The Land of the Covenant

１

　エスタは相変わらずの近代都市だった。青いビルは林立し、白い雲を戴いて天まで届かんばかりだ。リフターがそこかしこで飛びまわり、道路もチューブも網の目のようにビルのあいだを縫って走っている。
　大塩湖の入出国関税施設からリフターに乗って、足もとを行きすぎる街を見おろしながらザックスは両手を広げた。
「おお、懐かしの我が故郷よ」などと芝居がかって言ってみる。
「ここが故郷なのか？」スコールが冷静に訊ねた。
「あ、いや、そういう気分かなと」
「ザックスの故郷はゴンガガだよ」クラウドがまじめに応える。「カエルといっしょに育ったんだよな」
「育ってないって」ザックスはぱたぱたと手を振った。
「クラウドは？」スコールは、ゴンガガなんて聞いたことないものだから無視したらしい。
「ニブルヘイム」やはりクラウドは素直に応えた。もういいかげん、そんな場所、誰も知らねえだろ。
「おまえはモンスターといっしょに育ったんだよな」ザックスは仕返しした。
「うん」
　頷くなよ。
「………」案の定、腕組みして床に視線を落とすスコール。
「心配しなくても、あんたをモンスターといっしょには育ててないから」クラウドが彼の沈黙を勝手に解釈して肩を叩く。「一日ばかり、チョコボに預けたことはあるけどさ」
　スコールの無表情の中で、やっぱりこいつはG.F.(ガーディアン・フォース)金チョコボだと確信が大きくなったことだろう。「そうか」となぜだか頷く。
　まったく、クラウドとセフィロスとを勝手に会話させておくとどこか噛みあってねえときあるし、ヴィンセントと話してるのを聞いていても、ときどき、なんだこいつらと思うときがあるが、スコールとのペアもなんとなくずれてるよな。特にスコールが相手となると、たがいに相手の考えていることがどっち向いてようと、お構いなしなんだよ。
　リフターはエスタシティの中をぐるりとまわり、やがて大統領官邸前で停まる。
「ところでおまえ、気分大丈夫か？」ザックスはリフターから降りながらスコールを振り返った。
「気分とは？」彼は首を傾げる。
「おれはリフター好きじゃないよ。あまり長時間乗りたくないね」クラウドが呟きながら地面に降りてきた。
「てめえの乗物酔いを訊いてんじゃねえって」ザックスはチョコボ頭をはたいてから、再びスコールに向きなおる。「つまり……んー、父親に会うって、どんな気分よ？」
「べつに……」
「べつにじゃねえだろ」ザックスは思わず、代わりにクラウドの首を絞めた。「こいつがうっかり口を滑らすもんだから、おれとしちゃ、かなり申しわけねえって気持ちがあるんだよ。できりゃ、もちっと親切に答えてくれるとありがたいんだが」
　スコールは立ち止まってしばらく考えた。「そうだな、やっぱりという感じか……エルオーネの時間旅行でうすうすそうじゃないかとは考えていたし、これまで親がいるとは思っていなかったから、いまさらという気分もする」
「そうか、プレッシャーになってなきゃいいんだけどよ」ザックスはクラウドを放した。
「あんたは気にしすぎだって」クラウドが首をこきこきやりながらむっつりと呟く。
「んなこと言ったってよ、自分のルーツってのは結構重要なんだぜ。それを、ああもあっさり、うっかりとばらしやがって。おまえは、もうちょっと気にしろ」
「構わない」スコールが口を挟んだ。「かえって、はっきりしていいと思う」
「ああそう」ザックスは官邸に入るためのリフターに向かった。
　F.H.(フィッシャーマン・ホライズン)で小休憩したとはいえ、鉄道に乗りっぱなしのうえリフターでの移動が続き、クラウドはちょっと不機嫌だった。長年のうちにこのシステムに慣れてきたものの、しかしこいつの乗物酔いは先天的なものらしいからなあ。
　その不機嫌なクラウドを、大統領執務室前で出会ったキロスは遠慮なくからかってくれたもんだ。「ティンバーでは活躍だったそうだな、クラちゃん」
「………………キロちゃんよりはましだろ」クラウドは上目遣いに彼を睨みつけた。
　キロスは、おやと片眉をあげた。「すぐに殴りかからないとは、ずいぶん行儀よくなったじゃないか。学校生活はどうだ？」
「やかましい」クラウドはついにキロスを転ばした。
　キロスはよっこらしょと立ちあがり、衣服の埃を払う。裾の長いエスタ特有のローブが優雅に揺れた。「こっちも、もう年なんだから、少しは手加減してくれ」
「ウォードは元気か？」クラウドはそのままキロスと話しこむ気配。
　ザックスは彼らを放ってスコールを連れ、大統領執務室へと遠慮なく踏みこんだ。入口のおばちゃんはすっかりザックスとは顔なじみで、なにも言わず横目で彼らを見やるだけだ。
　入口ではすぐそばにラグナが立っていた。「てめえ」
　ザックスは急いで手を振る。「ばらしたのは、おれじゃねえって。本人に文句を言ってくれ」
「どうせチョコボだろう。言えると思うのか？」
「あんた、クラウドにだけは頭あがらねえもんな」
「尻に敷かれてるセフィロスよりゃましだ」
「はいはい」
「なぜだ？」
　ザックスとラグナは同時にスコールに目をやった。「なにがなぜ？」
「チョコボに頭があがらないって」
　ラグナは居心地悪そうにがりがり頭をかいた。「まあその、クラウドのやつ、おまえのことに関しちゃ、ねちねち、おれのこといじめてくれるしよう……こっちも放っておいた自覚があるもんだから反論もできやしねえんだよ」そして彼はザックスに恨めしげな目を向けてくる。「どうして、ああしつこいんだ？」
「そりゃあ」ザックスは分析してみた。「クラウドにはおやっさんがいなかったからな。あんたみたいな無責任なのでも、いないよりはましとでも考えてるんだろ」
「無責任は余計だ」
「いないよりはましというより、いてもらっても構わないという気分だが」スコールが無表情に呟く。
「クールだな」ラグナが呆れたように言った。「おれみてえなのが親父ですまんけどよう、これでもおれ、楽しみにしてたんだぜ」
「なにを」ザックスは思わず訊いた。
「息子連れて釣りに行くとか、車の運転教えるとか、酒飲むとかさ」ラグナは拳を握って、くううと勢いこんだ。「な、な、おれだって人並みの親父みてえだろ」
「運転は知ってるし、釣りは興味ない」スコールが冷静に応える。「それと、おれはまだ未成年だ」
「うう……」ラグナは泣きそうになっていた。