Problem children

宿命２

　クラウドとセシルが戻ってくると、バッツはさっそくクラウドを揺さぶった。
「ボコ、ボコ、ボコは!?」
　揺さぶられながらクラウドは眉を寄せる。「おまえは、そんなにボコボコにされたいのか」
「そういうことなら喜んで手伝うっす！」ティーダが拳を握って身を乗り出した。
「ちがーう！　おれの相棒！」バッツは慌てて叫んだ。
　クラウドはむっとしたようだったが、あまり表情は変わらない。「俺はボコじゃない」
「あんただとは言ってないだろ？」また慌てて叫んでから、バッツはかたわらで氷を抱えている白い騎士に目を向けた。「あっ、それそれ、さすがセシル！」
　彼はにこりと微笑んだ。「可愛い鳥だよね。いつ見てもおいしそうで」
　一瞬、その場に微妙な沈黙が流れる。
　いま、おいしそうって言った？　愛らしいとか癒されるとかじゃなくて？　おいしそう？　おいしそう!?
　バッツは頭を抱えてかきむしった。「うわああああ！　誰か取りあげてくれ！」
「パラディンセシルに剣を向けるほど命知らずじゃない」とクラウド。
　フリオニールもまじめに頷く。「そうだな」
「そんな……！」
　セシルがおもむろに進み出て、ちびチョコボの入った氷を掲げるように持ちあげた。「さあ、クラウド、遠慮なくどうぞ」
「焼きつくせ！」クラウドはすぐさまファイアを叩きつけたものだ。
　紅蓮に盛る炎の中で、ちびチョコボの閉じこめられていた氷の影がどんどん小さくなっていく。
「あああ……」バッツは髪まで真っ白になってその場に崩れ、闇の神殿の柱のひとつに背を預けてうずくまるしかなかった。
「人に絶望贈って楽しいっすか？」ティーダがクラウドに囁き、クラウドは、「あんまり」と返していた。
「あの馬鹿の気持ちが少しはわかるかと思ったが……」そうしてクラウドは、なにやら床にしゃがみこんだらしい。
　バッツの虚ろな目は神殿の柱に支えられているような不気味な色の空に据えられた。
　ボコ……おれの相棒……失って初めてあの小さな役立たずが懐かしいと感じるなんて。
　すでにあの小チョコボが草葉の陰にでもいるような気分で、バッツは黄色い羽毛を思い浮かべていた。脳内ですでに墓の中に突っこんでしまっている彼のその思い出が見えたならば、ジタンであれ、誰であれ、本当に相棒なのかと突っこまずにはいられなかっただろう。墓に入れるのはちょっとまだ早い。
「なあ、バッツ……」と慰めるようにジタンが肩に手を置いてきた。
「うっ」とバッツは思わず声を洩らした。そして柱にかじりついて泣きわめく。「だからこの年長組、いやなんだあああ！　パラディンセシルとクラウドのペアが特に！　本気で冗談やるし！　ほんとにやるし！」
「おまえも年長組のはずだろう」クラウドは憮然として言った。「本気で遊びまくって留年している自分を棚にあげるな」
　セシルも頷く。「スコールとクラウドのペアよりはましだと思うけどねえ。僕は無言で圧力かけたりしないよ？」
　そうして軽く首を傾げると、クラウドのチョコボ頭の鶏冠がつられたようになびいた。
　それを見つめながら、ティーダが、うんと頷く。「笑顔で圧力かけるっすよね」
「天に舞え！」
　ティーダはまず空中に打ちあげられ、何度か打撃を受けたあと真下に激突させられた。セシルの剣技はまさに舞踏のようで、見ている者の目を欺き、どこからどう剣刃が降りかかってくるのかもわからないのだ。反射神経抜群のティーダではあったが、このときは、よけるまも与えられなかったようだった。
　しかし、為すすべもなく床がへこむほどに叩きつけられたティーダは、それでも、「痛え」とひとことだけで、けろりと立ちなおったものだ。
　フリオニールが溜息まじりに手を差し出す。「おまえはいつも、考えたことを素直に言いすぎなんだ」
「わかってるっす」
「ティーダはそれでいい」
　肩越しに仲間へ言葉をかけながらクラウドがバッツの前にしゃがみこんできた。
　今度はなんだとバッツは思わずジタンを盾にしてあとずさる。
「ほら」とクラウドは無表情に言った。
　その差し出された手の上には鮮やかな黄色の羽根のかたまりが――
　くえっ？　といま目が覚めたといったような鳴き声をあげ、小さな鳥がぶるりと身じろぎした。
「ボコ？」バッツはぱっと身を起こし、ジタンを押しのけて小さなチョコボを抱きしめた。「無事だったのか！」
「おれが本気でチョコボをどうにかすると思ったのか」
　むっつりと言うクラウドを横目で見ながら、ジタンが呆れた溜息をつく。「あんた、もうちょい明るく冗談やったら？」
「冗談でチョコボを助けるほど暇じゃない」
「いや、冗談で助けろって言ってるんじゃなくて――」
　クラウドは立ちあがり、バッツの腕の中にいるチョコボを尊大に見おろした。「おまえはトウホウフハイにも負けない立派なチョコボになれる可能性を秘めている」
　トウホウフハイってなんだろうとバッツはぼんやりと考えた。だが、相棒を失った絶望と再会の感動と両極端の感情に揺さぶられた頭は、その疑問をとことん追求しようという気力を起こすほど回復していない。
　クラウドは淡々と続けた。「そのためには、もう少し躾が必要だな」
　途端にチョコボがその羽毛を逆立て、がくがくと慄えはじめたものだ。クラウドのその青い目の鋭い輝きの中にいったい、なにが潜んでいたことだろう。バッツが見あげてもクラウドの表情はいつもと変わりない。にこりともせずに、まっすぐ見つめてくるのは彼の特徴だ。
　きっと、チョコボ同士にしかわからないコミュニケーション方法があるのだろう。そう考えると、ちょっと羨ましいとも思うバッツである。
　しかし、ボコはけたたましく悲鳴のような鳴き声をあげると、ぱっとバッツの腕から飛びあがり、そのまま走り出していってしまった。小さくともチョコボ、あっというまに見えなくなる。
「ど、どこへ行くんだ、ボコ！」バッツは慌てて転がるようにして駆け出した。「待ってくれ！」
「おーい、おまえら、待てよ」
　チョコボを追いかけていくバッツをさらに追いかけ、ジタンも去っていった。

＊＊＊

　彼らを見送りながらティーダが頭をかく。「チョコボ一羽でばたばたと、暢気だなあ」
「まったくな。進級がかかってるっていうのに」フリオニールも同じほうを見つめながら頷く。
　ティーダは年長組に向きなおった。「それにしても、単位ってなんなんすかね？」
　おまえ、それを知らずに授業受けているのか？　とは誰も訊ねない。じつのところ、単位、単位と呼びはしても、それがいったいどういう基準で設けられた値なのか、正確に知る者はいないのだ。ことに、このディシディア学園では。
　セシルも、「さあ？」と首を傾げるしかない。「単位さえあれば卒業できるんだろう？」
「それがコスモスの望みなら、俺たちが果たすまで」フリオニールが拳を作った。「必ず手に入れて――」
「俺たちは、なんのために勉強している？」クラウドは思わず呟いた。
　フリオニールが拳を握ったまま怪訝そうに振り返ってくる。「なんのためって……卒業し、自分たちの本来の世界に出ていくためだろ？」
　本来の世界……そんなものが本当にあるのか？
　クラウドは渋面を作った。「コスモスは単位を取れと言っただけだ。オールＡを手に入れれば学園から出ていけるという保証もない。将来がどうなるかなんて誰にもわかりはしない」
　ティーダが軽く肩を竦める。「とにかく信じればいいっすよ」
　難しいことを考えるのが嫌いな前向きな少年だ。その勢いにはついつい引きずられそうにもなる。
　フリオニールも同意するように頷いた。「わからなくても、いまは単位を取ることに集中するべきじゃないのか？」
　考えるのはそれからだっていいだろうと。
　クラウドは床を睨みつけるようにして俯いた。「俺は納得したいんだ」とひとことひとこと確認するようにゆっくりと続ける。「なんのために学ぶのか、答えもわからないまま、教師連中のテストに振りまわされたくはない」
「クラウド……」
　不安そうなティーダの声にクラウドは顔をあげた。「おまえたちはどうなんだ？　こういう状況にあっても、まじめに学べる理由があるなら教えてほしい」
　そうとも、こんなでたらめな学園でなにをしろと言うのか。
「学ぶ理由――」セシルが少し思案深げに呟いた。「そんなの、ちゃんと考えたこともなかった。僕がここに来たのは兄さんがいたからだし」
「オレは」とティーダが急いで口をひらいた。セシルの兄自慢は聞き飽きていたせいだろう。「親父に成績表突きつけて見返してやるんだ！　けど、それは個人的な問題だしなあ……」
　クラウドは軽く首を振った。「ティーダはそれでいい」
「クラウド、そればっかりっす」ちょっと不満そうにティーダ。
「だから、ティーダはそれでいい」
「どういう意味っすか……」
　やがてフリオニールが進み出た。「少し考えさせてくれないか。俺はクラウドが納得できる答えを見つけたい」
　まじめな青年らしい言葉に、クラウドは小さく頷いた。「ん……」
　そのとき、かすかに時鐘が聞こえてきた。時間という概念はほとんどないこの学園ではあるものの、授業ひとつひとつの制限時間は決まっているのだ。ゲートクリスタルのロックがひらき、イミテーションの生徒も、教師も、そして彼ら問題児も自由に教室移動ができるようになる。
　その時鐘を聞きながら、三人はどこの教室で遊ぼうかと相談しながら歩き出していった。
　クラウドは暗い空に閉じられた教室の上方を振り仰ぎ、軽く吐息をつく。「答え、か」
　べつに試験の問題が解けないわけじゃない。ただ、いくら満点を取っても、なんだかんだと……あのしつこい英雄が――セフィロスが単位をくれさえすれば……くそっ。
　ようするに、クラウドはセフィロスの個人的執着が原因で留年状態にあるわけだから、なんのために勉強するのかと疑問に思うのも無理はないだろう。
　そもそも俺は、自分でどうしたいのかすら見出せないでいるのだ。この現状を脱したいのか。それとも、このままずるずると学園にとどまりたいのか。
　おそらく楽なのは後者だろう。しかし、いまだにどちらとも覚悟の決まらないクラウドだった。
　やがて彼はまた溜息を落としてから、三人の級友のあとを追うようにして歩き出した。

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