UTILITY MEN

４

　ぱんぱん、どんどんと、銃弾がコンクリート道路を穿ち、横倒しになったパトカーをへこませているなか、ラグナはリムジンの頑丈な車殻の陰でしゃがみこんで疲れた溜息をついた。
「ったく、この過激派連中、どうにかならねえのかな」
「だから、ふらふらと外へ遊びに行くなと」ラグナの横でキロスがむっつりと呟く。
　ついこのあいだの全世界で湧き起こった時間混線、ついでにウェポンやらいう連中があちこちで目撃されて騒ぎが起こって以来、にわかに流行し出したのがこの星命守護運動。それもこれも、どこぞの馬鹿な官僚がうっかり、時間混戦で拾った資料のいくつかをネットで公表しちまったせいだ。
　それでも、星命学とやらいう古い文献の中でライフストリームについて書かれたものだけだったなら、まだましだっただろう。だが終末の使者といった記述と、そして魔晄技術がもたらした荒廃やらなんやらのくだりだけが世間に流布しちまったんだ。
　そして過激な思想にすぐ感化されちまう連中は、文明こそ星の敵とばかりに、特にエスタを危険視しやがる。
　おかげでエスタの大統領たるラグナは、連日、過激派と護衛たちの喧嘩騒ぎの中にいるような状態だった。まあ結局は平和なエスタだし、こうして銃撃戦になるのは割と珍しいことなんだがな。
「べつに遊びに行ったわけじゃねえんだけど」ラグナは膝のあいだに頭を入れこむようにして項垂れ、再び溜息を足もとに落とす。「ラグナロクの定期点検見学ついでに、ルナゲートの拡張工事を視察しただけじゃねっか」
「そしてもっと便利にならないのかと、しっかり記者連中に言ってたな」キロスがじろりと睨みつけてきた。
　ラグナも釣られるようにして彼を睨み返す。「それが？」
「こういう情勢下、科学技術推奨するような発言が、あの過激派連中にどう受け取られるか考えてくれ！」キロスはリムジン越しに、いまだ銃弾をばらまいている集団に向かって指を突きつけた。
　似たような覆面を被り、片手にマシンガン、片手に拳銃、気合い入れて引き金をひきつづけているものの、多くの者は慣れていないのか、マシンガンの反動でひっくり返ったり、左手で拳銃を撃った途端、薬莢を顔にぶつけて悲鳴あげたりと、割とコミカルな場面が展開している。
　過激派といったって、やっぱり結局は平和なエスタ。このテロリストたちの大半が銃を使うのは初めてという者ばかりだろう。襲ってくるときも、わざわざ、「俺たちは星の将来を憂える魔法技術撲滅組織を結成した。星命守護を目的とした崇高なる使命を持って――」うんたらかんたらって、ずらずら口上述べてからライフルの安全装置外す暢気さなものだから、こっちの護衛部隊はとっととバリケード張って、こうして完全に銃弾ブロックしていられるわけだ。
　それにしても、こうした事態になってもう、何分経ったかな。案の定、下っ端兵士たちのほうが苛々としはじめてきている。
「大統領」と楯を片手に掲げて銃弾を防ぎながら、ひとりのガード兵がひょこひょこと近づいてきた。「そろそろ発砲許可を願いたいんですが」
　ラグナはリムジン越しに過激派連中のほうを覗き見た。「弾切れになりそうにねえ？」
「この楯を持ってるのも結構、つらいんです」
　もちっと鍛えねえとなあ、エスタ兵。
　ラグナは溜息をついた。「しょうがねえ、ケツを括るしかねえか」
「腹だ。ケツを括ってどうする、便秘になるだけだぞ」
　律儀に突っこんでくるキロスの声を無視して、ラグナは反撃の合図に手をあげかけた。
　そこへ――
「森羅万象！」
　やたらと可愛らしい元気な声が銃声の合間を縫って届いてきたと思うと、次の瞬間には眩い光の束がまっすぐラグナの背後を通りすぎた。そして太い空気の唸りと突風。
　手をあげかけた姿勢でラグナはキロスに目をやった。
　キロスも横目でラグナを見返してくる。「振り返りたくはないが、状況を確認せざるを得んだろうな？」
「やっぱ、そう思うか？」
　ラグナはそろそろと背後を肩越しに振り返った。
　しかし考えていたほどに被害はなかった。ひとかたまりになっている過激派の若者たちは、ぴたりと動きを止めているもののちゃんと立ったままだし、ハイウェイの路面も、街灯や落下防止のシールドもほとんど無傷。
　ただ中央分離帯のガードレールがひしゃげており、植えられていた小さな柘植が根こそぎ倒れているだけ。
　いったいなにがあったんだと、ラグナはぽかんとしていたが、それはキロスも同様で、護衛の部下たちも楯越しにそれぞれまばたいている。そして銃撃を一時中断している若者たちにも状況が把握できていないらしかった。
　しんとすべてが凍りついたようなその間(ま)に、視界の隅でちょろちょろと動くものがあった。
　はっとして視線をめぐらせれば、少し離れたハイウェイの路上、小柄な少女がひとり。短い黒髪に白い鉢巻をして、なぜか首に緑色の風呂敷を巻いてマントのように翻らせている。その下はタンクトップとショートパンツという軽装で、両腕も両足も剥き出しの元気そうな子猿といった印象だ。
　彼女は見ているうちにも、ハイウェイの街灯のひとつ、その柱に飛びつくと、やはり子猿のようにするすると登っていき、そのてっぺんのくびれた上でよっこいしょと立ちあがった。
　そしてばさりと渦巻き模様の風呂敷を翻す。
「天知る、地知る、人が知る！　悪を斃せとアタシ呼ぶ！　愛と勇気と正義をこの胸に、可憐なる美少女マテリアハンター・ユフィ、ここに参上！」
　………。
　しん、と静まったあと。
　過激派の若者たちは彼女を見なかったことにして、再び武器をラグナや手近の兵士たちに向けた。
「無視すんなあ！」と、少女は街灯の上で飛び跳ねた。「森羅万象、オメガバージョンっ！」
　なんだそりゃ。
　のんびりとそんなことを脳内で呟いた途端、ラグナの目の前を光の束が走り抜けていった。
　過激派の若者たちはその光の奔流に押し流されるようにして、右から左へと吹き飛ばされていく。悲鳴と驚愕の声が混じりあい、彼らはこんぐらがって路上を数十メートルも転がっていった。その中にはエスタ兵の姿もあったが、ラグナはキロスと並んで茫然と眺めるしかない。
「おめえがなんとかの神羅バンジョー？」と、ラグナは顔をしかめた。
「彼女は森羅万象オメガバージョンと言ったんだ」キロスが訂正する。「リミット技だの特殊技だの、そういう類いじゃないのか」
「ああ、ウォードのマッシヴアンカーみたいなものか」
　ぼーっとしたまま、どうでもいいことを呟き交わしているうちに、吹き飛ばされた若者たちはその先で道路を封鎖していた機動隊に取りかこまれ、片っ端から押さえつけられているようだった。
　ラグナはようやく溜息をつき、彼らを一掃してくれた少女のほうを振り返った。
　街灯の上にはなにも乗っておらず、その足もとで転がっている緑色の渦巻き模様の風呂敷。
　技ぶっ放しておきながら、その反動で風呂敷の中身ごと転がり落ちたらしい。
　その風呂敷がぽんと跳ねあがったと思うと、黒髪の少女は元気よく立ちあがった。だがどこか打ったのか、お尻のあたりをさすっている。
　ラグナはキロスが護衛たちに後片づけの指示を終えるのを聞きながら、少女のほうへと近づいていった。
「あー、まあ助かったよ」と声をかけてみる「ええと、お嬢さん？」
　彼女は風呂敷を結びなおしながらラグナを振り仰いできた。「お礼なんて気にすんなよ」と、にかっと笑顔になる。「もしどうしてもくれるって言うんなら、あそこに並べてあるポップコーンとか、あの屋台のホットドッグでも……」
　彼女が指し示したのはハイウェイの下、交差するように伸びているショッピングモールの繁華街だ。いまも大勢の人々がそこに群れていて、どうやら頭上のアトラクションを見物していたらしい人だかりがこんもりとできている。
　考えてみりゃ、とんでもないところで銃撃戦展開してたんだな、とラグナはいまさらながら青ざめた。
　っていうか、頭上でドンパチやりはじめたらとっとと逃げてくれよ、エスタ市民。花火じゃないんだから。
　どこか疲れた気分を抱えたラグナの耳に、少女の明るい声が続いて飛びこんできた。
「山盛りバイキングの百ギル食べ放題なんてやってる店とかない？　とにかく腹減ってて、いまのアタシはそれだけでもいいんだ」そして彼女は、ぱっと手のひらを広げてラグナにさし出してきた。「ついでにマテリアがあるならちょうだい」
　ラグナはその手を取って軽く振った。
「握手じゃなくてマテリア」
　ラグナは彼女の手を握ったまま、わずかに眉を寄せた。「……マテリア？」
　少女も眉を寄せる。「やっぱ、この世界、マテリアがない？」
「いや、あるけど……」
「ほんと？　どこどこ？」
「エスタ魔法科学省、第一魔法研究所、極秘資料保管部」
「……なに、その漢字のオンパレード」
　ラグナは思わず大きく頷いた。「やっぱ覚えられねえよなあ」そして握手をほどき、その手で彼女の肩をぽんぽんと叩く。「来いよ、案内してやるから」
「ありがと、おっちゃーん！」と、彼女は大きく片手をあげてくる。
　つられて片手をあげたラグナのそれに、ぱあん、と大きな音をさせて彼女は手のひらを合わせてきた。本人はハイタッチの挨拶のつもりなんだろうけど……痛えぞ。
　ひりひりとしはじめた手のひらを何気なくこすりながら、ラグナはあらためて彼女に向きなおった。「おれ、ラグナ」
「アタシ、ユフィ！」と彼女は頭の後ろで腕を組むようにして、くるりとその場でまわった。「いやあ、じつはさあ、別世界から来て迷子なんだよね」
「別世界？」
　ユフィはぱっと両手を広げ、青いエスタの巨大な街を示すようにする。「ここがどこかとか、どうやったらウータイに帰れるかとか、全然手がかりないじゃん」そしてまたくるりとラグナのほうへ身体ごと振り返り、「でもほら、いつまでもやさぐれてても仕方がないからさ。前向きに手っ取り早く、正義の味方して金稼いでおこうと思って」
　いや、正義の味方は手っ取り早く稼げるもんでもないと思うけど。
　ユフィはラグナの隣に位置を変えると、ぱんぱんと背を叩いてきた。「けど、マテリアがあるなんてラッキー。これで、あたしもこの世界で立派に生きていけるよ」
「そりゃ、よかっ――」
「この世界に永住しないでほしいんだが」
　ラグナの声を遮ってキロスが目の前にそびえていた。
　ユフィが、「お？」と彼を見あげる。
「ちなみに」と、キロスはじろりと少女を見おろした。「きみがしがみついているそれは、いちおうこの国の大統領なんだが」
「この国の大統領(プレジデント)？」と驚いたようにラグナを振り仰ぎ、ユフィは目を見ひらいた。
　が、次の瞬間には眉も唇も大きくしかめる。「って、なに？」
　ラグナはキロスと顔を見あわせた。
　そのふたりを見比べながらユフィがなおも飛び跳ねる。「プレジデントって言ったら神羅ぐらいしかないじゃん。あんた、シャチョーでもやってるん？」
　キロスが半眼になり、無言で少女を睨みつけた。ラグナもさすがに彼女の口から飛び出してくる名詞に若干の警戒心をもたげる。
　神羅。そしてマテリアのことも知っていた。
　マテリアのことはともかく、まだ漏洩していないはずの過去の資料、その中にあった巨大企業の名前が、どうしてここから出てくるのか。
「俺は」とキロスが、かすれた声で囁いてきた。「速やかに彼女をエスタシティから放り出したほうがいいと思うぞ」
「っつってもよう」ラグナはがりがりと頭をかく。「マテリア知ってるんだから、チョコボの知りあいだろ？」
「だから危険物だと言っているんだ」
　なになに、なんの話？　と、きょろきょろする彼女を、ラグナはキロスとともに見つめながら、しばらく途方に暮れていた。