UTILITY MEN
続・時間旅行、引き受けます
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カシュクバール砂漠ほどではないにせよ、このディンゴー砂漠もかなりの乾燥地帯である。なにしろ砂漠と呼ばれるのだ。
砂にかすむ地平線に、その靄の上に浮かぶぼんやりとした山脈の影、その反対側の景色は空と海であるが、やはり砂の薄いスクリーンと揺らめく陽炎のむこう側にある。
以前はここにＤ地区収容所というガルバディアの刑務所があった。
黒々とそびえていた鉄の三角柱。いまはすでにない。何者かの破壊活動によって砂の海に沈んだのだ。
その何者が誰かとは、あえては言うまい。だいたい本人に問いつめたところで、そんなことがあったか？ と本気で憶えていないだろうからだ。
いずれにしても、いまディンゴー砂漠の真ん中にそびえているのは巨大な赤い影。
ルビーウェポンである。
「なんで、おれらが監視役？」ザックスは何度めかの溜息をついた。
「ほんとだよ、あいつは無害だって言ってるのに」とクラウドは、その足もとで砂を掘っているところだ。
「ふん、目的は監視などではない。俺たち三人を軟禁状態したいのが本音だろうからな」クラウドを挟む形で腕組みして立つセフィロスがむっつりと呟いた。
「やっぱりおれら、世界天然保護記念危険物に指定されちまったか？」
「む……公表はされてはいないが、政府首脳部、特に各国の科学機関にはそうと目されていそうだ」
「べつにいいじゃないか」クラウドは相変わらず砂を掘りながら興味なさそうに言った。「おとなしくここに住んでいれば、食糧もちゃんと届けてくれるし」
「住みつくなというのに」セフィロスはチョコボ頭を見おろした。「ところでおまえ、先ほどからなにをしている」
「食べものを探してるんだ」
「地面の下からか？」
ザックスがクラウドの作業を覗きこんだ。「こんな砂漠じゃ、芋だって繁殖してねえよ」
「フォカロル（大）がいるんだ」
「大？」
「フォカロルは二種類いるからな。大きいほうが食いでがある」
「つい三時間前にシチューを食ったばかりだろうが」セフィロスは少し離れたところにあるテントを振り返った。
それはテントというよりもプレハブの工事事務所という格好で、ガスボンベや給湯器、簡易トイレなどもきちんと並んでいた。はみ出している洗い場は、セフィロスのたっての要望でキッチンと洗面・洗濯場を分けた結果だ。
それでも野営よりはましという生活ではあるものの、充分に食べてモンスターと遊ぶことができれば、クラウドには満足らしい。
そしていまは、砂の中に潜む魚を求めて地面に這いつくばっているというわけだ。「たまには煮込み料理よりも、シンプルに焼いたお魚が食べたくなるんだよ。それにこのフォカロル（大）、エンカウント率が低いし。見つけたときに捕まえておかないと……出てこい、ほらほら」
セフィロスは軽く舌打ちし、視線を逸らした。
ザックスはそんな英雄をちらりと横目で見やった。「あんだけ煮物のレパートリーがあるくせに、どうして煮物以外の料理を研究しようとしないわけ、あんた？ 料理本でもネットでも、いくらでもレシピは調べられるだろ」
「ふん、お手軽簡単レシピなど」セフィロスは鼻を鳴らした。「他人の料理を真似してどうする。だいたい、俺の信頼に足る先駆者がおらんのだ」
「それって単に、あんた自身が先駆者でねえと気がすまねえだけじゃねえか」
「それのどこが悪い」
「家庭料理にパイオニアもなにもねえんだからさ」
「だったら、おまえが覚えればよかろうが！ 圧力鍋の使いかたも知らんくせに注文ばかりつけおって」
「なにおう、おれだってなあ、試しに作ってみた失敗作でも文句言わねえで食ってくれる連中が相手なら、いくらだって調べて努力してやるさ！」
「クラウドは文句を言ったことはなかろうが」
「素直な感想は言うけどな」ザックスは、びしりとセフィロスを指さした。「だいたい、あんたは味にうるさすぎだ。毎日、毎朝、毎昼、毎晩、料理しなきゃならない奥さんがたの苦労を考えてみろ。既製品の白だしぐらい使ったっていいじゃねえか。俺みたいな素人ならなおさら、化学調味料でごまかしたって許されるはずだ。なんでいちいち、きっちり計量した煮干しと鰹節と昆布でないとだめなんだよ。しかも産地まで限定しやがる」
「あたりまえだろうが、潮の流れ、海水の温度、それだけのことがどんな影響になるか。小魚さえ、食べている海藻類の種類によってはまったく味が違うのだ」
「だから、そこまでこだわって作った高級料理なんてのは、数年に一度程度で食べるからこそ、『うめえ！ 最高！』ってなるんだろ。普段の台所から毎日出てきたら、どんだけありがたみが減るか」
「なるほど、貴様は俺の料理をありがたくもなく腹に収めているということだな」
「あんたが勝手に作ってるんだろうが！」
「貴様が作らんからだ！」
「だから、文句言わなきゃ、おれだって」
「口先ばかりで作れるというやつのどこに――」
「俺はちゃんと目玉焼きぐらい作るだろ！」
「三千年経っても上達せんフライパン使いでな」
「くぉのやろ……」
ザックスは無意識にバスターソードの柄(つか)に手をかけた。
セフィロスも正宗を呼び出す。
そのふたりのあいだ、足もとでは、相変わらずクラウドが砂の中に頭を突っこんでいた。
「この勝負でフォカロルの焼き魚を作る係を決めるか」セフィロスが身体を斜めにずらし、正宗を肩越しに構える。
ザックスも大きく腰を落とし、バスターソードをしっかりと後ろに引いた。「てめえが黒焦げのワイン蒸しなんか作ってみせたら、遠慮なく爆笑してやるぜ！」
そうしてふたり同時に一歩を踏みこむ。
「よし捕まえたぞ！」と、クラウドが跳ね起きた。
その両手でマグロほどもある砂魚を持ちあげ、会心の笑みをたたえたそのチョコボ頭は――
「む……？」
「あ……」
正宗の柄尻とバスターソードの平のあいだに挟まれていた。がっちりと。
ちなみにセフィロスの膂力もザックスの腕力も……いや、いまさら説明することもなかろう。
ようするに両側から強烈な、しかも同程度の打撃を受け、チョコボ頭はどちらに吹き飛ぶこともならず、その衝撃は頭蓋骨の中を駆けめぐったわけだ。
ぴしりと、いやな音がその内部から聞こえてきたように、ザックスにもセフィロスにも思えただろう。
クラウドはなにも言わなかった。
なにを言う暇もなく、彼のチョコボ頭は崩壊したのだ。フォカロルを生け捕りにしたその喜びの笑顔のまま。
やがてクラウドは、そのままの格好で、そのままの表情で、ばったりと砂の上に倒れたのだった。
仰向けになったクラウドの上では、尾びれと鰓を掴まれたまま、フォカロル（大）がもがきつづけていた。