Problem children

獅子は荒野を越えて１

気高き獅子の誇りを持つ生徒、スコール。
孤独な道を歩んでいた彼の目に映ったのは、偽りの教師イミテーションに翻弄される級友の姿だった。

級友。彼にとってそれは、ただ同じ学校にいるだけの他人なのだろうか。
いま彼は、ためらうことなく試験勉強へ身を投じる。

＊＊＊

　スコールは闇の神殿教室に足を踏み入れていた。
　そこではちょうど尻尾の生えた小柄な生徒と二十歳のくせにやたら落ち着きのない生徒が、「勉強なんかいやだ」、「ボコを捜さないとならないんだ、見逃せ」とイミテーション教師を相手に暴れているところだった。
　生物のテストを受けに来たというのに、よりにもよってどうして特に騒がしい連中に鉢合わせないとならないのか。……まあ、ブリッツ馬鹿がそろっていないだけでもましというところか。あの三人がそろうと途端に騒音デシベルがあがるからな。
　それでも、ここでテストをクリアしておかないと、コスモスの言ったＡ評価への道は遠くなる。まあ、生物はかなり貯金があるから大丈夫だとは思うんだが……しかし、これからなにがあるかわからないからな。早々に暴れている連中をおとなしくさせて、イミテーション教師を救出するとしよう。
　スコールはガンブレードを構え、呼吸を整えた。柱の並ぶ殺風景な教室の真ん中、三つの影とスコールの目の前の柱と一直線上に並んだそのとき、彼はひと息に武器を振りおろした。「ブラスティング・ゾーン！」
　それは障害物を通過して大打撃を与える技だ。あいだにどんな厚い壁があろうとも、そのむこうにいるものを一刀両断にするはずだった。
　が、ぱっとふたつの影が左右に跳び離れ、聞こえた悲鳴はイミテーションのノイズの混じったものだけだった。
　しまった……教師のほうを黙らせてしまったか。
　尻尾のある小柄な影がぴょんぴょんと柱を蹴ってスコールの近くに着地してきた。「助かった！　サンキューな！」
「よう、スコール」もうひとりもほどなく駆け寄ってくる。「あ、もしかして、ひとりか？」とバッツは人懐こそうな笑顔で話しかけてきたものだ。「じゃあ、テストは道連れだな。イミテーションもいなくなったし、わざわざ叩き起こして、まじめに受けることもないだろ。いっしょにボコを捜そうぜ」
（どうして――そうなるんだ？）スコールはむっつりと彼を睨みつけた。
　だが、バッツはその視線にも気づかず、決まりだなと、とっとと背を見せて歩き出してしまう。その隣にジタンが並んでいった。
　スコールはそのふたりの後ろ姿にしぶしぶ声をかけるしかない。「悪いが、俺はひとりのほうが気楽でいい」
　ふたりは合図でもしたようにぴたりと同時に止まり、また同時におたがいの顔を見て、さらに同時に振り返ってきた。どうでもいいが、なんでそんなに息がぴったりなんだ。
　ジタンが尻尾を揺らしながらわずかに眉をひそめた。「いつもひとりって寂しくないか？　カンニングできないだろ？」
（なぜ、カンニングする必要があるんだ）
　バッツが少し考えこむように腕を組んだ。「まあ、手分けしてテスト受けて、答えを教えあうのもありかな」
（だから、どうしてそんな必要が？　そもそも、テストというものはゲームを攻略することとは違うんだ。どれだけ自分が教えてもらったことを理解しているかの確認手段じゃないか。覚えてなかったことを補習で叩きこまれなおすのは当然のこと。それをごまかしてどうする）
　スコールが足もとを睨みつけて頭の中でぶつぶつと繰り返しているうちに、バッツは、「わかった」と手を振った。「じゃあ、おれたちは月の渓谷教室に行くから」
「テストが終わったら、また会おうぜ」とジタンも親指を突き出して合図してくるものだ。「どんな問題だったか、あとで教えろよ！」
（だから、テストを受けようにも教師を……）
　しかし、彼はふたりを引き止める気もなければ、その言葉も思いつけなかった。そもそも引き止める必要もない。とっとと去っていってくれれば、それでいいんだ。俺はひとりでテストを――
　スコールは倒れたままのイミテーション教師を睨みつけた。テストを配布してくれるはずのイミテーションがあの状態では……。
　これからどうするべきかとちょっと途方に暮れていると、「ああ、そうそう」とバッツが戻ってきた。
（今度はなんだ）スコールは無表情に彼を見つめる。「どうした」
「せっかく会えたんだから――」バッツはごそごそとサッシュの中を探った。「これ、持っていけよ」
　そうして取り出したのは黄色い一枚の羽根だ。本物の鳥の羽根だが、ところどころ毛が抜けており、少しばかり手垢に汚れている。
　スコールはちょっと反応に戸惑った。「……なんだ、この汚い羽根は」
「汚いって、はっきり言うなあ」少しばかりむっとしたものの、次の瞬間にはバッツは明るく、にっと笑う。「こいつは幸運のお守りなんだ。俺といっしょにたくさんの試験を乗り越えてきた相棒さ」
　ほら、持っていけと強引に握らされたそれを、スコールは胡散臭げに眺めた。
（なんだ、なにか紐が？）
　毛のあいだに摘まむぐらいの紐が飛び出しているのに気づき、スコールはそれを引っ張ってみた。するりと細い紙が伸びるようになっていて、その表面に細かくクリスタルの粉末がまぶしてある。
　この学校――この世界に筆記具はない。すべてクリスタルで読み書きし、クリスタルで知識を得、また、データを管理するのだ。
　つまり、この姑息な道具は――「カンニングペーパーか、これは」
「そ、見つかるなよ」バッツは頷いた。
　スコールは溜息を抑える。「ここは教室という名の戦場だ。人のことばかり気にしている場合か」
　バッツはなにを言ってるんだという顔で軽くスコールの肩を小突いてきた。「スコールのことが心配なんだよ。俺はジタンといっしょだから大丈夫」そして駆け出しまぎわ、ぱっと手をあげて挨拶代わりにした。「次、会うときにでも返してくれればいいから。約束な！」
　とっとと駆け出して消えていくふたりの姿を眺めつつ、スコールは、いったい、このカンニングペーパーをどうしろと？　と困惑していた。（勝手な……約束だな）
　そもそも、どうして俺が心配されなくてはならないんだ。あいつらのほうがよっぽどじゃないか。
　ついに大きく溜息をついて、スコールはきびすを返した。
　だが、彼はすぐに動きを止める。
　その足もとに、手に持たされた黄色い羽根と同じものでできた体温のあるかたまりが転がっていたのだ。
　くぇっ、と人懐こそうにそれは鳴き、スコールの足にすり寄ってきた。
「………」（なんだ、この汚い羽は）
　確かにボコは、あちこち転がりまわったために埃だらけだった。
　くぇぇっ、とまたひと声。そして、すりすりとチョコボは羽毛をこすってきた。
「………」（どうして懐く）
　くぇっ、くぇっ。
　ぼんやりと既視感が彼の脳内を駆けめぐる。
　いつかどこかで、こうして子チョコボを見おろしていたような……だが、あのときは確か――
「……小さいのに用はない」
　スコールは湧きあがった懐かしさを振り払い、足もとに転がっているそれを跨いで歩き出した。

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