくなることも多かった。
「なあ」と、またゼルが呟いた。「確かこれ、テニスだよな」
「そう聞いたけど」セルフィがまた応える。「クラウドとセフィロスさん、空中戦になってるね」
　そう、大抵サーブを皮切りに、クラウドとセフィロスはネットを挟んでボールなど関係なく、がつがつとラケットをぶつけあっていた。ダブルスといっても、実際はザックスとヴィンセントのシングル対戦だ。ちなみに、こちらも舌戦になってしまっている。
「てめえ」とザックスが、ラケットを大きく振って抗議していた。「いまのは入ってるだろ」
「いや、ラインの外側だったぞ」ヴィンセントは冷静に応える。
「抉れてるところ、よく見ろよ。ちゃんとラインの上だろうが」
「いいや、おまえの球がつけた穴はこれだ。おまえの示しているのは二分前のものではないか」
「そんなはずはねえ！」
「動体視力は私のほうが上だぞ」
　ザックスは忌々しげに唇を歪めた。「その割には、しょっちゅう見送ってたじゃねえか」
「ふっ、あんな捻くれた球を受けてやるほど私は親切ではない」
「なんだと？」
「どうでもいいから」クラウドがセフィロスを牽制しながらザックスを振り返る。「早くどっちかサーブしてくれよ。続き、できないじゃないか」
　クラウドとセフィロスは果たしあいに集中してはいたが、いったん間(ま)があくとサーブを待つということだけはしているらしい。いちおうルールを守っているつもりなのだろう。それでスポーツをやっている気でいるのだ。
「おまえら、テニスってもんがわかってねえぞ」ザックスはラケットを放り投げた。「なんで、おれとヴィンセントだけでラリー続けてなきゃならねえんだよ。ボレーもスマッシュもしねえで、なんのための前衛だ」
「前衛って、セフィロス抑えてればいいんだろ」と、クラウド。
　セフィロスも頷く。「相手の戦力を抑えて持久戦に持ちこむというのは基本的な戦術だ」
「いや、だからよ」
「こいつらにスポーツで汗をかくということをまじめに教えるほうが馬鹿だぞ、ザックス」ヴィンセントがぼそりと忠告した。
「おれたち、ちゃんとスポーツやってるじゃないか」と、クラウド。
　セフィロスはまた同意するように頷く。「そうとも」
「剣を持ち出さなきゃいいってもんじゃねえだろ」ザックスが喚いた。「どうにかしてくれ、こいつら！」
「思うに」スコールはつい口を出してしまった。「クラウドとセフィロスを至近距離でネットを挟ませるのがいけないんじゃないか。両チームともポジションを替えてみたらどうだ」
　四人はベンチに坐っているスコールのほうにいっせいに顔を向け、やがてたがいに頷きあった。
「じゃ、おれサーブする」クラウドはザックスからボールを受け取り、コートの端へと移動した。
　ザックスはラケットを拾って前に出、セフィロスは退がる。ヴィンセントはいやそうだったが、のろのろとネットぎわに位置を占めた。
　クラウドがサーブした。
　ぎゅいーん、と空気が震える音まで立てて、白いボールはまっすぐヴィンセントめがけていく。どうでもいいが、どうしてあのチョコボは相手の身体を狙うのだろう。
　ヴィンセントはさっと青ざめたらしい。咄嗟にというように身を沈め、ラケットだけでボールを受けようとする。
　ボールは彼の鋼のガットをきれいに突き破った。
「甘い！」セフィロスが走りこみ、地面に炎まであげてバウンドしたボールを打ち返す。
　ザックスはボレーでカットしようなどとははなから思っていなかったらしい。クラウドがサーブした時点で、ネットの裏に隠れるようにしゃがみこんでいる。
　大きくカーブのついたボールを追って、クラウドはベンチを蹴り倒した。ほとんどバットを振るみたいに両手でラケットを握り、思いきり返す。
　チョコボ、野球はライン割ったボールでも追いかけるが、テニスはわざわざアウトになるものを律儀に戻さなくてもいいんだぞ。
　そしてチョコボの打ったボールは、あやまたずセフィロスの顔面に向かっていく。
　身体の前にラケットを立ててその攻撃を防いだセフィロスだ。しかしボールはロブになって、ザックスの真上へ飛んできた。
　ザックスが、これぐらいならという感じでラケットを握りなおす。
「邪魔すんな！」クラウドは彼を踏み台に跳びあがった。「食らえ、セフィロス！」
　きれいなジャンプスマッシュだ。スコールは感心した。ただし足もとでザックスが寝ている。結局、クラウドとセフィロスを噛みあわせるとそうなってしまうのだろうな。
　弾丸のように打ちこまれたボールを、しかしセフィロスは真正面から受け止めた。バックハンドに左手も添え、衝撃に耐えるように腰を落としている。
　が、彼のラケットはいきなり爆発した。
　というか、ついにガットも合金ラケットも、そしてグラスファイバー製のボールも、摩擦に耐えられなくなったらしい。
　疲労感の混じるしらけた空気のなか、クラウドだけがラケットをくるくるまわし、勝利ポーズを取っていた。

＊＊＊

　ザックスたちと入れ替わりに、今度はゼルとセルフィがラケットを握って、いそいそとコートに立った。スコールは見物を決めこもうとしたらしいが、リノアがやって来るとたちまち引きずりこまれ、ダブルス戦に挑戦することになった。
　さんざん穴だらけにしたコートだが、むしろそのほうがボールがどこに飛んでいくかわからないと、子どもたちは結構楽しそうだ。
　疲れ切ったザックスは、なぜか校庭に設置してあるビーチパラソルの下で水分を補給しながらぐったりしていた。
「おまえら、勝負っていうとおたがいしか見えなくなるその癖、どうにかならねえか？」ザックスはぶつぶつ言った。
「だから、踏みつけたのは悪かったって」クラウドが呟く。「でもさ、ついむきになっちゃうんだ」
「むきになるなって言ってるんだよ」ザックスはペットボトルをどんとテーブルに叩きつける。そして彼はセフィロスに指を突きつけた。「あんたも、どうして乗っちまうんだよ」
「これが真剣に相手をしてくれるのが嬉しくてな」セフィロスはどこか虚しそうに笑みを浮かべた。
　ヴィンセントがマントを揺らして立ちあがる。「いずれにしても、今度はもう少しテニスというものを理解してから私を誘ってくれ」
「いいんだけどさ」クラウドは眉を寄せた。「あんた、テニスウェアの上にマント羽織るのやめないか？」
「変か？」
「うん、とっても」クラウドは素直に頷いた。
「完璧に変態だな」セフィロスが尻馬に乗る。
「だいたいそのマント、いつ洗濯してるんだ」
　ヴィンセントはマントをひらひらと点検しながら呟いた。「三日に一度はクリーニングに出しているが？」
「いつも着てるじゃないか。寝るときも」
「私が同じものを着ていると思っているのか、おまえたち？」
　こいつの部屋のクロゼットはあけたくねえな。「もしかして、そのバンダナもか？」
「うむ」ヴィンセントは頷いた。「このあいだ、新品を買ってイメージチェンジを図ったのだ。もちろん気がついただろうが、素材が違う」
　誰も気がついてねえよ。三人ともわずかに彼から目を逸らした。
　クラウドが軽く溜息をつく。「おれ、この中じゃいちばんつきあいが長いと思ってたけど、やっぱりよくわからないや」
「なんだと」セフィロスが聞きとがめる。「おまえといちばんつきあいが長いのは俺ではないのか」
「出会った順番じゃなくてさ」クラウドはレモンの輪切りをかじりながら応えた。「いっしょに冒険したり、同棲したりしてた時期がいちばん長いってこと」
「クラウド、言葉を間違えてるぞ」ザックスは、幽霊に掴みかかろうとするセフィロスを羽交い絞めにしながら言った。
「ああごめん、同居だ」
「ふっ、私はべつに構わんがな」
「貴様……」
「そうだよな」クラウドがまた無邪気に頷いてくれる。「ヴィンセントの場合、住むっていうより棲みつくって感じだ」
　おまえもガーデンの連中にそう見なされてるんだよ。
「ああ、そうそう」クラウドは続けた。「最近、気がつけばセフィロスがおれのベッドに潜りこんでるんだけどさ、SeeDになってからサイファーが出てっちゃったんだ、そっちで寝てくれよ」
「あの広い部屋にひとりきりで寝ていると思うと、つい添い寝をしてやりたくなるのだ」セフィロスがこほんと咳払いしながら、もごもごと言う。
「ってか、おまえ、なんでSeeD寮に移らないわけ」
「最近私物増えたし、移すの面倒じゃないか」
「増えたのか？」
「うん、みんながいろいろ持ってきてくれるから」クラウドはまた、どうでもいいことを数えあげる。「花瓶だろ、チョコボの縫いぐるみだろ、スコールにもギザールの野菜をよくもらうんだ。あれはすぐモンスターにあげちゃうからいいんだけどさ。あと、フォトフレームがいくつかあったな。でも入れる写真がないんだよ。それにサイファーが置いていったソファーとか」
　こいつは自分じゃ買わないくせに物持ちいいからなあ。「邪魔なら誰かにやるとか、バザーに出すとかすれば？」
「やだ」クラウドはきっぱりと首を振った。「おれがもらったんだから、おれのもんだ」
　セフィロスが一瞬影を薄くしたようだった。「……どこかで聞いたような……俺は花瓶と同じなのか」
　ザックスは首を傾げた。「同じって、なにがだよ？」
　セフィロスが眉を寄せる。
　その横でクラウドが頬杖をついた。「ザックス、また忘れてるな」
「なにを？」
「いいんだ、そんなにすぐ忘れちゃうなら憶えてないほうがいいってことなんだろ」クラウドは肘をついたまま、ぱたぱたと手のひらを振った。「気にするなよ」
「なんだよ、余計気になるだろ」
「教えてやってもいいが、後悔しないか？」ヴィンセントが低く呪いをかけるように囁いてくる。「あとになって、あのとき聞かなければよかったと延々五百年ぐらい悩む破目になっても？」
「いや、結構……」ザックスはクラウドにしがみついて降りかかりそうな呪いから身を守った。ああ今度、スコールといっしょにチョコボのお守りを買いにでも行こう。こういうもんにはすごく効果がありそうだ。
「ところで」ヴィンセントは呪いをまき散らすのをやめた。「この学年末休暇に私はいったんガルバディアの家に帰るが、おまえたちはどうするのだ？」
「家ではなく墓だろう」セフィロスが突っこむ。
「おれ、スコールとエスタに行くんだ」クラウドがまっすぐ応えた。
　途端にセフィロスが振り返ってくる。「ふたりきりで旅行など許さんぞ！」
「おれも行くけど？」ザックスは自分の顔に指を突きつけた。
　セフィロスは彼らを見比べた。「帰郷か？」
「そんなものだな」ザックスは頷きながらチョコボ頭をどついた。「Cloud's shopのほうも気になるが、なによりこいつが、うっかりばらしちまったもんだから、スコールをおやっさんに引き会わせてやらんとなってことで」
「ふん、それならザックスひとりで行けばいいだろうが」セフィロスがむすっと言う。
「なんだ、あんた、ついてこないつもりか？」
「行きたいのはやまやまだが、単位の足りない生徒どもがごっそりおるのだ！」
「だろうね」クラウドは頷いた。「おれやスコールはついていけるけど、ニーダでもやっとの体育なんて、一般コースのみんなには気の毒だよ」
「そういえば」きびすを返しかけていたヴィンセントが肩越しにクラウドを見やった。「おまえ、進級できなかったようだな」
「うるさい！」クラウドは代わりにセフィロスを殴りつけた。「どうせおれ、実技ばっかり満点で学科は全部落ちたよ！　SeeDのくせにまた一年だ。いいじゃないか、人より余分に学生できるんだからな。羨ましいだろ！」
　泣きながら言うな。ザックスはセフィロスといっしょに、テーブルに突っ伏したチョコボ頭を撫でてやった。