Problem children

少年は誇りを胸に１

伝説の称号オニオンナイト。
それが少年に与えられた呼び名だった。

幼い身で数多(あまた)の敵(ライバル)を退けてきた彼の最大の武器は、明晰な頭脳――のはず。
少年はおのれの才知に揺るぎない自信をいだいていた。
ゆっくりと秩序を失いつつある学園で、少年は魔道の力を持つ少女ティナとともにオールＡへの近道を探す。
知恵に優れた自分なら答えを暗記できると自信に満ちて――

＊＊＊

「次の歴史の授業、また自習だって」
　オニオンナイトはカリキュラム確認のためにクリスタルにかざしていた手をおろしながら呟いた。
　そばにいたティナが、ほんのわずかポニーテールの先を揺らして首を傾げる。「そう――まただね」
　歴史の教師ガーランドがときどき時間を越えて行方不明になるのはいつものことだった。行方不明と騒ぐ必要もない。あの教師はいつのまにか二千年の時など一気に越えてくるから、誰も心配したりはしないのだ。
「今度はガーランド先生、氷を求めて氷河期に時空転移して戻ってこなくなっちゃったらしいよ」とオニオンナイトは肩を竦めた。
「氷河期……」ティナは遠い目で次元城の空を見つめる。
　次元城と呼ばれるその教室の天井には青々とした晴れ渡った空があり、ところどころ見知らぬ世界の景色が映しこまれている。
　ティナはそれらのうち、暗い森の中を覗きこんでいるようだった。「……マンモス、ふわふわ？」
　オニオンは適当に頷いた。「うん、マンモスはいるかもね。氷河期だし」
「氷の中に棲んでる？」
「違うよ、死んでから氷漬けになったから何万年も保存されたっていうだけで」
「先生、氷河期で氷漬けになってマンモスになるの？」ティナはガーランドが氷漬けになった姿を想像しているような目をして、相変わらず森を見つめている。
「なれそうな気もするけどね」オニオンは帽子についた大きな羽根飾りを手で直しながらまた適当に呟いた。「まあ、あの角を見る限り、せいぜい牛の冷凍食品になるんじゃないかな」
「牛はいや。マンモス、ふわふわ。氷漬け……」ティナは目をおろし、足もとへと視線を移した。
　次元城は空に浮かんでいる直線的な塔の重なった城だ。彼らの足もとは落ち窪んでいて、その一段下に大扉のある前庭のような足場があった。
　その大扉の前を、とことこと黄色い小さな羽毛のかたまりがのんびりと散歩している。
　ふわふわ羽毛のチョコボ。
　そうと見た途端、ティナはひらりと軽やかに跳躍したものだ。
　そして――
「ブリザド！」と魔法で形成した氷のかたまりで、電光石火、そのちびチョコボを殴りつけたのだ。
「ティナ!?」さすがにオニオンはびっくりして、慌てて彼女のあとを追って跳びおりた。「ティナ、どうしたんだよ！」
　彼女は氷のオブジェとなったチョコボを満足そうに眺めている。「ふわふわ。氷漬け」
「氷漬けにしたら、ふわふわじゃないだろ」
　ティナが、え？　と反応しかけたとき、壁の角になったところから駆けこんできた人影があった。「ボコ!?」
　その人影――バッツは大切な相棒が氷の中に閉じこめられているのを見て、ぱっとティナからそれを取りあげる。
「なんでボコをこんな目に！」
「ふわふわ」
「ふわふわじゃないだろ！　いつもボコを見るとなんかやらかすんだから、あんたは！」バッツは氷漬けのチョコボを揺さぶりながらぶつぶつ続けた。「もう、おれがとっておきのモノマネでウォルのノート写したやつ、見せてやらないからな！」
　オニオンが溜息をついた。「ライトのノートって、もともと真っ白に輝いてるじゃないか。モノマネするまでもないだろ。それどころか罫線まで白く消してるし」
　バッツは頷いた。「まあな。だから、優等生に見えて、あいつは進級できないんだ。レポートも真っ白に輝いてるもんな――って、それどころじゃない！」バッツはチョコボ入りの氷をまた揺さぶった。「この氷、なんとかしろよ！」
「じゃあ、メルトンで溶かす――」
　ティナが言いかけると、バッツは慌てて氷を遠ざけた。「やめてくれ！　ヤキトリになっちまう！」
「ファイガでも強すぎるしね」オニオンは、うーんといちおうは真剣に考えた。「誰かファイアは使えなかったっけ」
「わたし、使える」とティナ。
「ティナのファイアは地面を走るだろ」オニオンはすぐさま却下した。たかがファイアとはいえ、ティナの魔力ではファイラ並みだ。しかもあたり一面焼き畑にしてくれたりする。
「あとは……」バッツもクラスメイトの顔を次々思い浮かべたらしい。「あ、フリオニールか！」
　同時にオニオンも指を立てた。「クラウドも使えると思うけど」
　バッツは、ぱっと顔を輝かせたものだ。その表情は大いなる希望に満ちている。「クラウド！　そうだ、クラウドならボコをヤキトリにするなんてことしないよな！　チョコボと同じ仲間だもんな！」
　そうしてバッツは、とっとと駆け去っていってしまった。
　あの希望が絶望にならないといいけど……。嬉しそうなバッツの後ろ姿を眺めながらオニオンはまた帽子の羽根を整えた。「クラウドって、ファイア使うといつも焼きつくしてたような気がするけど、大丈夫かな」
　ティナは奪われたふわふわのチョコボオブジェが恋しいらしい。指をくわえながら、ちょっと寂しそうにまた空を仰いだ。
　しばらく経って、ぼんやりと彼女は呟く。「クラウド……チョコボの仲間、ふわふわ？」
「頭だけはね」オニオンは答えてから、はっとティナを振り返った。「待って、ティナ、その考えは――」
　だが、彼女はすでに想像を膨らませている。ぼんやりとしていた彼女の目にきらきらと星が瞬きはじめていた。
「ああっ、クラウドを氷漬けにする気満々！」オニオンはぞっと前髪を逆立てた。もっとも、最初から逆立っているのが彼の前髪だ。
　とにかく彼女の意識をふわふわから逸らしてやらないと。そう考えてオニオンは話をワープさせた。
「ねえ、ティナ、ぼくたちは自分たちの進路から目を背けちゃいけないと思うんだ」
「進路――」彼女は目に灯った輝きをちょっと消した。
　よかった。これで忘れてくれるだろう。オニオンはほっと胸を撫でおろした。彼女はいつもなにを考えているのかわからないが、いったん思考を逸らしてやれば、それまでのことはすっかり忘れてくれるのだ。ときどき忘れたことに対していろいろ悩むこともあるらしいのだが、とにかくいまは、クラウドにブリザガをぶちこむような思いつきは白紙に戻してやらないと――だって、クラウドが反撃しないはずがないんだから。しかもティナのやつあたりには慣れているから、あのチョコボ頭に火を点けられようと、フラッドで溺れようと、結構、踏んばったりする。
　いずれにしても、コスモスが必死で訴えてきたことを考えれば、いまは級友同志で戦っているわけにもいかないはずだ。
「オールＡ――絶望を打ち破る成績、か」オニオンは呟いた。「取ったら、いったいどんな気分がするものなんだろうね」
　ティナは不安そうに胸の前で手を合わせる。「ちゃんと取れるのかな？　もし取れても、また留年したら――」
　あ、今度は落ちこませちゃったかな？
　オニオンは彼女に向きなおった。「理事って、もったいぶった言いかたが好きだよね。コスモスの言うことが正しい証拠はないけど、間違ってるかどうかもわからない。とりあえず、いまのところは信じて勉強するしかないよね。できることからやってみようよ」
　ティナはぼんやりと頷いた。「うん、そうだね」
「でも、問題集だけ見ていても答えは出ないんだ。まずは解答例を手に入れなきゃ」それでもティナがまだ不安そうだったので、オニオンは自分の胸を叩いてみせた。「安心してよ。ぼくが必ず正解を見つけるからさ」
　そう言った少年は、結局のところ自分で問題集を解こうという気はさらさらないようだった。

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