UTILITY MEN

１

　細く灰色の煙がくすぶるそこには一軒の家があった。
　丸みを帯びた藁葺き屋根、緑色の木枠で飾られた窓、ところどころ剥げかけていたクリーム色の壁にオレンジ色の煙突。緑色のポーチに欄干、ささやかな花壇をかこむ子どもたち手作りのいびつな柵。鶏が歩き、その後ろをひよこがよちよちとあとをついてまわり、ウサギが熱心に草を食(は)んでいた。
　そしてお菓子の家のような甘い匂いがいつでも立ちこめていたものだ。
　いまは消えかけた硝煙の臭いと焼けたなにかの臭いが鼻を突く。
　凍るような冷たさの空気がそれらの生々しい臭気をどんどん薄れさせていき、折しも降り出した雪が黒々とした景色をうっすらと覆っていきはじめる。
　彼はその場に立ちつくしたままでいた。
　こんな景色、いままでにも幾度も見てきた。
　救えない命がどれほどあったか知れない。
　明日を楽しみに眠る子どもたちがそのまま目覚めなくなる、そんな光景をどれほど目にしてきたことか。
　この日、この夜だけは、こんなものを見ないですめばいいと彼は何度も願い、だが無情にもその願いはどこにも聞き届けられず、いま目の前に広がるのは焼け跡と雪ばかり。
　ここは過疎地だった。
　相争う大国の、どちらにもなんの価値もない山間の小さな村。
　戦術的にも戦略的にも当然無視されるはずの、平穏に過ごすことのできるはずの土地だった。
　子どもたちは都会から疎開してきていた。
　安全な土地に避難してきていたはずなのに。
　ただほんの小さな誤差。
　空を横切って何百キロかむこうに落ちるはずの鋼鉄のかたまり。火薬を積んだだけのただの金属。
　なんでこんな日に、そんなものを飛ばすんだ。
　いったい、誰を恨めばいいんだろう。
　なにに怒ればいいのかな。
　何度も胸中で消化してきたその想いは、ときどき熾火のようにしつこく目の裏に残ってしまう。
　子どもたちは祈っていた。
　明日がとても素敵な日であるように。
　遥か昔の宗教から受け継がれてきた、その祝いの日。
　もうほとんどそれがなんのためのお祝いなのか憶えていないけれど、みな星のために祈ってくれる。
　そんな日だ。
　みんなの祈りがその日を特別にするのだと。
　子どもたちはそうして祈っていた。
　とてもいいことがあるはずだから。
　びっくりする素敵なことがあるはずだからと。
　彼らはきっと、まだ明日を待っているだろう。
　もう、明日は来ないのだと気がつかないまま。
　……こんなときは星さえも恨みそうになる。
　彼は重い足取りでそこを立ち去った。

＊＊＊

「最低！」
　リノアは思いっきりスコールの頬を張り倒してくれた。
　ぱあん、と気持ちのいい音が赤と緑のモールで飾られた街路に響き渡る。
　青きバラムホテルを始点にさまざまな店舗が並び、街路は大陸横断鉄道の駅へと続いている。おのおのの店からは競走するように軽やかなBGMが流れ、赤い服を着た白髭のお爺さんの看板や縫いぐるみが置いてあり、色鮮やかに着飾ったミニチュアの樅の木がにょきにょき生えている。
　冬休み、生徒数もほぼ三分の一になったガーデンでは、クラウドがチョコボの世話のかたわら、なにかの調べものがあるからと残り、スコールはリノアと出かけるついでに、彼の夜食やおやつの買い出しに来ていたのだ。
　もちろんクラウドの仕事らしき作業に、スコールもできれば手伝うつもりでいたし、静かになったガーデンで年を越すのも悪くないと、そんな話をしながら彼女と歩いていた。
　ところがクリスマスというものに話が及ぶと、リノアがいきなり怒り出したのだ。
　スコールは避けられなかった。避けると、両手に買いこんだクラウドの夜食を落とさずにはいられなかったからだ。いや、そうでなくとも、誰にせよ、どうやってリノアのあの手首のスナップを見極めることができるのだろう。
　彼女は両手を腰に当て、スコールを睨みつけてきた。「クリスマスよ？　クリスマスなのよ？　パーティぐらいやるでしょ？　でなけりゃ、プレゼントぐらいくれたっていいじゃない。そりゃ、クリスマスは家族と過ごすのがあたりまえだけどさ、でもどっちもいないようなもんでしょ。それともスコール、エスタに行くの？　だったら、わたしもガルバディア帰って、むっつりした親父さまとふたりっきりで過ごすわよ。アンジェロもむこうにいるしね。ええ、ええ、そうすれば？　エスタ帰って、お父さんのチョコボプレゼント攻撃に甘んじてればいいんだ。でっかいツリー用意してくれるよ。よかったね、サンタさん大人物で！　いいの、わたしは寂しく、ひとりでティファチョコボとレノチョコボといっしょに、いつまでも芽の出ないジャガイモでも育ててるわよ。うん、気にしないでいいからね。わたし園芸好きだし！　しょっちゅう留守にしてくれる園芸部員と大雑把な園芸部長のおかげで、すっかり得意になっちゃったよ。ええもう、ほんとに気にしないでいいからね。ここのところ、ろくにデートしてないなんてこと考えなくていいよ。やっとお誘いが来たと思ったら単なるお使いで、クラウドの夜食の買いこみだけだなんて、わたし、つまんないなんて言ってないから。どうせ映画館に行ったって、スコール寝るだけだし、新しいお洋服見てまわっても、ああとか、うんとかしか言わないし、それぐらいなら、ひとりのほうがいっぱい見てまわれるもんね。だからいいの。スコールはクリスマスのことは考えたくないんでしょ。みんながあちこちでパーティーをはしごしてても、スコールはうるさいだけだとか疲れるだけだとか思ってるんでしょ。いいわよ。ひとりで静かーに過ごしたらいいんだ。ごめんね、うるさいこと言って！　大きなお世話だったかもしれないね。じゃあ、そういうことで！　ふんだ！」
　大量に買いこんだインスタントのヌードル類と、玉ねぎがあればシリーズの半調理品を詰めこんだ袋をスコールからぶんどり、リノアはとっとと街路を遠ざかっていった。
　すれ違う人たちが、何事かわからないながらもさっと道を空(あ)け、彼女を避けながらスコールに同情的な視線をよこしてくれる。いや、放っておいてくれると嬉しいんだが……あるいは、なにが起こったのか説明してくれる人がいてくれると助かる。
　しかしリノアは、あれだけ怒っているくせに、俺のことは置いていってもクラウドの買いものだけは置いていかないんだな。
　スコールはぶたれた頬をこすりながら、彼女の言葉を初めから延々と吟味していた。
　……やっぱり、よくわからない。
　なんで怒るんだ。
　クリスマスなんか知らないって言っただけなのに。
　俺は本当にクリスマスがなんなのか知らなくて、そう言ったつもりだったんだが……教えてもくれないで、いきなりひっぱたかれて……俺がなにかしたのか？
　確かにここ最近、デートに誘ってなかったとは思う。
　花壇も放ったからしだったし、映画で寝てしまうのは申しわけないと思ってるし、暇があればクラウドばかり誘ってたような気もする。
　けど、それは仕方がないじゃないか。リノアはチョコボの森に誘っても来てくれないし。カードゲームも乗ってくれないじゃないか。
　リノアの好きな商店めぐりは俺には興味ないことばかりだしな。だいたい水玉模様と花柄の区別のつかない俺に、どっちの服がいいかなんて訊くほうが馬鹿げてる。ペットショップに行ったって、どれがいちばんおいしいドッグフードかなんて、クラウドにはわかるかもしれないけど、俺にはさっぱりだ。
　だが、俺が朴念仁なのとクリスマスと、なんの関係があるんだ？
　スコールは赤と緑のモールで彩られたバラムの商店街、その真ん中で、だいぶ長いあいだ立ちつくしていた。