Problem children

職員会議３

　皇帝がなにやら考えこんでいたかと思うと、すっくと立ちあがり――といっても、そこには椅子もなにもなかったが――カオス神殿から出ていった。
　それと入れ違いに、暗闇の雲がマントをまるで蝶の翅のようになびかせ、教室に入ってきた。
　ケフカはガリ版をいじっていた手を止める。「おやおや？　こんなところに来るなんてめんずらしい」
　暗闇の雲はむっつりと道化の数学教師を睨みつけた。「わしがどこをどう通ろうと関係なかろうが。皇帝はおらんのか？」
「たったいま、出ていったところだよーん」ケフカは両手でクリスタルゲートを指し示してみせた。「あの金ぴかさまにご用？」
「いや、あの馬鹿がおると、うるさくて適わんと思っただけじゃ」
　暗闇の雲は見た目は若い女性といった身体をしているくせに、その口調と表情は歳月を重ねた老女のそれだ。反対にケフカは子どもっぽい仕種で、大抵、はしゃいでいる。ピエロのように色鮮やかで滑稽な衣装をまとい、顔も白く塗って赤や紫のペイントでその素顔を隠していた。ある意味、対照的なふたりだが、どっちも思考があさってのほうを向いているので、たいして諍いは生じていないようだった。
「ほんとにねえ」とケフカは大きな身ぶりで、やれやれと首を振ってみせる。「計画だ、陰謀だ、あー、面倒くさい！」
「おぬしはその陰謀とやらが好きなのではないのか？」
「ぼくちんが？」ケフカは赤で彩色された目をしばたたいてみせ、冗談でしょとひらひらと手を振る。「ぼくちんにそんなものは必要なーい、なぜなら！　ぼくちんに不可能なことは、ぬわーいからだ！」
　暗闇の雲は鬱陶しげに数学教師を見やる。「その割には、生徒ひとり、落ちこぼれにしておるな」
「そういうあんたこそ、ちびっ子を放ったらかしじゃんか」
　ふたりは一瞬、ばちりと目線を交わした。
　やがて暗闇の雲は、ふわふわと宙を泳ぐように移動しながら溜息を落とした。「子どもの性急さに、いささか辟易しとるのじゃ。生物は理屈どおりにはいかんのだと、いくら言っても聞きよらん」
「ふーん」ケフカはガリ版を片づけ、亜空間ロッカーにしまいこんだ。「だったら……」とあらためて暗闇の雲に向きなおる。「生物と無機物の違いを教えてやったらどう」
「玩具のネズミと並べてみせるのか？」
「違う違う」ケフカはまた大きく手を振った。「あのガキんちょのまわりにいる子をさ。あんたのお人形にしてみせちゃえっていうの。ちょうどぼくちんの担当の問題児あの子を、ちょちょいと操ってみない？　うまくすれば、ぼくちんの目的も達成できる」
「なんじゃ、それは」
「ぼくちんはねえ、あの娘に公式を覚えてほしいわけ。やればできるはずなんだよねえ。あれだけ電波な頭してるんだから、公式を証明するための発想とか、意外なところから切りこんでくれると思うのに」
　暗闇の雲は、いつもオニオンナイトといっしょにいる紅一点の女生徒を思い浮かべたようだった。「あんな小娘、本当に価値があるのか？」
「間違いなーい！　彼女の力はホ・ン・モ・ノです！」ケフカは空を大きく仰いで両手を広げた。「うまくすれば、あんたの闇の波動をもってあの娘の頭脳が開花するかもしれない」
「……そこまで言うのなら信じよう」しぶしぶというように暗闇の雲は呟いた。「どの程度、役に立ってくれるか見ものだな」
　ケフカはピエロのメイクの陰でにやりと笑った。「お願いしますよ。以前のように力を発揮してくれるとよいのですが」
　それを聞きとがめ、きびすを返しかけていた暗闇の雲が振り返る。「以前？」
「いやいやいやいや」とケフカは慌てて手を振った。「全然、こっちの話ですよー。それじゃ、行ってらっしゃーい！」