Problem children
少年は誇りを胸に２
オニオンナイトとティナは過去のカオス神殿を歩いていた。
ガーランドが時間旅行に忙しいようなので、この教室はよくよく自習状態になることがあった。コスモス組の生徒たちはそういう教室を選んで渡り歩くのが常だ。
古びているとはいえ、この教室は二段構えの広いもので、上はほとんど廃墟、下は真ん中に斜路を構えて柱が並び、結構、見通しが悪い。天井や壁はぶち抜けないので、ここでバトルをしたとき、壁に追いつめられると厄介だった。
その代わり、授業をサボっているところを見まわりの教師にうっかり見つかりそうになっても、物陰に隠れてやりすごせるという利点もある。しかも、その見まわりの教師がジェクトやセフィロスだと、クラウドやティーダでない限り見逃してもらえることがあった。前者はしょうがねえなあと話がわかるし、後者は生徒の素行になど興味がないからだ。
いま、この教室にはオニオンとティナのほかに誰もいないようだった。ここで一時間過ごすか、ほかの教室へ行って適当にイミテーションたちと戦ってポイントを溜めてみるかと、オニオンはちょっと迷っていた。
どうしようかとティナに訊くと、「戦うのが好きなのね……」と悲しい声で言われ、「そうじゃないよ！」とむきになって少年は弁解する。「勝てる戦いなら危険なことはないだろ。それに、戦ってみなきゃアイテムだって手に入らない。宝箱だって調べていかなきゃならないし」
そう、各教室には、誰が置いていくのか知らないが、よく宝箱があった。大抵、その箱をあけようとするとイミテーションが襲ってくるという罠があるのだ。
その代わり、手に入るアクセサリや防具、武器など、役に立つものも多い。罠があると知っていてもやはり、あけずにはいられないことだろう。もっとも、ティーダやバッツなど、素直だったり、学習能力がなかったりといった連中は、毎回、びっくり仰天になって敵を全力で叩きつぶしている。
オニオンはきちんと装備を整え、油断なくそれらのアイテムを拾ってまわっていた。いろいろと進む方向も悩むのだが、ティナに相談するわけにもいかない。ティナはいつも、なにも考えていないのだ。だから、小さくとも騎士として、自分がしっかりしなくちゃとオニオンは気負っていた。
とにかくティナは、ぼんやりとすることが多い。放っておくと何時間でも空を見つめてじっと立っているものだ。かと思えば、なにかのスイッチが入ったかのようにＥＸモードになることもあり、星のきらめく夜空にピンク色の未確認飛行生物が泳いでいたりもする。
ただ彼女は、オニオンの後ろを歩くのが好きだった。彼の帽子についている羽根飾りがふわふわ踊るのを見るのが楽しいらしい。
と、そのティナがふと立ち止まった。「ちょっと待って」
彼女のほうからこういうアクションを起こすのはとても珍しいことだった。
オニオンはゲートクリスタルに向かいかけていた足を止め、振り返った。「なに？」
ティナはクリスタルを見つめてわずかに眉を寄せている。「感じる……政経教室のほうから強いなにかを――予感みたいな」
オニオンはクリスタルをいったん見つめてから、また彼女を振り返った。「もしかして、抜き打ちテストの予感？」
ティナはかすかに首を振った。「わからない。強い予感としか」
彼女の予感はよく当たる。どこか異次元からなにかの電波を受信しているのかもしれないが、とにかく彼女がなにかあると感じれば、そこにはなにかがあるのだ。
オニオンは決心して頷いた。「探ってみよう――」と言いかけ、しかし、ティナが一歩退がったことに気づいた。「どうしたの？」
ティナは胸前で両手を握りしめ、ますます眉を寄せてクリスタルを睨みつける。「なんだか心がざわついて、近づいてはいけない気がするの」
「ティナ、テストの解答が手に入るかもしれないんだよ」
オニオンがそう諭すように言ったとき、クリスタルがちょうど輝いた。
さすがにぎくりと飛びあがって、オニオンはティナと手を握りあう。
そのクリスタルから、くぇえっっ、とけたたましく鳴きながら飛び出してくる黄色い羽毛。
チョコボはくるくると回転して光の中から床へと落ちると、もう一回、でんぐり返って起きあがった。
「ぼ、ボコ!?」オニオンは、ちょっと跳ねあがった心臓をもとに戻すように胸を撫でおろした。「びっくりさせるなよ」
「ふわふわ……」とティナが夢見る少女の顔に戻る。
小さなチョコボはハートでも飛んできそうな視線に気づいたらしい。またひと声鳴くと、慌てて壁のむこうへと転がり逃げていってしまった。ティナに捕まると大変な目に遭うことは、いくら鳥頭でも学習したらしい。
「ふわふわ――」
追いかけていこうとするティナのマントを、オニオンは慌てて掴んだ。「ティナ、行こう、大丈夫。先生がいたって、ぼくがなんとかするから！」
「けど――」彼女はチョコボが消えた壁のむこうを指し示す。
「ボコなんて、バッツのカンニングに使われてるだけのペットさ。ぼくたちには、なんの役にも立たない」オニオンはそのまま強引にゲートクリスタルにコンタクトした。「それに引き換え、抜き打ちテストは補習や宿題を押しつけられるかどうかの問題なんだよ。ほら、行こう」
ふたりはなにが待ちかまえているかわからない政経教室――パンデモニウムへと転移していった。
ここのところ、皇帝先生は忙しそうにしているので、たぶん自習教室となっていることだろう。誰もいないに違いない。そんな楽観的な期待とともに。
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