Problem children

職員会議２

　皇帝は苛々していた。
　学園はカオス理事長の天下となり、いまこそ彼の望む国民総背番号――否、生徒総背番号管理を実施し、個性の消滅、すべての物事における合理化を図りたいというのに、なぜこうも、すべてが混沌として整理がつかないのか。
　生徒などイミテーションごときもので充分だ。命令を素直に聞き、確実に仕事をこなす。それが社会ではいちばん便利でいい。皇帝にとって学校というものは労働力を生み出すための機関でしかないのだ。
　民は虫けらのままでいるがいい。支配者というものは虫けらに個性を求めはしないものだ。
　彼はこの学園の一教師という身分に甘んじるつもりはなかった。いずれもとの世界に戻ったあかつきには、すべてを支配し、すべてをこの手で自在に操る絶対の君臨を成し遂げねばならない。
　だからこそ、この学園はある意味、利用できた。来たるべき時に備えて生徒どもを自分の都合のよいように教育すればいいのだ。
　だが、いまだに十人の問題児は強烈な個性を備え、皇帝の決めた学園の秩序を乱しつづけている。そしてそれらの問題児たちに誘発されてか、イミテーションの中でも扱いづらい変異的な連中まで出てくる始末だ。
　だいたい、彼にまず従うべき教師陣たちがそもそもフリーダムだった。
　ガーランドは旅行好き。暗闇の雲は、捨て猫、捨て犬、野良モンスターをどこからか拾ってきては学園の中に放つし、ゴルベーザは弟のことで悩んでばかり。エクスデスは放任主義だし、アルティミシアは生徒を可愛がりすぎる。クジャとやらは本気で生徒と優劣を争いかねんほどのメンタリティー持ちだし、ジェクトは子煩悩すぎだ。
　皇帝はちらりと、隣で捻くれたテスト問題をガリ版で刷っているケフカを見やった。
　こいつもよくわからない。子どもっぽく生徒といっしょになってはしゃぐかと思えば容赦のないスパルタ教育を始めるし、ぴょんぴょん跳ねているかと思えば大事なときにはぐうぐう眠っている。
　まあいい、こいつはこういうやつなのだと諦めて突き放すこともできる。
　だが、同じように正体の掴めないのが、残るひとり――セフィロスだった。
　彼は多くのことを語らないが、かつては英雄とまで呼ばれた男であることはわかっている。それならばむしろ皇帝の計画に賛同してもよいものだと思うのだが、その英雄は静かに佇んでちっとも動こうとしない。気がつけば柱の陰で目をあけたまま眠っているか、チョコボの数を口の中で唱えているかだ。
　いるか、いないかもわからないほど気配を感じさせないというのに、その存在感は他を圧する。
　黒いシンプルなコート一枚、地味なくせに。くそ。
　そのとき、その地味な英雄がひょいとクリスタルゲートから現われ、忘れものとばかりに、部屋の片隅、積み重なった瓦礫のあいだにあった筒のようなものを拾いあげた。望遠鏡だ。彼は地学の教師だった。
　あの望遠鏡でなにを覗くつもりは知らんが……訊くつもりはない。
　英雄は望遠鏡を手にまた皇帝の目の前を無言で通りすぎ、クリスタルゲートのほうへと帰っていった。そのさい、その碧い目がちらりと皇帝を見おろしてくる。
　その所作に、皇帝はちょっとむっとした。背の高さなら自分と同じぐらいだ。それなのに、なんだ、その上から目線は。
　しかし、立っている者が坐っている者を見おろしてしまうのは仕方がないことだろう。皇帝は自分が目に見えない椅子に坐って足を組み頬杖をついていたことを失念していた。なにもないところでくつろいで坐るさまを見せるポーズ。それは彼の得意技だ。長時間、それをやっていられる。
　長い銀の髪の黒い影がクリスタルゲートの光の中に消えてしまうと、皇帝は目を細めてそれを睨みつけた。
「やつはなにを知っている？　なにが目的なのだ……」
　独り言のようなものだったのだが、ガリ版をいじりながらケフカがそれに応えた。「気にすることないね。いまのあいつは人を見くだすだけのサディストだよ」
　皇帝はわずかに身を起こす。「セフィロス……やつはみずから命を絶ったのだ。前(さき)の理事長選の終わり、私の目の前でな……」
　道化の数学教師はまばたきながら白く化粧した顔を向けてくる。「そんなことして、なんの意味がある？」
　そうとも。なんの意味があったというのか……。
　その後、彼は見事に復活してみせ、その結果、私も、あるいはアルティミシアやゴルベーザといった連中までも、この世界の秘密を推察することができたのだ。ガーランドの言う輪廻――ある意味、それはこの学園そのものの真理だ。セフィロスはずいぶん前からそれに気づいていたのかもしれない。だからこそ、死滅はないと証明するためにみずから刃を突き立ててみせたのだろうか？
　皇帝はひとり頷いた。「なにか思惑があるのかもしれぬ。慎重に事を運ばねば……」
　おそらく、セフィロスと仲のいい（？）ジェクトあたりがその言葉を聞いたなら笑い飛ばしたことだろう。
　皇帝は自分が陰謀をあれこれとめぐらすのが常である性癖であるために、本当になにも考えていない人間がいるということには思い至らなかったのである。