Problem children
宿命１
深き宿命をその大剣に背負う生徒――クラウド。
Ａ評価を求める学問の途上、彼は、フリオニール、セシル、ティーダとともに行動していたが
その瞳はいつも、ひとり遠くを見つめていた。
卒業の先に待つものを探して――
理事の望む評価を手に入れ、彼はおのれについてまわる影を打ち消すことができるのか。
＊＊＊
闇の神殿――同じような柱の並ぶ殺風景な教室だ。磨かれた床にはごみひとつ落ちていないが、ときどき蛇や蛙がくたばっていたりもする。
生物学教師の暗闇の雲はいろんなモンスターを拾ってきては育てているので、いつどこからなにが飛び出してくるかわからない。すぐ手近の柱の陰からヘッジホッグパイあたりがぼよんと飛び出してきてもおかしくはないのだ。
まあ、生物学教師が飼育に飽きて放ったからしにしたそれらのモンスターは、この学園のそこかしこに生態系を確立しつつある。おかげで、この異界の学校に閉じこめられた生徒たちも、そうそう食いっぱぐれることもなかった。もっとも、モンスターなんか食うものじゃないと支給のカロリー食品に頼っている者が大半だ。
しかし、クラウドには関係なかった。不安感を与える不気味な薄暗いその教室の中、彼は磨かれた床を踏みながら、柱の陰からいつ食糧が飛び出してきても見落とさないよう列柱の足もとを見て歩いていた。
そこへ、「クラウド」と声がかけられ、顔をあげれば前方からセシルとフリオニール、そしてティーダがそろって向かってきているところだった。
「どう、進級の手がかりは」とセシルが訊ねてくる。
クラウドは肩を竦め、軽く両手を広げた。「いや、なにも」
「だろうね」
何気ないセシルの言葉だったが、「……だろうね？」とクラウドはちょっと眉を寄せた。
そういえば、セシルはいま、パラディンになっているな。クラウドは青と白の甲冑に身をかためた騎士の姿をあらためて観察した。
ふんわりと波打つような銀の髪に穏やかな優しげな顔をしているものの、セシルは体格もよく、どこか男らしさを含んだ雰囲気を持つ。落ちついた態度と物腰で周囲に気を使う性格ではあろうが、しかし、彼にもどうしようもない欠点というものはあった。
クラウド自身、分裂症と言われることもあるが、セシルもなかなかの二重人格なのだ。総じて温厚な人物ではあるが、暗黒騎士のときには温厚に過ぎて臆病になりかねないし、パラディンのときにはそうと気づかないほどの毒を持つことがある。微々たる差ではあれど、つきあい慣れた級友たちには、彼の持つ光と闇の性格面でのアンバランスさが恐怖と尊敬と両極端な印象を与えてくるように感じられるのだ。
仲間と和気藹々と過ごしたいと思っているときには、セシルは暗黒騎士でいるときのほうが多い。それが、いまはパラディンになっているということは……またティーダあたりが悪戯でもしてお仕置きされたか？
ちらりと見やると、しかし、ティーダはいつもどおりだった。天真爛漫、無邪気に柱を蹴りつけ、そこにしがみついているトカゲのモンスターをからかっている。
「いま、どこか授業に行っていたのか？」フリオニールが訊ねてきた。
灰青色の甲冑にナイフから剣、斧、槍や弓矢など、さまざまな武器をぶら下げ、それらを長いマントに隠すようにしている青年は、そこに立っているだけで物騒だ。だが、仲間思いでいろいろと面倒見もいい、どちらかと言えばお人好しの部類に入るだろう。純朴なところもあるが、熱しやすく冷めにくい一面も持つという。
いま訊ねてきたのも、どこか心配そうな表情だった。クラウドたちコスモス組の生徒に対する教師のいやがらせは顕著になってきていて、ここしばらく彼らは、最低、ふたり以上でまとまって行動していたのだ。
クラウドはまた肩を竦める。「セフィロスが、補習だとふざけた呼び出しをよこしてきたからな」
「だめじゃないか、ひとりで行くなんて」案の定、フリオニールは拳を作り、勢いよく身を乗り出してきた。「あいつはいつも、生徒の大事なものを奪おうとする」
「オレのボールも没収されたことがあるっす」ティーダが、むっとして呟きながら話の輪に加わってきた。「このあいだ、飽きたから返してやろうって、ぶつけられたし」
セフィロスでもボール遊びはするのか。そうぼんやり考えながらクラウドは頷いた。「おまえはいつも楽しそうだから、羨ましかったのかもな」
「それで、今日は完璧に思い出にしてきたのかい？」とセシル。
相変わらず穏やかな口調で優しく言ってくるから、うっかりするとその言葉の意味を深く考えずに頷いてしまうことがある。セシルについて気をつけなければらないのはこういう部分だ。
クラウドは首を振った。「行ってみたら、本人じゃなくてイミテーションが待ちかまえていた。職員会議が入ったとかでな。あんまり腹が立っていたので遠慮なくぼこぼこにしてきたが、ついブレイブをブレイクするのを忘れた。ディスティニー・ポイントは手に入らずじまいだ」
「それは残念だったね……ちっ」
ティーダがセシルから一歩身を退き、フリオニールの腕にすがりつく。「なんか聞こえたっす……」
「なにが聞こえたって？」
セシルが振り返ると、ティーダは慌てて首を振った。「いや、なんでも」
それでもじっと見つめられると、十七歳のスポーツ少年は明らかにごまかしとわかる笑顔で話題を変えた。「それにしても、成績を救う希望オールＡ、か。どうしたら取れるんっすかね？」
フリオニールが考えこむように顎に手を当てる。「もっと勉強すればいいんじゃないか？ 問題集を片っ端からやっていけば……」
彼らしい実直な意見ではあるが、クラウドは首を振った。「なにも解けない以上、むやみに勉強しても無駄だ。すべての試験に耐えられるやつなど、そういない」
うーん、とティーダが頭をかいた。「ちゃんとサボるのも学生生活のうちか」
「確かにそうだな」とフリオニールもつられたように頷いてしまう。それは違うだろうとは誰も言わなかった。
「クラウドがいると助かるよ」セシルが向きなおってきた。「留年に慣れているから冷静に判断してくれる」
穏やかな言葉の中にそこはかとなく悪意が漂っているような気がしたが、クラウドは黙っていた。それに、彼がなにを言うまもなくティーダが笑い声をあげたのだ。
「セシルも見習うといいぞ！」
「おまえが言うな」と調子のいい弟をたしなめるようにフリオニールが少年の頭をはたく。
「というか、みんな見習って留年してるようなものじゃないかい？」
「そうそう、ぐだぐだ考えてても仕方ないっすよ！」
そうした軽い笑い声を聞きながら、クラウドはどこか虚しさを感じていた。
冷静？ いや、そうじゃない。俺はきっと――
この学園でオールＡを取ったところで、なにがあるのか、なにが起きるのか、興味ないんだ。自分自身がどうなるのかも、俺自身がなにをしたいのかも……わからないまま。
「あっ、クラウド、いた！」
どこか必死にも聞こえる明るい溌溂とした声に顔をあげれば、バッツとジタンが駆けてくるところだった。ふたりとも行動的で、勉強よりは遊ぶほうに熱心な連中。むしろ遊ぶためならば勉強もする。だから、そこそこの成績は修めているはずだ。
ただ、バッツはじっとしているのが苦手で、無の境地を味わうがごとくの哲学はとことん苦手だし、ジタンはクラウド同様、教師のクジャが執拗に絡んでくるので芸術史は逃げまくっている。
だが、このふたりがそれぞれの苦手教科をどうクリアしようかと悩んでいる様子はなかった。コスモスの望みだろうとなんだろうと、彼らは彼らのやりたいことをやりたいだけやるだろう。
クラウドはそのふたりが近づいてくるまで、そうして観察しながら無言で待っていた。
バッツは両手で氷のかたまりを抱えている。「よかった、クラウド、助けてくれよ」
「どうした？」彼は身体ごと振り返った。
セシルたちも、なに？ と隣に並んでくる。
バッツは氷のかたまりをクラウドの眼前に突き出したものだ。「ボコを助けてくれよ！ ティナのブリザドでこんな姿に！」
確かにその氷の中には、びっくりして羽根をぴんと立てたままのチョコボがストップ状態のようにかたまっている。
クラウドはそれを睨みつけた。「なぜ、俺に言う」
「だって仲間だろ！ 同じチョコボじゃないか！」
「………」
沈黙したクラウドの後ろで、ティーダとフリオニールが無言のまま、必死で手を振ったり首を振ったりしているようだった。
（早く謝るんだ！）
（取り消したほうがいいっす！）
だが、バッツがそのジェスチャーを解くまもなく、クラウドはぱっと氷塊を取りあげ、空中に放り投げた。
そしてバスターソードを構え、思いきり振りまわしたのだ。
かきーん。
「わーお」とティーダが条件反射で喜んだ。「チョコボが飛んだ！」
「な、なにするんだ、ボコおお！」
バッツの悲痛な叫びを聞きながら、しかし、それには一瞥も与えず、クラウドは迷うことなく床を蹴って跳んだ。むろん、打ち飛ばした氷漬けのチョコボを追うためだ。
いつでもぐずぐずと怠け癖を披露するものの、いったん戦闘モードに入れば大剣を振りまわし、召喚獣だろうと頭の上から尻尾の先まで二枚におろす。それがクラウドだった。
＊＊＊
「追撃までかけたよ……」
柱の上のほうまで飛びあがり、さらに遠くへと氷を殴り飛ばしていくクラウドを見送りながら、ジタンは引きつった笑みをこぼした。「吹き飛ばし激突はクラウドの十八番だからなあ……どこまで行くんだか」
「なんでだよ、相手はチョコボなのに！」バッツがジタンの横でおろおろと歩きまわる。
あんまり目障りだったので、ジタンは思わず尻尾で足をすくって転ばせてやった。
ティーダがひたいに手をかざすようにして、やはり遠くでチョコボ入り氷を打ち飛ばしているチョコボを眺める。「同族嫌悪ってやつ？」
「単に怒りに自分を見失っているだけだと思うよ」とセシルが笑った。「いわゆる、やつあたりだね」
「さっきは彼が冷静だって言ってたくせに」フリオニールはちらりとパラディンを見やる。
セシルは笑顔でティーダに向きなおった。「だめじゃないか、ティーダ、ちゃんと人を見る目を養うことだね」
「そんな笑顔で責任転嫁しないでくれっす……」ティーダは泣きそうな顔を背けた。
だが、セシルはそれ以上、年下の級友をいじめようともせず、またクラウドが飛んでいった方向へと溜息をついた。「しょうがないな、あのチョコボたちを回収してこなくちゃ」
「……たち？」思わずジタンは聞き拾っていた複数形を繰り返した。
聞き間違いじゃないよな。クラウドのこと、堂々とチョコボって言ったか？
ゆったりと歩いていく白い騎士の後ろ姿を眺めながらティーダが首を振った。「なんで、暗黒騎士でいるときのほうが性格いいんだろうな？」
「光と闇のバランスを取るにはいろんな方法があるものさ」フリオニールが慰めるように言った。
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